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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
733/800

733食目 重なる想いと身体

 メルシェは自宅へ戻ると父と母にフォルテの容体を告げる。フォルテを自分の子供のように接してきた夫妻は強いショックを受けた。


「お父さん、お母さん。聞いてほしいの」


 メルシェは語る、フォルテへの愛と覚悟を。娘の覚悟を受け止めた両親は思い悩んだ。

 果たして、死にゆく者の子を宿し、産み、育てることが幸せに繋がるのかと。そうして生まれた子供は幸せに生きて行けるのかと。

 これは、紛れもなくメルシェのエゴだ。フォルテへの愛が勝り、子供の事を考えていない。しかし、強くは言えなかった。愛の末に誕生するのが子供でもあるのだから。


 また、両親は思慮深いフォルテはそこまで考えて、メルシェとは結婚できないと宣言したのであろう、と推測した。それは正しい推測であり、まさにそのとおりであったのだ。


「メルシェ、よく聞きなさい」


 父は娘に語った、その愛の末に生まれてくる子供の事を。フォルテが何故、メルシェを諦めたのかの経緯を。

 それでも、メルシェは我を通した。まだ何も始まっていない、そして終わってからでは全てが遅い、という事を強い意志でもって両親に伝えた。


「そうか……」


 これには両親も折れざるを得なかった。前しか見えていない若さもあるが、後悔はしたくない、という強い覚悟を見せ付けられたのだ。

 メルシェの選んだ道は決して生易しいものではない。しかし、そうと決めて臨む者に平坦な道を歩んできた者が掛ける言葉などありはしない。

 語るべきことは語った。諭すべき言葉はもうない。ならば、あとは背を押してやるのが親の務めである、と彼らは悟る。


「分かった、あとはおまえの好きにしなさい」

「お父さん、お母さん……」

「ただ、一つだけ約束しなさい。決して、後悔はしないこと。私たちに謝らないこと」

「……うん、ありがとう」


 メルシェはただちに身支度を始めた。正しく、決戦に備えるために。ありとあらゆる手段を用いてフォルテとの子を遺す。何がなんでもだ。






 それから三日ほど経過した。飛び出していったメルシェが、翌日にはいつもどおり看病にやって来たことに驚いたフォルテであったが、そのことを謝罪しようとすると、彼女に指を口に押し付けられて首を横に振った。


「美味しい?」

「あぁ、美味しいよ」

「そっか、よかった」


 静かで満ち足りた時間が過ぎてゆく。フォルテは、メルシェの作った家庭料理に舌鼓を打った。決して、驚くほどおいしいというわけではない。彼が何度も口にしたメルシェの手料理だ。

 エルティナと比べればその差は歴然。しかし、食べて安心するのはメルシェの料理の方だ、とフォルテは心から思っている。


「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」


 夕食を終えて寄り添う二人。フォルテの体調は八割方回復した、と言ってもいい状態だ。彼本人もベッドの上で身体を軽く動かして問題が無いかを確認している。


「……」

「……」


 交わす言葉はない、お互いに傍にいてくれるだけで満ち足りていた。いつもなら。

 この日、フォルテの体調が回復していることを認めたメルシェは、遂に一歩を踏み出す決意を固めた。二人の関係、幼馴染から先へと進もうというのだ。


「ねぇ、フォルテ」

「なんだい、メルシェ」

「……大好き」

「メル……!?」


 それは不意打ちであった。フォルテが勘付く前にメルシェは彼の唇に己の唇を重ねる。そして、ベッドの上にいるフォルテを押し倒し、そのまま彼を抱きしめた。

 大胆な行動、しかし、それとは裏腹に彼女の身体は震えている。そんな彼女の行動を理解したフォルテは己の愚かさを再確認してしまう。メルシェをここまで追い込んだのは自分だ、と。

 

 では、どうすればいい。あと五年しかない自分が、彼女にしてやれることは何か。考えるまでもなかった。本能がそれを求めている。ならば、あとは行動に移ろう。


 この日、フォルテはメルシェとの愛の儀式へと臨んだ。幼馴染から、恋人へ。少年と少女から、男と女の関係へと。






 日の光がカーテンの隙間から差し込み、メルシェの覚醒を促した。現在の彼女は衣服を一切身に纏っていない。それでも寒さを感じないのは、彼女を包み込むように抱きしめるフォルテの存在があったからだ。


「フォルテ……」


 最愛の人の寝顔を間近で見つめる事ができる喜びに酔いしれる。それと同時に、あと五年の猶予しかない事に絶望を覚えた。

 しかし、後悔などない。お互いの気持ち、覚悟は昨日の営みで確認し合った。あとは訪れるであろうその日まで、二人は手を取り合って歩んでゆくのみ。


「大好きだよ、フォルテ」


 メルシェは恋人の頬にそっと口付けをして、再び微睡の中へと身を投じた。






「シーマちゃん! 痛かった! ものすっごく、痛かった!」

「なん……だと……!?」


 後日、ダメにしてしまったハンカチを返しにシーマ宅を訪れたメルシェは、間違った情報を与えた彼女に開口一番で文句を告げる。

 シーマ曰く、究極の愛で臨めば初めてだって痛くない、は幻想であったのだ。


 当たり前である。愛でなんとかなれば苦労はしない。シーマは少し痛い目を見るべきである。いや、ダメだ、彼女は痛みが快感になっている。どうすれというのだ。


「その痛みを詳しく」

「……えっとね、ブチブチと肉が引き千切れるような音と、焼けるような、釘を打ち込まれるような感覚」


 耳を塞ぎたくなるようなメルシェの生々しい説明に、シーマはゾクゾクと身体を震わせ、その痛みを想像し恍惚の表情を浮かべた。紛う事なき変態である。


「今の話のどこに、そんな表情になる要素があったのかな?」

「何を言っている。その要素しかないだろう」

「え?」

「え?」


 信じられないといった表情をお互いに見せあう。彼女たちの夜の道が交わる事は決してないだろう。というか、交わってもいけないし、理解したら人生が終わる。


「ハンカチ、ありがとう」

「う、うむ。感謝していいぞ」


 なんだか、歯切れの悪い終わり方で彼女たちの邂逅は終了した。無難な選択だったのかもしれない。






 その後のメルシェとフォルテは、仲間たちがよく知るいつもの二人であった。ただ、メルシェが妙に色っぽくなったことを除いては。

 この事に、いち早く勘付いたのは発情ネズミ娘のアカネだ。絶賛、処女をキープ中である。


 モモガーディアンズ本部にて、いつものようにセクハラを達成したアカネは違和感に唸り声を上げていた。そんな彼女を認めて、ロフトが何事かと声を掛ける。


「むむむ」

「どうした、アカネ。またいつもの発作か?」


 アカネの発情はロフトにとって発作として認識されていた。哀れである。


「違うさね、メルシェ……たぶん、フォルテとヤったさね」

「……え?」

「間違いないさね、ケツに顔を突っ込んだ時のにおいが違ったさね」


 恐るべき変態娘である。ただし、アカネはある意味で信用が置ける存在であった。

 ただちにメルシェは女子メンバーに囲まれ尋問を受けることになる。


「クスクス……そろそろ白状したらどうかしら?」

「お上にも情けはあるよっ!」

「えう~」


 いばらきーずの執拗な尋問に情けない悲鳴を上げるメルシェ。彼女は困惑の極地にあった。


「ふっきゅんきゅんきゅん……かつ丼喰うか?」

「なんで、かつ丼なんですか? それに、もうライオット君が食べちゃってます」

「だにぃ!?」


 がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ……!


 それは一瞬の出来事であった。珍獣がかつ丼を〈フリースペース〉から取り出した瞬間、おバカにゃんこの踏み込みの速さは光速の域へと達したのだ。馬鹿か。


「おいぃ……何やってるんですかねぇ?」

「おかわり」

「ばかやろう」


 あつまでさえお代わりを要求してくるライオットに呆れるエルティナは、彼にそっとお代わりを差し出した。なんのかんの言って、珍獣は彼には甘い。


「ところで、親子丼はまだかな?」

「プルル、おまえもか」


 コントのような流れに陥った隙に、メルシェは匍匐前進にて脱出を試みる。しかし、彼女の尻はあまりにも大き過ぎた。蠢く巨尻が視界に映らないわけがない。


「ビッグヒップ、ゲットさね!」

「みぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 哀れ、メルシェはその大きな尻をアカネにわし掴みにされ、自由への逃走を阻止されてしまった。


「これが証拠となる尻さね。いつものにおいと違うんさね」

「や~め~て~!」

「ほほう、どれどれ」


 ふんふんと鼻を近付けて、変態チックに尻のにおいを嗅ぐのは狼獣人のアマンダだ。彼女は、他者の尻のにおいを嗅ぐという行為に抵抗を持たない。そもそも、この行為は犬の挨拶に過ぎないのだ。


「あら、ほんと。男の濃厚なにおいがするわ」

「ふふん、わちきの証言は正しかったさね」


 にやぁ、と女子たちの暗黒微笑がメルシェに降り注ぐ。

 彼女は逃れることはできない。最高の酒の肴が爆誕してしまったのだから。


「おいぃ、居酒屋の予約取れたぞぉ!」


「流石は、エルティナね。行動が早くて素敵よ」

「いしし、今日は飲むよ~!」

「クスクス……リンダはいつも飲んでるじゃない」

「ユウユウだって、そうでしょ」


「あ……悪夢ですぅ」


 後日、メルシェは語る。あの日は地獄であったと。そして、心に決める。次は自分も責める側に回ろう、でなければやってられない、と。

 恥ずかしい営みの全てを白状させられた彼女は、そう心に誓ったのであった。

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