698食目 ドクター・モモの頼み
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
結婚パーティーが終わり、普通であるなら、ここで新郎新婦は二人っきりのイチャイチャタイムとなるのであるが、生憎と俺たちにそんな暇などありはしない。
ドクター・モモがまたしても無理難題を吹っかけてきたのである。当然、俺はその挑戦に受けて立ち「掛かって来い、おるるぁん」と意気込んだ。
ウェディングドレスを脱ぎ、真新しい空色のドレスに袖を通す。袖、無いんだけどな。
「うんうん、似合ってるよ」
「ふきゅん、お世辞でも嬉しいんだぜ」
俺は王妃となったので、支給されるドレスも、なんだかお高そうなものだ。汚したらどれほどの損害になるか分かったものではない。ヤヴェ、震えてきやがった。
まぁ、それは置いといてだ。結婚パーティーの最中、ドクター・モモから連絡があった。
『緊急連絡じゃ。結婚パーティーが終わったら、ゆっくりこちらへ来てくれい。なるべく急いでの』
『おいぃ……急ぐのかゆっくりなのか、どっちかにしろぉ』
というわけで、俺とエドワードはドクター・モモがいるゴーレムギルドへ向かう。国のツートップが矢鱈と腰が軽いが……気にするなっ!
「おぉい、ドクター・モモ。ゆっくりな急用とはなんだぁ」
「おぉ、案外早かったのう。てっきり、一発やってから来るものかと」
「おいばかやめろ、神は言っている、まだヤる定めではないと」
「それでじゃ」
「フリーダム過ぎるでしょう」
そんなドクター・モモに案内をされてやって来た場所とは、彼の個室であった。
部屋に通されるとベッドの上に寝かされている何者かがいた。毛布を掛けられているので姿は分からない。なんだか、とてつもなく嫌な予感がしてきた。
「要件というのは、彼女の治療をおこなってほしいんじゃよ」
ドクター・モモは毛布を剥ぎ取った。そこから現れた者とは手足がもぎ取られた無残な女性だ。身体の至る所に痛々しい傷がある。生きているのが不思議だと思えるほどに深刻なダメージを負っていた。
精神が崩壊しているのが幸いしているのだろう。常人では耐える事ができない状態だと判断した。
「こりゃあ、酷いな。初代様も真っ青だぜ」
「そうじゃのう。彼女は桃先輩でトウカという。地球の桃アカデミー東京支部で働いておったんじゃが、鬼の襲撃にあってのう。この有様じゃ」
東京といえば、ドクター・スウェカーがおこした事件が記憶に新しい。彼女の傷の状態からして、その事件の被害者なのだろう。
「桃先生には?」
「彼女は自分では無理だ、と言ったよ。傷を再生することはできるが、失った部位の再生はできぬ、と申しておられた」
「ふきゅん、桃先生は部位再生はできないのか」
「昔は出来たんじゃよ。しかしのう……子を産んでからはできんようになった」
「子供を?」
「そうじゃ、その力は子に引き継がれたんじゃよ」
「……」
ドクター・モモの話に俺はショックを受けた。俺はカーンテヒル様に母の事を聞いていたが、桃アカデミーの誰が母であるかは聞かされていない。薄々はそうなんじゃないかな、とは感じていたが、今のドクター・モモの言葉で確信に至った。
桃先生は俺の母エティルであると。であるならば、俺は最初からずっと、母に見守られて育ってきたという事になる。なんという深き愛情であろうか。こんなおバカな子に育ってごめんよ。
「ふきゅん、それなら、俺ががんばらないとな」
「うん? エル、泣いてるのかい?」
「泣いてなんかないやい、鳴いてるだけだぜ、ふきゅん」
俺がいつか子を授かったら、母に負けないくらいの愛情を注いでやろうと誓い、患者と向き合う。
「しかしまぁ、おっそろしい状態だな」
「そうじゃな、普通なら絶命してもおかしくはない責め苦じゃったろう。じゃが、彼女は死にたくない理由があったんじゃよ」
「詳しく聞くつもりはないんだぜ」
「そうか、そうじゃな」
ドクター・モモは大きくため息を吐いて「彼女を頼む」と言い、全てを俺に託した。
「エル、僕は退室した方がいいかい?」
「おいぃ、エド。散々、チラ見してたヤツが今更ですか?」
「それもそうだね」
「だから、といって堂々とおっぴろげて見るのはNG」
「今なら許されるかもしれない」
「なら、そうしていてくれ。そこから治すから」
「任せて」
自重しないスケベハンサム、エドワードの協力を得て治療を開始する。まずは内臓系から治療を始める、と言っても損傷が著しい内臓は女性器だけなのだが。
「何がどうなってこうなったら、ここまで酷使できるのやら」
「どうだい? 治りそう」
「治りそうじゃない、治すんだ。俺はヒーラー、治すんじゃなくて、治して【しまう】のだよ」
「ふふ、そうだね」
差し当たっては敏感な部分から治療しよう。もう、色々と酷いから。
「おいぃ……ここに穴を開けるとか卑怯でしょ? 鬼きたない、流石、鬼きたない」
ええい、なんじゃあ、この穴はっ!? こんな所にいくつも開けたら、治せない治しにくい。何か塞ぐのに使えそうな代用品は無いか? 鬼力がこびり付いていて桃力を浸透させにくい。ふぁっきゅん。
「むむむ、よし、こんにゃくでも詰めておくか」
「え、こんにゃく? 大丈夫なの? そこって、〇〇〇〇〇だよね」
「おまっ、全部伏せたら分からねぇだろ」
「あれだよ、エルがいつも言っている【勘の良い子は嫌いだよ】さん、なら分かってくれる」
「これは酷い」
とにもかくにも、取り敢えずパテ埋めだ。形を整形して治療開始。こんにゃくは再生してゆく肉に押し出されて役目を終える。取り敢えずくりくりは終わった。面倒な部分が沢山あるが根気よくやってゆこう。
内臓系は特に注意を払う必要がある。戦闘中こそ強引に治療してしまうが、戦闘後にきちんと再治療しているのだ。そして、強引に直した怪我は面倒臭い。一見、治っているように見えて爆弾を抱え込んでいたりするのだ。
戦闘後のマインスイーパーは疲れるって、それ一番言われてっから。
「うわぁ、ここも酷いね。びらびらで伸びきっている上に臭いがきつい」
「精神崩壊してくれているお陰で治療し易いけどな。本当ならエドは退場だぞ」
「まぁね、精神治療は最後なんだろ?」
「一番手間が掛かるからな。ここが終われば、後はいつもの治療だから早い」
伸びきった組織は〈マッスルヒール〉でなんとかできるが、先に穴をなんとかしないと。なんでも穴開けりゃあいいってもんじゃねぇだろ。犬の卒倒どもめっ。
「こんにゃく先生、お願いします」
やはり、ここもこんにゃく先生にお願いする。にゅるんと挿入、即解決。流石に見事だと感心するがどこもおかしくはない。そして部分的に〈マッスルヒール〉で筋肉組織を治療してゆく。するとあら不思議、綺麗なあっちの魔王アリオク様に元通り。外見はな。
お次は内部にまいりま~す。というか、くせぇ! こいつはくせぇ! 鬼の臭いがぷんぷんしやがる! じゃけん、綺麗に洗浄しましょうね~?
「うん? そこは綺麗に洗浄したはずじゃが?」
「普通にやっただけじゃ、駄目みたいだな。俺のスペシャル石鹸できれいきれいだぁ」
というわけで、石鹸を棒に付けて加工。形は洗いやすいように先を太く後ろは細く。要はあれの形だ。
にゅっぽ、にゅっぽ、にゅっぽ、にゅっぽ、にゅっぽ、にゅっぽ。
「エル……」
「何も言うな、エド。そして、おっ起てるんじゃあない、これは治療なのだよ」
でもって、お湯で流して異臭と垢を取り除く。そして、その酷さを再認識する。
「ここもだよ。なんなの、この筋組織のズタボロっぷり」
泣き言を言うのは後回しだ。とにかく〈マッスルヒール〉で治療してゆく。筋組織を収縮させて締まりを良くして、ひだを起たせて……ぬわぁん! 魔力うんぬんよりも精神に来ますよこれっ!
誰だぁ! こんな酷い事をしやがったヤツはっ!? ケツに唐辛子を突っ込んで廊下に立たせるぞ、おるるぁん!
こめかみに青筋を浮かせて怒りに燃える珍獣は俺だ。だが、チユーズは言った、まだそのときではない、と。なので俺は最重要ポイント子宮の攻略に取り掛かる。
やはりというかなんというか、見事にぶっ壊れていた。そして、その惨状に俺の小袋もヒュンとしてしまうのである。
「ふきゅん、内部の詳しい様子が見たいな。チユーズ、潜入せよ」
『まかせろ~』
一人のチユーズがトウカさんの子宮の様子を窺いに行った。実体がないとこういう時に便利である。
チユーズの視覚とリンクさせて子宮内を確認する、とまぁ酷いこと酷いこと。これでは受精卵も着床できまいという有様だ。よしんば出来たとしても成長することは困難と見た。
「ふきゅん、よぅし、内部は把握した。出てきていいぞ」
『おぎゃあ』
「バカ野郎、そのネタは禁止だ」
子宮口から顔を覗かせて出産ごっこをするチユーズを戒めた後に、子宮の治療を開始する。要領は一緒だ。〈マッスルヒール〉で正常な子宮をイメージしながら、丁寧に修復してゆく。コツは、ゆっくり丁寧に、だ。
「ぶはぁっ! と、取り敢えず女性器は治療完了だ。こんなに疲れる治療は久しぶりなんだぜ。ぶっ壊し過ぎだぁ」
「お疲れさま。でも、これからなんだろう?」
「まぁな、これで卵巣まで侵食されていたらと思うとゾッとするんだぜ」
幸いにも、彼女の卵巣は浸食された気配はなかった。多少の侵食なら身体を修復後に纏めて浄化するので問題は無いのだ。
「んじゃ、お次は体といきますか」
「手足の方はいいの?」
「そっちは後でいいんだぜ。患者が重くなるからな」
「そういうことか」
と思ったが、その時違和感を感じて確かめてみた。どうやら俺の勘は正しかったようだ。
「こっちもか」
「腫れ上がっておかしな形状になっているね」
というわけで、お次はうんうん先生専用通り口の修理である。頭が痛くなりますよぉ。