754食目 悪魔と天使と
地獄にあって美しく羽ばたくは大天使。縦横無尽に飛び交い、強化された鬼を退治せしめる誠司郎に桃太郎たちは驚嘆する。
そして、ただの桃使いであるにもかかわらず、鬼を切り伏せてゆく誠十郎に桃太郎の姿を見出した。
「今だ我らは朽ち果てず! 志半ばで倒れようとも、後を継ぐ者有り!」
桃太郎たちは己を鼓舞するかのように誠十郎を称える。
誠十郎の桃力の特性【英】……それは、倒れた仲間の遺志を継ぎ己を強化する、という特性を持っていた。即ち、これは身魂融合に相当する
次々に倒れていった桃太郎たち。彼らの能力を誠十郎は引き継ぎ、尋常ならざる強さを獲得するに至る。その力は、かつて最強と謳われた【傷だらけの桃太郎】に迫った。
「凄まじい二人だな……あれが、一介の桃使いだとは信じ難い」
鬼神のごとく、強化された鬼たちを切り捨てる誠十郎に、桃太郎たちは頼もしさと戦慄を覚える。
そんな彼らを他所に、誠十郎が思う事はただ一つ。彼の娘、誠司郎の無事である。
「強い……さっきとは桁外れの強さ。ルシちゃん、まだいける?」
誠司郎の愛銃ルシフェル666は、ほのかな輝きを見せて応答とした。かなりの疲労を蓄積している様子であるが、ここで弱音を吐く場面ではないことを理解しているようだ。
「初代様、このままでは……」
「うむ、何かしらの転機が必要か」
吉備津彦は、超機動要塞ヴァルハラに待機する桃先生エティルの力を借り受けるかどうか悩んだ。
彼女は残された力を、実の娘エルティナに使うために、ここまでやってきたのだ。
「(いま、我らの力を、ここで使い果たすわけにはいかぬ。しかし、この状況を、どう打破するか)」
彼は悩んだ。いばらきーずは、桃力を使い鬼を張り倒しているものの、どうにも調子が出ない様子だ。桃力に慣れていないという事もあるのだろう。
「いやねぇ……なんというか、このもったり感に慣れないわ」
「そうだねぇ……こう、ずばっ、ばしっ、てのがないとノレないよ」
そう言いつつも、強化された鬼相手に優位に立ち回る彼女たちは、見事としか言いようがない。
かつての宿敵が立場を変えて味方してくれることが、これほどまでに心強いとは桃太郎たちも思ってもみなかったであろう。そして、援軍は茨木童子だけではない。
「お待たせっ! 遅くなったよ!」
「遅いわよ、プルルに熊……って、星熊も?」
「うん、回収してきた」
「【やり放題】を消す代わりに【服従の誓い】を契約させたから問題ないさ」
熊童子の言葉に呆れるユウユウ。これは【やり放題】よりも酷い契約だ。内容によっては肉奴隷もこなさなくてはならなく、拒否する事もできない。つまり、【やり放題】よりも酷いことになっているのだが、星熊童子は阿呆なので理解できなかったのだ。
「契約したからには、プルル様に服従する次第でございます」
「おや、僕じゃないのかい?」
「熊なんて知らないんだから! ふんっ!」
星熊童子はプルルに服従することを誓った。賢明な判断である。そんな、彼女はプルルの命に従い、強化された鬼相手に戦いを挑む。
「く、熊童子に星熊童子まで味方に……!? 今回の鬼退治はどうなっているんだ!」
困惑する桃太郎たちを見て、愉快そうに笑うユウユウとリンダ。かつての宿敵は戦友となりて、共に鬼退治を成す。
「最早、ここに常識は非ず……か」
吉備津彦は、久方ぶりに気分が高揚するのを感じ取った。このような事は何百年ぶりとなろうか、と自嘲し襲い掛かってきた鬼を切り倒す。
初代桃太郎ここにあり、そう告げるには十分過ぎる迫力だ。
「皆の者、目標は憎怨の首ぞ! 有象無象はことごとく退治せしめよ!」
「「「応!」」」
吉備津彦の鼓舞に、桃太郎たちは褌を引き締める思いで呼応、培ってきた力と技とで鬼たちを押し返す。そこに、大いなる悪魔王が参じた。
「誠司郎、遅いから来てしまった」
「えっ、ガイリンクードさ……」
ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
そんな擬音が戦場に響いた。これには流石の桃太郎と鬼たちも絶句する。
悪魔王ガイリンクードは、大天使誠司郎の腰を引き寄せ、大胆にも彼女の唇を奪ったのである。しかも、戦場のど真ん中での行為だ。両陣営が固まってしまうのも無理はないだろう。
『ちょっ、ガイリンクードさん! 誠司郎の中には俺たちもいるんですがっ!?』
『ひえっ、イケメンとのキスがこれほどまでとはっ! やっば、興奮してきた!』
誠司郎の中にいる史俊は悶絶、時雨は興奮からテンションが増し増しとなった。直接、接吻された誠司郎は何が起こったのか理解できず放心状態だ。
そして、ガイリンクードは、そのまま誠司郎の衣服を脱がせる。それは、史俊と時雨の合体を解く行為だ。何が起きているのか理解できない両者はガイリンクードを問い詰める。
「ちょっと、ガイリンクードさん! ここで合体を解くのは拙いでしょう!?」
「そうだぜ、これじゃあ。誠司郎が戦えなくなる」
「もう戦う必要はない」
ガイリンクードは、誠司郎を後ろから抱き締めると彼女の左の乳房をわし掴む。誠司郎は悶えた。
「闇と光が一つになる時が来たのさ。おまえらは、こいつで戦いな」
そう言って、ガイリンクードは、魔銃インフェルノとコキュートスを史俊と時雨に放り投げる。慌てて彼らは魔銃を受け取り、その強大な力に身震いした。
「ちょ、こんな強力な……ひえっ!?」
「いや、いや! そんな事よりもマジですかっ!? 戦場のど真ん中でエッチはないだろ!」
「いいから、そいつを使って邪魔者を追っ払え」
なんと、ガイリンクードは誠司郎を戦場のど真ん中でまぐわい始めた。これには鬼たちも馬鹿にされていると判断、ガイリンクードに殺到する。しかし、当の本人はお構いなしに誠司郎を責め立てる。
無茶をされている誠司郎はと言うと、完全に呆けているのか涎を垂らして、されたい放題だ。
だが、呆けている、という表現は正しくないのかもしれない。表情こそあれであるが、誠司郎の核たる部分はガイリンクードの核を求め、肉体的につながっている部分から彼の中に侵入を果たしている。今、誠司郎の意識は核に入り込んでいると言っていいだろう。
「無茶苦茶だわ! 後で理由を聞かせてもらうわよっ!」
「誠司郎の具合をレポート用紙三十枚で頼むっ!」
「阿呆かぁ! そうじゃないでしょっ!」
「えべしっ!」
時雨は、魔銃コキュートスのグリップで史俊の後頭部を思いっきり殴り、彼へのツッコミとする。史俊は悶絶した。
暫しの後にガイリンクードは誠司郎の中に精を放つ。果たして、それは精であっただろうか。詳細は不明であるが、生物の持つ精とは全く別物であると伝えておこう。
「固定できたな。これより、俺たちは、【かつて】の姿へと戻る」
「……かつての?」
「そうだ、おまえが、男と女の肉体を同時に持っていた理由でもある」
ガイリンクードが誠司郎の身体をきつく抱きしめた後、彼の肉体がほろほろと解れてゆく。そして、それは全て誠司郎の胎に納まっていった。
その誠司郎に変化がおこる。天使の純白の翼は黒く染まり、天使の輪も黒く染まりだす。三対の翼は六対に増加、頭髪は金色に代わり瞳も赤く染まる。頭部からは捻じれた角が生えてきた。肉体は女性をベースにしているが男性器が確認できる。雌雄同体であった。
「……ふぅ、この姿も久方ぶりだな」
声は誠司郎のものであるが、喋り方はガイリンクードであった。その姿に鬼と交戦していた史俊と時雨は目を点にして驚く。
「ど、どうなっているの……?」
「俺に聞くなよ」
困惑する二人に微笑みを見せるのは、果たしてガイリンクードであっただろうか。否、誠司郎である。
「驚くのは無理もないよ、僕も驚いてる。僕とガイリンクードさんは、元々一つの存在だったんだ」
「そう、俺を生み出した者に反逆し敗れ、俺たちは能力を分けられて転生させられた」
「僕は光の力を」
「俺は闇の力を」
「「さぁ、【◆◆◆◆】の最高傑作の力を今再び」」
誠司郎とガイリンクードの声が重なった。肝心の創造主の名は規制が掛かり聞き取れない言葉として発音される。
彼らが突き出した手から放たれるのは光と闇の螺旋。その輝きが鬼を包み込む時、彼らの肉体は塵と化す。分子分解である。
「俺は桃使いたちのように甘くはないぞ。魂までも砕け散れ」
「ひえっ、ガイリンクードさんが悪魔チック」
「誠司郎、それは冗談か?」
一人ボケ、一人ツッコミの状態の悪魔天使に、史俊と時雨は更なる困惑の表情を見せた。
「しまった、ツッコミが追いつかないわ!」
「これは、ボケていいんだろうか?」
「問題はそこじゃないっ!」
そこに、誠十郎が登場、血相を変えてガイリンクードを問い質す。
「これは、出来ちゃった婚でいいのかねっ!?」
「おじさんの会心のボケっ!?」
「その発想は無かった!」
これには、流石のガイリンクードと誠司郎も返答に困ったのであった。




