747食目 犠牲を乗り越えて
宇宙要塞ASUKA防衛ラインでの戦いは苛烈を極めた。誰しもが、自分は生きて帰る事はできないであろう、と脳裏を過る。そんな、生と死とが交錯する戦場にて、粘り強く戦い続けるモモガーディアンズたち。
絶え間なく襲い来る魔導騎兵たちに劣勢を強いられ、一人、また一人と倒れてゆく。そんな光景を、エルティナはただ耐えるしかなかった。
「分かってると思うけど……飛び出すんじゃねぇぞ」
「分かってる、分かってるさ」
エルティナは正面スクリーンに映し出される戦士たちの亡骸を心に刻み込む。既に何人もの見知った顔が物言わぬ亡骸へと変じていた。
彼女は自分に問う、これでよかったのかと。答えなど出ようはずもなく、だが、答えは既に出ていた。
エルティナが答えを出す前に、カーンテヒルに生きる者たちが答えを出していたのだ。最後の試練に挑み、未来を掴み取る、と。
それはエルティナに乞われたからではない、自らの意志で戦いに臨んだのだ。自らの大切な者たちの未来を護らんがために。
「……第三陣、帰艦。続けて第一陣、出撃……」
「ララァ、エドは?」
「……戻ってないわ……」
「そうか」
瞬間、エルティナに予感めいたものが走る。嫌な予感だ。それを認めたダナンは彼女に視線を送る。エルティナは、その視線を受けてバツの悪そうな顔を見せた。
「(真っ先に飛び出してゆきたいだろうな。でも、それは駄目だ。女神マイアスに力を見られたら、計画は全てご破算になっちまう)」
エルティナとダナンの推測どおり、GT・MTは既に解析され、劣化コピーではあるが戦場に投入され始めていた。それでも、魔導騎兵メグランザよりも格段に性能は上という強烈さだ。
「つくしの損耗率は?」
「七十パーセント、もう持たないな」
「プルルと、いばらきーずからは?」
「……依然、応答無し……」
「ふきゅん、ASUKAとの距離は?」
「あと五十キロメートル。しかし……でかいな」
宇宙要塞ASUKAは月の二倍弱もの巨大さを誇っていた。遠くから見ると巨大な惑星のようにも見えるが、実際のところ人工物である。
本来の役割は別次元の敵から惑星カーンテヒルを守り続けた前線基地であり、尚且つ【現役】で使用され続けている最強の要塞であった。
「……ASUKAから砲撃……きます……」
「いよいよ、ぶっ放してきたか。こっちは防御に専念する」
「妥当だな。エネルギーは無駄にできないからな」
巨大な惑星とも言える宇宙要塞からの砲撃は熾烈を極める。残存していた宇宙戦艦つくしも、この砲撃により九番艦と三十番艦を残して沈んだ。いよいよ後が無い。
「おいぃ! いもいもベースは落とせねぇぞ! 帰る場所が無くなったら、GDの連中を回収できなくなる!」
「分かってる! これくらいの砲撃なら十分にかわせるって!」
だが、直後に船体が激しく揺れた。エルティナはダナンに非難の視線を送る。これをダナン華麗にスルー。わざとらしい口笛を吹き誤魔化そうと試みた。
「すんませんした」
「以後、きをつけろぉ」
ダナンは闇の枝の執拗なレロレロに見舞われ、全身が唾液でべとべとになるという惨事を被った。いつものことである。
「それよりも、ロフトとグリシーヌの様子は?」
「ロフトは精神的なダメージが大き過ぎるな。戦闘には出てるけど覇気がない。グリシーヌは……ちょっと、分からないな」
「ふきゅん? 分からない?」
船体が小刻みに揺れる。宇宙要塞ASUKAからの砲撃は激しさを増すばかりだ。
「動揺しているようだが、受け答えはハッキリしている。でも、時折、遠い目をしてぶつぶつと呟いてる、ってキュウトが言ってた」
「おいぃ、ショックで精神がブレイクしちまったんじゃねぇだろうな?」
「なんとも言えないな」
そういったダナンは、チラリと妻のララァをみやる。彼女はひっきりなしに飛び込んでくる情報の整理に追われていた。
「(俺だって、ララァを失えば、どうなるか分からないんだ)」
また、船体が揺れる。宇宙要塞ASUKAには確実に近付いてはいる。しかし、抵抗は近付く分、激しさを増した。
「……つくし九番艦、轟沈! 三十番艦、前へでます……!」
「……兄貴」
最後の宇宙戦艦つくしが、いもいもベースを守るために前へ出る。エルティナは手元の時計に目をやった。
時計が示す時間は予定よりも遥かに早い時間を示している。それは、予定が狂っている証明であった。
「よくないな。予定よりも全滅が早過ぎる」
「予定は、しょせん予定だろ? 泣き言を言ってる場合じゃねぇぞ!」
「分かってるんだぜ、ツクヨミ様に連絡は?」
「……連絡済み……後方にて援護射撃をおこないながら、GD隊を回収してくれている……」
エルティナは宇宙戦艦つくしが全滅することを想定して、元々宇宙要塞として建造された月を回収艇として利用することを考えていた。
この事はツクヨミも考えていたプランの一つであり、援護射撃をおこないながらGDの回収、そして補給修理をおこなっている。ネックとしてはその巨大さであろう。
とにかく的が大きいので、宇宙要塞ASUKAに近付く事ができない。唯一の攻撃手段がルナキャノンとその副砲だけなのだ。一斉に攻撃を受けてしまえば、ひとたまりもなかった。
「船を失ったGD隊員には後方へ下がるように通達してあるよな?」
「……えぇ……でも、殆どが戦場に留まってるわね……」
「こっちも予定どおりか……こっちの予定通りは、いらないんだよなぁ」
エルティナは頭を抱える。確かに残って奮闘してくれるのは助かるのだが、その分、被害は桁外れになってしまう。それはエルティナが望むところではなかった。
「今更、何を言っても遅いだろ。やるしかねぇんだ」
「あぁ、分かってるよ」
「……プルルより通達。戻れそうにない」
「……そうか」
エルティナは、その一言で全てを察した。鬼の四天王との戦いは一筋縄では無い、桃使い百人の力を出し切っても勝てるかどうか。そんな鬼に対して、たった三人で立ち向かっているのだ。尤も、残る二人は桃使いではなく鬼であるのだが。
「プルルたちの回収はツクヨミ様にお願いするんだぜ」
『心得ました、安心してお行きなさい』
エルティナはすぐさま月のツクヨミに連絡を入れてプルルたちを託す。ツクヨミはこれを快諾しエルティナの武運を祈った。
「エドはどうなってる?」
「……依然、連絡が……あ、来ました。構わず行け、だそうです……」
「……」
「どうする、エルティナ」
エルティナは決断を迫られる。多くの戦士たちに託された使命を果たすか、愛する夫のために飛び出すかを。彼女は俯いていた顔を上げて告げる。
「いもいもベース、全速前進」
「いいのか?」
「俺は、俺を信じる夫を、信じる。だから、俺は、俺の役目を果たす」
「そうか。いもいもベース全速前進!」
「……つくし三十番艦、速度上げます……」
この時、ララァはいまだ無傷の宇宙戦艦つくし三十番艦に違和感を感じる。何度も宇宙要塞ASUKAからの砲撃が直撃しているにもかかわらず、致命的な損傷を受けていないのだ。
「そろそろ、連中も気付いたかな?」
「恐らくは。しかし、モモガーディアンズもよくぞ……」
つくし三十番艦の艦橋に集結するカオス教団の面々。木花桃吉郎と大司祭ウィルザームは、果敢に戦いを挑むモモガーディアンズたちに惜しみない賛辞を送っていた。
そして、彼らの希望を守るべく、今矢面へと立つ。彼らの戦いに報いるためであり、そしてなによりも、これは女神マイアスへ対しての宣戦布告でもあった。
「さぁ、女神マイアス。もう、お前の喉下まですぐの距離だぞ」
宇宙戦艦つくしが赤黒いオーラに包まれる。そこから生え出すのは八匹の大蛇だ。
「来ましたね……カオスの御子。ふふ、早くいらっしゃいな」
黄金の玉座にて、カオスの御子の到来を祝福する女神は何を思うのか。宇宙要塞ASUKA防衛ライン突破まで、あと僅か。




