755食目 全ての命との絆
強化した鬼を駆逐された女神マイアスは、小さな舌打ちをした。未来視【フューチャー・ワールド】で視た結末とは異なっているからである。
「……何者かが未来に干渉している? 観察者……じゃないわね」
いずれにしても予定にはない事態だ。女神マイアスの予定としては、ここで桃太郎は吉備津彦を残して全滅しているはずなのである。
しかし、想定外の援軍が到着し、桃太郎たちは数多く残ってしまった。
「これは、修正が必要ね」
彼女は宇宙要塞ASUKA内の魔導騎兵生産工場に、更なる魔導騎兵の増産を課した。
既に生産ペースは限界を遥かに超えている。それでも作れというのだから制御コンピューターは堪ったものではない。
しかし、命令には逆らえず使命を果たそうと演算を開始する。その結果、戦場に漂う遺体を再利用するという結果に至った。最悪の選択である。
魔導騎兵に僅かな材料で作り上げた寄生型の魔動機を持たせ、戦死者が多数漂う宙域でばら撒かせる。すると、魔動機は遺体に取り付き活動を再開。まだ生きていると思い、近付いてきた戦士たちに襲い掛かり躯の仲間入りを促した。
それを繰り返すと簡単に戦力を補填、増強することに成功する。悪魔を上回る所業であった。
「あとは【ジャッジメント】に群がる小蠅たちね。これも、問題は無いわ」
映像に映るのはライオット、フォクベルト、ガンズロック、咲爛、景虎、リックにロン姉妹、クリューテルといった面々だ。
他のメンバーは突入する組と道を作る組とに分かれたもようである。
スッと女神マイアスは瞼を閉じる。赤黒いオーラが湧き出し彼女を包み込んだ。
「女神マイアスが命じます、動きを停止しなさい」
それは女神の【命令】であった。この世の全ては彼女が作り出したもの。その彼女の命令は強制力が働く。特に、女神マイアスによって、力を授けられた者に対しては絶対的な効力を発揮した。即ちモモガーディアンズたちである。
「なっ!? か、身体が……! うわぁぁぁぁぁっ!?」
「リック! なんで、身体が動かねぇんだよっ!?」
リックが魔導騎兵のライフルに蜂の巣にされ爆散した。その最期を見ても。彼らは動くことを許されない。今度は咲爛が狙われた。
「お、おのれぇ! 身体さえ動けばっ!」
「咲爛様っ!」
彼女の従者景虎は、GDのスラスターを動かし咲爛に体当り、辛うじて彼女を救う。しかし、自身は魔導騎兵たちの銃撃に晒され敢え無く息絶えた。
「か……景虎っ! 返事をいたせ! 景虎っ!」
咲爛の悲鳴が宇宙に木霊する。いくら強かろうと動けないのでは意味をなさない。
「どうなっているんだ!? 身体が動かなければ戦いにならない! 嬲り殺しにされる!」
「なんとかならねぇのかよぉ! フォクぅ!」
また一人、魔導騎兵の手に掛かった、ルーフェイだ。彼女の最期は魔導光剣でめった刺しにされる、という凄惨な結末であった。
「お、お姉さ……」
その妹ランフェイも最後まで言葉を発することなく頸を刎ねられる。地獄のような光景が広がっていた。その光景にも表情を変えない女神マイアス。
利用できる者は利用し、出来なくなったら廃棄する。それを何千何万と繰り返してきた彼女にとって、手塩にかけて育成してきた少年少女でさも、感情が揺らぐ対象には成り得なかった。
「これでいいわ。すぐに全滅するでしょう」
女神マイアスは視線を別の戦場へと替える。そこには宇宙要塞ASUKAの中心部分、即ち女神マイアスが座する場を目指す一団の姿。
「さぁ、おいでなさい、エルティナ。沢山の生贄を捧げ、最後の舞台へと立つのです」
冷徹な女神は最後の時を待ちわびる。モモガーディアンズたちの悲鳴をBGMとして。
「か、身体が動かなくたってぇ!」
クリューテルは己の能力を開放した。彼女の特殊な能力は髪を武器に変えることである。
鋼をも凌駕する硬度の銀髪が宇宙に広がり魔導騎兵を切り刻んでゆく。そして、動けない仲間たちを引き寄せ防衛に徹した。
「どうなっていますのっ!? 身体が動かないだなんて!」
「この場面で、この状態は拙いなんてもんじゃない。どうしたものか……」
フォクベルトはこの窮地を脱するための知恵を絞る。しかし、知恵でどうにかできるものではない、という回答が瞬時にして浮かび上がる。首を振って打ち消そうにも首が触れない状態に辟易した。
その間にも状況は悪化する。クリューテルの髪とて何度も魔導ライフルや魔導光剣に耐えれる物ではないのだ。焼き払われ、切られたりなどをし、徐々に防衛網を狭められてゆく。絶体絶命だ。
「そんな……ここまで来て……!」
魔導ライフルの一撃が無情にもクリューテルの胸を貫いた。彼女は目を見開いたまま絶命する。状況は一気に悪化、魔導騎兵によるモモガーディアンズたちの蹂躙が始まる。
「ちくしょう! 身体さえっ!」
『聞くんだ、もう一人の僕』
「こんな時になんだっ!?」
ライオットは内なる自分、シャイニングレオに怒りをぶちまける。しかし、輝ける獅子は冷静だった。
『きみは、ここで死ぬ。これは避けられない運命……いや、チャンスなんだ』
「……なんだって?」
『女神マイアスの意識が、他に向けられている今を置いて他にない』
「何を言って……!」
ライオットの言葉が最後まで紡がれることはなかった。胸から生える光の刃、ライオットは背中から魔導光剣によって貫かれたのだ。その輝きを見てライオットの意識は暗転した。
そこは闇の中、彼が幾度も訪れた闇だ。そこに、彼がいた。
「やぁ、来たね」
「来たね、じゃねぇよ。説明してくれるんだろうな」
「当然だよ、ここは精神と時の部屋。僕たちが、こうして話し合っている最中であっても、外の時は流れていない」
闇の中に外の景色が映る。そこには全てが停止した世界があった。
「マジか」
「マジさ、この期に及んで嘘を吐いたって仕方がないもの」
輝ける小さな獅子は、ライオットに飛び込む。彼は輝ける小さな獅子を抱き留めた。
「ライオット、始祖竜カーンテヒル様に与えられた使命を果たす時が来た。それは、モモガーディアンズたちを救う事にもなる」
「皆を……?」
「そうだよ、きみの個人スキル【繋ぐ】はこの為にあるのだから」
「俺の役に立たない個人スキルが?」
「役に立たないだなんて、とんでもない。この力は、カーンテヒル様が力の半分も費やして作り上げた奇跡の結晶なんだ」
輝ける小さな獅子は、名残惜しそうにライオットを見上げると、その身を粒子へと解した。
「お別れの時が来た。僕は、きみの個人スキルを真に開放するための鍵なんだ」
「なんだって?」
「さようなら、もう一人の僕。この十八年間……楽しかったよ」
輝ける小さな獅子は、ライオットの胸の中へと入り込んでいった。今まで感じたことが無い熱がライオットを襲う。
そして、彼はその熱に焼かれ、精神と時の部屋から消え失せた。
ライオットの遺体は、見せしめのごとく切り刻まれ宇宙に散らばった。その絶望的な光景はモモガーディアンズたちの心をへし折るに十分過ぎた。
誰しもが諦め迫る死に恐怖を覚えた時、彼の者は光と共に現れる。
「光……?」
仲間の返り血を眼鏡に浴びて視界が効かなくなったフォクベルトは、突如として現れた輝きに反応した。
「フォクぅ……俺ぁ、夢でも見てるんだろぉか?」
「夢だったら、どんなに良かったことか。これは、現実だよ」
それは肉体を失い、いまだ戦場に立つ輝ける獅子の姿。純粋なるライオット・デイルとなった彼は、能力を開放、全ての命を繋げる。
『個人スキル【全ての命との絆】発動!』
それは、女神マイアスの呪縛を断つ唯一無二の方法。始祖竜カーンテヒルが託した希望の力。
この力に女神マイアスが反応しないわけがなかった。
「っ!? 命令権が奪われ……いや、これは上書きっ! いったい誰が……」
彼女は絶句した。そこには、全ての命と繋がった輝ける獅子の姿があったからだ。その彼が放つ輝きが問題だ。紛れもなくカーンテヒルが持つ輝きであるのだから。
「そんな……!? カーンテヒル! 私はあなたのためにっ!」
『いい加減に気が付けっ! カーンテヒルは、あんたに、こんなものを望んじゃいねぇ!』
輝ける獅子の声が女神マイアスに直接届く。その力に、何よりも言葉に彼女は動揺した
「嘘よっ! あなたの言葉は……」
『ならっ! 何故、カーンテヒルは俺に、この力を託したっ! あんたを止めたかったからだろっ!』
「……!」
女神マイアスは明らかに動揺、黄金の玉座にて、わなわなと身体を震わせる。
ライオットの力により戒めから解き放たれたモモガーディアンズたちは、仲間の仇とばかりに魔導騎兵を駆逐する。あまりに犠牲が出過ぎた。
「ちくしょうめぇぇぇぇぇっ!」
「戦力がズタズタだ。敵を抑えてくれているクラークとムセルも応援に呼ばないと」
ガンズロックのバズーカは彼の慟哭を載せて魔導騎兵を粉砕する。フォクベルトは戦場にて魔導騎兵を抑えてくれているクラークとムセルに応援を要求、許可を受けた。
『おまえら、行くぞ。なんとしても、こいつをぶっこわさねぇと』
「そうだね……もう、後戻りなんてできやしない」
「当然だなぁ? もう、跡形もなくなるまでぶっ壊さねぇと気が済まねぇぞぉ!」
フォクベルトはGDのアクセルを全開にし、ジャッジメント内部へと突入。クラークと、GT・ムセル・テスタロッサが彼らの後を追う。
モモガーディアンズたちとて生き残れない過酷な戦いは終局へと突入する。悲しみの宇宙はいったい何をもたらすのか。
混乱する女神は独り、恐怖の中で委縮する。終わりは確実に近付いていた。




