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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十八章 地球
686/800

686食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~10

 鬼との戦闘を終えた誠司郎たちは、トウヤの導きによって、とある場所へと誘導された。

 そこはかつて、トウヤが桃使いとして活動していた時代に、渋谷の一角に作ったという隠れ家であった。


「え、ここって……!」

「お待ちしておりました、トウヤ様」

「変わりないな、マスター」


 そこは、誠司郎たちがコーヒーとサンドイッチに感動し、舌鼓したコーヒーショップだ。店の外には店主の男性が立っており、トウヤたちの到着を待っていたようである。


「まさか、ここがトウヤさんの言う隠れ家だったとは」


 あんぐりと口を開けて呆ける史俊に対して、トウヤは説明をおこなう。


「彼には世話になっていたのでな、使わなくなったここを貸したのだ。まさか、また利用することになろうとはな」


 とトウヤはマスターに目配せをする。彼はそれに頷いた。

 

「緊急速報の件ですね。既に手配は整えております」


 店に招き入れたマスターは壁のボタンを押す、と床の一部がスライドし地下への階段が現れた。そこに入ってゆくトウヤ、それを追って誠司郎たちも続いた。

 薄暗い石造りの階段を下ること数分、階段が終わるその先に大きな部屋が姿を現す。かなりの年月を使用されていなかったその部屋は、まるで時が止まっていたかのような雰囲気を持っていた。


 その奥に布を掛けられた何かが鎮座していた。トウヤはその布を取り払う。鎮座していた何かが姿を現す。それは旧自衛隊の装備一式であった。旧式ではあるが重火器なども置いてある。


「これって……!」

「かつて、日本で鬼との大戦が起ったことがある。いまから百数十年前ものことだ」

「えっ? でも、歴史の教科書には……」

「載るはずがない。別の形で記載されてはいるがな」


 トウヤは傷だらけのアクリル製の盾に手を置き、その使用者の姿を思い出す。

 勇敢な男だった。彼が、彼らがこの世を去って久しい。現代の日本に、彼らのような熱き魂を持つ者がどれだけ残っていようか。


 少なくとも、とトウヤは誠司郎たちを見た。ここに集う戦士は、それに値すると思い至る。それを踏まえた上で告げる。これは最終勧告である、と。


「ここから先は死地に赴くことになろう。ここで退くのも勇気だ」

「今更だぜ、トウヤさん。生まれ故郷を失ってどこへ行けっていうんだ? また異世界かい?」

「冗談じゃないわ。確かにカーンテヒルはいい世界よ。でも、私達の世界は地球なの」

「うん、僕も同じ思いだよ。お父さんやお母さんのいる世界がいいに決まってる」


 娘、息子の決意に、親は思わず涙ぐむ。少し見ぬ間に立派になった、と。

 子供たちの成長を認めつつも、まだまだ譲れない部分がある父親たちは、自身の背を子に見せるべく奮起した。それは己よりも先に子を死なすまい、とする親心か。


「我らも、娘たちと同じ思いだ。ただ、妻たちは安全な場所に……」

「あなた、私も行きます」

「美波、何を言っているんだ」


 誠十郎は妻の言葉に困惑した。しかし、美波は夫を説き伏せるべく言葉を紡ぐ。


「負傷した際の応急処置くらいならできます。人手がいるのでしょう?」

「そうですとも、娘ががんばる、というのに何もしないだなんて」

「まぁ、あたしは戦うんだけどね。血が滾ってしかたがないよっ!」


 一名ほど理由が違うが、安全な場所でぬくぬくするつもりの者はいなかった。

 その様子を見たトウヤはため息を吐くも穏やかな笑みを作る。今の日本にも、こういう者たちがいる。ならば、まだ希望はある。そう感じたのである。


『ふきゅん、ここまで、いわれちゃあ、おれも、かつやくせざるをえない』


 ここで、ようやく誠司郎の胸の谷間に潜んでいる子珍獣が観念して飛び出してきた。

 その姿を見た加藤、皆川夫妻は子珍獣の姿に驚くことになる。しかし、トウヤは全く動じていなかった。


「ようやく姿を現す気になったか」

『ふきゅん!? おれの、そんざいを、しっていたのかぁ?』

「当たり前だ。おまえの波長など、本体で嫌というほど体験しているからな」

『じ~ざす』


 戦力はあまりに少ない。だがこれで、あの超巨大な鬼を、どうにかする必要があった。まともな方法では到底、退治することは叶わないであろう。トウヤは、問答無用で子珍獣を捕獲した。


『ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!』

「誠司郎、少し、こいつを借りるぞ」

「えぇっ!? このタイミングでお説教ですか!?」

「違う、俺をなんだと思っているんだ」

『おにきょうかん?』

「なるほど。では、ご期待に添えてやろう」

『ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!』

「戻るまでに、そこの装備品で身繕っていてくれ」


 ティナは見事に自爆。そして、悲し気な悲鳴を残しつつ、子珍獣は昇り階段の向こう側へと連行されていった。

 暫くして、断末魔のような鳴き声が聞こえてくる。誠司郎たちは苦笑するより他になかったのであった。






 げっそりとした子珍獣が帰ってきたのは、それから十数分後の事。きっと、大半が説教であったのは間違いない。白目痙攣状態の子珍獣が、それを物語っていた。


「すまない、待たせたな」

「いえ、それよりも、ティナに何を?」

「うむ、こいつの因果を調べてみた。まぁ、大したことは判明しなかったがな」

『ひどい! おれのことは、あそびだったんだなっ!』


 ごちんっ☆


『ぼ、ぼうりょく、はんたいなんだぜ……がくっ』


 子珍獣はトウヤのげんこつに倒れた。静かになっていい、というものである。


 トウヤは既に旧式となっているコンピューターの電源を入れた。百年ぶりにもかかわらず、正常に起動を果たしたコンピューターを操作し、モニターに現在の状況を表示させた。

 巨大怪獣は着実に東京に迫りつつあり、そこから避難する人々で混乱の極地へ至っていた。


「予定よりも進攻が早いな」

「おいおい、どうすんだYO。援軍が到着する前に、上陸しちまうんじゃねぇのか?」

「否定できんな。一度、仕掛ける必要がありそうだ」


 トウヤの言葉に誰かが唾を飲み込んだ。その音が聞こえるほどに、全員の神経が張り詰められている。


「皆、聞いてのとおりだ。一度、接近する超大型の鬼に攻撃を加え進攻を遅らせる」

「了解です、トウヤさん!」


 皆を代表し誠司郎が了解の旨を伝えた。各々が選んだ装備を手に取り拠点を後にする。

 店の外に出ると、マイクロバスを用意したマスターが佇んでいた。彼は出撃するトウヤたちに、深々と頭を下げる。


「行ってらっしゃいませ。ご武運を」

「あぁ、皆、出撃だ!」


 おう、という掛け声と共にマイクロバスに乗り込む戦士たち。運転はトウヤが務めた。

 道路の制限速度を無視してマイクロバスを走らせる。やはり、数台の白と黒の車がサイレンを鳴らしながらマイクロバスを追いかけてきた。しかし、彼らは警察ではなかったのだ。


 その車に乗り込む者達は皆、高齢の老人たちばかりである。中には旧自衛隊の制服を身に纏う者もいた。


「おうおう、来たなぁ、死にたがりども」

「マイクが呼んだ援軍か」


 彼らはマイクと共に鬼と戦った警官、自衛隊員たちである。既に退役して久しいが、その強靭な肉体を保持し続けていた。既に七十を越え、中には八十歳を迎えている者もいるが、まだまだ若いものには負けぬ、という気概を持っている。

 そんな彼らは混乱に乗じて警察署から武器と車を奪取、テロリストも真っ青な犯行を堂々とやってのけた。


「ふぁっふぁっふぁ! 老い恥晒して生きてきた甲斐があるというものよぉ!」

「応よぉ! 最後にでけぇ花火を打ち上げられるたぁなぁ!」

「死に場所を見つけられるとは、なんというご褒美じゃて!」


 老人は死地に向かう喜びを隠すことなく露わにした。歴戦の雄は布団の上での死を拒み続けていたのだ。それは、死ぬことなく生き残ってしまった、自分への戒めであろうか。

 戦友たちは戦場で死に彼らに後を託す。だが、託された彼らは腐敗する国を憂いることしかできなかった。

 やがて、あの時、死んでいればよかったのだ。と思うも、自決することは叶わなかった。


「後を託されたからには、自決はできねぇ。でもよぉ……勇敢に戦って死ねば、あいつらも快く出迎えてくれるだろうよ」

「へっへっへ、随分と待たせちまったからなぁ。お冠かもしれんぜ?」

「ちげぇねぇ。がっはっは!」


 こうして、誠司郎たちを乗せたマイクロバスと、奪取されたパトカーに乗り込む十二名の老人たちは戦場へとたどり着いた。

 港にはくたびれた漁船が一隻停泊しており、マイクロバスから下りてきたマイクに対して、船の前に立つ老人が手を振りながら大声を出す。


「お~い! マイクの旦那ぁ!」

「おうっ! 政さん! 来てくれたかっ!」

「あたぼうよぉ! お国の危機に黙っていられるかい!」


 漁船の主も、マイクと戦場を駆け抜けた戦士の一人であった。そのため、鬼の脅威性を知っている。

 だが、既に鬼の脅威性を知る者は高齢者だけに留まっていた。それは国が鬼の存在を隠蔽したかったからに他ならない。国にとって、鬼は、桃使いは、目の上のたんこぶであったのだ。


 しかし、彼らは今になって、その選択を後悔していた。既に自衛隊の戦力は壊滅状態に等しく、僅かな戦力が決死の抵抗を試みているに過ぎない。

 そして、既に被害は甚大であり、これでは国が傾く、と国会では今すべきことではない議論で紛糾している。


「国は頼りにはできねぇ。すまねぇな、船を出してくれてYO」

「いいってことよぉ。おう、おめぇらも、来やがったな?」

「たりめぇだ! 死に場所をようやく見つけたんだからよ!」

「俺達が死ぬ場所は布団の上じゃねぇ、戦場だぜ」


 老人たちは互いの拳をぶつけ合い、久しぶりの再会を喜んだ。そして、すぐさま戦士の顔付きとなる。そんな歴戦の戦士たちに呆気にとられる誠司郎たち。


『ふきゅん! ぼへっとするなぁ! たたかいは、もう、はじまってんぞぉ!』

「ふぇ、ご、ごめん、ティナ」


 誠司郎の胸元から飛び出てきた子珍獣に、席戦の老人たちは目を丸くした。


「こりゃあ、桃の女神様じゃねぇか」

「随分とまぁ、縮んじまったもんだぁ」

「あ~、こいつは桃先生じゃねぇ、パチモンだZE」

『しっけいな、しゃざいを、ようきゅうする!』


 ぷりぷりと憤慨する子珍獣の姿に、老人たちは愉快そうに笑い、彼ら同様にくたびれた漁船へと乗り込む。そして、もちこんだ重火器の最終点検を開始した。


「俺たちも乗り込むぞ。船の上で、作戦の内容を伝える」

「分かりました」


 トウヤに促され、誠司郎たちも漁船に乗り込む。総勢二十四名と一匹が超巨大生物に挑まんとしていた。






 黒煙を吐きだしながら、荒れつつある海を進む、くたびれた漁船。その上で、トウヤは鬼の足、特に関節部分を狙う事を指示した。

 今回の攻撃は、あくまで鬼の侵攻を遅らせることにある。その後、援軍を交えての総攻撃で超大型の鬼、及びドクター・スウェカーを退治する、という計画だ。


「ご老人たちに言っておく。緒戦での戦死は許されない。死ぬのであれば、決戦の時にしてほしい」

「おうよ、前座で死ぬつもりはねぇよ」

「へっへっへ、やっぱトリで華々しくってなぁ!」


 死を恐れぬ戦士というものは心強いものだ、トウヤはそう感じた。だが、それは同時に悲しいことでもあった。死ぬために戦場に赴く事と同義であるからだ。


「こんな俺を……エルティナはどう思うだろうな」


 やがて、自衛隊の船の残骸が多数残る海域にへと到達。否応もなく視界に入る超巨大生物。山が動いている、そう表現する以外に他は無い絶望感。自衛隊たちはこの絶望と戦い無残にも散っていったのである。

 と砲撃音、いまだに抵抗を続ける艦が一隻のみ残っていた。


「マイク、ここを預ける」

「あいよぉ、いってら~」


 なんとも軽いやり取りであるが、互いに表情は厳しい。トウヤは漁船から、ひらりと海面に降り立った。老戦士達はその様子に色めき立つ。


「ありゃまぁ、海の上にたってるよ、あの人!」

「やっこさんも桃使いかいな!」

「がっはっは! 口だけじゃねぇみたいだな! 安心したってもんだ!」


 ここで超巨大生物……便宜上【超鬼竜】と呼称する、が漁船の存在に気が付いた。鎌首を漁船に向ける、と頭部に乗る人物の視線に誠司郎は気付いた。


「ドクター……スウェカー!」

「かっかっか、久しぶりじゃのう、小娘」


 ドクター・スウェカーの健在に誠司郎、史俊、時雨は動揺を見せた。しかし、この際に誠司郎は、彼に違和感を感じる。言葉にはできない違和感だ。例えようにも例えようがない違和感に、誠司郎は苛立ちを覚える。


「向こうの【わし】が世話になったようじゃやの。礼を言うぞい」

「やっぱり、コピーを送っていたんだね」

「当たり前じゃ。本体がリスクを犯して異世界に渡る、など正気の沙汰ではない」


 ドクター・スウェカーとの会話。やはり、再び誠司郎は違和感を覚える。ゆらゆらと揺れる足場。そして、違和感に彼女は吐き気を覚えた。


「さて、わしも目の前の小石に躓くつもりはないんでのう」


 何故、違和感を覚えるのか。その答えが判明する前に、ドクター・スウェカーは誠司郎たちが乗る漁船に、超鬼竜をけしかけてきたのであった。

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