763食目 トチ ~鬼仙術【黄泉平坂】~
「野郎、とんでもねぇ化け物になってやがる」
〈クリアランス〉を行使し終えたエルティナは思わず愚痴をこぼす。
かつての虎熊童子は粗野な力任せの大男であった。今し方、使用した鬼戦技も単発でしか用いず、組み合わせての使用など、まずあり得なかったのだ。
しかし、今相対している虎熊童子は、エルティナたちの出鼻を挫くがごとく鬼戦技を行使。動きを封じてからの一撃必殺を狙ってきた。
それは的確であり、エルティナの判断が遅れていれば、それで決着となっていたであろう連続攻撃だ。
「エルティナ、今のヤツは白エルフたちの知識と冷静さを持つに至っている。かつてのヤツと同じ目で見たら勝機は無いぞ」
「分かってる。だが、かつてと同じじゃないのは、こっちも同じだ!」
エルティナの桃力が再び増大する。それは、無限を思わせた。その力に反応し、虎熊童子は口角を釣り上げる。
「よし、いいぞ、エルティナっ!」
「応! ソウル・フュージョン・リンクシステム……フルコンタクト!」
幾つもの光の線が虚空より出現し、エルティナに接続された。繋がった線は一瞬の輝きを残して霧散する。その現象が終わった時、エルティナは虎熊童子へと突撃を開始する。
ダナンたちも、そのようなエルティナに続かんとするも、突撃を遮る者が現れた。
「そこをどけ! トチ!」
「それはできない」
虎熊童子に創造された鬼、トチである。ダナンたちは少しの間だが、トチと共に苦楽を共にしており、人と鬼の間柄にあって奇妙な友情を築き上げていた。
トチも、敵であるはずなのだが、モモガーディアンズたちを妙に気に入っており、創造主たる虎熊童子に反抗的な態度を示す場面もちらほらとあった。
しかし、ここにいるのは虎熊童子の操り人形トチなのである。虎熊童子の命に従い、ダナンたちを排除するべく立ち塞がっていた。
「俺は、おまえを退治したくない!」
「ダナン……トチも、おまえたちを殺したくない」
「ならっ!」
「できない、トチは、主様の……人形だから」
トチの鬼力が増大する。苦悶に歪むトチの表情。彼女は自分の力に抗っているのだ。しかし、それが無駄であることは増大する鬼力が物語っている。
「ダナン! トチを、退治しろ!」
「できねぇ、できねぇよ!」
ダナンは震えた。今でも彼はトチを仲間だと思っている。それは他のモモガーディアンズたちも同様だ。
しかし、ここには、それに属しない者たちがいた。
「おまえたちができねぇなら、俺たちでやってやる。自分の意思に従えない鬼ってぇのは辛いんだよ」
マジェクト率いる鬼軍団だ。彼らがトチに相対する。しかし、ダナンが彼らを制した。
「いや、いい。トチは……俺がやる。あんたらは、エルティナを援護してくれ」
「痩せ我慢か。そういうの、嫌いじゃないぜ」
マジェクトはダナンのGDの肩装甲を叩き、鬼たちを率いてエルティナの下へと向かう。
「おまえら、早く、行け! もう、抑えられない!」
「分かってる! もう少し抑えてろ!」
「あ、無理」
「はえぇよ!?」
マジェクトたちはトチの鬼力の連続光弾に晒されて壊滅、ぴくぴくと情けない痙攣状態に陥った。これには、エルティナも白目痙攣状態でもって応える。
「なにやってんですかねぇ?」
「面目ない」
すかさず、エルティナが鬼たちに【ソウルヒール】を施す。しかし、鬼たちの半数は分断されることになり、エルティナの援護は心持たない数となった。
「どうする? 先にトチから退治するか?」
「いや、ダナンがやると言ったんだろう?」
「そうだが……あの【もやし】には、きついだろう」
「男がやると決めたからには、横から手出しするのは野暮ってもんだぜ」
「……へっ、よく言う」
マジェクトは愛用のくたびれた杖を握り直す。それを認めたエルティナは、鬼たちを率いて虎熊童子に殺到した。
「鬼仙術【黄泉平坂】!」
トチがダナンたちモモガーディアンズに対して行使した鬼仙術、それは死者を手駒として呼び出す邪法。
呼び出された死者は、朽ち果てた肉体を与えられて現世と舞い戻り、人形のように命令を実行する。今のトチのようにだ。
「お、おまえら……!」
ダナンたちが絶句するのも無理はない。呼び出された者たちとは戦死したモモガーディアンズたちだったからだ。
無残な姿になったアカネ、リック、ロン姉妹、クリューテル、景虎、オフォール、そして、ライオットの姿に彼らは動揺した。
「ラ、ライオットまで……嘘だろ!?」
これにキュウトが狼狽し隙を見せてしまった。その隙を突いて、首の無いランフェイが彼女に切り掛かる。
キュウトは反応できないまま首を刎ねられ、ころころと彼女の首が転がった。
「キュウトっ!? くそっ! やるしかねぇ!」
仲間の無残な姿を堪えつつ、ダナンは引き金を引いた。それが、戦いの合図となり両者は激突する。
無残な姿になったとはいえ、アカネ、リック、ロン姉妹、クリューテル、景虎の強さは変わらずであり、モモガーディアンズたちを苦しめる。
次々に倒されるラングステン騎士団たち。ダナンは、無駄に戦力を削られるわけにはいかない、と判断し彼らを下げる。
すると、トチは魔導騎兵たちを呼び寄せ、騎士たちを殲滅せんとした。隙を見せぬ二段構えに、ダナンたちは戦慄する。しかし、呼び寄せられたのは今まで交戦してきた【ソルディン】というタイプの魔導騎兵。これであるなら、騎士たちでも相手が務まる。
「騎士たちは魔導騎兵を抑えてくれ!」
「了解です!」
ダナンは劣勢になりつつある戦況を冷静に分析、勝利への細い糸を手繰り寄せる。
魔導騎兵による増援で数の優位性を失った彼らは、戦力の核を潰す必要性に迫られた。即ち、虎熊童子とトチの撃破である。
「各員は、トチの撃破を優先しろ!」
モモガーディアンズたちはダナンの指示に従い、トチを目指す。ダナンの判断は間違いがなく、蘇らされた亡者を倒したところで、再びトチに呼び出されて復帰してしまうのだ。
だが、死んでもいけないのである。
トチが再び鬼仙術【黄泉平坂】を発動する。すると、死んだばかりの騎士が立ち上がり、仲間たちに切り掛かってきた。即ち、死ぬことは相手側の兵として蘇ることを意味していた。
しかし、中には動かない者もいる。強力な意志の力で命令を拒んでいる証拠だ。静かに佇むライオットの亡骸とオフォール、数名の騎士たちが、それに当たる。
オフォールの場合は、フライドチキンになっていて行動ができないだけなのだが。
「くそっ! また、あの仙術を使おうとしてやがる!」
「……使われれば、使われるほど、不利になる……!」
ダナン夫婦はコンビを組んで敵陣の突破を試みる。しかし、GD・ラスト・リベンジャーであっても、それは容易ではなかった。分厚い亡者と魔導騎兵の壁に阻まれ、先へ進む事ができない。
またしても鬼仙術【黄泉平坂】が発動される。今度はガッサームとヤッシュが無残な姿で召喚された。
「ガッサームさんに、ヤッシュさんま……」
そこまで口にして、ダナンは思わず、しまったと後悔する。ここにはヤッシュの娘エルティナがいるのだ。そんな彼女が、今のヤッシュの姿を目撃してしまえばどうなるか。
その彼女がヤッシュの無残な姿を目の当たりにしてしまった。拙い、その言葉がダナンの頭の中を埋め尽くす。
しかし、エルティナは「ふきゅん」と鳴いただけで、虎熊童子との戦闘に集中してしまう。
ダナンはこれに違和感を感じた、エルティナは誰よりも死に敏感なはず。仲間の死、ましてや身内の死に反応が薄すぎるのではないか、と。
そんなダナンの心の揺れに気が付いたエルティナは、〈テレパス〉で彼と交信する。
『ダナン、俺はよ……【全てを喰らう者】だからよ』
『エルティナ! まさか……おまえが、さっきから食べてるのって……!?』
交信は切れた、それが答えだ、と言わんばかりに。
ダナンは震えあがる。これが、自分たちがおこなってきたことの答えだ、というのかと。全ての帰る場所は最早、輪廻ではないのか、と絶望した。
輪廻を知るがゆえの苦悶に晒されるダナンだが、彼を現実に引き戻した者がいる。彼の妻ララァだ。
「……ダナン! 来る!」
「ちぃっ!」
迫るかつての仲間たち。引き金を引く指は震え、心は躊躇いを覚える。放たれる閃光は、戦士たちの絆を引き裂いた。




