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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第二章 身魂融合 命を受け継ぐ者
72/800

72食目 うっかり事件

 ここはヒーラー協会の療室。消毒液のきっつい臭いが立ち込める中、今日も怪我や病気に苦しむ老若男女が、ちょっと~ここが痛むんですけど~、と押しかけてくる。

 とはいえ、魔族戦争時の頭がおかしいほどのラッシュは発生していない。発生して堪るか。


「ふきゅん、もう大丈夫なんだぜ」

「へぇ、ありがとうございます、先生」


 膝の軟骨が消耗していたお婆ちゃんに、【ヒール】をピンポイントで行使する。すると、残っていた軟骨が、わっしょい、わっしょい、と増殖を始めるようで、十分弱の治療で立って歩けるようになるのだ。


 なんともお手軽であるが、この十分間の【ヒール】継続使用をできるヤツが殆どいない件。

 したがって、関節痛の治療は、ほぼ俺に回ってくる。そして、来院する患者の八割が、じっさま、ばっさまな件について。


 おるるぁん! 俺の労働基準法は、どこでほっつき歩いていやがる! 早く帰ってこい! あくすんだよ!


「ふぅ……ここ最近はお年寄りの通院が増えたなぁ」

「以前は戦争の件もあって遠慮していたんでしょう。今は戦争も終わって、我慢する必要もなくなったし、何よりも腕の良いヒーラーがうちにいることが噂で広まってますからね」


 ビビッド兄が消毒液の補充をしながら、俺が世間で噂になっていることを教えてくれた。

 どうやら、話し好きのおばちゃん連中が、やたらと尾ひれを付けまくって噂を流しているらしい。そして、俺はそれを全部できる点について。


「過剰な持ち上げも、度が過ぎると害悪にしかならないんだぜ」

「それが出来ちゃうから、尚酷くなるんですけどね」


 この間も全身火傷で手の施しようのない患者が運び込まれた。近場の治療所では手に負えない件だったらしい。


 呼んでくれれば駆け付けたというのに、わざわざ担架でこっちに運んでくるとか馬鹿なの? 患者を殺す気なの? と軽くお説教しつつ患者を治療した経緯がある。


 無論、火傷の跡など残すような真似はしない。しっかりきっかり、とつるつるのお肌に戻して差し上げた。


 そこから噂はエスカレートしていった気がする。だが、俺は言おう。俺は悪くぬぇ。


「ところで、ライオット君が倒れていましたけど……大丈夫なんですか?」

「ライオットは犠牲になったのだ」


 グランドゴーレムマスターズに出場する意向を固めた俺たちであったが、俺は重要なことを忘れていた。それは、今日の午後から仕事が入っていたという点だ。


 あまりにうっかりなミスをやらかした俺は、ハッスルボビーにて速やかに白目痙攣状態へと移行。たんこぶの二十四連を覚悟し、処刑台に上がる罪人のごとくヒーラー協会を目指した。


 そのあんまりな俺の姿に同情したのだろう、ライオットが俺を背負って運んでくれる流れとなった。

 渡りに舟とはこのことだ。俺はライオットを極限まで酷使、プルルは今回の戦いについてこれないだろうと判断し置いてきた。


 風のごとく駆け抜けるにゃんこはヒーラー協会に入ったところで力尽き、ケツプリ土下座状態で床に突っ伏した。


 君はいい友人だったが、俺のうっかりがいけなかったのだよ。


 全面的に俺が悪いが、俺は俺が大切なので故あれば裏切るのだ。その結果、俺の頭には立派なたんこぶタワーが出来上がりましたとさ。がっでむ。


 スラストさんにこっぴどくお説教を受けた俺はライオットを自室のベッドに運んでもらい、後で桃先生をおごる約束をして仕事場へと赴いた。そして今に至る。


「エルティナ様、急患です!」

「ふきゅん、患者は?」

「今、スラストさんが診ています! その上でエルティナ様を呼べと!」

「分かった」


 スラストさんが手に負えない、となると切断や欠損といった重症患者。あるいは、重篤な症状を抱えた持病持ち、といったところか。

 なんにせよ、のんびりはしていられない。


「ビビッド兄、ここは任せるんだぜ」

「はい、任せてください」


 このビビッド兄こそが、【ヒール】の継続使用が可能なヒーラーだったりする。


 この治療法は魔力に優しくない治療法であるので、午前と午後に分かれて担当するのだが、今日はどうにも余裕があるようで、こうして俺の補佐に入ってくれているのだ。


「来たか、エルティナ。止血は終えている。増血丸も飲ませておいた」

「流石はスラストさん、手際がいいんだぜ。凄いな~、憧れちゃうな~」

「世辞は度が過ぎると嫌味になるぞ。彼の手足の再生を頼む」

「任されたんだぜ」


 寝台に寝かされている青年は右手と右足が欠損状態にあった。傷口はスラストさんの【ヒール】によって治療されており、血液の流出を防ぐ事に成功している。後は欠損部分の再生と失われた血液の補充となるわけだ。


 俺にとって欠損部分の再生の方はどうということはない。寧ろ問題となるのが失った血液の補充という点だ。

 この世界には点滴というものがない。したがって、血液の緊急補充ということができない。


 俺が作り出した増血丸も即効性には欠けるので、大量に血液を失った場合は失血死というヒーラーではどうしようもない末路を辿ることになる。

 だからこそ、欠損の際には血液の流出を防ぐよう、ヒーラー協会から冒険者たちに呼びかけていた。


 今回はその呼びかけが功を奏したようで、思ったよりも血液の流出は少なかったらしい。


「うし、手足の再生は完了なんだぜ」


 この欠損部分の再生だが、俺の魔力をこねこねして手足の細胞とすることが可能、というところまでは解明できている。

 非常識極まりないが、それがこの世界の理なのだからどうしようもない。


「後は増血丸の効果が出るまで要観察だ。そっちはルレイ兄に任せるのが適任かな」

「そうだな、あいつは小さな変化にも気が付く。俺が手配しておこう」

「お願いするんだぜ」


 冒険者は担架に移されて二階の病室へと運ばれていった。確か、彼は以前にもこのような状態で運ばれてきた記憶がある。

 名前はなんだったかな……ええっと、確かアーノルドだったような気がする。


「いずれにしても、あんな無茶なことをしていたら、いつか死んじまう。きつく言っておく必要があるかな」

「そうだな。死んでからでは全てが遅い」


 俺とスラストさんは「ぷひっ」と揃ってため息を吐いたのであった。






 午後の診察が終了したので、俺の自室のベッドの上で魂が抜けだした状態であろうライオットの下へと駆け付ける。


「おい、エル。マジであの世が見えたぞ」

「貴重な体験だったな。あの世はどうだった?」

「割とカラフルだった……じゃねぇよ」

「本当に済まないと思っている。だが、俺は謝らない」

「じゃあ、その手に持っているボードに書かれた文はなんだよ」

「ご・め・ん・ね」

「謝ってんじゃねぇか」

「ふきゅん」


 桃先生を召喚し、部屋の椅子に「ふっきゅんしゅ」と鎮座。果物ナイフを取り出し皮を剥いてゆく。

 新鮮な桃はカッチカチなので皮も剥き易い。リンゴならウサギさんにしてやるところだが、桃ではそれもできない。したがって、シンプルにひと口大に切り分ける。


「ありがとな」

「エルにしてはうっかりだったな」

「いや、本当にあの時は俺もどうかしてたんだぜ」


 割りとマジに忘れていたのだから、どうにもならない。プルルの「仕事は良いのかい?」という一言がなければ、俺はたんこぶタワーの新記録を樹立するところであった。


 そして、ここまで運んでくれたライオットだが、彼も体力の限界を樹立したらしい。手も足もがくがくと震えて、まともにフォークすら持てないときた。


「エル、食わせて」

「おま、俺とおまえは、そんな関係じゃないだろ」

「手が震えてフォークが持てないんだよ」

「ちくせう、素で返しやがったよ、このにゃんこ」


 まさに罰ゲーム。俺はライオットに恋人ごっこよろしく「あ~ん」を繰り出す羽目に。


「ふきゅん、仕方がない。これも俺がやらかした結果だ。くらえぃ!」

「なんで、若干殺意が籠っているんだよ。もぐもぐ」


 そんなわけで、俺はライオットに桃先生を食べさせることになった。なんだか、子猫に餌を与えている気分になってきたのは内緒だ。


 割と恥ずかしいシチュエーションであるが、自室にて二人きりということが幸いした。ほかの誰かに見られていたら自殺ものであっただろう。


「んふふ……仲がよろしくて焼けるねぇ。ムセルたちを連れてきたよ」

「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? 家政婦に見られたっ!」

「誰が家政婦だい」


 なんということでしょう、俺とライオットの秘密の行為をまるっと目撃されてしまったではありませんか。


「こうなれば、証拠隠滅するしかない」

「おいおい、プルルを抹殺する気か?」

「滅びよ! ライ!」

「俺かよ」


 まぁ、プルルも本気で言っているわけではないと分かっているので、こうなった経緯を説明する。

 彼女もライオットが俺を背負って駆けて行ったのを見ているので、なるほどと腹を抱えて笑っていた。


「しかしまぁ、無茶をするもんだ」

「無茶はするためにある」

「それをさせないでくれ。今回は本当に疲れたんだぞ」


 ライオットが苦情を申し立ててきたので、口封じに、と桃先生を彼の口に放り込む。ライオットはシャクシャクと小気味いい音を出しながら桃先生を堪能した。


「さて、それじゃあ、ムセルの修理をちゃちゃっと済ませるかねぇ」

「ふきゅん、お願いするんだぜ。報酬は桃先生でいいかな?」

「おっ、いいのかい? ありがたいねぇ」


 そんなわけで、二個目の桃先生を召喚。いやしん坊のライオットのために追加で召喚する。


 ムセルの症状は思ったよりも軽微であったらしく、僅か十数分で修理が完了してしまった。すっかり綺麗になったムセルは両手を上げて喜びを表現している。


「うん、大したことがなくてよかったねぇ」

「ありがとな、プルル」


 一仕事を終えたプルルに桃先生を提供。ライオットのヤツは一瞬にして追加の桃先生を抹殺してしまったので、今は空になった皿が置いてあるだけだ。

 その皿をツツオウがペロペロと舐めている様子は不覚にも萌えた。こいつ、大人しくしていれば可愛いんだよな。


 暫しの間、俺たちは談笑に興じる。そして、俺は超重要な案件を忘れていたことに気が付いた。


 そう、クリーニング店に服を受け取りに行く、という最重要事項をすっぽかしていたことに。

 俺は速やかに白目痙攣状態へと移行。精も根も尽きた。


 おっふぅ……暫くの間、そっとしておいてください。ふぁっきゅん。

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