768食目 真なる死
視界が赤一色に染まる中、マフティは確かな感触を感じる。それは、ゴードンが手を掴む感触であった。
「離れるんじゃねぇぞ」
「あぁ、離れないさ」
マフティは、ゴードンの手をしっかりと握り返した。GDの装甲が融解し始め、熱から身を護ってくれる魔法障壁の展開も不安定になってきた。それでも、彼らは一途の望みを掛けて出口を目指す。
「あと少し、あと少しなんだ! もってくれよ!」
その言葉は、誰のものであっただろうか。爆発音がするも、誰が、どうなったかまでは爆炎に遮られて確認できない。
また爆発音、それも連鎖的に鳴る。マフティのGDの脚部スラスターもそれに倣い爆発、機能を停止した。当然、退避速度は大幅に減少する。
「くそっ、ここまでかよ……ゴードン、もういい! おまえだけでもっ……」
「けっ、冗談は死んでから言いな」
しかし、ゴードンはこの期に及んでも彼女の手を離さない。痛いほどに握り返してくるゴードンに、
マフティの顔が歪む。
このままでは彼を道づれにすることは明白、聡明な彼女は自分の腕を切り落としてでもゴードンを生き延びさせんとする。彼女の手が魔導光剣に伸びた、その時のことだ。
突如として視界を占拠していた赤が消滅し、白金の世界が出現した。身体を蝕んでいた熱も痛みすらも消滅しているのだ。
「な、なんだ? 何が起こった!?」
マフティは慌てて周囲を見渡す。隣にはゴードンの姿、そして傍には共に決戦兵器ジャッジメントから脱出を試みていた仲間たちの姿。
ロフトとスラックのGDはフルアーマーパーツが装着されていない。あの爆発音は、使い物にならなくなったフルアーマーパーツを破棄し爆散した音だったのだ。
「なんだ、ここは……俺たちは助かったのか?」
「ふひぃ……なんだかよく分からないけど、助かった! 生きてるって、すんばらしぃ!」
ロフトとスラックは顔を見合わせて笑みを見せた。お互い煤だらけだ。
『その表現は正しくあり、また正しくはない』
その時、厳かな声が白金の世界に響き渡る。彼らは本能的に身が竦んでしまった。
歴戦の戦士が本能的に身を竦ませる存在など、どれほどいようか。女神マイアスにすら啖呵を切る彼らが本能的に畏れる者は、彼らを諭すように語りかける。
『我が名は【カーンテヒル】。この世の始祖にして終わりを告げる者』
「カ、カーンテヒルっ!?」
「カーンテヒルっていったら、俺たちの星の名前だよな?」
「ばかっ! 食いしん坊に、ある程度の事情を聞いただろうがっ!」
ロフトとスラックは慌てふためいた。それは他のメンバーも同様だ。彼らほど露骨に慌てたりはしなかったが、極度の緊張下に身を置いている。慌てている分、ロフトとスラックの方が冷静である、とすら言えた。
『我は今、エドワードの力にて、この世に顕現している』
「エドワード陛下の?」
『然り、彼の者は肉体と魂を分けることにより、我をここに呼び寄せた。そして、魂となった自身は我が娘エルティナの下へと向かったのだ』
始祖竜カーンテヒルの説明に暫し呆然としていた彼らであったが、徐々にその内容を把握し顔を青ざめさせた。
「じゃ、じゃあ! エドワード陛下は……し、死んだのかよっ!」
マフティは感情が抑えられなくなったのか、八つ当たりするかのような声でカーンテヒルに問うた。彼は答えた。
『マフティ、彼の者は確かに死んだ』
「そ、そんな……」
『では、汝に問おう。【死】とはなんぞや?』
「……え?」
マフティは口籠った。考え付く限りでは、考えることも感じることも動く事もできなくなり、永遠に大切な人たちと別れることになる状態、それが彼女の認識する【死】というものであった。
『そう、それが一般的な【死】に相当する』
「ま、まて、俺は一言も……」
『ここでは、思ったことは言葉として我に伝わる』
「うぐっ!? じゃ、じゃあ、さっき俺が思っていたことって!」
マフティの青かった顔が、見る見るうちに真っ赤に染まってゆく。忙しい娘だ。
『他言はせぬ。よき青春であるな』
「ひぎぃ」
こうして、マフティは機能を停止した。極限の羞恥心による【はずか死】である。
「マフティ、死亡確認っ!」
「うむ、今の内に恥ずかしい姿にしておこうぞ」
「おっ、いいなそれ」
「けけけ、ここに恥ずかしい水着がある」
「「「それだっ!」」」
『では、ここにおける死とは……』
咲爛の提案にロフトとスラックが乗った。そして、追撃のゴードンは面積の少な過ぎる危険な水着を進呈し、兎娘は速やかに窮地に陥る。
しかし、それらを一切スルーして、カーンテヒルはありがたいお話を続行。フリーダム過ぎる連中に、残りのメンバーは白目痙攣状態へと陥った。
「カーンテヒル様、暫しお待ちを」
ごちん! ごちん! ごちん! ごちん! ごちん!
「お待たせいたしました」
『う、うむ』
フォクベルトの鉄拳制裁に、流石のカーンテヒルも引いた声を出す。フリーダムな連中の頭部には芸術的なたんこぶが出来上がっていた。無論、彼らは即座に機能を停止。死んだのだ。
『え~っと、なんだ、ここに置ける【死】とは【死】であって死ではない』
「それは、どういうことなんですか?」
雰囲気が台無しになったことにより、緊張はものの見事に崩壊。もう、がちがちに固まる必要が無くなった彼らは、気になったことをどしどしと質問する。それを、カーンテヒルは教師のように答えていった。
『死とはそもそも、物質界における肉体の破棄、という行為に相当する。劣化した肉体を破棄して魂を輪廻にて修復し、新たな肉体を得て物質界に戻る。あるいは、突発的な事故や、病で死に至る場合もある。これらが通常の死だ』
ここで一息つき、カーンテヒルはモモガーディアンズたちの表情を窺った。中には察してしまったのか、顔を青ざめさせている者が見受けられる。
『どうやら、察してしまった者もいるようだな。もう一つの死とは【全てを喰らう者】に喰われて生を終える時だ』
カーンテヒルのこの言葉で、モモガーディアンズたちは全ての事情を悟った。真っ赤に染まった世界が、一瞬にして白金の世界に変化した理由も同時に理解したのだ。
「つまりだぁ、俺たちぁ、あんたに喰われちまった、と?」
『そのとおりだ、ガンズロック。おまえたちは我が食らった』
「な、なんでですかっ!? あなたは、エルティナさんの味方ではないのですか!?」
『メルシェ、我はいかなる時もエルティナの味方である』
「では、なぜ俺らを?」
『フォルテ、魂傷付きし者よ。感じぬのか?』
「……身体が軽い?」
かつて、フォルテは魂を削り力にする能力を行使していた。それは肉体にも影響を及ぼしており、今ではGD無しでは日常生活にも支障をきたすほどに悪化の一途を辿っている。
しかし、カーンテヒルの促しによって、フォルテは身体が軽くなっていることに気付く。それは紛れもなく、彼の魂が修復ないし、復元されていた証と言えよう。
『約束の子らよ、【真の死】とは甘美なるものである。現に汝らは恐怖を覚えてはおるまい。【死】とは生ある者たちにとって恐怖以外の何ものでもない。誰しもが死にたくないと心から思うであろう』
「はい、それが、生きるということですから」
『クウヤよ、そのとおりだ。だからこそ、命は懸命に生きる。そして、その果てに魂を休ませるために死ぬのだ。疲れ果てた身体を休ませるように、魂もまた休息させなくてはならない。だが、例外が一つだけある』
「それが、あなたに喰われる、ということですか?」
『作られし希望・クラーク、そのとおりだ。我に喰われることは即ち、輪廻からの脱却である。死は完全なものとなり、死は役目を終える。そして、生も然り』
「じゃあ、カーンテヒル様が全てを食べてしまうのって、皆を永遠にするためなんですか?」
『アマンダ、それは否だ。永遠などは存在せぬ。あったとしても、それは苦痛以外の何ものでもないであろう』
「どうしてですか?」
『永遠は休めないのだ。永劫の苦痛が身を心を蝕む。だからこそ、我は世界を喰らい尽す。彼の者は自ら死ぬことができないゆえに』
「そして、再び世界は生まれるのですか?」
『そのとおりだ、ムセル』
「「「「きぇあぁぁぁぁぁぁっ!? ムセルが喋ったぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
『えっ、そこっ!?』
ちょっとしたハプニングがあったものの、カーンテヒル様のありがたいお言葉は続いた。
尚、ムセルは「レディ」と発した後、膝を抱えて拗ねてしまったもよう。テスタロッサが彼を懸命に励ましている状態だ。おまえら謝れ。
『あ~、え~、っと今回の約束の子は癖が強過ぎるな。流石はエルティナに導かれし者たちだ』
「褒められてるのか、貶されているのかが分からないな」
『うむ、ロフトよ。我もそう思う』
「ですよね~」
カーンテヒルは、コホンと咳払いした後に気を取り直し話を続けた。
『全てを喰らう者は【真なる死】をもたらす者。真なる死とは始まりでもある。世界を終わらせ、再び始めるために我は命を回収する。そして、我もまた死しに、新たな世界として再誕する』
「その再誕の儀式によって喰われた者たちが真なる死を迎え、新たなる世界へと旅立つと。そこまでは、理解しました。では、真なる死とは僕らに何を与えるのですか」
『聡明なるフォクベルト、真なる死とは、我の、ひいては【真なる約束の子】エルティナの眷属になることを意味する』
カーンテヒルの言葉は、フォクベルトに最後のパズルのピースを授けるに等しかった。
犠牲を嫌うエルティナが、数多の戦死者を出すであろうこの作戦を決断させた理由、それは彼らに【真なる死】を与えんがため。
戦闘中にエルティナが口を動かしていたのは、彼らの魂を喰らっていたからだ。
『約束の子らよ、【真なる約束】の日はもうすぐだ。全ての命はエルティナに集い【真なる死】を迎えて、新たな世界へと旅立つ。我の役目は、もうじき終わる。あの子が、終わらせてくれるだろう』
カーンテヒルの最後の言葉は、疲れ果てた老人のような覇気のない声であった。
『だが、その前にやるべきことがある。立ち塞がる敵を、女神マイアスを退けねばならぬ』
「でも、俺たちって食べられちゃったんだろ? どうすればいいんだよ?」
『スラックよ、案ずることはない。エルティナと合流すれば全て分かる』
白金の巨竜は宇宙要塞ASUKAへ、エルティナの下へと羽ばたいた。最早、魔導騎兵の攻撃は意味を成さない。全てが喰らわれ消滅してゆく。
この戦場に、もう生死という概念は存在しない。全てはエルティナへ還るための手段なのだ。
甘美なる死は敵味方関係なく、その手を差し伸べていたのである。




