720食目 曾孫と祖母と
「……お祖母ちゃん?」
「も、もう一度っ!」
「ふきゅん、お祖母ちゃん」
「はぁぁぁぁん!」
それは奇妙な光景であった。エルティナと女神マイアスは関係上は曾孫と祖母に相当する。そして、息子であるカーンテヒルに認められたエドワードは義理の息子といえた。
「はぁはぁ……とと、いけない、少しばかり取り乱したわ。続きはまた今度」
「取り乱し過ぎなんだぜ」
「しょうがないじゃない。曾孫と触れ合えるだなんて滅多にないのよ? この時をどれだけ待ち望んだか」
確かに女神マイアスとエルティナは敵対関係にある。しかし、双方ともに互いを恨んでいるわけではなかった。運命的にそうなってしまっているだけなのだ。
特に女神マイアスはエルティナが可愛くて仕方がない。カーンテヒルの最後の力を振り絞り生み出した娘、その娘から生まれた子がエルティナなのだ。
純粋にカーンテヒルの力を受け継ぎ、尚且つ真っ直ぐ成長を果たしている彼女が可愛くないはずがなかった。今すぐにでも抱きしめて、頭を撫で繰り回したいとすら思っている。
だが、互いの立場がそれを許さなかった。片や桃使い、片や鬼の総大将なのだ。
「でも、存分に触れ合うことができるのは、今の世界ではない。この先の世界よ」
「お祖母ちゃんの目的は、やっぱりそれか」
「ごめんね、エルティナ。息子は……カーンテヒルは限界なのよ」
「ふきゅん、知ってるよ。無茶をしてたから限界が来てるんだ」
「そう……もう、理解しているのね」
「……うん」
両者はどちらからともなく距離を置く。次の瞬間には曾孫と祖母の関係ではなく、桃使いと鬼の総大将として向き合っていた。
「全てを喰らう者の力を行使し、私が全てを喰らい尽そう」
「そして、また、人身御供になるというのかっ!?」
「どの世界にも、犠牲は必要不可欠! だから、少なければ少ないほどいい!」
「カーンテヒル様の想いも知らないで、一方的に想いを押し付けるなどとっ!」
互いの力が増大してゆく。強大な陰の力を獲得したアポロンの肉体であったが、肉体はそれに対応できず徐々に崩壊を始めた。舌打ちするマイアスがその証拠だ。
「分かってちょうだい。子供が親よりも先に死ぬ事など許されない。私がまたカーンテヒルを産めば、全ては丸く収まるのよ!」
「前半は理解できる! だが、後半は許容し難いなっ!」
「何故っ!?」
「あんたが救われないっ!」
暫しの沈黙、それは戦いの始まりを意味していた。
「しょせんは桃使いと鬼ね。ならば、勝負の二文字を持って決着を」
「望むところだ。それが桃使いと鬼であるのなら」
女神マイアスの仮初めの肉体から放たれる陰の力が膨れ上がった。同時にエルティナは獣臣を呼び寄せ百代目桃太郎へと至る。
二人を見守っていたエドワードは始祖竜の剣を抜き、ライオットは呼吸を整え構えを取る。
「「「「いざ!」」」」
掛け声と共に戦いの火蓋は切って落とされた。先行したのは女神マイアス。八つの首が一斉にどす黒い炎を吐きだした。濃厚な陰の力を凝縮した穢れし炎だ。
それをエドワードが始祖竜の剣で喰らい尽くす。その脇をライオットが駆け抜けた。
「喰らえっ!【獅子円月脚】!」
ライオットは、女神マイアスの八つある首の一つに胴回し回転蹴りを叩き込む。彼は獣人であり、足の爪も太く鋭いため、追加で裂傷も与えることに成功する。
「どうだっ!」
その一撃は女神マイアスの首の一つを容易に破壊せしめた。しかし、ライオットは続けての攻撃を断念し後方へと退避、すぐさま飛んできた炎を回避した。
「案の定、すぐに再生するな」
「想定内だ。エルティナ、輝夜、油断するな」
「了解だぜ、トウヤ」
続いて、桃太郎と化したエルティナが、桃力の刀身を発生させている輝夜で女神マイアスを切り付ける。狙いは首ではなく胴体の方だ。
流石に胴体を切られるのを嫌った女神マイアスに攻撃を回避される。後方への跳躍だ。
その着地の硬直を狙って、エドワードとライオットが猛然と突っ込んできた。
「流石に戦い慣れているっ!」
「お陰様でなっ!」
「いただきますよ、女神マイアス!」
硬直で動けない女神マイアスは防御を選択。全身に鬼力を纏わせて攻撃に備えた。ライオットとエドワードは構わずに攻撃を叩き込む。ピシリと音がした。
しかし、それは鬼力が砕けた音ではない。現に鬼力の障壁には、ひび一つ入っていないのだ。
「ええい! 脆い!」
ひびが入ったのは女神マイアスの仮初めの肉体だ。現在の彼女は踏ん張りが効かないで戦っているに等しい。まったく実力が出せていないのだ。
それでも彼女の力は圧倒的であった。一旦、攻撃に回るとエルティナたちは防戦一方を強いられることになる。
乱れ飛ぶ暗黒の炎、黒い炎の正体は陰の力だ。それが回避する隙間も見当たらないほど飛び交っている。
「おいぃ……! この攻撃の激しさは反則なんじゃないですかねぇ?」
「そうだね。反撃のチャンスが、なかなか回ってこないよ」
「こういう時、手数が少ないと不利だよな」
エルティナの桃結界陣によって反撃の隙を伺う三人であるが、エルティナは動けない仲間たちも護る役目もあるため、迂闊な動きはできないでいた。
実質、自由に動けるのはエドワードとライオットだけである。
「参ったわね、憎怨大将自らとは」
「動けなくなるわけだよね。酷いよ、獲物を取っちゃうなんてさ」
「仕方ないわよ、鬼だもの」
「この鬼~!」
「ちょっと! 聞こえてるわよっ!?」
「「ひえっ」」
ユウユウとリンダは、女神マイアスに抗議する事しか行動が許されなかった。彼女たちは鬼であるがゆえに女神マイアスに逆らうことはできない。
しかし、女神マイアスも彼女たちに対し、自分に従え、という命令はできないし強制力もなかった。自由に暴れ破壊する、それが鬼であり、何よりも女神マイアスが定めたことであったからだ。
逆にマフティたちは、全ての源である女神マイアスに従うしか選択肢は無かった。
マイアスは生命を生み出す際に、そのようなプログラムを遺伝子に組み込み生命を誕生させたからである。
マフティたちが大人しくしているのは、女神マイアスが彼女たちを利用してエルティナを襲わせることを良しとしていないからだ。
「(あと何分もつかしらね。正直、あのにゃんこと、この使えない肉体は想定外だったわ)」
女神マイアスの首の一つが機能停止し崩壊した。彼女の最大の敵は時間だ。しかし、無尽蔵とも言えるエルティナの魔力は持久戦に最も強い。今の女神マイアスにとっては最悪の相手であった。
「(歯痒いわね、儀式の材料が全て揃っているというのに)」
ここには全てが揃っていた。カーンテヒルの子らと仮初めの肉体。そして、膨大な陰の力。それを閉じ込める事ができる空間。
ここでカーンテヒルの子らを胎に収め力を吸収。その後、全てを喰らう者の力で全てを食い尽くし、新たなるカーンテヒルとして、二人を産み落とせば女神マイアスの望みは叶う。
彼女は薄々であるが理解していた。自分が心血を注ぎ愛した息子は、もう戻ってこない事に。だが、それを認められない存在があった。内に潜む鬼がそれだ。
彼女は女神にして鬼なのだ。鬼にして母なのだ。母にして略奪者なのだ。だから奪い取る。未来を我が手にせんがために。未来ある子供たちから。
その矛盾を理解してでも、女神マイアスはどす黒い底なし沼から這い上がらん、ともがき続ける。決して抜け出せるはずがないというのに。
「ふきゅん、歯痒いんだぜ! すぐそこに鬼の大将がいるというのに、何もできないできにくい!」
「焦っちゃダメだよ、エル。機会は必ず訪れるから」
「そうだな、向こうの方が有利なはずなのに、妙に勝負を急いでやがる」
ライオットが指摘するように女神マイアスは決着を急いでいた。そのことを耳にしたエルティナはトウヤに頼み、女神マイアスの状態を調べてもらう事にする。
しかし、その作業は既に彼も取り掛かっており、現在は情報をブロックするプログラムの突破を試みている最中であった。
『壁が分厚くて突破できん』
『ふきゅん、トウヤでも簡単に突破できないなんて、ドンだけ鬼畜なんだよ』
情報を獲得するのは困難だと察したエルティナは不服ながらも、桃結界陣の維持に努めた。
やがて、空間を制圧するほどの攻撃が収まる。そこには首一つを残し、すっきりした女神マイアスの依代の姿があった。
陰の力も先ほどとは打って変わり、弱々しいものへと変化している。
「参ったわ。ダメね、こんな脆弱な依代じゃ」
「おいぃ、降参するのかぁ?」
「えぇ、残念ながら降参よ。それにアポロンが目を覚ましますからね。お祖母ちゃんは退散します」
「ふきゅん、またな、お祖母ちゃん」
「ふふ、決戦で会いましょう。私の可愛い、エルティナ」
女神マイアスは、そう言い残してアポロンの身体から消えていった。後に残るのはボロボロの元神の肉体だ。
「……がっ!? うぐぅおっ!」
意識が戻ったアポロンは激痛のあまり、床をのたうち回った。それが更なる痛みを誘発し、彼を延々と苦しめる。その哀れなさまを見て、エルティナは「ぷひっ」とため息を吐いた。
体の自由を奪われていたマフティたちも身体が動くようになったことを認め、各自で身体を動かして不備が無いかを確認している。
「さて、後はこの哀れなヤツを退治して、ヒーちゃんの下へと行くか」
「そうだね、想定外の方が現れて、僕も驚いたよ」
エルティナは輝夜を掲げ、光の刃をアポロンに振り下ろさんとした。
彼に変化が起ったのは、その時の事だ。




