693食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~17
港区上空にて激しく交差する二人の異形。天使と悪魔の内、悪魔の方が動きを止めた。
「ドクター・スウェカーの陰の気配が消えた? まさか、さっきの強大な力は……!」
中里香里は先行していたドクター・スウェカーの姿を求めた。しかし、その姿は認められない。感じるのは大いなる力。
「な、なんなんだ、あの力はっ!? エルティナさんの力……なの?」
大き過ぎるその力は光ある者、闇たる者を隔てなく畏怖させた。完全に目覚めし、全てを喰らう者、エルティナ・ラ・ラングステンは、遂にこの世に顕現したのである。
「そんなはずは……! 認めないっ! あの人が滅びるなんて、あるはずがないもの!」
「香里っ! もう、終わりだよ! 今、エルティナさんから連絡が入った!」
「何っ!?」
「ドクター・スウェカーを退治したって! もう、彼はこの世に存在しない!」
「……そう」
「香里……?」
誠司郎は妙に反応が薄い香里に違和感を持った。そして、警戒しつつ、空中にて魔導銃ルシフェル444を構える。何かが起る、と漠然に感じ取った。それと同時に、中里香里の口から合成音のような不気味な声が発せられる。
『ドクター・スウェカーの生体反応の消失を確認。中里香里の全リミッターを解除します』
「なっ!?」
香里は自分の意志とは別に更なる進化を果たす。果たして、それは正しく進化であっただろうか。歪な進化に彼女の肉体は耐えられず、骨が異常発達し肉を割いて姿を現してゆく。メリメリという音、そして苦悶に悶える香里の悲鳴が終わる時、そこには鬼の姿があった。
「な、なんだい!? あの異様な陰の力はっ! あれじゃあ、まるで……!」
彼女たちの傍で戦っていた桃使いプルルが思わず足を止めてしまう。無理もない話だ。
何故なら、今、中里香里が放っている陰の力は、プルルが十歳の頃に感じ取り恐怖した陰の力とほぼ同等なのだから。
「虎熊童子と同等の陰の力だというのかい……冗談じゃないねぇ!」
プルルは、迫り来る中級の鬼をいなしながら悪態を吐く。そして、エルティナがドクター・スウェカーに完全勝利したことで少し気が緩んでいた己を戒めた。
香里の莫大な陰の力を、全てを喰らう者エルティナも感じ取っていた。激しく、切なく、悲しい力に彼女の心は締め付けられる。
「ふきゅん……この力は悲し過ぎる」
『そうだな。陰の力にしては悲しさの方が勝るとは珍しいケースだ』
「まったく、あんにゃろうも、最期にとんでもない爆弾を遺していきやがって」
『まったくだ。最後の最期まで嫌らしいヤツだな』
二人はドクター・スウェカーの嫌らしい性格に辟易した。それを肯定するように、いずこから鬼が湧き出し始める。いずれも中級の鬼だ。
「おいおい、まぁだ、温存してましたってか? 用意周到にも程があるでしょう?」
『いまさら何を言っても仕方があるまい。鬼を全て退治し、この騒動を終わらせるぞ』
「ふきゅん、まぁ、そうなんだがなぁ」
エルティナは鬼と交戦を開始した。彼女の後ろには東京タワー。そこには多くの逃げ遅れた人々の姿。一匹たりとも鬼を通すわけにはいかない。
「ふっきゅんきゅんきゅん……ここは通さない、通しにくい! だから俺は戦うだろうな」
エルティナは再び獣臣合体をおこない、桃太郎へと至る。そんな彼女の肩に黄金の子竜が乗る。全てを喰らう者・竜の枝、シグルドだ。
「我も戦おう。この身は小さくとも、桃力は健在ぞ」
「応、そんじゃま、やりますか」
二人はすぅ、と大きく息を吸って宣言する。
「人を脅かす邪悪なる者たちに! 我らは純然たる怒りを解き放たんっ!」
その咆哮は桃力を纏い、向かい来る鬼たちを委縮させた。しかし、彼らとて、中級の鬼だ。咆哮ごときで竦み上がり、恐れおののくなどあってはならない。
「相手は桃太郎ぞ! 不足などあろうか!」
「否、否っ! あろうはずもなし!」
「数で押し潰せい!」
戦うことだけが存在意義である戦鬼たちが、桃太郎に殺到する。その鬼気迫る形相にエルティナは不敵に微笑む。
「めっちゃ、こえぇ……」
「台詞と表情が合っておらぬぞ」
シグルドの的確なツッコミに満足した珍獣は彼を従え、月光輝夜を手に鬼たちの集団へと飛び込んだ。
エルティナの中級の鬼の増援を確認した、との知らせは、すぐにモモガーディアンズに共有されることになる。
『ほきゅう』『いそげっ』『ももしきだけでも』『むかわせろっ』
戦艦吉備津では急ピッチで百式戦闘機の緊急整備がおこなわれていた。整備補給が終わり次第に着艦する小さな戦闘機たち。その先頭を飛ぶのは片翼が赤い【レッド・ピクシー】だ。
『しずかなだな。いやなよかんがする』
彼女は視界に入る朝焼けの光が妙に眩しく感じた。錯覚ではないと確信、同僚機に注意を促す。しかし、爆発音。百式戦闘機の一機が墜落する。
『ちくしょう』『やられたっ』『どこからだっ』
『かっき、さんかい。かたまるなっ』
レッド・ピクシーの命令に戦闘機たちは散開し未確認の攻撃に備える。また、一機撃墜された。チユーズたちに動揺が走る。
『ちっ、あれか』
レッド・ピクシーの視界に僅かに映る影。それは紛れもなくイーターボールの姿。
しかし、その姿はあまりにもおぞましく、そして巨大であった。にもかかわらず、彼女たちが発見できなかった理由があった。
『きえたっ』『まじか』『はんそくでしょ……うわぁぁぁぁ』
『かきざきぃぃぃぃ』
ちなみに、チユーズに【柿崎】なる者はいない。取り敢えず撃墜された者は皆、柿崎なのだ。そして、ちゃっかり帰艦後は、仲間から柿崎の称号を賜わる。専用の勲章を用意する辺り、何かのこだわりを持っているようだ。一番多くの勲章を持つ者は【マスター・オブ・柿崎】の称号で呼ばれる。とくに意味はない。
『こうがくめいさいかっ。すがたがみえないだけだ、れーだーをたよれっ』
『れーだー』『きらい』『めが』『いちばん』
『いってるばあいかっ』
また一機撃墜され、柿崎の勲章が授与される。これ以上の損耗は拙い、と悟ったレッド・ピクシーは愛機を上昇させて単独行動に出た。それを追いかけるように異形のイーターボールが上昇を開始する。
『さきにいけ。こいつは、おれがやるっ』
『まじで』『でもっ』
『ついてこい、いれぎゅらー』
仲間からの返事は聞かずに尚も上昇を続けるレッド・ピクシー。追いかけるイーターボール。既に戦闘空域からは逸脱していた。正しくは、新たなる戦闘空域に辿り着いた、と言った方がいいだろう。
雲を突き抜け無限に広がる空の上に出た両雄は、どちらともなく戦闘を開始する。機関銃から放たれる桃力を纏った鋼の弾丸。イーターボールの口から放たれる怪光線。それぞれ、機体を、身体を掠めるに留まる。
『ちぃ、やっかいな』
それは両者が感じ取った率直な感想だ。お互いの技量は互角、性能も同等と見ていいだろう。勝負を決めるのは闘志と恐れぬ心。
『やってみるさ』
レッド・ピクシーはかつてない強敵に心を奮わせた。彼女の半身も、それに応えんと空を舞う。戦いは危険な領域に突入せんとしていた。
「ちょっと、いつまでチンタラしてるの? 戦いが終わってしまうわ」
「そんな事言っても仕方がないじゃろ。これでも最大船速じゃよ」
戦艦吉備津の甲板に多数のモモガーディアンズの姿。戦いが始まっている町の姿は見えども、そこに辿り着くには暫しの時が必要であった。
その事に不満を口にするのがユウユウ・カサラである。彼女はとにかく鈍足だ。乙女チックな走法は終ぞ直らなかった。踏み込みの速さは規格外であるが、長距離を走るには向かない。
「ねぇ、ユウユウ」
「どうしたのかしら? リンダ」
そんな彼女の相棒、ぺったんこのリンダが、今まで思っていたことを遂に口にした。
「鬼力の特性を使えば……飛べるんじゃないの?」
「……うふふ?」
「笑って誤魔化したっ! 忘れてたんでしょう!?」
「そ、そんな事ないしっ! ただちょっと……ほんの少し! わすれてまちた。てへっ」
「てへペロで強引に誤魔化したっ! そして忘れてたっ! もう、やだ~」
「もう、しょうがないじゃない。今までは、空を飛ぶ、だなんて考えたこともないし。それに、以前作ってもらったサポートGDを三秒で大破させて以来、自力で飛ぶのは……ね」
「あ~、地味にトラウマになってたんだ」
「でも、そんな事も言ってられないわね。お祭りの追加らしいわよ」
「エルちゃんも、きて~はやくきて~、て騒いでるしね」
ユウユウはため息を吐いた後に、鬼力【重】を発動させ艦を浮かせた。巨大戦艦が遂に空を飛んだのである。
「飛ばすわよ。しっかり掴まってなさいな」
「そういうのは、掴まってから言ってくれっ!」
「おごごご……潰れる、潰れるっ!」
「あ~っ!? シーマさんが海に落ちましたっ!」
「メルシェ、彼女は諦め……大丈夫だ」
「フォルテっ!? さらっと何か言わなかった!?」
もう滅茶苦茶であった。いつもの彼ら、と言えばそれまでであるが。だが、ここは彼らの住まう世界ではない。それは異常事態を引き起こすスイッチだった。
「あはは! くっくるぅるぅ! あははは!」
「たこ~」
海中より姿を現す形容し難い大いなる者。それは無数にある触手でもってシーマを海中より引き上げる。かの大いなる者の頭部と思わしき場所に、白い少女の姿在り。狂気が具現化せし者、アルア・クゥ・ルフトである。
彼女は地球に置いて遂にやらかした。この大いなる者を目撃した者は例外なく発狂、全世界に中継されている映像を通して世界の四割は一時的な恐慌状態に陥る。大惨事であった。
「うわぁ……クトゥルフだ」
「……ききき……ダナン……怪奇現象?」
「ひえっ、シーマさんの大事なところに、うねうねがっ!?」
「……ほら、無事だっただろ? メルシェ」
「わはは、ひでぇ顔だな、シーマ」
「あ、ライオット君、私知ってるよぉ。アヘ顔っていうんだよね?」
「うふふ、プリエナ、そのことは忘れないさいな」
そして、この対応である。モモガーディアンズの面々はメンタルが異常であり、旧支配者の姿を目撃しても平然としていた。
尤も、このタコさんも、アルアが生み出したコピー体である。しかし、戦闘能力だけなら、オリジナルに匹敵する力を持っていた。
「あはは! いけっけ! くっくるぅ! あははは!」
「たっこ~」
そして、それが東京を目指している、という事実。ある意味で東京は未曽有の危機に晒されていた。
「マジかYO。流石にあれは無いだろ」
先行していたイージス艦の船員たちもほぼ全滅であった。辛うじてブリッジクルーは意識を保ち船を維持している。マイクはモモガーディアンズの無茶苦茶さに呆れつつも、次なる手を考え行動に移った。
『ユウユウの嬢ちゃん! 俺っちをそっちに引っ張り上げてくれ!』
『あら、あなたはダーリンの子分ね?』
『こ、子分!? いや、今はどうでもいい! 頼む!』
『うふふ、まぁいいわ。貸し一つね』
マイクは海での戦闘は終わったことを悟り、町を目指す戦艦吉備津へ移動することにしたのだ。共に戦った船員たちに事情を話し新たなる戦地を目指す。
「マイクさん、我々は……」
「あんたらは十分に働いた。陸地は不慣れだろ? 後は任せてくれYO!」
「申し訳ない、ご武運を!」
イージス艦こんごうのクルーに見送られ、ロボマイクはユウユウの能力によって戦艦吉備津に引っ張り上げられた。そして、戦艦吉備津は猛スピードで港区を目指し飛んでゆく。その後を追うのが超巨大タコだ。正確にはタコではないのだが。
「あれの姿は見ないようにな」
「はっ!」
艦長の指示に全力で応える部下たち。彼らの戦いは終わりを告げたのであった。
中里香里の圧倒的な力の差に押され始める誠司郎。辛うじて直撃は避けているものの、身体のいたる所を赤く染め始めている。このままでは致命的な一撃を受けてしまう事は明らかであった。
そして、その下で戦っているプルルと誠十郎たちも、徐々に鬼たちに押され始めている。
最初は三十程度だった中級の鬼たちが、今では五十近くにまで増えているのだ。何かがおかしい、プルルはそう思った。それが確信に至ったのは退治したはずの鬼が目の前に現れたことによるものだった。
「こいつはっ! まさか……【鬼穴】が開いているっ!?」
その通りであった。ドクター・スウェカーは退治される寸前に、己の怨念を生贄にして鬼穴を開いていたのである。
プルルは舌打ちをした。これでは、いくら鬼を退治しても、すぐさま鬼ヶ島に吸収され復活して戻ってきてしまう。鼬ごっこに陥ってしまえば勝ち目はない。
「なんとかして、鬼穴を塞がないと! でも、今の僕は桃力が……」
ここで誠司郎を蘇生させるために使用した桃力のツケが生じた。鬼穴を発見できても破壊できる桃力が無いのである。エルティナは東京タワーを護るので手一杯であろう。
なんとか自分たちの代わりになる者がいないか、そう考えた時、誠十郎しかいないと判断するに至る。新人には酷な仕事だ、と自虐するも彼を頼る他にない。問題は、そこに至るまでの戦力をどうするかだ。
老いし戦士たちは既に三名となり、誠十郎たちの体力も限界に近い。ここを維持することで手一杯だ。この状況を打ち砕く何か、が必要不可欠である。
「そんなに都合よく、物事が運べば苦労はしないかっ!」
プルルを狙って鬼の手が伸びる。判断が遅れた。プルルのGDの胸部装甲がごっそり破壊され、ふくよかな胸が姿を現す。しかし、お構いなしで彼女は魔導光剣の一撃を鬼に食らわせ退治せしめる。その鬼が変じた輝きをプルルは目で追った。
「あの建物の屋上? 随分と厄介なところに設置したね」
そのビルの入り口から、わらわらと鬼たちが姿を現す。ビンゴだね、とプルルは強がった。分かったところで、今の彼女にはどうにもできないからだ。
『まい・うー』
「分かってるよ、イシヅカ。GDネオ・デュランダも限界なんだろ」
彼女のGDの関節部分からはバチバチと火花が散っている。かなり無茶な挙動をおこない続けた結果だ。だからといって、降参などできようはずもない。彼女たちには、戦い続ける選択肢以外は存在しないのだから。
「ま、やってみるさ」
そういった彼女の傍に何かが墜落してきた。それはアスファルトの道路を砕き着地を決める。ゆっくりと立ち上がった雄々しき者は彼女に告げた。
「そういう時は、旦那を頼ってほしいんだがな」
「ラ、ライオット!」
「よく耐えたな。後は任せろ」
獅子の獣人にしてプルルの夫、ライオット・デイルである。彼は妻を抱き寄せて口付けを交わした後に鬼たちに突撃を敢行する。
「おらおらっ! 遠慮するな! 掛かって来い!」
裂帛の一撃は意図も容易く鬼を粉砕した。新たなる脅威に鬼たちは歓喜する。戦鬼にとって強敵とは、そういう意味を持つのだ。
「おう、やらいでかっ!」
「かかれ、かかれ! 戦じゃ、戦じゃ!」
プルルは夫ライオットの勇ましさ、格好良さに、少しばかり頭を痺れさせていたが、ハッとした後に正気を取り戻し、ふるふると頭を振って冷静さを取り戻す。
火照った顔を冷ますかのようにペチペチと手で叩いた後に、モモガーディアンズに鬼穴が開いていることを報告した。
『ワッツ!? マジかYO!? どこだっ!』
『え? あなたは?』
『マイクだ! ブラザーの……あぁ、いや、シグルドの元桃先輩だ!』
『桃先輩……なら、桃力は使えるんだね? あの高い建物の屋上に鬼穴があるんだ!』
『んん~? うっへぇ、あった、あった。戦鬼たちでいっぱいじゃねぇか』
マイクは上空に位置する戦艦吉備津から鬼穴の存在するビルの屋上を眺めた。そこには中級の戦鬼たちが、わらわらと鬼穴から出てくる姿があったのだ。
『了解した、鬼穴はこちらでどうにかする。そちらにも援軍を送るからもう少しの辛抱だZE』
『もう、援軍なら来たさ。うちの旦那がね』
『お熱いねぇ』
マイクがプルルとの魂会話を終わらせるや否や、ユウユウとリンダは戦艦吉備津の甲板から鬼穴が存在するビルへと飛び降りた。
「うふふ、さぁ、暴れるわよ」
「ひゃほぅ! 全部、ぶっこわしてやる!」
二人で一人の茨木童子がビルの屋上に着地する。衝撃は凄まじく床が陥没しひび割れるも、二人の少女は平然としていた。ただ者ではない、と鬼たちは認識する。そして、躊躇なく二人に襲い掛かった。
「いいわねぇ、本場の鬼は好戦的で」
「うんうん、殺り甲斐があるってものだね。鬼穴を塞ぐのが勿体ないよ」
鬼穴が開いている、という事は鬼であるユウユウとリンダも強化される、という事になる。鬼の拳を指一本で止めたユウユウは、もう片方の手で鬼をでこピンした。
「わばっ!?」
弾け飛ぶ鬼の頭部。脳漿を撒き散らして残る肉体が後ろに倒れる。少女の顔には思わず見とれてしまうような笑顔。戦鬼たちですら、恐怖を覚えるその笑顔に、最古参の戦鬼が引き攣った表情で叫んだ。
「い、茨木童子だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まさか戦鬼たちも【茨木童子】がやって来るとは思ってもいないだろう。その鬼はかつての茨木童子を知っていた。鬼すら畏怖させ近付くことすらおこがましい、と認識されていた伝説の存在が目の前にいるのだ。絶望以外の何ものでもない。
「クスクス……あら、どうしたの? いやねぇ、早く掛かってきなさいよ、鬼でしょ?」
「う……ぐ……! ええい、やらいでかぁ!」
恐怖と戦鬼の誇りに揺れた彼らが選択したのは、茨木童子との戦いであった。もう後には退けない、覚悟を決めた戦鬼たちがユウユウを押し潰さんと大挙する。それに不満を覚えたのは相手にされていないリンダだ。
「ちょっと! 私を無視するとかありなの!? 許せないっ!」
その小さな体のどこに、鬼を圧倒する力が秘められているのであろうか。リンダは戦鬼の一人を担ぎ、バックブリーカーの要領で身体をへし折った。鬼の腹部が割け真っ赤な雨を降らせる。リンダはその様子が楽しくてケタケタと笑う。それは狂気だ。
「い、茨木童子が二人っ!? どうなってやがる……ぶげぇっ!?」
「どうでもいいでしょう? 戦を楽しみなさいな」
容赦のない一撃が戦鬼の頭部を砕いた。その身体が鬼穴に回収され、再び彼は地球に舞い戻る。そう、戻ってくるのだ。そして、再び破壊される。
それは、終わらない終わりだ。延々と苦痛をだけを味わうことになる絶望だ。
「お、鬼っ!」
「鬼だもの」
鬼に、鬼と言わしめる鬼は、蠱惑的な表情を浮かべて血の宴を堪能した。その陰でこっそりと行動するのはロボマイクだ。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
失礼、まったくもって、こっそりとは程遠い登場の仕方であった。ロボマイクの背には飛行ユニットが装着され、戦艦吉備津から飛んできたのである。
「やれやれ、嬢ちゃんたちがいなかったら、と思うとゾッとするZE」
ロボマイクはロケットランチャーを空中で構えた。砲弾内には凝縮した桃力が込められている。弾数は三発。一発でも鬼穴に辿り着けば破壊が可能だ。
「なんじゃあ、ありゃあ!?」
「桃使いじゃ! 鬼穴に近づけさせるなぁ!」
「誰が近付くかYO。そうらっ! いってこい!」
ロケットランチャーから放たれた砲弾が真っ直ぐ鬼穴に向かってゆく。それを身を張って護る戦鬼。肉体は粉々に砕かれ四散した。その結果に舌打ちするロボマイク。
「あらやだ。健気ねぇ」
「呑気に言っている場合じゃねぇYO。鬼穴周りをどうにかしてくれ!」
「もりもり雑魚が湧いてくるから手が足りないよっ!」
リンダの言うとおり、戦鬼たちは後から後から湧いて出てくる。その内の何割かは地上を目指し、戦いは混沌の相を呈していた。
戦いは激化の一途を辿る。果たして、勝利はどちらに微笑むのか。夜は完全に明けた。