689食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~13
『おいぃ! しっかりしろぉ! せいじろう!』
子珍獣が誠司郎から飛び出し誠司郎に声を掛けるも、なんの反応も返ってこなかった。
広がる血は致死量。ティナはなんとか出血を抑えようと治療を試みるも、誠司郎の肉体がなんの反応も示さない事に気が付く。そして、その可能性に気が付き、恐怖した。
『う、うそだぁ……せいじろうっ! おい、おきろっ! おいってば!』
「誠司郎! しっかりしなさ……」
誠司郎を抱き起した誠十郎は、娘が既に死んでいることに気が付き、目の前が真っ暗になった。そんな抜け殻になった誠十郎に対して、香里は容赦なく一撃を加えんとする。
「すぐに娘に会わせてあげる。大丈夫よ、全ては一つになって、親子で暮らせるようになるから」
振り下ろされる赤黒い凶刃。しかし、それは怒りに燃える史俊の盾によって防がれた。
だが、その衝撃は凄まじく、幾度の攻撃を防いできたアクリル製の盾は砕け散り、その役目を果たせなくなってしまう。それでも、史俊の心は砕ける事はない。
「誠司郎の親父さん! まだ、戦いは終わっちゃいねぇんだぞ!」
「私の戦いは……終わってしまった」
娘の亡骸を呆然と抱える誠十郎。彼に戦士としての働きを期待できない事を悟った史俊は、自分の父親に誠十郎を託すことにした。
「親父! ここは俺がなんとかする! 退いてくれ!」
「バカ野郎、この大群からどうやって退くんだよ? やるところまで、やるしかねぇだろ」
「クソったれめ」
加藤親子は互いの背中を預けながら鬼たちと対峙した。そんな中で更なる絶望的な知らせが入る。イージス艦こんごうが中破した、というのだ。
「なんだと!? こんごうが……!」
「余所見はいかんのう」
「ちぃ!」
その知らせは、すぐさまドクター・スウェカーと交戦中のトウヤにも伝わる。そして、一瞬の動揺を見抜かれ、右太ももを炎の腕に抉られてしまった。
「かっかっか、この腕の特性は知っておろう? 再生はできんぞい?」
「……くそっ」
トウヤは素早く応急処置し出血を防いだ。患部を焼いたのである。激痛はあるものの、失血は最小限で押さえられた。悪い流れになっている、トウヤはそう直感した。
そして、自分一人ではドクター・スウェカーに勝てない、という考えが脳裏を過ぎる。
「さぁて、そろそろ終いにしようか。わしも暇ではないのでな」
「……そうはいかん。最後まで付き合ってもらおうか」
「モテモテなのは異性だけにしてほしいんじゃがの」
ドクター・スウェカーが生じさせた歪みは九つ。その全てから、炎の腕が発生する。
「なっ……!?」
「かっかっか、今までは遊びじゃて。言ったじゃろう? 終いにすると」
九つの腕が同時にトウヤに襲い掛かった。対するトウヤは右足を負傷してしまったため、満足に動く事ができない。嬲り殺しの様相を呈してきた。
ぞぶっ。
「ぐっ!」
トウヤの右腕が消滅した。続いて左の脇腹の一部が消滅する。この脅威に対して、トウヤは成す術がなかった。己の算段の甘さを悔いるが、最早手遅れである。
「あぁ、そうじゃ。良い情報を上げようじゃないか」
「……」
「香里君が誠司郎君を仕留めたそうじゃぞ?」
「っ!?」
「かっかっか! 良い表情じゃ! 良い絶望じゃ! 満足満足!」
トウヤは片膝を突き、最早作戦は失敗したことを悟った。かくなる上はドクター・スウェカーを道連れにする覚悟で、突撃のための桃力を練る。
「まぁだ、諦めんか。流石は【音無し】じゃのう。それに免じて、戦士としての死をくれてやるわい」
ドクター・スウェカーの九つの炎の腕がトウヤへと伸びた。それをジッと見つめるトウヤに訪れるのは死以外に何もなかった。
命が散りゆく戦場に、子珍獣の叫びが響き渡る。それは諦めか、それとも絶望か。いずれにしても負の感情であることには間違いない。彼女は願った、救ってくれと。愛する者を救ってほしいと。
その慟哭は天を突き抜け、遥か向こう側にまで届いたであろうか。その想いは、次元を超えて、彼の者に届いたであろうか。
彼女は、ティナは、何故、己が誠司郎から生れ出たのか、この時、理解した。愛と勇気と努力を込めて、彼女は己の役目を果たさんとする。
『ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!』
それは祈り、祈りは力、力は愛、愛は……奇跡を呼ぶ。砕けてゆくティナの身体、それでも構わず祈りを捧げる。砕けた身体は光の粒となって天へと昇っていった。
『ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!』
それは切なる願いだ。それは切なる祈りだ。それは、魂の叫びだ。
やがて、小さな治癒の精霊は姿を失った。しかし、その意志は、想いは次元を超えた。
想いは奇跡を体現する者へとたどり着く。ティナは彼の者を【導く者】だったのだ。
「さぁ、終わりよ。史俊、時雨」
「くそっ! 香里! ぜってぇに許さねぇからな!」
「大丈夫よ。その憎しみの感情も、全てが一つになった暁には、全部……私が受け止めてあげる」
無慈悲な刃が史俊に振り下ろされる。全ては滅びに向かわんとしていた。
ズビュゥゥゥゥン……ゴゥンっ!
しかし、それを認めない者がいたのだ。彼の者は地球の者に非ず。遠く、遠く離れた地より現れし者たちだ。
彼の者が放った閃光は香里の赤黒い刃を粉々に粉砕した。堪らず彼女は後退する。
「随分と盛り上がっているじゃないか、史俊。僕も混ぜておくれよ」
「……え? あんたは!」
そこには、いないはずの者の姿があった。桃色の甲冑を身に纏う勇ましい少女の姿。それは、史俊たちを絶句させるには十分過ぎる材料であった。
トウヤは無念に目を閉じる。心残りは彼のパートナー、エルティナを独り残してしまうことであった。
「(すまん、エルティナ。最後まで、おまえと共に行けぬ、俺を許せ)」
九つの炎の腕がトウヤに迫る。しかし、その直前でオーガキングが【揺れた】。
「な、なんじゃあ!?」
さしものドクター・スウェカーも、この状況に集中力を切らせ、炎の腕が霧散してしまう。そして、また激しい衝撃。超鬼竜オーガキングが悲鳴を上げる。
飛び散るはかの竜の肉片、海に流れるはおびただしい血液。それを成し遂げた存在に、狂科学者は目を見開いた。あってはならない事態が、彼の眼前で起っているからだ。
「勝手に、ひっそりとこの世を去るとか……忍者きたない、流石、忍者きたない」
「……!? エルティナ!」
そこには巨大な歪みが生じていた。そこからいずるのは、巨大な輝ける大蛇と漆黒の大蛇。その二匹に導かれるように姿を現したのは、あろうことか巨大戦艦だ。
現代には決して存在しない巨砲主義を体現するその存在に、満身創痍のイージス艦こんごうの船員たちは驚愕した。
「あ、あれは……まさか!?」
「大和……日本帝国最強の戦艦、大和かっ!?」
正確には違うが、その意志を継ぐ戦艦であることには間違いない。地球の技術と異世界カーンテヒルの技術を融合させた【とんでもない戦艦】は、二つの世界を行く船と成り得たのである。
「待たせたな、トウヤ」
「おまえ……どうやって!?」
「なぁに、無垢なる願いが、俺たちを導いたのさ」
大和型戦艦吉備津の甲板には、モモガーディアンズの姿があった。しかし、その数は全員ではない。既に数名が史俊たちの下へと向かっていたのだ。
「よくがんばったな、ティナ」
『へへ……どんなもんだい……』
「あぁ、後は俺たちに任せろ」
生まれたての精霊は想いだけの存在となり、大本であるエルティナの中へと還っていった。
その想いを受け取ったエルティナから、莫大な桃力が解き放たれる。それはこの海域ならず、遠く離れた日本へも到達するほどであった。
「ば、馬鹿な!? この途方もない桃力はなんだ!」
「真実の愛を知った俺は【超桃使い】って、それ一番言われてっから」
そんなエルティナの姿は、あろうことか【ウェディングドレス】姿だ。
「やれやれ、結局はこうなっちゃうんだね」
白いタキシード身に纏うエドワードが呆れ顔を見せた。彼の表情を見たエルティナも苦笑する。そんな彼の唇に、己の唇を重ね彼女は告げた。
「それは仕方がないことなんだぜ。さぁ、ど派手な結婚パーティーにしようじゃねぇか!」
新婦、桃使いエルティナは、ウェディングドレス姿のまま、力ある言葉を言い放った。
「陰ある所に陽在り! 悲劇を生み出す鬼ある所に我ら在り! 鬼退治、承ろうではないか! 我ら、モモガーディアンズ! ここに見参っ!」
状況が把握できないドクター・スウェカーは狼狽えた。そして、情けない声を上げる。先ほどまでの余裕などは既に消え失せていた。
「モ、モモガーディアンズじゃとうっ!?」
ドクター・スウェカーは慌ててイーターボールを召喚する。その数は二百、彼が温存しておいた切り札だ。しかし、モモガーディアンズ相手にこの数は心許ない。
彼らは、この何十倍もの鬼を相手に渡り合ったのだから。
「ドクター・スウェカー! 今度という今度は、きっちり決着を付けてやんよっ!」
「エル、もう行っちまっていいか?」
「あぁ、ライ、派手に暴れてくれ!」
「そうこなくっちゃなぁ!」
獅子の獣人ライオットが真っ先に先陣を切った。それを皮切りに、モモガーディアンズが鬼目掛けて殺到する。それは一方的な蹂躙であった。
「ほれほれ、おまえらも出撃せんかい!」
『いわれんでも』『わかっている』『いもうとの』『とむらい』『がっせんだ』
『ももしき』『でるぞ』『やつらを』『いっぴきたりとも』『のがすなっ』
ドゥカンこと、ドクター・モモの指揮の元、チユーズが操る百式戦闘機たちが発艦した。
彼女たちは怒りに燃えている。妹の切なる願いは、姉たる彼女たちにも届いたのだ。
『うおぉぉぉ』『ばすけっとぼーるが』『なんぼのもんだ』
『われらの』『いかり』『いもうとの』『むねん』
『おもいしれ』『おもいしれっ』
明けの明星の空に舞うは、小さな小さな戦闘機。それは雄々しく華麗に、そして優雅に、でも残酷にイーターボールを駆逐してゆく。特に目立つのは片翼を赤く塗った百式戦闘機だ。
『めとめたくはないものだな。わかさゆえのかくご、というものを』
彼女はチユーズの中にあって、特別の存在へと至った個体だ。それはティナの最期によって完全なるものになった。
『てぃな、わが、いもうとよ……』
彼女はオート操作の百式戦闘機をマニュアルに切り替え、自由自在に操る腕前を獲得していたのだ。その彼女が握る操縦桿に力が籠る。
『かくごしてもらおう。まえ……わが、ぶんしん。れっど・ぴくしー』
片翼が赤い百式戦闘機は華麗に、そして苛烈に邪悪なる者に滅びを与えた。それに続く無数の百式戦闘機たち。
彼女たちの怒りは、こんなものではない。それは吉備津の主砲にも籠められ放たれる。
『じだん』『そうてん』『いそげっ』『じゃあくを』『ゆるすなっ』
『とどけ』『われらの』『ただしき』『いかり』『とどけ』『とどけっ』
大和型戦艦の活躍は、遥か上空にある衛星から中継され、日本各地で放送されることになった。最早、それは何かの冗談ではないかと疑われる。
しかし、それに満身創痍のイージス艦こんごうが並ぶと現実味を帯びてきた。日本に住む者たちは、日本最後の盾の勇姿を、その眼に焼き付けていたのだから。
「艦長、こんごうは、まだ戦えます!」
「あぁ、分かっている! 砲撃を開始せよ! こんごうよ、最後の最後まで、日本を護るための盾であれ!」
「うち~かた~始めっ!」
大和型戦艦と肩を並べるイージス艦こんごう。その呼吸を合わせ砲撃する姿は、現代の日本人にどのように映ったであろうか。二隻の船の砲撃にオーガキングは悲鳴を上げる。
悲鳴を上げるのは超鬼竜だけではない。ドクター・スウェカーもだ。
「何故、何故じゃあ!? どうして、このような事にっ!? わしは特別なんじゃぞ!?」
頭を抱え悶えるドクター・スウェカーを目の当たりにし、今が好機とエルティナは、夫のエドワードに目配せをする。彼は彼女の意図を汲み頷いた。
「行くよ、エル!」
「応! エド!」
エドワードは妻を抱きかかえ跳躍、トウヤの下で着地を決める。それを見たトウヤは自分の不甲斐なさに苦笑した。
「派手にやられたな」
「面目もないな、エルティナ」
「ふっきゅんきゅんきゅん、貸し一つな」
エドワードから降ろされたエルティナは、すぐさまトウヤの治療へ入る。失われた部位が瞬く間に再生してゆく様を見て、トウヤは感心するより前に呆れる。彼女の母、桃先生ことエティルの治癒魔法をとうに超えているからだ。
「どうよ? 全てを喰らう者と治癒魔法のコラボは」
「この負傷が、それによるものだと分かっていたのか」
「ふきゅん、あたぼうよ。俺を誰だと思ってやがる」
エルティナは全てを喰らう者・炎の枝のコピーによって失われたトウヤの肉体の再生に成功していた。通常、全てを喰らう者によって喰われた部位はどんな治癒魔法であっても再生することは不可能だ。
しかし、それをエルティナは【喰われた事実を喰らう】事によって無効とし、その後に治癒魔法で再生させるという荒業をやってのけたのである。
これは彼女が全てを喰らう者であるからできる事であり、他の者では絶対に成し遂げる事ができない方法だ。
「しかし……どうやって地球に?」
「マイアス・リファインに頼まれてな。誠司郎を見送る際に渡した桃先生の中の一つに、治癒の精霊を封じ込めておいたんだ」
「治癒の精霊を?」
「あぁ、生まれたての一体さ。俺はこのまま、何事もなく済めばいいと思ってたんだが……」
「そうはいかなかった……か」
「あぁ、あの子は導く者としての役目を与えられていた。でも、それをおこなえば、存在することができなくなる。大き過ぎる力に器が耐えられなくなって崩壊してしまうんだ」
トウヤは失われてしまった子珍獣に哀悼の意を捧げた。手の掛かる子ではあったが、いざいなくなる、と度し難い喪失感に苛まれる。
だからこそ、怒りを、憎悪を陽の力へと変えて彼は立ち上がった。ティナの願いを現実のものにするために。彼は立ち上がる事を自ら望んだ。
誠司郎を救う。それを果たすには、まず目の前の邪悪を退治せねばならない。
「んじゃ、やりますか、トウヤ」
「あぁ、やるとするか、エルティナ」
トウヤが桃仙術を行使する、と彼の肉体は桃色の粒子となってエルティナに吸い込まれていった。桃仙術〈身魂融合〉である。これはソウルフュージョン・リンクシステムの大本となった桃仙術だ。
トウヤはこの仙術を極めており、機器が無くとも、桃使いと融合することが可能であった。
「来たれ! 獣臣たちよ!」
「ひゃん、ひゃん!」「うっき~!」「ちゅん!」
古の契約により、遠く離れた地から、三匹の獣臣、雪希、炎楽、うずめが光りと共に召喚された。これが意味するところ、それは……。
「ふっきゅん! 吉備津システム起動! 獣臣合体!」
それは神聖なる誓約。偉大なる戦士を降臨させるための大いなる儀式。トウヤは謳う、大いなる戦士を称えるために。
「努力の鉢巻き引き締めて!」
炎楽が白き鉢巻きへと姿を変えて、エルティナの額に装着された。その白い鉢巻きには、聖なる桃の姿があしらわれている。
これこそ、炎楽の弛まぬ努力が具現化した【努力の鉢巻き】なり。
「勇気の鎧に身を包み!」
雪希が赤い武者鎧に姿を変えエルティナに装着される。これによってエルティナは見事な若武者へと変貌した。
雪希の尽きぬ勇気が形になりしは【勇気の鎧】。たとえ、その身が小さくとも内に秘めたる勇気は大いなるものなり。
「愛の羽織を纏いしは!」
子雀が白銀に輝く羽織へと変異しエルティナに装着された。
うずめの無限ともいえる愛情は穢れなき白銀となりて、エルティナを温かく包み込む。それは、あらゆる困難から大切な者を護る【愛の羽織】なり。
この獣臣たちを身に着けし者こそ、桃使いの到達点たる偉大な戦士。その名も……。
「日本一のぉ! 桃太郎っ!」
トウヤの声がエルティナを介して発せられる。万感の思いが込められた名乗りだ。
「百代目【桃太郎】、エルティナ・ラ・ラングステン見参っ! 我らが桃使いの神【吉備津彦命】よ! 百代目桃太郎の戦いを、とくと御照覧あれ!!」
瞬間、エルティナの髪が白金へと変化する。彼女は大人の姿でのハイエルフ化に至っていた。それは、エドワードと一線を越えた時に発現した【愛の力】によるものだ。
その力はエルティナの内なる壁を破壊し、彼女を新たなるステージへと押し上げたのである。
「輝夜っ!」
『……!』
エルティナの手の中に輝夜が現れた。その凄まじい輝きはただ事ではない。それもそのはず。空にはまだ、月が浮かんでいるのだから。
星が見える夜空より一筋の輝きがエルティナに降りてきた。それは月の光、優しき夜の支配者が新たなる桃太郎を、そして我が子を祝福しているのだ。
「っと、エルの邪魔はさせないよ」
エドワードが迫り来るイーターボールを始祖竜の剣で斬り伏せてゆく。その剣は始祖竜カーンテヒルの一部だ。即ち、彼は全てを喰らう者と同義の存在へと至っていた。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
イーターボールが口から放つ怪光線は、全て彼が持つ剣に喰われてゆく。有無を言わさぬエドワードの覇王の威嚇は、イーターボールを竦み上がらせ無力化させる。
「滅せよ、下郎ども」
否、そのように生易しいものではなかった。威嚇ではなく命令だ。エドワードは自害せよ、と命じたのだ。その強烈な意志に抗えなかった個体は次々に自壊してゆく。
「こっちは任せて、エル」
「サンキューな、エド。さぁ、やるぞ、輝夜っ!」
エルティナが手にする輝夜が一際激しく鼓動した。それは覚醒の時。彼女は、その喜びを余すことなく体現した。
「遍く全ての者よ、その目に焼き付けるがいい! 神桃剣【月光輝夜】降臨っ!」
八尺瓊勾玉を身に纏いし輝夜は光の刃を形成する。
月の輝きは陰、エルティナの桃力は陽。ここに陰陽が揃い、その力は森羅万象の力を桃太郎に与えた。
莫大な力は、エルティナに輝ける翅を与える。ふわりと身体が浮き、打ち倒すべき相手の下へと誘う。
「馬鹿な、馬鹿なっ! わしの計画は完璧じゃったはず!?」
「この世に完璧なんてもんはねぇんだよ! それを理解れ! ドクター・スウェカー!」
神ですら間違う。この世に完璧などは有りはしない。それは、とても簡単で、しかし、認める事ができない案件であった。ドクター・スウェカーは、完璧という言葉に囚われ過ぎていたのである。
「やらせぬ! 我が計画を、やらせはせぬぅ!」
ドクター・スウェカーは最後の抵抗、と言わんばかりに無数の炎の腕を呼び出した。
「来たれ! 全てを喰らう者・炎の枝っ……チゲっ! 頼む!」
『……!』
エルティナの右腕が猛々しく燃え上がり、巨大な炎の腕となった。ぶつかり合う両者。しかし、オリジナルと劣化コピーでは結果は明らかであった。
貪り喰われる劣化コピー。ドクター・スウェカーの切り札は呆気なく消滅していった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ドクター・スウェカー! おまえも輪廻の輪に還る時が来たのだ!」
月光輝夜が月の力を受けて爛々と輝いた。最早、解析不可能の力を目の当たりにした狂科学者は、狂ったように笑うしか手は残されていない。
「ひ、ひひひひ! なんじゃあ! その力は!? ほ、ほしい! そのちからっ!」
「おまえじゃ無理だよ。愛を知らない者には絶対に扱えない!」
百代目桃太郎は月光輝夜を振り上げた。おびただしい桃力はドクター・スウェカーを捉えて離さない。桃使いの最終奥義が、今、放たれんとしていた。
召喚されしは宇宙、宇宙とは魂が集う場所、即ち……それは輪廻の輪のことを指す。
「桃戦技が最終奥義っ!〈輪廻転生斬〉!」
それは慈悲なる一撃。狂気の底なし沼で溺れる者を救い上げる唯一の手段。
「……!」
「ドクター・スウェカー! 汝に罪無し! 希望を持って逝け!」
桃色の光にほどけてゆく狂科学者。その最期は悲鳴すらなかった。
こうして、狂気の科学者ドクター・スウェカーは、再び勇気ある者の手によって退治されたのであった。