76食目 赤いシア
俺達がムセル達の練習を夢中になって見ていると、隣のリングからざわめきが聞こえた。
「シアだ! 赤いシアが来たぞ!!」
「に、逃げろ……!!」
……なぜ逃げる?
隣を見ると、ヘタレどもが言っていたとおり、シア・スイセンと、エスザクが姿を見せた。
他にも彼女のチームメイトと思われる男性と女性もいる。
丁度良い、ここは宣戦布告としゃれこもうではないか!
俺はムセルを連れて、シアの元に向かった。
「おいぃぃぃ! 俺の名前を言ってみろぉぉぉぉぉ!!」
「ん……? 君は確か、エルティナ君だったか?」
あ……憶えていてくれた! うれちぃ!
じゃなくてっ!
「ここで会ったが一日ぶり! こんにちはっ!」
「こんにちは」と、にこやかに挨拶をかわす。
挨拶は基本だな!
だ・か・ら! 俺は彼女に宣戦布告しに来たのだよっ!
なんで爽やかな挨拶かましてんだ、おるるぁん!
「宣戦布告に来たぞっ! 超絶パワーアップしたムセルで、エスザクをギャフンと言わせてやる!」
ジャキーン! と拳を突き出し、そこはかとなくカッコいいポーズを決めるムセル。
素直に格好いいぞっ!
俺は思わずムセルに拍手を送る。
それに釣られ、周りの人々もムセルに拍手を送り始める。
これにムセルは少々照れ臭そうだった。
「ははは、君は本当にパートナーを愛しているのだな?」
「当然だ、ムセルは俺の子供だ!」
それを聞いたシアは、心底嬉しそうに笑った。
俺は彼女が嬉しがるようなことを口にしたであろうか?
「はは、すまない。君みたいな幼い子が、そこまで言い切るとは思わなかった」
愛おしそうに、自分のパートナーであるエスザクを撫でるシア。
エスザクは澄ました表情をしているが、とても嬉しそうだ。
「うん、だから負けて悔しい、勝つと嬉しい。単純だが、真理だ。負ければ当然……再戦したくなる。敗者にはその権利が、勝者には受ける義務がある!」
強い意志を持ったシアの視線が俺達を射抜いた。
く……! 怯むな! 俺達は、それを超えなくちゃならない!
「ふふ、グランドゴーレムマスターズ! そこが私達の決着の場に相応しいとは思わないか? 年に一度の大舞台! 大勢の観客! 勝者には大いなる名誉が与えられる!」
少し大げさに、振舞って大きく声を張り上げるシア。
これは俺だけにじゃない、周りのゴーレムマスター達にも向けた声だ!
「おお、やってやるぜ! 今年こそ、俺達が優勝だ!」
「去年は、予選落ちだったけど……今度こそ!」
シアの一言で周りの人達が猛烈に熱血している。
流石はホビーゴーレム界のカリスマ的存在だ。
「エルティナ君。私達と当たるまで負けない事だ。期待している」
彼女はそう言い残すと、エスザクとチームメイトを伴い颯爽と去って行った。
意外と尻がデカいな……安産型か。
「上等だ! 絶対に負けん! ムセル! 頑張るぞ!」
拳を天に上げ、勝利を誓うムセル。
そうだ! 俺達は絶対にエスザクに勝つんだっ!
◆◆◆ シア ◆◆◆
私達に宣戦布告する者は、後を絶たない。
私こと、シア・スイセンとエスザク。
今でこそ有名になったが、そこまでの道のりは簡単なものではなかった。
一時期は隆盛を誇ったゴーレムマスターズも、時代が経つにつれて廃れていく。
その度に、芯となれるスターが必要になった。
私がゴーレムマスターになったのは十歳の時。
そして、初めて作り上げたホビーゴーレムが、この『エスザク』だ。
もう、五年来の付き合いになる。
彼はバトルのパートナーであり、そして私の大切な家族だ。
私達がデビューした頃は丁度、ゴーレムマスターズが下火になっていた時であり観客も疎らで、公式戦でさえ空席が目立ったのが印象的だった。
「エスザク! キックだ!」
私の意思を受け取った証としてエスザクの目が輝きを見せる。
一緒に考え、最適解である、とした蹴りが相手に命中する。
対戦相手は強烈な一撃に耐えきれず膝を突いた。
『勝者! エスザク!!』
勝てば嬉しい、負ければ悔しい。
そんな、単純な心理、感情。
私達は、それで満足だった。
二人で、一つの事に熱中できる!
それは、人と玩具の掛替えの無いやりとりであったのだ。
しかし……終わりは、なんの前触れもなくやって来る。
長い年月、大きな戦争も無くゴーレム達の存在意義が、大人達には認められなくなっていたのだ。
当然、ゴーレムマスターズにも大人達の魔の手は伸びた。
遺憾なことに、今年でゴーレムマスターズを廃止する、と言うのだ。
大部分の人達は諦めていた。けど、私は諦めなかった。
諦めれるはずがないのだ。
ホビーゴーレムと共に、知恵と力を合わせて勝利する喜びを知ってしまったからには。
それから、私は奔走した。
ホビーゴーレムを、皆に知ってもらう為に。
この、奇抜な赤い衣装も奇抜なデザインにして、とにかく目立とうと思って制作した。
目立てば、皆に知って貰える確率が上がる。
そして、ホビーゴーレムというものを認知してもらえる。
まずは知ってもらわなければ話にならない。
活動してると、いう証拠を残さねば誰も納得してはくれないだろう。
そしてパフォーマンス。特徴的な喋り方。
仕草、貫録、そして……圧倒的な強さ! これこそが肝要!
私とエスザクは室内、野外問わずにバトルをおこなった。
そして、観客を魅せた。
少なかった観客はやがて少しずつ増えてゆく。
それに伴い、私達はいつしか【赤き彗星】と呼ばれるに至る。
順調に事が進んでいた。
大人達も、ゴーレムマスターズが上げる利益に関心を惹かれていった。
しかし、ここで魔族との戦争が起こってしまう。
不足する物資。人が次々に死んでいく。
最早、ゴーレムマスターズ所では無い。
人類が魔族に、滅ぼされるかの瀬戸際。
当然、ゴーレムマスターズなど目に掛けられない。
一時は盛り返したものの、ホビーゴーレムが再び消え去る危機が訪れる。
ここまでの努力が、水泡に帰してしまおうとしていたのだ。
何がなんでも、ここでホビーゴーレムを潰えさせてはならない。
けど……私は子供であり、時世が時世だ。
私の主張はことごとく退けられた。
魔族との戦争は苛烈さを増し戦死者が後を絶たない。
絶望的な雰囲気が蔓延してきた頃、聖女様が降臨した、との噂が立った。
だから、なんだというのだ。
最早、打つ手が無くなっていた私は祈った。
早く戦争が終わりますように、と。
そうするより他に手立てが無くなってしまったのである。
人は追い込まれると本当に祈ることしかできないのだ、と知った切っ掛けだ。
それから暫くする、と今度は勇者様が召喚されたらしい、という噂が立った。
聖女に勇者。
これは、どのような奇跡が重なったのであろうか。
確率的にあり得ないほどに低い抽選を掻い潜って引き当てた奇跡と言えよう。
聖女と勇者の登場のから数週間後……凄惨極まりない戦争は終わった。
「感謝せねばな、聖女様と勇者様に」
勇者様はラングステンの民ならば誰しもが知っている。
勇者タカアキ。
失礼であるが彼は不細工である。
でも、とても勇敢で誠実、誰にでも優しく慈悲深い。
少々変わった趣味をお持ちのようだが、それもまた愛嬌であり、少しくらいの欠点でもあるため親しみ易さに一役買っている。
勇者タカアキは、子供たちが憧れる真の勇者だ。
一方で聖女様は謎が多い。
曰く、絶世の美女で王様が王宮から出さないと。
曰く、能力はあるが、とんでもない阿婆擦れで、王命により軟禁状態だとか。
いずれにしても、この二人が戦争を終わらせた立役者であると同時にゴーレムマスターズを存続させる切っ掛けを与えてくれた者達に変わりはない。
「ふ……彼らに感謝だな」
あれから一年後、ゴーレムマスターズは、かつての盛況を取り戻していた。
戦争に勝利した、という気の緩みもあったのだろう。
魔族との停戦協定が結ばれた頃には、ホビーゴーレムは飛ぶように売れるようになったのだ。
コアさえあれば、周囲から素材を集めて出来るゴーレムは親に喜ばれた。
子供たちもホビーゴーレムの誕生に大はしゃぎだ。
そのお蔭で、エルティナ君のように、ゴーレムを自分の子供だ、と言い切る子も見受けられるようになってきた。
正直、その台詞を私に言われた時、不覚にも泣きそうになった。
私が必死におこなってきた活動は無駄じゃなかった。
エスザクと駆け抜けてきた道は間違ってなどいなかったのだ。
「エスザク、涙脆くなった私を笑え」
心が弱くなった時は、いつもエスザクにこう言った。
エスザクは何も言わず私を抱きしめてくれた。
サイズが違うので、私の頬に抱き付いているだけなのだが。
だが、それで十分だった。
「ありがとうエスザク。見たか? あの子のホビーゴーレム。肩が赤かった。お前を意識しているのだろう」
ぼぅ、とエスザクの目が輝く。
いつも、そうだった。彼は返事の代わりに単眼を静かに輝かせる。
「ははは、そうか! お前も楽しみか! 再び戦えると良いな。私も、あの子とゴーレムと戦いたい」
あの子程、純粋にゴーレムマスターズを楽しんでいる子はいないだろう。
あの子程、ホビーゴーレムを、家族だと思ってくれている子はいないだろう。
嬉しくて涙が出る。
同時に腹の底から湧き上がる闘志を抑えることができなかった。
「行こうエスザク、私達が目指す道を。ひたすらに」
歩み続けよう、私達が信じたゴーレムマスターズを。
それを信じて付いて来る子供達の為に。
例え、いつかホビーゴーレムの道から退くことになろうとも、今なら大丈夫と思える。
何故なら、私の信じた道を信じてくれる者たちがこんなにもいる、という事を知ったのだから。