762食目 虎熊童子
木花桃吉郎と、覚醒した超魔動機兵ラグナロクが激しい戦いをおこない始めた頃、エルティナたちもまた、宿敵と対峙することとなる。
プリエナのあり得ないほどの【運】は、本来辿り着くことが無かったであろう場所へと到達。
そして、その広い空間には、金と黒とが混じり合った髪を持つ褐色肌の大男が、巨大な金棒を片手に、膝を突く天空神を見下ろしていた。
「虎熊童子……!」
「来たか……宿敵」
禍々しい鬼力を放つ虎熊童子の背後には、透明のカプセルに納められた女性の裸体。薬液に満たされた内部に漂う女性の姿を見て、エルティナは眼差しを鋭くする。
「ふきゅん、女神ヘラか」
「そうだ、憎怨は彼女から神気を奪い、未来視を可能としている。そして、ここにいる男は彼女を奪い返さんとして、たった今、返り討ちに遭ったところだ」
虎熊童子が膝を突く天空神の鳩尾に蹴りを入れ、エルティナの下にまで転がした。天空神は悶絶し、肺の空気を全て放出、それでも辛うじて意識は繋ぎ止めた。
「エルティナ、無念じゃ。幾つもの悲しみを作り出し、その末に得た力であっても、ヤツを超えることは叶わなんだ」
「ゼウス様、落ち着くんだ。いくら力があっても、気が動転してたら本来の力は発揮できないできにくい。だから、俺はヤツにこう言うだろうな」
エルティナは天空神ゼウスを諭した後に、スッと息を吸い虎熊童子に宣言する。
「やろう、ぶっころしてやらぁ!」
「全然、冷静ではないではないかっ!」
珍獣エルティナと天空神ゼウスは、共に迫真の集中線を用いたボケとツッコミを披露、これに虎熊童子は不敵な笑みを浮かべる。
「そうでなくてはな……今宵は最後の宴ぞ。最早、何も語る事はあるまい。その培った全ての力を我に叩き付けよ」
虎熊童子は無骨な金棒を機械の床に叩きつけた。そして、紳士の装いを捨て去る。
「我こそは鬼が四天王、虎熊童子! 因果に導かれ、集いし戦士たちよ! 見事、この虎熊の首を打ち取って見せい!」
金棒を構える虎熊童子の迫力に屈服する者はいたであろうか。答えは否、ここまで辿り着いた者に、そのような者は存在しない。
「上等だ、おるるぁん! 鬼を退治するのは桃使いのお仕事だって、それ一番言われてっから! ダナン、GD・ラスト・リベンジャーを頼むっ!」
「任されたっ!」
エルティナはGD・ラスト・リベンジャーをダナンに託し、身一つで虎熊童子向かい合う。その様子を黄金のGDに身を包むウォルガングは見つめていた。
「(黒い男……我が宿敵!)」
無意識に魔導光剣の柄に手が伸びる。そして、彼は待つのだ。開戦の時を。
「大将……」
鬼であるマジェクトは迷いの中にいた。大恩ある虎熊童子に刃向かおうというのだ。
女神マイアスに恨みはあれど、虎熊童子には感謝しかない。そんな彼に刃を向けるのは筋に反するのではないか。
「マジェクト、何を迷う」
「タ、タイガーベアー様……!」
「鬼は己の求めるものに従ってこそ……ぞ。戦い、食らい、蹂躙し、己の望むものを勝ちとれい」
その真っ直ぐ過ぎる眼差しに、マジェクトは一生で使う全ての感謝を彼に捧げ、意を決して武器を構えた。
彼に従う鬼たちも同様だ。アランを従えた虎熊童子は、彼らにとって神に等しい。しかし、彼らはマジェクトに全てを預けた。だからこそ、彼らは神に戦いを挑む。
「トウヤ、覚悟はできてるか? 俺はできてる」
『今更だな。できているに決まっているだろう』
エルティナが莫大な桃力を解き放つ。それは、虎熊童子が想定した彼女の桃力を遥かに超えていた。
「(この力は……ふっふっふ、貴様もまた【鬼】ということか)」
虎熊童子は、ほくそ笑む。かつて無いほど強大な力を持つ桃使いを前に。
震える身体は武者震い、その力を全て出し尽くせるであろうという確信。
吉備津システムが起動された。最後になるであろうシステムの起動に、トウヤは万感の思いで臨む。
「ふきゅん! 来たれ! 魂で結ばれし獣臣たちよ!」
エルティナの呼びかけに応えるは三匹の獣臣。イフリートの炎楽、フェンリルの雪希、子雀うずめ。
彼らは魂の導きにより、全てを越えて主の下へと馳せ参じる。その姿は光の粒子へと解れ、エルティナに力を与えるのだ。
「いざ征かん! 鬼退治っ! エルティナ、獣臣合体だ!」
「応! 努力の鉢巻き引き締めて!」
炎楽が白き鉢巻きへと姿を変えてエルティナの額に装着された。その白い鉢巻きには桃の姿があしらわれている。
これこそ、炎楽の弛まぬ努力が具現化した【努力の鉢巻き】なり。
「勇気の鎧に身を包み!」
雪希が赤い武者鎧に姿を変え、エルティナに装着される。これによって彼女は見事な若武者へと変貌した。
雪希の尽きぬ勇気が形になりしは【勇気の鎧】。たとえ、その身が小さくとも、内に秘めたる勇気は大いなるものなり。
「愛の羽織を纏いしは!」
子雀が白銀に輝く羽織へと変異しエルティナに装着された。
うずめの無限ともいえる愛情は、穢れなき白銀となりてエルティナを温かく包み込む。それは、あらゆる困難から大切な者を護る【愛の羽織】なり。
この獣臣たちを身に着けし者こそ、桃使いの到達点。その名も……。
「日本一の桃太郎っ!」
エルティナは神桃の枝・輝夜を構えた。そこに生じるは桃力の刃。彼女を彩るは八尺瓊勾玉。神桃剣月光輝夜の降臨である。
「百代目【桃太郎】、エルティナ・ラ・ラングステン、見参っ! 我らが桃使いの神【吉備津彦命】よ! 百代目の戦いを、とくと御照覧あれ!」
虎熊童子は歓喜する。待ちに待った滅びが、そこに存在するのだ。
しかし、ただで滅びてやるつもりもない。彼は鬼だ、それも特大級の鬼。鬼の矜持を存分に見せ付けなくてはならない。その名を、相対した者の魂に刻み付けなくてはならないのだ。
ひり付くのは空気か、それとも両陣の放つ闘気か。そして、その時は訪れた。
「「いざ、尋常に……勝負っ!」」
止まった時が動き出す。先手は虎熊童子。振りかぶった金棒を躊躇うことなく機械の床に叩き付ける。
「鬼戦技!【振虎緊縛撃】!」
鬼力を含む振動がエルティナたちに襲い掛かった。直感で跳躍し振動を回避した者、多数。
しかし、対応しきれず振動によるダメージと拘束を受けた者は、あろうことか指一つ動かせなくなる。この鬼戦技の恐ろしさは、その効果範囲と拘束力にあった。
「続けて、第二技!【振破虎打撃】!」
金棒を持たない手の方で【空】を打診、跳躍したエルティナたちが空中で止まる。その姿は、まるで標本にされた昆虫のようだ。
「この、鬼戦技は……野郎、初っ端から!」
エルティナの脳裏に蘇るのは、木花桃吉郎の残照に託された記憶。瞬間、エルティナは本能的に動いた。
「終の技!【振打終滅拳】!」
「桃仙術!【鬼滅桃封陣】!」
虎熊童子の拳に赤黒い輝きが灯る。そこから放たれるのは台風にも似た荒れ狂う破壊の螺旋。抉れる機械の壁と床。
明らかなる必殺の一撃を、エルティナは輝ける桃色のヴェールでもって迎え撃つ。それは、明らかに頼りが無い物であった。
しかし、輝けるヴェールは荒れ狂うものの侵入をことごとく防ぐ。両者が役目を終え、霧散した直後に、虎熊童子に切り掛かる者がいた。ウォルガング元国王である。
「タイガーベアー!」
「ウォルガング・ラ・ラングステン!」
輝く刀身のが虎熊童子に振り下ろされる。それを、虎熊童子は金棒で受け止めた。
「おまえに奪われたものを……取り戻しに来たっ!」
「ふっふっふ……その怒り、悲しみ、憎しみ……香る! 極上だ!」
ウォルガングの蓄積してきた感情は熟成に熟成を重ね、虎熊童子に極上のブランデーの香りを思わせた。そして、今こそが狩り時と判断させる。
しかし、それは同時にウォルガングの限界を突破させる月日でもあった。
「この日を何度、夢見たことかっ!」
「我もだ! 堪えに堪え、熟すのを待っていたのだ!」
「滅びよ! 鬼!」
「贄になれ! 人間!」
激しい応酬が始まる。煌めく光の刃、それを受け止める金棒からは、火の子が飛び散り二人の周囲を彩った。
この隙にエルティナは治癒魔法【クリアランス】を行使、緊縛状態にあった者たちの戒めを解く。
虎熊童子との戦いは始まったばかり、果たして勝利が微笑むのはどちらか。




