742食目 目覚めの時
『エド、また生きて会おうぜ』
「勿論さ、きみも使命を果たして」
『ありがとう、エド。それじゃあ、後で』
今生の別れにもなるかもしれない、しかし夫婦の挨拶はあっさりと終了した。それは、互いが無事に再会できることを確信しての事か。
始祖竜の力を振りかざし、白銀の鎧に身を包む。かくして、誇り高き王は戦場へと向かう。運命の子エルティナを護らんがために。
「エドワード・ラ・ラングステン、GD・キングラングス、行くよ!」
カタパルトから、ラングステン王国の王が出撃した。そして、始祖竜の剣を構え力を開放する。古の竜の力が解放され、エドワードのGDが変化を始めた。
背中から六枚の翼、太い尾が生じる。手と足の先からは巨大な爪が伸び、その姿は竜人を想起させた。
「カーンテヒルよ、我に力を! 運命の子を護る力を与えたまえ!」
エドワードはカーンテヒルの力を開放、GD・カーンテヒルを身に纏い、魔導騎兵の集団へと飛び込んだ。
エドワードの力に女神マイアスは反応、その余裕とも言える態度を崩した。
「我が子の力を引き出したか……ミレット」
「ははっ」
「超魔導騎兵【ハルマゲドン】を与えます。エドワード・ラ・ラングステンを仕留めるのです」
「御意」
ミレットは畏まると、その姿を消すようにこの場から去っていった。女神マイアスはホログラフィのエドワードの姿を見て口角を釣り上げる。
「全ては【フューチャー・ワールド】の結末どおり。あなたは、ミレットには勝てない」
女神はほくそ笑む。今のところ、未来視によって覗いた結末は、全て現実のものとなっていた。この戦場で起こっていることも、全て未来視によって覗いた結果に辿り着いていた。
しかし、彼女は警戒を怠らない。決して気を緩めない。未来は移ろい易いもの。
「未来を変えて、ここまで来た者がいるのですもの。そうでしょう、エルティナ」
女神マイアスの視線の先に、愛しき者の姿が見える。全ての結末を喰らい、運命をねじ曲げて突き進んできた者の姿。脅威以外の何ものでもない。
「挫折し、立ち上がってきた者の強さといったら……」
視線を変える。そこには、つくし三十番艦の姿。彼女は理解していた、もう一人の運命の子を。
「木花桃吉郎……あなたもまた、運命の翻弄された哀れな子」
女神マイアスは黄金の玉座のひじ掛けカバーを開き、内部の赤いスイッチを押した。地響きのような振動と共に背後の壁が開いてゆく。
そこには白銀の巨大魔導騎兵が鎮座していた。古の超魔導騎兵【ラグナロク】だ。
「あなたの力を、また使う事になろうとは。これも宿命でしょうか」
超魔導騎兵ラグナロクの双眸が女神に応えるかのように赤く輝いた。決戦の時は刻一刻と迫ってきている。世界の命運をかけた宿命の戦いが始まらんとしているのだ。
「さぁ、私はここですよ。早くいらっしゃい、愛しき子らよ」
「無茶ですよ、マイリフ様! あなた、適性が無いの知ってるでしょうが!」
「それでも、行かなくてはならないんです!」
マイリフはメカニックの制止を振り切ってGDを身に纏いカタパルトに乗り込んだ。
それは確かな予感。戦場に我が子がいる、という確信にも似た予感。
『おいぃ! マイリフ様! 無理にも程があるでしょ!』
「無理はするためにあるんです! あなたも知っているでしょうに!」
『でも……』
「でもも案山子もないんです! マイリフ、GD・ラングス・トレーニング、出ます!」
無理矢理カタパルトを手動で起動させる。悲鳴と共にマイリフは射出された。
彼女の纏うGDは訓練用のGDであり、最低限度の武装しか施されていない。出力も低いため、魔導騎兵と戦うには無理がある。
『無茶苦茶だ! ガイ! 頼む!』
「世話の焼ける駄女神だ。だが、嫌いじゃない」
GDを身に纏ったガイリンクードがカタパルトに乗る。それは一般仕様のGD・ラングスであった。
「ガイリンクード・エグゼダイト、GD・ラングス、出るぞ」
『ふきゅん? 専用のGDはどうしたぁ?』
「こいつでいいのさ。こいつでな」
ガイリンクードがカタパルトから射出された直後の事だ。彼の身体から七つの大罪が姿を現し、彼をGDごと貪り尽くした。そして、彼は肉体を失ってしまう。
あまりの衝撃的な光景に言葉を無くすエルティナたち。しかし、それはガイリンクードにとって、滅びではなかった。かつての自分との決別である。
彼が消えた場所に、ポツンと黒い球体が残されていた。それは黒い卵だった。その殻は禍々しく穢れていた。しかし、誰よりも高潔で力強かった。
その卵にひびが入る。まるで宇宙にひびが入っているのでは、と錯覚するほどにひびは広がり、やがて黒い卵は爆ぜて消え失せる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
かつて、ガイリンクード・エグゼダイトだった者は産声を上げた。悪魔の角に三対の翼、逞しい肉体を持つ黒髪の悪魔へと転生を果たしたのだ。
そんな彼に、七匹の女性悪魔は寄り添う。真なる主の復活にその頬を濡らした。
「長い……夢を見ていた。悪夢だろうか」
「我らが王よ」
悪魔の王は七匹の悪魔に優しく微笑んだ。とても悪魔の王とは思えない笑みだ。
「いや……いい夢だった。てめぇら、最後まで華麗に決めるぜ」
魔王サタンは、その両手に禍々しい銃を召喚した。魔銃インフェルノとコキュートスである。全てを燃やし尽くす弾丸と、全てを凍り付かせる弾丸が、宇宙空間を埋め尽くすほど放たれる。
「うっわ~、あんなのありかよ。もう完全に俺ら、その他だぞ」
「しょうがないじゃん、事実、その他だし」
「その他には、その他の役目があります。GD・Gラック、出ますよ、ぷるぷる」
第三陣ラストはオフォール、ケイオック、ゲルロイドが乗り込むトラック型のGDだ。
このGDは戦闘が目的ではなく、消耗した弾薬や武器の補充、負傷者の回収が目的である。
「ケイオック、操縦は任せても大丈夫だよな?」
「任せておけって! 伊達に翅で空を飛んでいるわけじゃないって!」
「攻撃はお任せを、ぷるぷる」
「んじゃ、俺は武器弾薬を届けに行ってくるぜ!」
オフォールは武器を届ける係だ。鶏は遂に宇宙空間を光速で走った。空を飛ぶ夢はどうなったのであろうか。完全に忘れているようで哀れになる。
「この気配は……ミレット!」
マイリフは頼りない軌道で宇宙空間を進む。そんな彼女に魔導騎兵が襲いかかってきた。
「邪魔をしないでっ!」
マイリフは手にした魔導ライフルを構えて連射。しかし、その全てがかわされてゆく。
「こんなところで、もたもたしてられないのにっ!」
魔導騎兵の反撃を被弾しつつも、なんとか耐える。逸る心は彼女の冷静さをことごとく奪い去った。しかし、その想いは奇跡を起こす。
「っ!」
マイリフは魔導光剣を引き抜く、同時に魔導騎兵が魔導光剣を振り下ろしてきた。弾き合う魔導光剣。出力は相手の方が上。直感で、なんとか受け止めたものの、このままでは魔導光剣を切断され、致命傷を負ってしまう。しかし、戦闘経験の浅いマイリフでは対処の仕方が分からない。
「こ、こんな……ところでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
マイリフの魔導光剣が両断された、一巻の終わり。しかし、終わりが訪れたのはマイリフではなかった。弾け飛ぶ魔導騎兵、爆発で吹き飛ばされたマイリフを受け止める者がいた。
「マイ!」
「ゲ、ゲオルググさん!?」
間一髪のところで、GD・プロト・ラングスを身に纏ったゲオルググが、魔導ライフルで魔導騎兵を撃墜したのである。
「こんなところで何をやってやがる! 船に戻れっ!」
「でも、でもっ! ミレットが!」
「あぁ? ミレットだぁ? どこのどいつだ」
「私の大切な子なんです!」
「おめぇ、子持ちかよ! つぅか戦場に子供ぉ!?」
ゲオルググは決断を迫られる。自分もかなり無理をして船から飛び出してきていた。
彼の本来の役割はメカニックだ。戦闘訓練は殆ど受けておらず、センスのみでGDを操っている状態にある。先ほどの射撃も運よく命中したに過ぎない。
「お願い、ゲオルググさん! 私をミレットの下まで連れて行って!」
「うぐぐ……ちくしょう! 泣くんじゃねぇよ! 分かった、分かったよ! 連れていけばいいんだろ!」
「ありがとう、ゲオルググさん!」
ゲオルググは結局、己の良心に従った。彼自身、親に捨てられて悲しい思いをした経験がある。だから、マイリフの願いを断る事ができなかった。客観的に考えれば、この選択は悪手、それの最悪の部類。
ゲオルググはマイリフの指示に従い、破壊光線の飛び交う宇宙を慎重に進む。その先に、彼はいた。おぞましき悪夢を身に纏って。




