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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
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764食目 原初の混沌 ~覚醒のアルア~

「ガッサームさん!」


 ルドルフの盾がガッサームの大斧を受け止める。彼の声がガッサームに届くことはもうない。虚ろで濁った瞳は、ルドルフの姿を映すことは最早無いのだ。


「ルドルフ! 情けを掛けるな! こいつらは、ただの死体だ!」

「し、しかしっ!」

「死体の仲間入りを果たしたいのかっ!?」

「くっ!」


 妻ルリティティスの激しい叱咤にルドルフは覚悟を決める。ルリティティスの放った氷の矢に合わせて、手にした巨大モンキースパナをガッサームの亡骸へと叩き込む。

 ぐしゃり、と肉の潰れる感触に、ルドルフは表情を強張らせる。しかし、彼はトチへと駆け出した。この不毛な戦いを終わらせるために。


「ヤッシュさん! やめてくださいっ!」

「プリエナ様を守れっ!」


 ヤッシュの亡骸がプリエナに迫る。応対するのは、ルバール・シークレットサービスの面々。幾多の激しい戦いを、誰一人として欠けることなく戦い抜いてきた猛者の集団だ。


「撃ち方始めっ! 情けは無用だ!」


 ルバール・シークレットサービスは迷いが一切ない。その全てはプリエナに捧げられているため、迅速かつ冷静に対処することが可能。それこそが、彼らの強さであった。

 瞬く間に蜂の巣にされて砕け散るヤッシュの亡骸にも、彼らは表情一つ変えない。サングラスの奥のある瞳は次なる標的を求めて忙しなく動いた。


 そして、彼らが信奉するプリエナ。彼女こそが、彼らを全ての不運から護っていた。

 降りかかる不幸は幸運の盾によって弾かれ、理不尽は幸運の金槌によって粉砕されるのだ。


 彼らは群にして個であった。女神プリエナの守護者たちは大いなる幸運を身に纏い、彼女に仇成す輩をひたすらに排除する。


「……拙い、ムセル型が来たわ」

「おあ~、あれは、拙すぎるっすよ」


 ヒュリティアがムセル型の魔導騎兵の存在を確認し、黄金の矢を叩き込み粉砕する。オリジナル同様に耐久力が無いのがせめてもの救いであるが、その機動力、運動性、何よりも攻撃力が脅威だ。手数の多さは、そのまま危険度に相当する。

 それが、多数こちらに接近しているのである。否応なしに緊張が走った。


「……連中は私が抑えるわ。ブランナ、手を貸して」

「無論ですわ。ヒュリティア様は、もう一人のエル様も同然。このブランナ、粉骨砕身の活躍をご覧に入れましょう」

「……期待してる。いくわよ」

「はいっ!」


 ヒュリティアとブランナが魔導騎兵デミ・ムセルへと攻撃を加える。光の矢と、闇の矢の雨だ。

 被弾しながらもミニミサイルを放って爆散する魔導騎兵デミ・ムセル。そのミサイルすらも光と闇の矢で撃ち落とす。

 しかし、あまりに数が多過ぎた。うちの数発がヒュリティアとブランナを越えて、後方の仲間へ到達せんとした。

 だが、それは巨大な存在によって防がれる。


「おあ~、結構痛いっすね」

「モルティーナ!」

「撃ち損じは、わっちが引き受けるっすよ~」


 モルティーナは自らを盾として仲間を守る。巨大土竜と化し巨大な爪でミサイルを叩き落とした。

 その足下では天空神ゼウスを治療するグリシーヌの姿。秘技ファーストポーションで瞬く間に天空神ゼウスの傷を癒やす。しかし、彼女は感じ取った。肉体は癒えても、彼の魂は崩壊を続ける一方であると。


「だ、だめなんだな! そ、それ以上の力の行使はっ!」

「心優しき乙女よ、恩に着る。いいのだ」


 天空神ゼウスは立ち上がった。想定していた女神マイアスではないものの、ここには鬼の四天王虎熊童子がおり、何よりも追い求めていた妻、女神ヘラがいる。


「ようやく、ここまで来たのだ! もってくれよ、我が魂!」


 天空神ゼウスは桃力を解き放ち、混戦極まる戦場へと駆け出した。目指すは女神ヘラが囚われているカプセル。しかし、虎熊童子が傍を離れたことで防衛システムが始動、床から何者かが姿を現す。堕ちし者、聖獣【クロノス】である。


「ち、父上っ!?」

「久しいな、息子よ」


 時空神クロノスは暴君であり、天空神ゼウスによって追放された実の父である。その彼は人の姿を失い、獣になり果てていた。

 女神マイアスに忠誠を誓う代わりに、力と自由を与えられていたのだ。その代償は人としての姿。

 今の彼は、獣の身体と人の顔を持つ奇妙な存在として、そこにいた。


「会いたかったぞ、我が子よ。今こそ、積年の恨みを晴らしてくれん」

「今、おまえに構っている暇はない」

「つれないな、久しぶりの再会ぞ。共に喜び合おうではないか」


 瞬間、クロノスの姿が消える。瞬時に天空神はその場から移動。彼の移動速度は光速に至る。捉えることは容易ではない。

 しかし、彼は背後からの強烈な一撃によって床に叩きつけられる。


「ぐはっ……! お、おのれ! 時を止めたか!」

「ふっふっふ、以前よりも効果時間は延びておるぞ? さぁ、覚悟はいいか」


 これが、光の速さで動き回る者への回答。時を止めてしまえば、どんなに早かろうが意味はなさないのだ。

 天空神ゼウスが薬で彼の自由を奪い追放したのも、この能力が理由である。


「くそっ、時間が無いというに!」

「くっくっく! 霊薬はもうないぞ! 滅びるがよい!」


 聖獣クロノスが咆哮する。その後ろには昏昏と眠り続ける女神ヘラの姿。

 愛しの彼女の前に立ちはだかる最悪の敵、聖獣クロノスに天空神ゼウスは歯噛みした。






 形勢は依然、モモガーディアンズたちの不利が続いている。しかし、その天秤を傾けさせる事ができる存在が……否、破壊できる者がここにいた。


『主様、いかがいたしましょうか?』

『……』

『あなた様の御心のままに……アルア様!』


 ナイアルラトホテップが動いた。彼に呼応してアルアが力を解き放つ。それは、混沌だった。あまりにも冒涜的であった。

 幼い少女の身体から生え出す触手、巨大な腕、瘴気を纏った風、全てを焼き尽くす炎。

 形容し難い黒いヤギ、液体状のおぞましい生物が、彼女の股間から流れ落ちてくる。


「あはは! ぜんぶ、ころせ! あはははははははははっ!」


 それは明確な言葉。そして、命令であった。あまりにもどす黒く、粘度の高い殺意が、全ての生ある者、そして死者までをも汚染する。

 朽ち行く生者、崩壊する死者、ありとあらゆるものはアルアに貪られ消えてゆく。

 

 それは、第三者であった。味方だと思っていたアルアは、ここにきて本性を現したのである。

 不意からの一撃は、敵味方合わせて大混乱に陥れるのは十分過ぎた。


「な、何が起こっている!? やめろ、アルア! 俺たちは……!」

「あはははははははははっ!」


 狂ったように笑い続けるアルアに、ダナンの声は届かない。

 その笑い声は正気を失わせる禍々しさを持っていた。耳に付いて離れなくなり、脳内で反響。視界は歪み、機能を果たさなくなってくる。


 凝縮された悪意は空間をも歪ませ、踊り狂う黒い影を無数に出現させる。それを見た数人の騎士が発狂した。


「ふきゅん、堪えきれなくなったか。仕方のない連中だな」


 ここで、エルティナが動いた。ドクンと彼女が大きく鼓動する。それに反応したのは、異形と化したアルア・クゥ・ルフトだ。


「あはは! えるぅ……あそぼ? あはははははははははっ!」

「ちょっとだけだぞ? 今忙しいからな」


 チラリと虎熊童子を見やる。彼はウォルガングの怒涛の攻めを受け流しつつ、口角を上げた。さっさと終わらせろ、と言っているのである。

 それに、エルティナは、「ぷひっ」とため息を吐いて応えた。


「運動不足だからって、時と場合を考えてくれませんかねぇ? アザトース様」

「……ソウイウナ。ヒサシブリノ、リセイ、ダ。ツキアエ……【オール・ワン】」


 エルティナの神気が膨れ上がった。同時にアルア……否、アザトースの神気も膨れ上がる。

 戦いは予想だにしない展開へと発展し、全ての混沌が首をもたげ、哀れな存在たちを喰らい尽さんとした。

 果たして、喰われるのはエルティナたちか、原初の混沌アザトースか。

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