710食目 恐るべき刺客
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
それは、よく晴れた早朝の事。フィリミシア城の中庭にて、爽やかな風に当たりながら朝日を浴びるていると、チュ、チュ、チュ、ちゅん! と小鳥どもが爽やかな空を編隊飛行しながら……おい、ウンウンを落すのはNG。被弾したらどうするんだ。
「朝から容赦ねぇな」
まさかの空爆に慄きながらも、ランニングの準備をする。それに付き合うのは夫のエドワードだ。
執務室での仕事が多くなっているエドワードは僅かな時間を捻出しつつ、身体を鍛える紛う事なき変態。そして、その鍛える時間は夜にも及ぶ。要はエッチする時も謎のトレーニングをしているのだ。
秘奥義【珍珍独楽回し】とかなんの冗談だ。いい加減にしろ。こっちが目が回るとか勘弁してくれ。
自室にてジャージに着替えた俺たちは、門を護る衛兵に挨拶とランニングをしてくることを告げフィリミシア城を後にする。その道中で、俺はエドワードにとある事を告げた。
「エド」
「うん? なんだい、エル」
「この間、ゴムが破れてた」
「……大丈夫だ、問題ない」
爽やかな笑顔を残し走り出すエドワードは確信犯だ。そんな危機感の無い夫に呆れつつ、俺も走り出す。体力の維持は大事って、それ一番言われてっから。
ランニング場所はフィリミシア中央公園のランニングコース。距離にして十キロメートルを目安にして走り込む。早朝にもかかわらず、公園でランニングする者たちが多く見受けられた。
「おっす、エルたちもランニングか?」
「おはよう、ライ、プルル」
「おはよう、食いしん坊。エドワード陛下も」
「やぁ、おはよう」
俺たちよりも早くランニングしていたのはデイル夫妻であった。流石は桃師匠を師にもつ二人である。走る速度が俺たちの倍近い。
軽い挨拶を済ませた彼らは、さっさと俺たちを置き去りにして行ってしまった。
「ふきゅん、肉体派は格が違った」
「まさか、プルルが肉体派になるなんて、世の中どうなるか分かったものじゃないね」
「まったくだぁ」
遠ざかるプルルのデカいケツを見送った俺たちは、自分のペースを維持しながらランニングを続ける。欲張ったっていい事など何一つない。
「おっは~」
「おっほ~」
「グッドモーニング、ケツ!」
「歪みねぇ挨拶だな、変態トリオ」
「やぁ、おはよう、三人とも」
ここでロフトたち変態トリオが合流。一名ほど、酷すぎる挨拶をかましてくるヤツがいたが、いつもの事なので動じない。慣れって怖いな。
そして、三人は俺たちの後ろに付き、ぴったりと離れない。俺たち、というか俺の後ろだ。
「乳!」
「くびれ!」
「ケツっ!」
とリズミカルに連呼しながら走る様は紛う事なき変態。じゃけん、落とし穴に落としましょうね~。
「「「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
哀れ、三人の変態は俺の魔法技〈落とし穴〉の餌食となった。調子ぶっこき過ぎた結果だよ? 反省するべきそうするべき。
「埋めとく?」
「容赦ねぇな」
エドワードの爽やかな提案の中に、確実な殺意を感じ取った俺は、そっと彼を宥めた。
その時の事だ、何の脈絡もなく空から全裸の女が降ってきた。
「おまえが、エルティナだな?」
「痴女なのかっ!?」
「その力……大き過ぎる……修正が必要だ」
「バカ野郎、おまえは全身に修正が必要だよ!」
その女は圧倒的に場違いであった。密かに女湯に紛れ込むバリバリクンレベルで場違いだ。
平穏な朝の風景は完膚なきまでに破壊され、奇妙な雰囲気と光景がにょっきりと幅を利かせる。
「それと、痴女違う。私は人工生命体、トチ。虎熊童子様に命じられ、自分の正体がバレないように、おまえたちを、とある場所に誘導するように命じられた」
「全部自分で暴露してるじゃねぇか」
「……これは内緒にしておいてくれ」
人工生命体を名乗る、トチという女は確実に馬鹿であった。外見は長い黒髪に白い肌、儚げな印象を受ける日本人女性だ。その美人ぶりが逆に仇となって、見事なまでの残念美人と化してしまっている。
「虎熊童子に命じられただって? ヤツめ、待ちきれなくなったのか?」
「たぶんそう。暇そうにしてた。金熊も暇すぎてやることがないって。あと星熊は変態」
「ふきゅん、内部情報も漏らしまくりかよ。大丈夫か、あいつら」
たぶん、情報が漏れても問題ないのだろう。マジェクトが彼らから離反した今、虎熊童子に組する者は同じく鬼の四天王の星熊童子と金熊童子だけだ。
そういえば、熊童子はどうしたのだろうか。影が薄いヤツではあったが、実力は折り紙付きの厄介な相手だったのだが。
「それで、虎熊のヤツはどこへ向かえと?」
「忘れた」
「おまえは何をしに来たんだぁ?」
メッセンジャーとしての役目も果たせない痴女に、俺は果てしない憤りを感じた。
こんなんじゃ、メッセンジャーになんないよ~?
「取り敢えず、乳を揉めば思い出すかもしれない」
「腰を刺激してみよう」
「すーはー、すーはー、くんか、くんか」
「これは、殺してもいいのか?」
「いいぞぉ」
やはりというか、なんというか、変態は滅びなかった。頑丈すぎるでしょう?
「マジでタフだな」
「トチもびっくりだ。この程度で濡れるとは」
「そっちに吃驚したのかぁ」
このままでは埒が明かないので、取り敢えずトチに服を与える。鬼の僕ということで虎柄のビキニと角が付いたヘアバンドを装着させる。
「ふっきゅんきゅんきゅん、お似合いだぞぉ」
「ありがとう、漲ってきた。今なら、こいつらに止めをさせそうな気がする」
「「「ありがとうございますっ!」」」
「きみたちは相変わらずブレないね」
エドワードはそんな変態トリオに苦笑しつつ、トチを観察していた。舐め回すような視線、それは圧倒的な熱を帯びている。その視線はおっぱいとおケツに向けられていた。
「おいぃ、女性をじろじろ見るのはNG。失礼だるるぉ?」
「うん? ふふ、嫉妬かい、エル。可愛いなぁ」
「ふきゅん、そんなんじゃないんだぜ」
なんだろうか、心の端っこ辺りがムズムズする。こう、なんといえばいいのか、羽箒でさわさわされているような気分だ。
ふっきゅんふっきゅんしてきたので、取り敢えずエドワードの脇腹を肘で小突いておく。
「トチを、もっと見てもいい。興奮してきた、はぁはぁ」
「覚醒するんじゃない」
虎熊童子は、とんでもない刺客を送り込んできたものだ。このクソ暑い季節だというのに、こいつと話していたら脳みそがドロドロになってしまいそうになる。
これが目的だったのであろうか。だとすれば、恐るべき策謀だ。
「あ、この服で思い出した。フィリミシアの東海岸に来い。そこで、楽しいショーが待っている」
「何、フィリミシアの東海岸だって?」
「そうだ、おやつは銀貨三枚までだぞ」
「いつの時代だ、ふぁっきゅん」
日本円にして三百円。そんなんじゃ、殆ど何も買えないだろうが。桃使いの胃袋を舐めてるのか。
「トチ先生、バナナは大人の玩具に入るさね?」
「バナナは食べ物。玩具、違う」
「下の口で食べればいいさね」
「高度な技術だ、おまえで試してみよう」
「わちき、まだ未熟者さねっ!」
「女は度胸、バナナを寄越せ」
「誰か助けてっ!」
いい加減、話が進まないので変態トリオを物理的に黙らせる。無論、バナナは突っ込まない。勿体無いからな。
「んで、目的はいったいなんなんだ? 本当に暇潰しか?」
「知らん。主様はイケメンだが、何を考えているか分からない変態だ」
「虎熊が聞いたら泣くぞ」
「ゾクゾクするな」
この流れるような変態的な会話に、俺は思わず白目痙攣状態へと至る。本当にきちんとこいつを作ったのか、虎熊童子よ。どこからどう見てもポンコツだぞ。
「とにかく伝えたぞ」
「場所は分かった。だが、いつ、そこに行けばいいんだ?」
「さぁ? いつ行けばいいんだ?」
「質問を質問で返すんじゃねぇ」
「尚、私は自動的に爆破処理される」
「とにかく酷いな」
俺たちは急いでトチから離れた。その瞬間……!
プゥ。
「……ん? 間違えたかな?」
「間違えたじゃねぇよ! なんで、爆発が屁に代わってんだぁ!」
ずっこけてヘッドスライディングをかました俺は、怒りの必殺技【七年殺し】をトチのお菊様にお見舞いしてやる。超威力の攻撃はトチに新たなる覚醒を促してしまった。
「どうやら、トチは尻穴派のようだ」
「知らんがな」
キリリ、と真面目な顔をして変態チックな事を語り始めるトチを、どうしたものかと思案する。この場で退治してしまってもいいが、それでは虎熊童子の意図が読めなくなってしまう。ここは、グッと我慢して暫く泳がせるとしよう。
「それで、いつ出発するんだ?」
「おまえが、いつか知らないから困ってんだよ」
「まぁまぁ、エル、落ち着いて。折角だから、鬼退治のついでにバカンスと洒落込もう」
「ふきゅん、まったくエドは甘いなぁ」
仕事から逃れる術を発見したエドワードは、目を少年のようにキラキラさせた。まぁ、見た目はいまだに少年なのだが。あ、少女か。うん。
「仕方がない、虎熊童子の思惑が判明するまでは退治しないでいてやろう。だが、思惑が分かったら後ろからバッサリだぁ」
「おい、こいつは本当に桃使いなのか?」
「たぶん、桃使いという種族なんだよ」
「それならば仕方がないな」
「おいぃ……言いたい放題言いやがって」
取り敢えず二人をしばき倒し、今後の予定を立てるため、エドワードとトチをフィリミシア城へと連行する。
まったく……朝っぱらから平穏が壊れるなぁ。




