73食目 奇妙な一団
チュチュ! チチチチ……。
眩しい。それは、きっと朝を告げる太陽の輝き。いまだ微睡の中に在る俺は、ふわふわと宙に浮かんでいるような感覚に心地よさを感じていた。
そして、腹に違和感。それも、当然のこととして受け入れるようになっている。何故ならば、腹の違和感は、その上で丸くなっている、にゃんこどもの仕業だからだ。
「ふきゅん、朝か」
もぞもぞと身を起こす。腹の上のにゃんこが転がろうとお構いなしだ。連中も、それを覚悟の上で不法占拠しているのだから。
開けっ放しの窓から侵入したモーニングバードの面々が朝の歌を奏でる。いつもと変わらない歌声だ。尚、内容は一切分からない。
だが、彼らの歌声は嫌いではないし、時間に正確に歌い始めるのでちょっとした目覚まし時計になって便利である。過信すると酷い目に遭うが。
「おはようさん」
「ちゅ、ちゅ!」
モーニングバードたちに寝ぼけ眼で挨拶をしたところで、服に着替えようとベッドから飛び降りる。俺が寝ていた場所は温もりが残っているのか、にゃんこたちの争奪戦が開始された。
そして、問題が発生。一着も服がない点について。
「おぉん! 服がないのを忘れていたっ!」
珍獣エルティナ、何度目になるか分からない一生の不覚。仕方がないので仕事着でクリーニング店にまで赴くことにする。
時計を見て時刻を確認。まだ早い時刻だと判断し、【どきっ☆聖女様のこっそり訪問計画】は成功することを確信する。
「ふっきゅんきゅんきゅん……覚悟するがいい、じわじわとドッキリさせてくれる」
もぞもぞと着慣れてしまった聖女の服に袖を通す。無論、下着など履いていない。風が吹いてスカートが捲れたら大惨事ぞ。
面倒なことにならぬよう、桃先生にがっつりとお祈りして差し上げるのだ。
そのようなわけで、裏の空き地にまでやってきた俺は、桃先生の若芽にエキサイティングなお祈りをささげる。
その様子に感化されたいもいも坊やたちがファンタスティックなお祈りをささげると、いよいよもって裏の空き地は危険な領域へと突入。無くても一向に構わない小さな奇跡を発現させてしまった。
なんと、偶然居合わせたトカゲがすっくと二本足で立ち上がり、華麗なムーンウォークを披露したではないか。
これに、俺たちは拍手喝采を送り「おぉ、ぶらぼー! ぶらぼー!」と歓喜することになる。圧倒的な奇跡の無駄遣いであることは否めない。
だが、この現象により、下手な神様よりも桃先生の方がご利益がある、という事が判明したのではないだろうか。俺はそう思う。
そんな珍妙なことをしでかしている俺たちの隣では、ムセルたちホビーゴーレムがせっせと空き地を清掃中である。
一応は俺も清掃を行ったのだが、どうやら雑だったらしい。石ころやゴミ、よく分からない物体や、女性ものの下着までが落ちていた。
まったく清掃できてないじゃないですかやだ~。
「にゃ~ん」
しれっと存在しているツツオウとイシヅカであるが、彼らは主に見放されたわけではない。きちんと理由があって俺が面倒を見ているのである。
ツツオウは、ライオットの実家が玩具厳禁、という血も涙もない家訓があるため、俺が預かっている。
イシヅカはプルルの家を見たなら理解できるであろう。家の中で遭難とかあってはならない。壊れるなぁ、安心できる我が家。
せっせと清掃中のホビーゴーレムだが、働かないでござる、を忠実に実行する者あり。
言わなくてもわかるであろうが……あえて言おう、ツツオウである、と!
マイペースにゃんこツツオウは日当たりの良い場所を恐るべき直観力で探り当て、完璧なフォームで太陽の恵みを享受。恐るべき効率の良さで怠惰を満喫していた。
もふりたい、その寝顔。
ちょっとしたデンジャラスな欲望に抗いながらツツオウを観察。とここで違和感を感じる。その違和感に気が付くまでに小時間を要してしまったが、なんてことはない。
彼の頭の上に、ぴょこん、と小さな小さな芽が生えていたのである。あまりに自然過ぎて気が付かなかった。
これは推測にすぎないが、ツツオウはアースゴーレムであり、彼の肉体を構築するのは土であることから、彼が製造されたときに一緒に植物の種も取り込まれたに違いない。
それが、なんらかの要因で発芽してしまい今に至る、といったところであろう。
たぶん、土を食ったり水を飲んだりしているから、それが原因なんだろうなぁ。
「ふきゅん、完全に凛々しさは息を引き取ったな」
これ以降は、ムセルとイシヅカに凛々しさ格好良さを引き継いでもらう。
桃先生の若芽に十分過ぎるほどの祈りをささげた俺は取り敢えず腹ごしらえを済ませようとヒーラー協会食堂へと向かう。
ムセルたちはGGMに向けて訓練を開始するもよう。邪魔をするのも何なのでクールに立ち去ることにした。
ヒーラーたちの朝は早い。それに合わせて食堂の開店も早いのだ。
現在、午前六時。にもかかわらずヒーラー協会食堂は賑わいを見せている。
実のところ、利用しているのはヒーラーだけではなく、職場に向かう前に立ち寄る労働者たちも多分に訪れている。
その理由としては、早い、安い、美味い、という安心と信頼の食事を提供してくれるからに他ならない。
そのような食堂に、仕事着の俺が登場すると雰囲気が一変する。戦慄に青褪める顔は、いったいどうしたことであろうか。
「エ、エルティナ様! 朝からそのようなお姿とは、いったい何事ですか!?」
「まさか、これから大事がっ!?」
「もう駄目だぁ……おしまいだぁ」
見事なまでの勘違いであった。やはり、俺は仕事をするべきではないのかもしれない。
野生に還り「ふきゅんふきゅん」と鳴いている方が世界平和に繋がるのであろう。
とはいえ、そんな事などできようはずもなく、俺はもっさりと事情を説明する。
俺の説明の仕方が高度過ぎたのか、説明が終わる頃には全員、気の抜けた炭酸水を飲まされたわんこのような顔をしていた。
「勘弁してくださいよ。本当に心臓に悪いんですから」
「聖女様が仕事時以外に、その衣服をお召しになる時は、決まって大事なんですから」
「そうそう、皆、勘違いをしてもおかしくはないです」
とまぁ、散々な言われようであるが自覚していないわけではない。
皆が言うように、俺はここ一番、という場面では決まって聖女の服を着用し事に当たっている。
なんというか、気が引き締まる感じがするのだ。したがって、マジになる時は聖女の服の着用もやむ無しである。
「エチルさん、おは……うおぉ」
「おはようございます……」
「その目の下の隈はどうしたんだぁ?」
朝食を受け取りにきた俺はエチルさんの目に下に不法滞在する隈を見て仰天した。もう、うおぉ、としか言いようがない。美人台無し、とはまさにこれ。
「少し考え事を……でも大丈夫です。問題ありませんから」
「そういう人間は、いつだって問題なんだぜ。肩の力を抜いたほうがいいぞぉ」
「分かってはいるのですが」
どうやら、エチルさんは思い詰めるタイプのようだ。考えれば考えるほど負のスパイラルに陥るというやつである。
俺のように考えれば考えるほど間欠泉のように噴出し、全てをぽいっちょできるタイプなら、このように苦しむことも無かったろうに。
だが、こういう心の問題は他者がどうのこうの言ったところで解決を見せない。適当な言葉が切っ掛けになることもあるが、大抵が逆効果を生むだろう。
言葉選びは慎重に行いたいところだが……さて、どうしたものか。
「まぁ、あれだ。生きろ」
「えっ、あ、はい。聖女様は時折、珍妙なことをおっしゃられますね」
「それほどでもない」
「褒めてません」
このやり取りで少しばかり彼女の肩の力が抜けたように感じた。しかし、いまだ全体的に硬く感じる。やはり、じっくりと時間をかける必要があるのだろう。
ここで働く者たちは皆、狭量な心の持ち主ではない。エチルさんもそれに気が付けば、自分の殻から抜け出してくれることであろう。
そのように考え事をしながら朝食を受け取った俺は、背後に濃厚な殺気を感じ取った。
ヤツだ! ヤツが来たんだ!
「……おはよう、エル。今日も良いホットドックね」
「ゲェェェェェェェっ!? ヒーちゃん!」
ねっとりとした覇気を纏いながら、俺に密着を仕掛けてくる黒エルフの彼女。既にその手は俺の持つトレーの上に鎮座するホットドックに伸びていた。
ここでホットドックを奪われてしまっては、俺の胃袋が餓死する。なんとしてでも黒い悪魔から聖なるホットドックを護らなくてはならない。
燃え上がれ、我が闘気よ。そして、邪悪なる者を退ける力を授けたまえ。
「うおぉぉぉぉぉぉっ! しゃいにんぐ・ちょっぷ!」
「……ダークネス・甘噛み」
「ふきゅんっ!?」
正義が邪悪に屈した瞬間であった。あろうことか、ホットドック魔王ヒュリティアは俺の弱点を見抜いていたのである。
敏感なお耳への凌辱行為に、俺は戦闘不能状態へと陥ってしまった。
そして、戦いに敗れた俺は哀れにもホットドックの半分を奪われ、深い悲しみの中に漂う事となる。
「おいぃ、朝食の略奪は犯罪行為だぞ」
「……返す」
「散々咀嚼したものを口移しで返そうとするのもNG」
「……ごくん」
ちくしょう、分かっていてやりやがったよ。このおぜうさん。
「……ふぅ、美味しい。後で消毒液と麻酔薬を持ってくるわ」
「おっ、頼んでおいたものが出来上がったのか。助かるぅ」
そう言い残すと、ヒュリティアは厨房へと姿を消した。今日も食器洗いに精を出しているのであろう。
彼女のお姉さんは調合の技術を生かして、ヒーラー協会で使用する薬品を製造している。
ヒュリティアは、その出来上がった薬品を持ってきてくれているのだ。
俺は無残な姿になったホットドックをむしゃあ、し尽して朝食を終える。流石にこれでは足りない。クリーニング店で服を受け取ったら、どこかで不足分を補うとしよう。
「ふっきゅんきゅんきゅん、俺の使用済みの食器を心して洗うのだぁ」
「……随分と綺麗ね」
「心を込めて舐め尽くした」
「……じゃあ、洗う必要はないわね」
「お願いだから、洗って!」
俺たちのやり取りをさり気なく耳にしていたエチルさんは華麗なツッコミを披露。こうして、俺がペロペロした食器はきちんと洗われ、形容しがたい香りを放つことなくピカピカになったのであった。
自室で暫し休憩を取った後にクリーニング店に向けて出発。朝早いとあってネーシャさんは出勤してきていない。
とはいえ、俺ももうお子様ではない。見せてやろうではないか、一人でもできるという事を。
そのようなわけで一人テクテクとヒーラー協会を後にする。
だが、後ろを振り向くとそこにはホビーゴーレムたちの姿。それだけではなく、いもいも坊やたちまでもが、いもいもとついてきているではないか。どれだけ、俺は頼りないのであろうか。
「ふきゅん、まぁいいか。お利口さんにするんだぞ?」
俺の指示にムセルが代表して応えた。右腕を天に突きあげるのが彼の了解の意であるらしい。
謎の軍団と化した俺たちはクリーニング店を侵略すべく覇道を突き進む。
目的など不要だ、なんだっていい、侵略だっ!
商店街までの道のりは辛く険しいものであった。多くの仲間が犠牲になり、先行きも不明瞭になる。
しかし、俺たちは諦めなかった。犠牲になった仲間たちのためにも、なんとしてでも目的地へとたどり着かなければならない。
「いやぁ、話し好きのお婆ちゃんは強敵でしたね」
そんなわけで、長話を聞かされた俺たちは満身創痍になりながらも商店街に到着。お年寄りの朝は早いって、それ一番言われてっから。
朝早いとあって人は疎らだ。しかし、店開きのためにせっせと働く店員たちによって商店街はにわかに活気付き始めていた。
目的のクリーニング店は開店時間が早めに設定されているので、既に開店しているはずである。
のだが、先ほどから道行く人から、妙に優しい微笑を投げかけられている。果たしてこれはどういう事であろうか。その原因を突き止めるべく我が最強の軍団を確認する。
それは、いつの間にか野良ビーストどもが加わり、わけの分からない一団と化していたためであることを把握する。
いつの間に紛れ込んできたんだ、おまえら。
更には本日の爽やかな朝を提供してくれた三羽の青い小鳥モーニングバードまでもが軍団に加わり、混沌ぶりに拍車をかける。誰か助けてっ!
尚、モーニングバードは名前が長いので、勝手に【もっちゅトリオ】と命名した。
大して名前が縮まっていない? 気にするなっ!
とまぁ、このような賑やかなやり取りを行っている内にクリーニング店【ぴかぴかりん】へと到着。丁度、店主が店開きをするために店外へと姿を見せている場面に出くわす。
「ふきゅん! 全軍、クリーニング店に乗り込め~」
俺の号令と共にホビーゴーレムとビーストどもは突撃を開始。クリーニング店を蹂躙せんと襲い掛かる。
「ふん」
しかし、店主が地面を踏みつけると同時に衝撃波が発生し、俺たちはころころと大地を転がることになった。店主マジパネェっす。
「お客様、店内への駆け込みはご遠慮ください」
「あい、てゅいまてぃえ~ん」
さり気にカウンターで反省感ゼロの返事をする。効果はいまいちのようだ。
「んで、これはいったい、なんの冗談だい、食いしん坊」
「ふっきゅんきゅんきゅん、冗談ではない」
「存在自体が冗談のおまえさんが、冗談ではないとは大事だなぁ」
「おう、服がな、これしかなかったんだぁ」
「そりゃあ、大事だ」
豪快に笑い飛ばす褐色肌の大男。彼こそがクリーニング店の店主オオクマ・シイダである。
身の丈二メートルに近い背丈とオールバックで整えた金色の髪が印象に残る人間の中年男性だ。
印象に残るといえば左頬の傷だ。かつては冒険者であったらしく、傷はその名残である、との本人談である。
今も鍛えているのか筋肉は隆々であり、服の上からでも、それがよく理解できた。
「そんなことよりも、それは聖女様のお召し物だ。悪戯で身に付けるようなものじゃないぜ」
「これが悪戯だったら、どんなに気楽だったか。悲しいけど、これって俺の私物なのよね」
「……あ? つまりが、おめぇさんこそが聖女だと?」
「ふきゅん、そういうことなんだえ」
オオクマさん、大・爆・笑。今までで最高に笑っていた。ふぁっきゅん。
彼とはフィリミシアで生活してからの付き合いであるが、ここまで笑った彼を見たことがない。まさか、このようなことで目の当たりにすることになるとは思ってもみなかった。
「あ~苦しい。驚く前に笑ってしまった。許せよ」
「笑い過ぎなんだぜ。どこが面白かったのか、二十字以内に答えよ」
「顔」
「歯ぁ食い縛れ」
オオクマさんは大袈裟に歯を食い縛った。それは俺の拳が顔にまで届かないことを知っているからだ。
激おこぷんぷんマックスな俺は、仕方がないので大地に怒りをぶつけて無の境地に達することにした。今はもう悟っている。
「はっはっは、まぁ、謝るよ。ほれ」
「ふきゅん、これはオオクマさんお手製の携帯食【フルニクンチュア】っ!」
「おう、冒険者時代によく作って食べていたものだ。忙しい時はこれに限るってな」
これは乾燥果実と干し肉と小麦粉を混ぜて焼いた携帯食料である。見た目はアレだが腹持ちがいい。
食べた感想としてはフルーツソースを掛けたローストビーフをパンで挟んだ物、といったところであろうか。
好みは別れるであろうが、俺は割と嫌いではない。ネーミングセンスは無いとは思うが。
フルニクンチュアって、どう考えたら浮かんでくるんだよ。混沌も真っ青だよ。
「まさか、食いしん坊が聖女様だったとはなぁ」
「王様に隠すように言われていたんだけど、もう面倒臭くなってきたんだぜ」
「そういう問題じゃないだろう。安全面のこともあるし、いくら親しくとも正体は隠して置けよ?」
「善処するんだぜ」
ぷくっと頬を膨らませて遺憾の意を示す。だが、それは即座に指で突っつかれて崩壊。たっぷりと口内に溜め込んだ鬱憤は「ぷひっ」という音共に霧散していった。
「はっはっは、似ているなぁ」
「んを? 何にだ?」
「俺の知り合いのお嬢さんにさ。あ~でも、よく見ると似てねぇわ」
「ひでぇ」
「服を取りに来たんだったな。ちょっと待ってろ」
俺が聖女と分かってもオオクマさんは接し方を変えることはなかった。それが俺にとって何よりも嬉しい。彼は俺をエルティナとして扱ってくれているからだ。
「ほれ、重いから気を付けて持って帰れよ」
「ふきゅん、分かったんだぜ」
「それと、笑って悪かった。少し代金はまけといてやるよ」
「やったぜ」
こうして、俺は念願の服を手に入れることができた。そして、お小遣いが多少浮いたことにより、俺の買い食いは加速する。
朝食のメインを半分持って行かれたことだし、露店街に立ち寄って何か食べることにしよう。
さぁ、何を食べようかな。ハンバーガーもいいし、サンドイッチも候補だ。肉巻きおにぎりなんかも売り出したと聞いている。
俺は高鳴る気持ちを抑えながら露店街へと向かうのであった。
2019年10月20日修正。