712食目 出鼻は挫かれるもの
巨大な鉄板が温まってきた頃、モモガーディアンズメンバーが偵察を終えて、だらだらと浜辺に帰ってきた。
随分と早い気がするが……ちゃんとやる事はやって来たんだろうなぁ?
「ふきゅん、おかえり。どうだった?」
「どうもこうも、鬼っ子の一人もいなかったぜ」
「鬼なら、あそこにいるぞぉ」
「うわぁ……」
そこには、モモガーディアンズメンバーもドン引きな撮影風景があった。同様に俺も戦慄するも、若干名ほど動じない者がいる。それは既に撮影経験があるユウユウと、案の定というか変態トリオであった。
意外なのがメルシェだ。ジッと撮影の風景を凝視している。いったい何事であろうか。
「私のスタイルを維持できる期間は短い。なら、今の内に……」
メルシェは大き過ぎる自分の尻を抑え付けながら、そのような事をブツブツと呟いていた。どうやら、まだまだ彼女の尻は成長を続けているらしい。
だが、ここは早まるな、と言ってあげなくては。絶対に取り返しのつかない事になるぞ。
成長と言えば、ララァのおっぱいも……というか、妊娠してるんだったな。そのためか、大きさがドえらい事になっている。そもそもが彼女は海に来ても大丈夫なのだろうか。心配だ。
「そういや、ララァは妊娠中だったな。大丈夫なのかぁ?」
「……ききき……安定期に入ったから大丈夫……」
「早いな、流石は妊娠期間が短い鳥人だぁ」
既に彼女のお腹は、ぽっこりと膨らんでいる。というか、色々な部分がボリュームがある大迫力ボディと化していた。そんな彼女はビキニタイプの黒い水着を着ている。
「だいぶ大きくなったね」
「……ききき……もう、お腹を蹴るのよ……」
「え、本当? あ、動いた」
とまぁ、女子たちも興味津々であるようだ。俺も興味深いが、火の傍を離れるわけにはいかないので、グッと我慢する。
そんな彼女の旦那は何故か鼻高々。おまえは反省しろって言ったはずなのだがなぁ。
「エルちゃん、随分と大きな鉄板だね。お昼用?」
「そうだぞぉ、リンダ……っと丁度良い、手の空いている者は海で遊ぶついでに海産物を獲得してくるのだぁ。宿泊する予定が無かったから食材を買い込んでこなかったんだぜ」
「え? 泊まり込みじゃなかったんだ」
「どこで話がこじれたんだろうなぁ?」
ピンク色のワンピースタイプの水着を身に纏うリンダ。いやまて、俺は十年前に、それを着ていた幼き日のリンダを見ている気がするんだが……気のせいだよな? な?
「おっ、漁か? 昼飯が豪華になるな」
「おいおい、昼だけで全部食べる気かぁ? 夜の分も確保してきてくれよ」
「任せとけっ! おっしゃあ! 狩りの時間だっ!」
雄叫びを上げながら海面を走る姿は紛う事なき変態。ライオットは昼と夜の食材を求めて海面を爆走した。
「あぁ、もう! 待っておくれよ、ライオット!」
そして、彼と同じく海面を駆け抜けてゆく桃色の彼女。遂にプルルも変態の仲間入りを果たしていたのであった。あの日のきみはもういない。
「断っておくが、普通の桃使いは、あんなことはできないからな?」
「知ってる」
緑色のビキニに黄色のパレオを身に着けたマフティは、俺の小さな呟きを肯定した。
我がモモガーディアンズの女性陣のスリーサイズとしては平均的でスタイルがいいと言える彼女。そんな彼女にリルさんが目を付けないわけもなく、ギラギラと輝く視線をマフティに送っている。
彼女がこれを狙っていたのは確定的だ。しかし、当時の俺は非力であり、ルリさんの横暴を停める事ができなかった。お許しください、マフティ様。
「これから毎日、マフティちゃんを撮ろうぜ」
「いいわねぇ」
「いいわけないだろ、勘弁してくれっ!」
文字通り脱兎のごとく逃走するマフティ。それに追走するルリさんとルーカス兄。
うん、酷い光景だ、見なかったことにしよう。それが一番。
「ほれほれ、皆も遊んでおいで」
「いや、遊ぶたって……あれ」
「あれ?」
そこには巨大なタコさんっぽい邪神の元気な姿が。
「あえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? タコさんなんでっ!?」
「あはは! くっくるるぅ! あはははは!」
「たこ~」
しまった、海はアルアのご機嫌ポイントだった。今のヤツは解き放たれた珍邪神、ありとあらゆる珍現象を引き起こす傍迷惑な存在と化す。
なんてこったい、先にお粥で餌付けしておくべきだった!
「ああっ!? どこからともなく、半魚人ぽい人たちがやってきた!」
「ショゴスも沢山出てきたぞっ!」
「て~け~り~り~!」
あぁもう滅茶苦茶だよ。昔と違って皆が皆、力を持っちまったから歯止めが効きやしない。さて、どうしたものか。
「巨大タコ発見! これより捕獲する!」
「た、たこぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
そして、巨大タコに躊躇なく襲い掛かるおバカにゃんこ。誰がそんなものを食うというんだ。口にした途端にSAN値が0になるわ。
その時、俺の脳裏に電流走る! 確かな嫌な予感!
どこだ、どこからだ、と周囲を見渡すもあまりに陰の力が大き過ぎて判別することが叶わない。
圧倒的な力だが、これは虎熊童子のものではない。では、何者がこのような異様な力を放っているというのだ。
瞬間、陰の力が収束し解き放たれた。場所はすぐ近く、いや……足元だとっ!?
「ひっひっひ! 久しぶりじゃのう、桃使い! ぶっへ!? ぺっぺっぺ!」
足元の砂浜から砂を巻き上げて一体の鬼が出現する。陰の力の量からして上級クラスと判断。
しかし、そいつは口の中に砂が入ったのか、口の中の砂を吐きだすのに躍起になっていた。
そんな為体なのに、なんで砂の中に潜んでいたんですかねぇ?
「水いるか?」
「た、頼む……」
ぷるぷると震える手で水入りのコップを受け取り、砂まみれの口の中をゆすぐ情けない鬼爺さん。
恐らくは格好付けたかったのだろうが、全てが台無しである。
「ふあ~、死ぬかと思うたわい」
「砂にやられて死んだら末代までの恥だぞ」
枯れ木のような爺さんは情けない表情でコップを返してきた。しかし、この陰の力のデカさは間違いなく大物だ。
鬼力の波長から金熊童子だとは思うが、俺の記憶、即ち木花桃吉郎の記憶の中の金熊童子はナイスミドルの男性であり、こんなしわくちゃな爺様ではない。
果たして、こいつは何者なのだろうか。
「爺様はいったい何者なんだぜ?」
「こほん、わしの名は金熊童子! ちょいとばかし、おまえらに刺激を与えてやろうかと思うてのう!」
「あぁ、なんだ、本当に金熊童子か。刺激ならほれ、間に合ってるんだぜ」
と巨大タコさんと戯れるおバカにゃんこを指差す。金熊童子は呟いた。
「なんじゃあれ」
「タコ」
「タコかぁ……それじゃあ、仕方がないのう」
「仕方がないよな」
出鼻を挫かれた金熊童子は大人しくなった。今はお茶を啜っている。
「なんじゃかのう。出鼻を挫かれてすることが無くなったわい」
「今はシリアスじゃないからな。タイミングが悪かったんだぜ」
そこにダイナミックボディのユウユウが過激な水着に着替えて登場した。あまりに刺激的過ぎて、思わず目が点になるレベルだ。マジ、ユウユウ閣下。
「あら、金熊じゃないの」
「おぉ、茨木、久方ぶりじゃの。写真集見たぞい」
「あら、ありがと。いい出来だったでしょ?」
「ばっちりじゃて。その水着姿も良いのう。ひっひっひ」
そして、この和やかな会話である。こいつら、本当に生きとし生ける者の敵なんだろうか。にわかには信じ難い。
「あなたまで暇潰しかしら?」
「まぁ、そんなところじゃ。本当は仰々しく登場して恐怖を振り撒いた後に帰る予定じゃったが、出鼻を挫かれてのう。難儀しておったところじゃ」
「慣れとかないと、後で酷い目に遭うわよ? ここの連中、常時あんな感じだから」
「……我が桃色の姫君は逞しくなったもんじゃ」
金熊童子の視線の先には、巨大タコさんと格闘するプルルの元気な姿が。
もうタコさんを苛めるのはやめて差し上げろ。一般人相手なら無敵に近いが、おまえら相手だとタコさん厳しいってそれ一番言われてっから。
タコさんの長所である【柔らかさ】を自分の手元に【集め】て、タコさんの打撃無効を帳消しにするとか反則でしょう? 許して差し上げて、プルルさん。
「……震えてきおったわい」
「今のプルルは鬼よりもひでぇぞぉ」
「あら、素敵。今度、本気でお手合わせ願いたいわ」
タコさんが泣いて帰った頃、お昼に丁度いい時間帯となった。よって、昼食の準備に取り掛かる。尚、金熊童子は興が醒めてしまったのか、この場から立ち去った。
と思いきや、ルリさんたちに捕まってバシャバシャと写真を取られているマフティの姿をガン見していた。なんなんだ、あの爺様は。
「も、もう止めてくれぇ」
「いいわよ! その表情っ! 初々しい!」
「俺のこの指が真っ赤に燃える! シャッターを押せと轟き叫ぶっ!」
「若い女子はいいのう! あぁ、股は開かんでえぇ、お淑やかに恥じらうのがえぇんじゃ」
飯ができるまでは、そっとしておくか。我ながら見事な判断だ。
というわけで、ようやく昼飯の作業に入る事ができた。もう、体力、気力の半分ぐらいを失った気がする。
さぁ、妙な邪魔が入らない内に、ちゃちゃっと作っちまうとするか。




