737食目 決戦の時
◆◆◆ 語り部 ◆◆◆
決戦の日、来たる。エルティナ十八歳の時、導かれるかのように運命の戦士たちが最後の戦場へと集結する。
彼の地よりは天空神に率いられた神の軍団が。それを迎え討たんと女神の軍団が。青く輝く惑星カーンテヒルを見下ろしていた。
その惑星カーンテヒルより飛び立たんとしている第三の軍、モモガーディアンズ。この軍団が戦場に辿り着いた時、最後の聖戦が幕を開ける。
「おいぃ、エド、全員揃ったかぁ?」
「うん、揃ったよ、エル」
ここはフィリミシア郊外に位置する軍事基地だ。ドクター・モモがなりふり構わずに作り上げた工場であるが、実はこの工場、元々はドクター・スウェカーがフィリミシア進攻のために建設していたものを再利用して作り上げたものである。
機械の壁に覆われた工場内には、およそ三十隻もの130メートル級宇宙戦艦【つくし】が収納されていた。命名したのはエルティナである。
彼女はその容姿と春にちなみ、願掛けを込めて【つくし】と名付けた。どのような困難があっても、にょっきりと顔を出せるように、とだ。
エルティナはスピーカーを手に取り、正面モニターにて各艦にいる戦士たちに告げた。
「野郎どもぉ、モモガーディアンズ代表エルティナだ。これより、決戦の場、宇宙へと上がる。もう後戻りはできん、ぶるったヤツはただちに船を降りろ。それ以外のヤツは耳をかっぽじって、よぉく聞けぇ」
エルティナはすうっと大きく息を吸い込み……咽た。その様子に戦士たちはずっこけてしまう。やはり最後まで珍獣は珍獣であった。
「げふんげふん、えっと……死なないで下しあ」
「「「「あい! 僕たちは死にましぇん!」」」」
恐ろしく、ぐだぐだなまま出発する船たち。それをエルティナたちは見送った。
彼女たちの出発は最終便となる。それは、彼女たち元祖組が乗り込む宇宙船が、つくし型とは異なるからだ。つくし型の打ち上げ装置が使用できないのである。
「行っちまったな」
「うん、いよいよだね」
「あぁ、長かった戦いに決着を付ける時だ。オペレーション・ラストピリオド……絶対に成功させるぞ」
エルティナたちが駆け抜けた時間には常に戦いがあった。その戦いにピリオドを打つべく彼女は最後の戦いに身を投じる。
オペレーション・ラストピリオド……それは、この戦いを最後にする、という決意表明に他ならない。そして、これが最後の戦いになるというのは予感ではなく確信。
そのため、エルティナはできうる全ての事をやり遂げていた。もう、やり直しなど効きはしないのだ。
「いいのかい? 敵を懐に放り込んじまってよ?」
「構わない、敵の敵は味方、拳を交えたものは等しく友」
声を掛けてきたのは女神マイアスから離反した鬼マジェクト。その彼に従う多数の鬼たちが、エルティナたちの船に同乗する。それは果たして呉越同舟であろうか。
「俺はこの戦いを、その結末を、その先を見届ける」
「そう、だからこそ……私は恥を忍んで、あなたに申し出た」
鬼の一団からエリスが姿を見せた。その姿は以前とは比べ物にならないほどに変貌していた。美しさは影を潜め、戦士としての存在感が色濃く表れている。もう痴女とは言えなかった。
「アランが、あの人が掴みたかった世界。あなたなら実現できるのよね?」
「あぁ、約束する」
「そう、ならいいわ。見せてもらうわね、あなたが勝つ瞬間を」
エリスは言いたいことを言うと沈黙を保った。語るべきことは語り、聞くべきことは聞いたといった様子だ。そして、彼女の言葉は集った鬼たちの想いそのもの。
虐げられた者たちが行きついた場所がアラン、そのアランを討った者がエルティナ。その彼女が目指す場所が、アランの目指した場所である、とはなんという皮肉か。
彼らのアランへの想いはいまだ色褪せず、だからこそエルティナを憎々しく思う者もいる。だが、憎みきれないと感じていた。
それはエルティナの未来を見る眼差しが、あまりにもアランに似ていたがために。
「ドクター・モモ、船の状態は?」
「ふぇっふぇっふぇ、わしを誰じゃと思うておる。万全の状態にしておいたわい」
ドクター・モモがリモコンのボタンをおもむろに押した。機械の壁が縦に割れ、ゆっくりとスライドしてゆく。
そこから姿を現した船体に、思わず感嘆の声が上がる。いや、感嘆というよりかは……。
「芋虫じゃねぇか!?」
『いもぉ』
呆れであった。
そこに鎮座していたのは、宇宙船というよりは超巨大芋虫であったのだ。
「宇宙戦艦ルレイズいもいもベースじゃ」
「ふきゅん!? ルレイズ号とドッキングさせたのか」
いもいもベースの背中に張り付くようにしてドッキングしているのは、まるでロケットのようなフォルムのルレイズ号だ。中々にシュールな外見である。
「うふふ~、そうですよ~。本体であるいもいもベースも~、宇宙用に大改修済みです~」
「そう言えば、かなり大きくなってんな」
つなぎを着た巨女のウルジェが、にんまりとした笑顔を見せる。彼女が言うにはGTムセルを初めとする大型兵器を搭載するためだという。無論、シングルナンバーズを初めとするゴーレム軍団も全機搭載済みだ。
うんうんと納得するエルティナに声を掛ける者がいた。獅子の獣人ライオット・デイルである。
「それで、地上は親父たちを残していくんだったな」
「あぁ、ハーキュリーさんやテンホウさんなら、不測の事態もなんとかできるだろうしな」
戦場は確かに宇宙であるが、だからといって全ての戦力を宇宙に上げることはできなかった。地上には、いまだ女神マイアスの戦力が残っている可能性も否定できないからだ。
そこでライオット父親ハーキュリー・デイルや剣聖テンホウの出番となる。歴戦の強者であるなら、多少の事態なら難なく収拾可能であると予測したのだ。
「ある意味で最大戦力が使えないのが痛いね」
「それは仕方がないんだぜ。それに、戦いに勝っても、帰る場所が無くなったら意味がないじゃないか」
「それもそっか。僕たちの目的は戦いに勝つだけじゃないものね」
「そのとおりじゃ」
黄金の甲冑に身を包んだ老騎士が二人の騎士を伴い姿を現した。前ラングステン王国国王ウォルガング・ラ・ラングステンである。彼の供をするのはホーディック防衛大臣とモンティスト財務大臣だ。
「おまえたちは何がなんでも生き残ってもらわなくてはならぬ」
「さようでございます。我々老骨が生き残っても何もなりませぬ」
「陛下と王妃には、どのような手段を用いようとも、絶対に生き残っていただきますぞ」
「ふきゅん、やっぱりウォルガングお祖父ちゃんも行くんだな」
「うむ……決着を付けねばならぬ男がいる」
ウォルガングの眉間の皺が一層深くなった。その視線の先は宇宙、その先にいるであろう男に向けられる。この男に隠居という文字は無い。孫に王位を受け継がせたのは戦士としての自分に専念するためであった。
「(よくぞ、この日までもってくれた、我が肉体よ。あともう暫しの辛抱じゃ。それまで付き合ってくれ)」
無意識の内に拳を握る。妻と子の無念をいまだかつて忘れたことはない。その執念こそが彼を生かしてきたのだから。
そんな彼を、長年の家臣は沈痛な面持ちで見守っていた。そして願う、どうかこの戦いを最後に、彼がこの呪縛から解き放たれんことを、と。
「資材の最終確認! おらおら! 急げ急げ!」
「……ダナン、これで資材は全部……」
「なぁ、ララァ。やっぱり残ってはくれないんだな?」
「……えぇ。それに大丈夫よ。ダーナはお義父さんが見てくれているし……」
「そうじゃねぇよ。俺たちに、もしもの事があったら……」
弱気になったダナンの胸にララァは飛び込んだ。彼女を受け止めるダナンの眉間にしわが寄る。
「……生きて帰りましょう……私たちの子供のために」
「あぁ、そうだ、そうだったな。ごめん、俺、弱気になってた」
ダナンは妻を抱きしめた。そして改めて知る、彼女の体の細さ。守らねば、と改めて誓う。ダナンは父親になって、色々と変化した人物の一人だ。
行動がより一層に慎重になった。思慮を深くし軽々しく行動しなくなった。責任という言葉の重みを知ったのだ。だからこそ、躊躇が生まれるようになった。
「弱気になるな、ダナン。いつもどおり、俺たちに任せておけ」
「おまえは結婚しても変わらねぇな、ライオット」
「ん? 結構変わったぞ」
「嘘つけ。だが、まぁ……頼りにしてるぜ」
「おう、任された」
景気づけにとダナンの背中をひっぱたいて立ち去るライオット。当然、ダナンは悲鳴を上げた。
そんな彼らを見守るのはマイリフだ。少し離れた位置にて壁に寄りかかり、最後の戦いに思いを巡らせている。
この戦いが最後になる事は間違いがない。そして、その先に待つであろう結末。きっと自分はその時、生まれてきた理由を、使命を全うすることになろうと予感していた。
「(ミレット……必ず、あなたたちを助けて見せる。だからもう少しの間、辛抱していてね)」
偽りの女神は我が子のために修羅へ至ろうとしていた。
「……エル、いよいよね」
「あぁ、ヒーちゃん。いよいよ、俺たちの意味が問われる。カーンテヒル様が願った未来がこの戦いの先にあるんだ」
黒エルフのヒュリティアが、もう一人の自分たる白エルフのエルティナに寄り添う。運命の二人は悠久の時を経て遂に揃い、カーンテヒルの願いを受け取ったのだ。
「必ず勝つぞ」
「……えぇ」
捻じれに捻じれた運命を切り開くために、最後の聖戦は始まらんとしている。
果たして、モモガーディアンズの未来はいかに。戦いの果てに待つものとは何か。
宇宙戦艦ルレイズいもいもベースのエンジンに火が入った。今こそ飛び立つ時。
「ふきゅん! 宇宙戦艦ルレイズいもいもベース、発進!」
巨大ロケットのごときフォルムのルレイズ号が火を噴く。ゆっくりと上昇し始めるいもいもベース。
飛翔する巨大芋虫の勇姿はなんの冗談か。いや、冗談ではない。冗談ではないのだ。
あっさりと大気圏を突破した巨大芋虫はつくし艦隊と合流、最後の戦場を目指して進軍を開始する。
この日、全宇宙の命運を決める最後の戦いが始まらんとしていた。




