744食目 二人のゼウス
二人のゼウスが対峙するのは、超機動要塞ヴァルハラの第三格納庫だ。そこは既に全ての機動兵器と英霊たちが出払い、蛻の殻となっていた。
「……」
まずは、ゼウスの影ブルトンが動いた。GD・ル・ブルのスラスターを全開にし、ゼウスに突撃する。これを天空神は真正面から受ける構えだ。
両者の拳に雷霆が発生する。そして、その両者の拳は激突。爆ぜる雷、それは雷の鞭となって機械仕掛けの壁を蹂躙、黒い反吐を撒き散らさせる。
力は拮抗、二度、三度、拳が交わされる。拳同士が激突し、その度に雷の鞭は振るわれた。
「ゼウス、今まで溜めに溜めた力を、今回使用するのは何故だ?」
「知れた事、全ての条件が揃い、溜め込む必要が無くなっただけの事。きさまとて理解しておろう」
天空神の回し蹴り、それは雷を纏いブルトンに襲い掛かる。例えるなら、それは雷の大鎌。
「ぬぅっ!」
ブルトンは間一髪、雷の大鎌を回避。しかし、僅かに掠ったため、電流によってGDが一時的に機能障害を起こす。その隙を天空神が逃すはずがない。回し蹴りの勢いのまま、もう一度、回し蹴りを見舞う。
「雷渦!」
二度目のまわし蹴りは、一度目の蹴りとはわけが違った。勢いを利用しているため、強烈な渦が発生。打撃と共に雷の渦によるダメージを追加。しかも、渦による高速効果も発生する。
全盛期の天空神が得意とした接近戦の奥義だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
この技は影であるブルトンも知っていた。しかし、かつて、と、今、では威力が桁違いであった。これを受けに回った時点で勝敗は決していたのである。
「哀れ……今の私が、かつての私であると思うたか」
しかし、ここで天空神、痛恨の慢心。否、絶対なる神だからこその慢心といえようか。
かつて、と違うのは何も天空神だけではない。影たる彼もかつて、とは違うのだ。
「かぁっ!」
ブルトンは気合いを込めた神気を発生させ、雷の渦を打ち砕いてしまったのである。
「……おまえも、かつてとは違う、と?」
「そうだ、ゼウス。俺は、俺になりにきた」
互いに譲れない願いがある。最早、言葉は重みを失い、空虚な物に等しい。決して想いが交わる事が無い事を悟った両者は、今度こそ全身全霊の一撃を放つために神気を練り始めた。
そのあまりの強大さに、超機動要塞ヴァルハラが震撼する。
「な、何事かっ!?」
「第三格納庫内で戦闘発生! 天空神様と侵入者です! 数は一!」
「なんだと……? あれは!」
艦橋で第三格納庫の映像を、スクリーンにて確認したオーディンは目を見開き驚愕に彩られた。二人のゼウスが戦っているのだ。しかも、全力の一撃を放たんとしている。
「誰か、二人を止めろ!」
「誰が止めれるというんですか!?」
正論を言われてオーディンは「ぐむ」と言葉を飲み込んだ。できるはずがないのだ。
「オーディン様、父上の思うがままに」
「へ、ヘラクレス殿」
艦橋にやって来たヘラクレスは狼狽えるオーディンを宥め落ち着かせる。
「これは、宿命なのです。父上はこうなる事を理解した上で、影を自由に動かしておりました」
「なん……だと……!?」
スクリーンに映る二人は目も眩むような輝きを右拳に纏い、運命の一撃を放たんとしていた。それが今、放たれる。
「「【Ze・u・s!】」」
二人の拳から雷が放たれた。同時に彼らは姿を失う。それは、彼ら自身が雷霆と化したためだ。
激突し合う雷霆。その凄まじさは容易に第三格納庫を吹き飛ばし、超機動要塞ヴァルハラに甚大な機能障害を引き起こした。
絡み合うように互いを喰らい合わんとする姿は、大蛇の争いに例えられようか。もっとも、そのような生易しいものではないことは確かだ。
長い時間とも、短い時間ともいえた。彼らの戦いを見守る者は、天空神同士の戦いを目撃することになろうとは思ってもみなかった。それが、時間の経過を誤認させることになる。
この世の終わりの光景とはこの事を言うのか、と誰かが言った。誰しもが納得する。
「ゼウス……」
そして、オーディンの呟きは戦いの終結を意味していた。瓦礫の山と化した元第三格納庫に立っていた者……それは天空神ゼウスであった。ブルトンは敗れたのである。
「影よ、天に戻る時が来たのだ」
「……ごふっ、お、おれは……!」
「何も言うな、これは【罪】なのだ。そして、これが我々の【罰】。私が私を分け隔てた時に、この時が来ることは知っていた。それであろう? もう一人の私よ」
「……グリシーヌ……」
「さらばだ、ブルトン・ガイウス。もう一人の私よ」
ブルトンの肉体は霧散し、その姿を失った。彼を構成していた神気は天空神ゼウスに吸収され、彼は真なる力を手に入れる。その時、彼が溜め込んでいた桃力が反応した。
「これが……悲しみか。これが……愛か。重い、重いな」
ゼウスはブルトンを吸収したことにより、彼の抱いていた想いを理解することとなる。
彼もまた、愛のために運命と戦い、そして敗れたのだ。ゼウスの双眸から流れ落ちる滴は果たして、どちらのものであったか。それは彼しか分かり得ない。
「ブルトン、そなたの想いは無下にはせぬ。桃力よ、願わくば私に戦い抜く力を」
ゼウスの魂に桃力の輝きが灯る。そして、同時に神気が崩壊してゆくことも感じた。
ゼウスの神気は桃力との相性が最悪だったのだ。この事はゼウスも承知の上。
「時間がない……行こう」
かくして、真なる天空神は、女神マイアスと決着を付けるべく、超機動要塞ヴァルハラを飛び立った。全ての因果が終結する終焉の地へと。
全ての滅びは間近に迫っていた。誰も逃れることはできない滅びが。
そんな天空神の様子を見守っていた者は、彼の盟友オーディンたちだけではなかった。
「行くのですね、天空神よ。ならば、私も契約に従い行動を起こしましょう」
ヴァルハラのゲストルームの一室に、一人の大男と美女、そして少女の姿があった。
「父上」
「ほんの僅かな時間でしたが、私はこの上なく幸福でした。例え、この世が消え失せても、私はあなた方を忘れはしません」
美女と少女を抱きしめた巨漢は、カーンテヒルの勇者タカアキ・ゴトウ。抱きしめられているのは彼の妻エレノアとヒカルだ。
タカアキは天空神と契約を結んでいた。それは誰よりも過酷な代償を支払うことで、昏睡状態だった妻を目覚めさせるというもの。
ほんの僅かな期間であったが、彼らは魔族の国で家族水入らずの時間を過ごしていた。それは、刹那の幸せであった。しかし、何ものにも代えがたい幸せでもあった。
「タカアキさん」
「エレノア、ヒカルをお願いします」
「はい、必ず」
タカアキは我が子に己のバンダナを託した。このバンダナは数々の戦いに置いて、常に彼と共にあったお守りのようなものだ。それを我が子に託す。
これが意味することはなんであろうか、バンダナを受け取ったヒカルは困惑の表情を浮かべる。
そんな娘に対して、父タカアキは優しく微笑み、静かに告げた。
「ヒカル、それは私の大切なものです。私が戻ってくるまで、どうか無くさないでくださいね」
「は、はい! 父上!」
真剣な眼差しのヒカルに頷くと、タカアキは妻と別れ際に接吻を交わし部屋を出ていった。
向かう先は超機動要塞ヴァルハラの心臓機関。そこで、彼は【最後の戦い】を待つことになる。
勇者として、夫として、父親として、最後の戦いに臨むのだ。




