727食目 閃光
誰しもがメルシェの生存を諦めているだろう、彼女が陥った状況とはそういうものである。
しかし、ここには諦めない者がいた。誰よりも彼女と共に在った少年だ。
諦めが来るよりも先に執念が来た。執念が来るよりも本能が動いた。ゆえに彼は発動する。禁断の個人スキルを。
「【ソウル・イーター・ブースト】!」
それは己の魂を糧として、治癒魔法以外の全ての素質をSにまで引き上げ、肉体の限界をも超える禁断の個人スキル。
【魂喰い】と呼ばれるそれは、使用者の寿命を遠慮なく喰らい、その恩恵を使用者に与える。
不可能を可能にする力を得る代わりに、使用者は確実に死に蝕まれるのだ。
閃光と共にフォルテ・ランゲージの身体が淡い緑色に包まれた。爆ぜる大気、砕け散るGDBPのスラスター。邪魔だと判断しGDBPを放棄。加速、加速、加速。
閃光とはフォルトの事でありフォルトとは閃光の事であった。そう錯覚するほどの一瞬の出来事。モモガーディアンズたちは目撃した。
真の修羅の姿を。
赤黒い水溜りが爆散する。飛び散る水は全て蛇。その中心には四肢が食い尽され内臓が露出している無残な少女の姿があった。意識は既にない、だが覗いている内臓、心臓はまだ脈打っている。
「……っ!」
修羅は思考をも加速させる。この状態を維持できる時間はあまりに短い。少女を救い、この状況を打破できる者を求める。己では駄目、破壊しかできない。では、ヒーラーは。
プリエナ、グリーヌは遠い。マフティは交戦中。このままで、メルシェが死ぬ。
「フォルテっ!」
「シーマ! ダナン!」
シーマとダナンが強引に赤黒い蛇の雨を突っ切ってきた。そして、己のダメージを顧みることなくメルシェの維持に取り掛かる。
修羅はダナンと視線を交わす、それで十分だった。彼は征く。愛する者の命を貪った者へと。
メルシェを蝕む赤黒い蛇たちを払いはしたものの、彼らは無尽蔵に湧き出てきて生ある者を喰らわんとする。今し方も天より無数の蛇が食べ残しを平らげんと降り注いでくる。
「メルシェを……やらせるものかっ!」
フォルテの拳は魂の光を纏い、降り注ぐ貪欲なる者達を屠っていった。
託されたダナンは考える。彼の仕事は戦うことではない、考えることだ。
思考を巡らせるダナンを横目に、シーマはすかさず医療魔法〈ペインブロック〉でメルシェの痛覚を遮断。続いて〈ヒール〉を行使してメルシェの肉体の再生を試みる。
「ええい! もどかしい!」
しかし、シーマの治癒魔法は最低限度おこなえる程度。己のタフネスに物を言わせて自己回復するのとは違い、メルシェの体力は並みである。
肉体の再生速度が遅ければ、生命維持に必要な血液が不足し結局は死に至る。
「考えろ……考えろ……!」
ダナンの思考は加速する。視線を巡らせる。いた。彼女だ。迷わず声を掛ける。
「ルーフェイ!」
「っ! ダナンっ!」
事情を把握しているルーフェイは赤黒い蛇の壁を切り裂き、勢いのまま白い大地を転がりながらも彼らの下へとたどり着く。そして、メルシェの惨状を目の当たりにし己が呼ばれた理由を察する。
「個人スキル【反転】! メルシェの死への方向を反転させる!」
彼女の個人スキル【反転】はありとあらゆるものを反転させる。
それは物に限らない。現象ですら影響を及ぼすのだ。しかし、それには膨大な力を消費する。
メルシェの死にゆく細胞は活性化し、迎えに来た滅びを拒否した。流れは死から生へと逆転したのだ。
「き、きついっ! とんでもない力を持っていかれる!」
「ルーフェイ、耐えてくれ! エルティナっ!」
続いて、ダナンはエルティナに連絡。彼女に〈ロングレンジヒール〉を要請する。
『おいぃ、到着までに三百秒は掛かるぞぉ! 離れ過ぎだっ!』
『持たせて見せる! だから、頼むっ!』
エルティナは要請と当時に〈ヒール〉を発動。輝ける球体をメルシェに送る。迷っている時間すら惜しかったのだ。続けて魂内の彼らに声を掛ける。
彼らは、エルティナから声が掛かるのを待っていた。ようやく、その時が来たのだ。
「初代様、お願いするんだぜ」
「えぇ、任せてちょうだい。シグルドさん」
「あぁ、いこうか」
放たれたヒールを護るために、白き大蛇に跨った青き剣士がエルティナの魂から飛び出してきた。初代エルティナと初代シグルドの初代コンビである。
「死んでくれるなよ、メルシェ」
エルティナは、ルナキャノンへのエネルギー充填を再開させた。臨界まであと少し。
エルティナからヒールを送られたことを確認したダナンは、更に瀕死のメルシェを維持するべく、考えを巡らせる。
痛覚、死を逆転させて僅かな時間を稼いだ。しかし、どう考えてもヒール到着までに間に合わない。賭けるしかなかった。
「プリエナ! グリシーヌ!」
それは、死に向かう者のために死に向かえ、と言っていることと同義。死の蛇を撒き散らす巨人はヒュリティアが引きつけてくれているものの、生者に対して貪欲にその飢えを叩きつけてきた。一度目を付けられれば逃れる術はない。滅びるか滅ぼすしかないのだ。
しかし、この圧倒的な矛盾に彼女達は応えた。すぐさま行動に移る。
「ルバールさんは後方より援護を。私【だけ】で行きます」
「プリエナ様! し……しかしっ!」
「信じて」
狸の獣人プリエナは、ルバールシークレットサービスに女神と謳われて久しい。信頼はやがて信仰へと変わり、プリエナはそれを全て受止めていた。
彼女の個人スキル【小さな奇跡】はそれを糧とし、ここに芽吹く。プリエナはそれを理解したのだ。
迷うことなく駆け出したプリエナの下に、大量の赤黒い蛇が降り注いできた。それに飲み込まれ、プリエナは姿を消す。
「プリエナ様っ!?」
ルバールシークレットサービスたちの悲鳴。しかし、直後に信じられない光景を目の当たりにする。赤黒い蛇の滝からプリエナが無傷で飛び出してきたのだ。
そして、そのまま直進、メルシェの下へと向かう。当然、赤黒い蛇たちは、か弱いであろうプリエナを執拗に狙った。
しかし、届かない。後一歩が届かない。それは、本当に短い一歩だ。だが、それは果てしなく遠い一歩でもあった。
かすりもしないことがあってもいいのだろうか、彼女の走る速度はお世辞にも早いとは言えない。GDBPすら使っていないのだ。しかし、彼女の歩みは誰よりも早く、確実に、最短距離で、メルシェの下へと向かっている。
「し、信じられん。女神の加護……いや、プリエナ様こそが、女神っ!」
プリエナは勇気を持って白き大地を、赤黒い雨の中を駆け抜ける。彼女の小さな奇跡は、信じる者たちの祈りによって芽吹き、【絶対幸運】へと成長したのだ。
幸運の女神プリエナの誕生。彼女を信ずる一途な心が、人造の女神を誕生させるに至ったのである。
「メルシェちゃんっ!」
プリエナは到着同時にメルシェにヒールを施す。シーマのヒールとの相乗効果によって見る見るうちに傷は塞がってゆく。だが、塞がるだけだ。失った四肢は戻る事はない。
しかし、それで十分だった。これで、これ以上、血液を失う事はない。そして、失ったのであれば補えばいい。
「マフティ、ゴードン!」
「おう、行ってこい!」
「けけけ、上手くやれよ」
ブルトンが後方に控えていたグリシーヌの下へと強引に駆け付ける。赤黒い蛇の雨の中でもお構いなしだ。装甲が削れて銀色の金属部分が露出する。だが、分厚さもあってかGDル・ブルは機能的に問題は生じない。
ブルトンのGDル・ブルを確認したグリシーヌは、巨大モグラと化したモルティーナの背から降り、ブルトンの下へと駆け寄る。
「ブルトン、お願いするんだな、だな!」
「……任せておけ」
ブルトンはグリシーヌを抱きかかえGDル・ブルのブースターを全開にした。度し難い加速力が生まれ、ブルトンは紫色の弾丸と化す。まともな加速力ではない、ブルトンだから耐えることが可能であった。
しかし、グリシーヌはそれを要求したのだ。グリシーヌの強い意志が籠った瞳に押し切られる形でブルトンはこれを承諾、今に至る。
「ぎ、ぎぎぎぎ……!」
グリシーヌは、その度し難い加速の衝撃に歯を食いしばり耐える。そんな彼女らに降り注ぐ赤黒い雨。ブルトンは形振りを構うつもりはなかった。どうせ、この戦いが一段落すれば説明するつもりだったのだ。
「……構うものか。滅せよ、卑しき者よ」
ブルトンが右手を掲げた。そこに生まれる閃光、暗き世界を光で埋め尽くす。それをブルトンは解き放った。
「雷霆!」
雷が迸る、それは赤黒い蛇を焼き尽くした。それだけではない、雷は蛇の身体を伝い、次々蛇たちを感電死させてゆく。それはまるで雷の蛇、見ようによっては共食いとも言えた。
「……ゼウス。もう、いいのだろう?」
灰と化した蛇たちの名残を風圧で吹き飛ばし、紫色の弾丸は【戦場のナース】をメルシェの下へと届け終えた。そして、そのまま彼女たちを守護する。
「グリシーヌ! って、ブルトン! それは!?」
「ダナン、全て後で、だ」
ブルトンが右手を掲げた。天には雷雲が渦巻き、上空に漂う赤黒い蛇を飲み込んでゆく。
その有様を見て、ダナンはブルトンへの疑問よりも、己のするべきことに集中する。彼はモモガーディアンズたちの能力や特技をほぼ把握している。だからこそ、彼女たちを呼んだのだ。
「グリシーヌ、ファーストポーションで【造血水】をメルシェに!」
「分かってるんだな、だな!」
グリシーヌはエルティナが開発した禁断の秘術【ファーストポーション】を用いて薬の効果を増大し、造血水を口に含んでメルシェに口移しした。
造血水はエルティナの開発した増血丸の液体版である。時間を掛けて効果を待つ増血丸とは違い、かなりの速さで血液が補充される。
ただし、死ぬほど不味いのが難点であり、それは気付けにすらなる、という代物であった。
「うげっほ!? ま、まずいですぅぅぅぅぅぅっ!?」
「あ、意識を取り戻したんだな、だな」
だが、目を覚ましたメルシェは己の惨状を見て、今度はパニック状態へと陥った。これをダナンは計算に入れている。よって、慌てることはない。
彼は数々の修羅場を潜りぬけて来た。それも、他のモモガーディアンズたちよりも遥かに能力が劣るにもかかわらずだ。その状況が、立場が、ダナンに並々ならぬ胆力を備えさせた。
「いや! 見ないで! やだ、こんなのっ!」
「メルシェ! 今、エルティナのヒールが来る! 落ち着け!」
「はぁ、はぁ、エ、エルティナ……さんの?」
エルティナの名は絶大だ。特に負傷者に取って、その名は希望そのものであった。
彼女に掛かれば、四肢欠損だろうと死んでなければ易い、と豪語し証明させてしまうのだから。
期待した通りの効果が表れ、メルシェが落ち着きを取り戻したところで、ダナンはララァに状況を求めた。
『ララァ! ヒール到着まで、後どれくらいだ!?』
『……ききき……あと十秒……』
『え? 予定よりも早くね?』
『……急いでくれたから……』
ダナンが気配を感じ天を見上げる。そこには、青い八つの目を持つ白き大蛇に跨る青き剣士の姿。その手に掲げる大剣には命の輝きが宿っていた。
「シグルドさん、あそこっ!」
「おう! 受け取れっ!」
青き剣士が剣を振るう。それは赤黒い蛇たちをすり抜け、正確無比にメルシェへと命中した。そして、ついでと言わんばかりに赤黒い蛇たちを駆逐してゆく。
「白い大蛇……全てを喰らう者・光の枝か!」
ダナンたちのメルシェを思う心は遂に死に瀕する者へと届いた。見る見るうちに再生してゆくメルシェの肉体。失った血液もグリシーヌのファーストポーションの効果で補填されている。
完全に死の淵から生還したメルシェであるが、これ以上の戦闘は困難と判断。プリエナとグリシーヌ共々ブルトンを中心に護る事になった。
「ぶはっ! 流石に、これ以上は無理だ!」
そして、ルーフェイが力を行使し過ぎて倒れた。彼女を受け止めたダナンは彼女を労う。ルーフェイがいなければ、メルシェは早い段階で死んでいたことであろう。
「サンキュー、ルーフェイ」
「……ダナン、お前って結構、いい男だよな?」
「浮気はしないぜ、いい男だからな」
汗だくのルーフェイに、そんな軽口を叩いたダナンは腰の魔導ピストルを引き抜き、いまだに迫る蛇に向けて発砲した。




