695食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~19
仲間たちの下へ、ふわりと舞い降りる大天使。その表情は安心しきっている。そこには全てを委ねる事ができる者たちが集っているからだ。
「見事だったよ、誠司郎」
「うん、プルルさん……僕は、僕たちは香里を救えたんでしょうか?」
「そうだねぇ……きっと、救えた、と思うよ。勘だけどね」
「そっか、そうですよね、きっと……」
大破した胸部装甲部分を腕で覆うプルル。よくよく見れば破損個所はそこに留まらず全身にも及んでいる。彼女が戦闘不能にならなかったのは、彼女自身が成長した事と桃師匠の厳しい修行があってのことであった。
戦いが終わったことをようやく認識できたのか、誠司郎から光が溢れ出し眩い閃光が放たれた。その後には二人の男女の姿。史俊と時雨だ。
「ぶはぁっ! やっぱ、久しぶりだとやべぇな。この感触」
「史俊、あんたねぇ……」
「しょ、しょうがねぇだろ!? 丁度、当たるんだから!」
そんな喧しい息子、娘の下に両親たちがやって来た。いずれも血に塗れ満身創痍であるが、足取りはしっかりとしている。
「おまえたち、身体の方は大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ……って、お父さんたちの方が酷いじゃないの」
「これくらい大した怪我ではない」
娘の手前、強がる誠十郎ではあるが、実際には蹲りたいくらいには痛みを感じている、妻の美波が応急処置をしてくれてはいるものの、早急に本格的な治療をおこなう必要があった。
「いやぁ、今回は本当にしんどかったな。流石にもうダメかと思ったぞ」
「本当ですねぇ……こんなことは、今回限りにしてほしいものです」
礼二と正樹も身体中に切り傷と打撲を受けてボロボロになっていた。一方で全身を赤く染めているが、その全てが返り血という礼二の妻きみえ。実の母の圧倒的な戦闘能力に史俊は戦慄した。もう、うちのかぁちゃんだけで、いいんじゃないのかな、と。
「おう、おわったな」
「あ、ライオット、お疲れさまだよ」
そこにライオットが合流した。肩を貸しているのは唯一生き残った老いし戦士だ。彼はただ一人生き残ってしまったことを悔いていた。
「なんてこったい……わしだけが死にそびれちまった」
「そんな事を言うもんじゃないぜ、爺さん。生きてこそ得られるものがある」
「……若いのに、ようもそんな言葉を知っているのう。獅子人よぅ」
「ま、親父の受け売りなんだがな」
皆の下まで辿り着いた老いし戦士、富士大作は、よっこらせ、と腰を下ろした。
左腕の骨折に始まり、全身の骨に大小からなる骨折があった。それでも彼は仲間と共に戦場に立ち続け勇敢に戦い続けた。その結果、彼は生き残ってしまったのである。
「飯島……真島……東郷……そっちに行くのは、もう暫くかかりそうじゃ」
彼は胸ポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出し火を点ける。くゆる煙草の煙が目に沁みた。頬を伝うものを隠すように視線を空に向ける。
「派手にやられたな、プルル」
ライオットは〈フリースペース〉から大きなタオルを取り出した。夫の意図を読んだ彼女はGDを解除しGDスーツ姿へと移行する。そして、彼に豊かな乳房をタオルで巻いてもらった。誰かが残念がったが、やがて静かになった。懲りない男である。
「うん、ライオットたちが来てくれなかったら危なかったよ。それよりも、食いしん坊の方はよかったのかい?」
「うん? エルの方か?」
「うん……だって、ライオットは……」
「あっちの方は大丈夫だ。ほら」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ライオットの指さす方には仲間を引き連れて歩いてくるエルティナの姿。その隣には彼女の夫エドワードの姿と、彼女の守護者たる【ライオット】の姿があった。
「な?」
「な、じゃないよ! いったいどういうことだい!? ラ、ライオットが二人だなんて……僕が壊れてしまうじゃないかっ!」
「えぇっ!? ど、どういうことだ!?」
「あ、う、え~っと、その……」
プルルは己の迂闊な発言に気が付き、顔を真っ赤にさせて口ごもってしまった。そこに助け舟を出したのは珍獣側のライオットだ。
「もう一人の僕。お嫁さんを困らせたらダメじゃないか」
「んなこといってもよ。俺はプルルを壊すなんてしないぞ、【レオ】」
「え? レオ? レオなのかい?」
「うん、そうだよ。もう一人の僕と長い事、分身体を作れないか実験していたんだ」
珍獣側のライオットは、ライオット本体のオーラと魔力を融合させて作り上げた仮初めの肉体であった。その中に内なる自分であるレオを内封して、もう一人のライオットを作り出したのである。
そして、ライオット個人スキル【繋ぐ】を発動し、常時エネルギーの補給と意識をリンクさせていた。レオが手に負えない状況になると意識を交換し、彼は二つの戦場を一瞬にして行き来していたのである。
ただし、この状態はライオットの戦闘能力を低下させ、真の力を発揮するシャイニング・レオ形態には移行できない、という欠点があった。
「ふきゅん、ライが二人いるのは、そういうカラクリだったのかぁ」
「そういうこった。エルとプルルは俺が護る、あの時から、そう決めたからな」
「ん? あの時って、いつのことだい?」
「え、あ~、はは、忘れちまった」
ライオットはプルルにそう言うと、照れくさそうにそっぽを向いて、バリバリと頭を掻いた。
「もう、誤魔化すのが上手になって。でも、ありがとうだよ」
「あぁ」
「ふっきゅんきゅんきゅん……これが分身というものか」
そこには大量の珍獣が発生していた。しかし、大きさや姿が適当であり、中には完全に獣の姿となった彼女の姿もある。ライオットが苦労して編み出した技も、珍獣に掛かればご覧の有様である。
「うわ、こりゃあ酷い」
「一匹くらい持ち帰っても気が付かれないかな?」
「ふきゅ~ん、ふきゅ~ん」
珍獣の一匹を抱きかかえた誠司郎は、苦笑しつつも黄金の獣の頭を撫でる。珍獣はされるがまま、うっとりとした表情を見せた。
「おまっ、人が苦労した技を適当に再現させるなよ」
「ところで……これはどうやってコントロールするのかな?」
「えぇ~? できないのに作っちまったのかよ」
これには流石のライオットも困惑するしかなかったという。結局、わけの分からない分身体は桃力で作り上げた存在であることが判明。本体であるエルティナが吸収して事態は収拾を見せた。
「何やら、賑やかな事になっておるのう」
「はい、咲爛様」
天より舞い降りてきたのはイズルヒのデンジャラスプリンセス、織田咲爛とその従者、風間景虎である。咲爛はフライパン太郎の足に掴まってゆっくりと、景虎は亀パン次郎の甲羅に乗って回転しながら下りてきた。
「うむ、フライパン太郎、大義であった」
「ぴよっ!」
「亀パン次郎、ごくろ……おろろろろろろろろ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? ゲロイン爆誕っ!?」
あんなに回転しながら降りてくればこうもなろう。景虎は格好良く決めたかったようだったが、結果としては残念な少女と化してしまった。哀れ。
そして、少し遅れてタコさんが到着。その異様な姿に流石の誠司郎たちも固まってしまう。
「たこ~」
「ひえっ、もう戦う元気なんてないですよっ!?」
「誠司郎~、ヘルプ、み~」
「あえぇぇぇぇっ!? マイクさん、なんでっ!?」
タコさんの触手に絡みつかれている情けないロボマイクの姿を確認した誠司郎は、翼をはためかせて彼の下へと駆け付けた。
「あはは! せいじっじ? じっじ? あははは!」
「アルアちゃん? わぁ、少し大きくなった?」
「あはは! なったたた、なた! あははは!」
「呑気にトークしないで、たしけてぷり~ず」
ようやく解放されたロボマイクは粘液でべとべとだった。はっきり言って映像でお見せできなかったことが、これほどよかったパターンはそうそうないであろう。
「ひでぇ目に遭ったZE」
尚、シーマは既に向こう側を通り越して悟りの境地に達していた。彼女の清々しい笑顔は痛々しいがどこも問題はない。とんでもない事にもなっているが、流石は不死身の女である。
「久しぶりだな、マイク」
「やっぱり、ブラザーだったんだな」
そして、シーマを華麗にスルーして感動の対面と相成った。彼女は泣いていい。
「随分と疲れてたんだな? 寝過ぎだZE」
「それについては謝罪する。我も意識を取り戻すまでは深い闇の中にあった」
「それがなんで急に?」
「怒りだ、怒りが我を呼び覚ました」
珍獣の肩に乗る小さな竜は空を見上げた。それに倣いマイクも空を見上げる。
「純然なる怒り……悔しさ、悲しさの中に、確かなる怒りがあった。我はエルティナであるがゆえ、エルティナは我であるがゆえ」
「それが引き金になって目覚めた、と?」
「うむ、おそらくはな」
「そっか」
マイクは再び帰ってきたシグルドを見て、今までの自分の姿を恥じた。何を諦めていた振りをしていたのだと。こんなにも、彼と歩みたい、と思っている自分がいるではないか。
しかし、桃先輩を、桃アカデミーを辞した自分には、もうその資格はない。そのことに気が付き、影を落とすマイクにシグルドは語る。
「トウヤから聞いた。桃先輩を辞めたそうだな」
「……あぁ、ブラザーがいなくなっちまって、続ける意味を見いだせなかった」
「咎めるつもりはない。その原因を作ったのは我だからな」
「ブラザー……」
「だが、桃先輩を辞しても、桃使いを辞める事などできまい。現に汝は桃使いとして、弱き者たちのために、牙無き者たちのために命を賭した」
少しの間を置いて、シグルドは血よりも濃い絆の義兄弟に告げる。
「マイク、戻ってこい。汝の力が我には必要だ」
「ブラザー、いいのかい? 俺っちなんぞが、逃げ出した腰抜けなんぞが」
「ふきゅん、逃げても戻ってきたんだからいいんだぜ。シグルドがいいって言っているんだ、気にすんな」
「そういうことだ」
「あぁ、なんてこったい。運命ってヤツは、どうしてこうも意地が悪いんだ」
巡り合い、別れ、そして再び巡り合う。運命は決して彼らを別つ事はなかった。
桃使いマイクはこの日より、正式にモモガーディアンズに編入し、最後の戦いまでその身を置くことになった。
「さて、ゆっくりしたいところだけど、そろそろ帰らないと面倒なことになるよ」
「ふきゅん、そうだな。なんだか、向こうが騒がしい」
エドワードがカーンテヒルへの帰還をエルティナに促した。彼女の視線の向こうには瓦礫を越えん、ともがく報道陣の姿。エルティナは、やれやれとため息を吐いた。
「誠司郎、少し見ない間に立派になったな」
「エルティナさん……僕」
「ちょっと、我慢するんだぜ」
「え?」
エルティナは誠司郎の胸に手を当て、神気を流し込んだ。彼女の神気は【無】であり、無限の可能性と進化を与える。その力は誠司郎を進化させ、翼の出し入れを可能にさせた。
「今はこれが精いっぱい、なんだぜ」
「あ、ありがとう、エルティナさんっ!」
誠司郎は嬉しさのあまり、エルティナに抱き付いた。この姿のままでは地球に留まる事は困難だったからである。
「大きくなったなぁ、乳とケツ」
「うぐっ、それはエルティナさんもじゃないですか」
「ふきゅん、これは一本取られたなぁ」
ゆっくりと離れるエルティナと誠司郎。そして、エルティナは腕を天に掲げた。
「おまえらに治癒魔法を奢ってやろう」
彼女の掲げる手に莫大な力が集まってゆく。それは魔力だ、桃力だ。そして、神気だ。
発動する治癒魔法。温かな輝きに包まれ、傷付いたものは分け隔てなく癒されてゆく。
「き、傷が、あっという間に治って……えぇっ!?」
誠十郎は目を見開いた。倒壊し道路を塞いでいたビルが時間を巻き戻すかのように修復されていっているからだ。
そう、エルティナの治癒魔法は遂に無機物ですら癒すまでに至ったのである。
「な、なんだ、あの少女はっ!?」
「彼女がやっているのか!」
「か、神!? 女神だというのか!?」
「あの化け物どもに従者を向かわせた? 我らを救うために!?」
報道陣たちがパニックになった。その隙に、モモガーディアンズたちは上空から下りてきた戦艦吉備津へ乗り込んでゆく。
「ほれほれ、さっさと乗り込まんかい」
「ドゥカンさん!」
誠司郎に、にかっと笑い返し親指を立てることで挨拶とするドゥカン・デュランダ。
戦艦吉備津に三匹のワイバーンが帰艦した。ロフト率いる変態トリオである。
「乳!」「くびれ!」「ケツっ!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
だが、戦艦に帰艦したのはワイバーンだけ。ロフトたちはこっそり降りて誠司郎に抱き付く機会を物影から窺っていたのだ。そして、それは達せられた。
「ごちそうさまでしたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、疾風のように去ってゆく変態たち。通り魔に襲われた誠司郎はへなへなと腰砕けとなった。これは酷い。
「あいつらは……まったく。素直じゃないんだぜ」
「あ、相変わらずなんですね、ロフトさんたち」
「少しばかり、大人にはなったがな」
苦笑するエルティナに手を貸してもらい、誠司郎は立ち上がった。そこに史俊と時雨が合流する。
「もう帰っちゃうんですか」
「ゆっくりすることもできないんですね」
「まぁな、俺たちは、この星の住人じゃない。イレギュラーな存在なんだよ。長く留まることでおかしな事態を起こしたくはないんだぜ」
と言った後で、地球の飯を食べれない事は残念だ、と付け加え彼らの笑いを誘った。
「さ、エル。行こうか」
「応、それじゃあな、誠司郎、史俊、時雨」
「はい、エルティナさんも元気で」
「さよならは言わないぜ」
「私も。きっと、いつか会える日まで」
エルティナは〈フリースペース〉からマジックカードを取り出し発動、その姿はあろうことかウェディングドレスだ。こちらは色直しの際に着る予定だった、ウォルガング元国王から送られた物である。
「あ、そうそう」
目が点になっている誠司郎たちに、エルティナはいたずら小僧のような笑顔を向けた。
「俺たち、結婚しました」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
エドワードに抱きかかえられて、エルティナは戦艦吉備津の甲板へと姿を消した。
後に残るのは誠司郎たちの驚きの声のみであった。
後に【ドクター・スウェカーの乱】と呼ばれる事件は、こうして幕を下ろした。
誠司郎たちはその後、警視庁特殊事件捜査課の所属刑事としての処遇を与えられることになる。これは、もちろん超法規的処置だ。
この事件以降、再び鬼たちは地球で暗躍するようになり、誠司郎たちは鬼退治に駆り出されるようになった。
そこには竹崎美千留の姿もある。ドクター・スウェカーの乱に関わった者は全て、この課へと編入される形となった。
「……わし、神様なんじゃが?」
「あ~、ゼウス様は、この課の取りまとめ役、という形でいいんじゃないですかね」
「そんな事を言って、書類の処理を押し付けるつもりじゃろっ!?」
「ひえっ、竹崎美千留、見回りいってきま~す!」
「あ! こら、またんかっ!」
天空神ゼウスも何故か、この課に無理矢理入れられる形となった。これも全部、桃アカデミーの仕業である。
「(まぁ、いい。丁度良い、隠れ蓑になろう)」
彼は書類の束を見やり、盛大なため息を吐いた。今日は徹夜になりそうだ、と。そんな彼を補佐するのは勇敢な若き警察官【宮本慶太】だ。
「ゼウス様、徹夜になる前に終わらせてしまいましょう」
「そうじゃな、さっさと終わらせて、一杯やりに行くか」
「いいっすねぇ、お供しますよ!」
見回りの途中、誠司郎、史俊、時雨は海へとやって来ていた。海は穏やかな波を送り出している。
エルティナたちが帰還してから一ヶ月が過ぎた。世間は、いまだに鬼の存在の事でもちきりだ。当然、誠司郎たちにも報道記者たちが押し寄せている。
「今日は珍しく連中に見つからなかったな」
「そうだね。その代わりに、お父さんたちが纏わり付かれてそうだよ」
「きみえさんが暴れてなければいいけど」
三人はきっとあの世界へと繋がっているであろう空を見上げる。カモメが一羽、空の向こう側へと飛び去っていった。
「あ、いたいた! すみませ~ん! NまるK局の者です! お時間よろしいですか!」
「うわっ、厄介なヤツに見つかっちまった」
「逃げよ逃げよ。構ってられないわ」
「え、うん」
三人は報道記者から逃れるように地面を蹴った。風のように去る三人に記者は唖然とする。追いかけても追いつける速度ではないからだ。記者は彼らを【超人】と言い表すより他になかった。
「はぁ……今日もダメだった。超人に守られている日本か……まるで漫画だな」
また一羽、カモメが飛んだ。なんの変哲もない景色、風景だ。しかし、守らねばならない掛け替えのないものでもある。
「(空、青いなぁ。向こうも、同じ空なのかな? ねぇ、エルティナさん)」
青い空は三人の少年少女たちを静かに見守る。三人の駆け抜ける先には、彼女たちの愛する者たちの姿があったのだった。