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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
743/800

743食目 神々の思惑

 一方その頃、超機動要塞ヴァルハラは想定外の苦戦を強いられていた。鬼たちが操る有人の魔導騎兵の強さもあったが、一番の問題は内部分裂。圧倒的な女神マイアスの戦力と彼女側に回った神々の甘言により、天空神側を離反する者が相次いでいたのだ。


「どうにかならんのか!?」

『説得は試みておりますが、難しいでしょうなぁ』


 ヴァルハラの正面モニターに桃大佐の姿が映る。時折、通り過ぎてゆく弾丸と閃光、戦闘状態になっていることは明白であった。


「くそっ、何故つまらない甘言に惑わされるのだ!」


 オーディンはひじ掛けに拳を叩きつけた。簡単にひび割れるひじ掛け、それはヴァルハラの結束の脆さを象徴していた。そこに姿を見せる天空神ゼウス。


「どうやら、ふるいに掛かったようじゃの」

「ゼウス、まさか……」

「まさかも何も、最初からそのつもりで、この船に乗せたのだ。しょせん、連中はこの先、生き残る事はできぬ。ならば、我らの手で葬り去ってやるのが情けであろう」


 その眼に宿る黒い感情はなんであろうか、盟友オーディンですら背筋に嫌な汗が流れる。


「オーディン、おまえは指揮に専念せよ。小事ごときに、大事を疎かにしてはならぬ」

「心得た」


 バチン、と一瞬の閃光の後に天空神は艦橋から姿を消す。ほんの僅か垣間見せた力に、オーディンは戦慄を禁じ得なかった。これほどまでに、力の差が生じていたとは思ってもいなかったのである。


「(信じてもいいのだな? ゼウスよ)」


 オーディンに迷いが生じる。しかし、既に賽は投げられたのだ。やり直しなど効きはしない。その先が破滅であろうとも、賽を振ったからには進まなくてはならないのだ。


「桃太郎隊と桃使い隊は鬼の迎撃を! 英霊たちの射出を急がせろ! 数で圧し潰せ!」






 無重力の空間を進む手漕ぎ船。その古風な船の上には数名の武者の姿。彼らは宿敵の到来を待ちわびていた。


「初代様、どうやら、金熊童子と星熊童子は隊から離れていったもよう」

「うむ、娘の方に向かったのだろう。放っておいていい」

「しかし……」

「宿命に導かれたのだ。我々が口を挟む事ではない」


 戦場に初代桃太郎の姿があった。彼もまた因果に決着を付けんとする者の一人。女神マイアスを討ち果たせなかった痛恨の極みを払拭せんとしているのだ。

 そんな彼に付き従う桃太郎たち。年齢や姿は千差万別、誰一人として同じ格好の者はいない。なんの冗談か、プロレスラーの姿をした桃太郎までいる。


「初代様、鬼です!」

「……来たか。各々、最後の戦ぞ! これより我らに後は無い! 全てを出し切れ!」


 初代の鼓舞に、桃太郎と桃使いたちは奮い上がる。そして培った全ての力を出し切るために闘志を燃やす。


「いざ、鬼退治!」

「「「「応!」」」」


 桃太郎二十五名、全世界から集結した桃使い五百名が鬼が乗る魔導騎兵に突撃を仕掛ける。その中に誠司郎と誠十郎の姿があった。


「誠司郎、おまえは生き残る事を考えなさい」

「でも……」

「会いたい人がいるんだろう?」

「……うん」


 大天使と化した誠司郎は厳密に言えば桃使いではない。しかし、鬼に対抗しうる力を宿している、として準桃使いとして認定されていた。その力は、実のところ桃太郎に匹敵する。


 彼女の父、誠十郎は着実に力を付け、桃太郎たちにも人目を置かれる桃使いへと成長を遂げている。あと少しの時間があれば、と彼らに嘆かれるほどに優秀な桃使いであった。

 つまり、百一代目の桃太郎の可能性もあった、ということになる。


「やぁやぁ、我こそは鬼の特攻隊長、突鬼! わしと古の絆を結ぶ者は誰ぞや!?」

「その意気やよし! この二十代目がお相手つかまつろう!」

「これは、これは! 麗しき桃太郎じゃて! 最後の大戦おおいくさに華を添えようぞ!」

「「いざ!」」


 鬼の先陣を切った、突鬼の古風な一騎打ちに名乗りを上げたのは、今風に武者鎧をアレンジした、ミニスカートの女性桃太郎だ。

 姿こそ、あれであるが、その実力は屈指のものである。一方の突鬼も魔導騎兵に乗り込み、本来の実力を十倍に底上げしていた。

 一太刀、二太刀、交わされる桃太郎と鬼との語らい。見守る桃太郎と鬼たち。その語らいが終結したのは、二十代目の十三太刀目。彼女の刀は見事、突鬼の魔導騎兵を両断したのだ。


「天晴、見事なりぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 突鬼は力を出し切り満足する。そして、手足となってくれた魔導騎兵を慈しみながら爆散して果てた。


「見事なり、突鬼! さぁ、ここからは言葉は不要! 者ども刃にて存分に語り合われよ!」


 初代の号令に敵味方関係なく咆えた。これより始まるは最後の鬼退治。因果に決着を付けるべく、一斉の出し惜しみの無い激しい戦いが幕明けた。






 超機動要塞ヴァルハラ・カタパルトデッキ前通路。そこでは、造反した神々と、兵士を率いる桃大佐とが激しい銃撃戦を繰り広げていた。造反側の首謀は女神フレイア、北欧神話の女神にして自由奔放な女性である。


 今回の造反も、女神マイアスの【永遠の美】という甘言に踊らされてのこと。フレイアに従う神々は成功の暁に、彼女との一晩を約束されている。女神フレイアは性に対しても奔放であった。


「女神フレイア! 向こうに付いても、良い事はないぞ!」

「あらやだ、良いことだらけよ。あなたも、こんなしょうもない戦いなんて止めて、女神マイアスに従順したら?」

「これは、話にならんな! うおっ!」


 桃大佐の頭を弾丸が掠め通る。テーブルや椅子などを積み上げ、桃結界陣で強化したバリケードを貫通する弾丸を、女神フレイアは放ってきたのだ。腐っても女神である。


「手を焼いているようだな、桃大佐」

「む、あなたは天空神殿!」


 桃大佐は素早く身を正し、上官に当たる天空神に敬礼を示した。それを天空神は手で制する。


「よい、厳密に言えば、貴官と私は上下関係にない」

「しかし……」

「化身は肩身が狭いか……だが、そのようなことも気にならなくなる。新しき世界に生き残ればな」


 天空神ゼウスは悠然と歩を進めた。すると、バリケードとして積み上げたテーブルと椅子が独りでに脇に動いてゆく。まるで天空神のための道を開くようにだ。


「(この力……ただ事ではない。万物が彼に跪いている)」


 この時、桃大佐はようやく自分が天空神ゼウスにへりくだっていたことを自覚した。彼はそのような事をするつもりはなかったのだ。

 しかし、それとは裏腹に敬礼を示し、謙虚な姿勢を見せてしまった。それは、本能が強大なる者を感知し、生存するための適切な行動を敷いたからに過ぎない。


「(これが、天空神か!)」


 桃大佐は心の底から天空神ゼウスに畏怖を抱いた。そんな天空神は放たれる弾丸や光線を気にする様子を見せないまま、ゆっくりと女神フレイアに歩み寄る。

 彼が気にしないのも当然だ。天空神目掛けて放たれた弾丸、光線は、歪なほど軌道を捻じ曲げて逸れてゆくのだから。


「ゼ、ゼウスっ!」


 女神フレイアは、その異様な光景に狼狽える。彼女は誘惑、策略、計略、といった水面下の策は得意であるが、直接戦闘に対してはからっきしである。一度、捕らえられれば抵抗できぬまま蹂躙されてしまう事は目に見えていた。


「ヘラクレス様っ!」


 だからこそ、武勇の誉れ高い彼を手の内に引き込んだ。親子との戦いになるが、ヘラクレスは私情を挟まない男であることを女神フレイアは理解していた。


「……」


 ヘラクレスはバツの悪そうな表情をしながら、無言のまま天空神ゼウスと向かい合う。


「我が息子よ、早まった真似をしたな」

「父上」

「大方、誘惑された振りをしてマイアスの下へ参じ、首を取らんとしたのであろう?」


 ヘラクレスは父ゼウスに跪いた。全てを見抜かれていたことに、ほんの少し動揺したが、それは同時にかつての力を取り戻した証と自分を納得させる要素となる。


「見抜かれておりましたか。出過ぎた真似を致しました」

「よい、そなたはこちらに残り、次代を担ってもらわねばならぬ。それよりも……」


 天空神ゼウスはギロリ、と女神フレイアに鋭い眼光を向ける。それだけで、彼女は激しい落雷に貫かれたような感覚に陥った。ぱくぱくと口を動かし空気を求めてもがく。


「大人しくしておれば、次代に残る事ができたものを。哀れな女だ」

「ひっ!?」


 ゼウスの右手が造反した神々に向けられる。女神フレイアは、大きな目を更に大きくし、雷が迸る天空神の右手を凝視した。それは雷の蛇、うねうねと身をよじらせ鎌首をもたげる。


「汝らに雷霆は過ぎたるもの。雷の蛇で十分よ」

「や、やめて! 助けて! なんなら、私のから……」


 女神フレイアは、最後まで命乞いの言葉を言わせてもらえぬまま、灰へと帰した。他の神々も同様だ。


「脆い……これが今の神々だというのか」

「父上……」


 ゼウスは右手を握りしめ、愁いを帯びた表情を見せた。ヘラクレスは威厳の中にある彼の悲しみを感じ取り顔を伏せる。


「ヘラクレス、そなたはオーディンの下へ戻り、彼を手助けせよ」

「はい、父上」

「桃大佐はエルティナの元へ向かわれよ」

「え、いや、しかし……」

「いいのだ、それに、エルティナの監視は本体の指示なのだろう?」

「!?」


 桃大佐は明らかな動揺を晒した。どこまで見抜いているのだ、と恐怖の表情を晒してしまったのだ。


「無理もない、私もアレを見た時の恐怖は忘れられぬ。同様に、愛しさも感じたがな」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「うむ」


 桃大佐は逃げるように天空神の下を離れた。化身の身ではあるものの、彼は相当の力を持たされている。力を失った神々程度では相手にならないだろう。

 それでも、桃大佐は天空神ゼウスにだけは勝てない、と確信した。力の差が歴然であることを悟ってしまったからだ。


「なんということだ、これでは本体に合わせる顔が無い」

『気にするな、分身よ』


 そんな彼に本体である斉天大聖が念話にて語りかけてくる。彼は言った、あくまで全てを喰らう者の監視が役目である、と。そして、彼女を滅ぼすのではなく【見守る】ことが肝要である、と。


『覚者様はおっしゃられた。この世はうたかたの夢である、と』

「それでは、この世は滅びて当然であると?」

『否、それでは神の子の行為は無駄になる。そのような事を彼の者は認めぬであろう』

「では、何故、全てを喰らう者を野放しに?」

『おふた方の求めし者が、彼女であるがゆえに』


 それっきり、斉天大聖の声は聞こえなくなった。桃大佐は本体の真意に困惑する。


「あの方々が関わっているのは薄々ながら理解していたが……エルティナをどうするつもりなのだ」


 桃大佐は自分の範疇をすでに超えている案件に舌打ちをした。それは本体にではなく、自分に対してだ。

 エルティナを信じていないわけではない。幼い頃から見守ってきたのだ、既に情が湧いている。自分の娘のようにも思っていた。幾度、窮地に手を差し伸べたいと思った事か。

 それでも、自分の使命に従い、見守る事に専念した。その信念が揺らごうとしている。


「しょせん、俺は劣化コピーというわけか。なら、もういいよな?」


 桃大佐は憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべると、懐からマッチ棒のような物を取り出した。それは見る見るうちに巨大化し、一本の棒へと成長する。


「いくぞ、如意棒! 孫悟空様のお通りだ!」


 劣化コピーならば、荒んでいた頃の名を使っても構わないだろう、そう思い至った桃大佐は、一匹の暴れ猿として最後の戦いに臨む。向かう先はいもいもベース、エルティナの下だ。


 宇宙に筋斗雲を呼び出し、暗い空間を飛ぶ姿はなんの冗談か。いや、冗談でもなんでもない。新たなるおとぎ話が始まっているのだ。


 桃大佐こと孫悟空が超機動要塞ヴァルハラを飛び出したのと入れ替わりで、一人の男が内部に侵入を果たした。

 天空神ゼウスの影、ブルトン・ガイウスである。


「来たか……影よ」

「……ゼウス、俺は【俺】になりに来た」


 対峙する二人のゼウス、言葉など不要であった。おこなうべきは拳を交える事。

 今、別たれた光と影が、未来を求めて激突し合う。

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