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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十八章 地球
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684食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~8

 ……はずであった。だが、ロボマイクの四肢は健在。その姿に中里香里は首を傾げた。

 そんなはずはない、確かに四肢を引き千切るほどの鬼力を【黒手】に送ったはず、何故にヤツの四肢は千切れていないのだ、と困惑した。

 それは致命的な行動。負傷によって現役を退いていたとしても、マイクはかの【木花桃吉郎】と共に戦場を駆け抜けたこともある歴戦の雄。桃先輩としてのキャリアこそ浅いが、桃使いとしての経歴はとてつもなく長い。そんな彼が、僅か十数年で勘が衰えるわけがないのだ。


「そう、思い出した。純然なる怒りを解き放たん、だったよな、ブラザー」


 ゆらり、とロボマイクの右手の銃が、澱みなく中里香里を定めた。トリガーに掛かる指に桃力が集まり、それを介して弾丸に鬼を打ち滅ぼす力が籠められる。

 機は熟した。解き放たれる破邪の弾丸。僅かに遅れて、邪悪なる少女は己の危機に勘付く。


「ちっ!」


 鬼力の特性【曲】を用いてなんとか弾丸の弾道を曲げる。だが、放たれた弾丸の速度は音速だ。完全に曲げ切るには行動が遅過ぎた。なんとか眉間への命中は避けられたものの、数発が中里香里の肉体に命中。M93Rの三連バーストは伊達ではないのだ。


 命中した箇所は左肩。桃色の力が着弾と同時に爆ぜ、彼女の左肩より先がごっそりと消失する。直後は何が起こったのか把握できていなかった中里香里であるが、襲い来る痛みが、彼女に起った出来事を容赦なく伝えた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 腕がっ! 腕がぁぁぁぁぁっ!?」


 苦痛に歪む香里の顔は歪みに歪む。ロボマイクは悠然と銃を構え直す。彼女の苦悶する表情など気にもかけぬ、冷徹な戦士の姿がそこにあった。


「な、何故ぇ!? 何故、おまえはっ!」


 香里は己の力が通用しない相手に初めて遭遇し、かつてないほどの焦燥感と恐怖を覚えた。己の存在を脅かす相手と今日に至るまで戦ったことがない彼女にとって、ロボマイクは脅威以外の何ものでもない。


「敵に情報を渡すかよ。何故かは地獄で考えな」


 中里香里の鬼力【曲】の力を発揮させる黒手、その力をマイクは自身の桃力の特性【散】で指の部分のみを霧散させたのだ。

 黒手自体は本体と繋がっているため、完全に霧散させるには規格外の桃力が必要になる。しかし、末端である指の部分のみなら話は別だ。

 彼は四肢が千切られる瞬間、黒手の指の部分のみを桃力【散】で散らし、己の四肢を護ったのである。


「……」


 マイクの表情はヘルメットのフェイスカバーで覆われて確認できない。だが、おおよそ表情というものは消え失せているだろう。彼は中里香里に止めを刺すべく銃を構える。

 そして、躊躇なく発砲。三連バーストにて放たれた三つの破邪の弾丸が放たれた。しかし、それを阻む者あり。香里の木偶人形たちである。


「ふひっ! ま、まだ、私には、こいつらがいる! 時間を稼げ!」

「邪魔者は排除する」


 鈍重な相手ではロボマイクの相手にすらならない。ことごとくM93Rで眉間を貫き、桃色の粒子へと変じさせて行く姿に、中里香里はいよいよもって切羽詰まった。


「は、早くっ、早くぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 彼女は鬼力【曲】の曲げる能力で空間を捻じ曲げていた。そこに現れるのは別空間への入り口。彼女はロボマイクに敵わないと判断し逃走経路を作り出していたのである。


「そうはさせない。おまえは、ここで処分する」


 ロボマイクはM93Rを構えた。残る弾丸は三発。今の中里香里を仕留めるには十分であると判断し、狙いを顔を彼女の眉間へと向ける。その中里香里の足下には、無残な姿となった同僚がいた。


 もうすぐ解放してやるからな、と彼女を視界に収めながら、ロボマイクはトリガーに力を込める。とその時だ。囚われの身となり完全に反応を示さなくなっていた彼女が、呻き出し遂には絶叫し始めた。


 首を激しく振り半狂乱の状態に陥っている。同時に膨れ上がった腹が激しく蠢き、彼女の中で暴れ狂っていることを窺わせた。

 彼女は言った「もう、産みたくない」と。それを聞いたロボマイクは僅かに動揺してしまったのである。


 ずるり、と彼女から何かが産まれた。それは、異形の存在。それは彼女と繋がっていた証を引きずりながら、恐れることなくロボマイクに飛び掛かって来た。


「ひひっ! 奥の手は残しておくものよねぇ!?」

「ちっ、今までの鬼は、こうやって生み出していやがったのか」


 やむを得なく、ロボマイクは飛び掛かって来た生まれたての異形を迎撃。撃破に成功する。

 しかし、残弾は尽き、リロードする時間を強いられた。その瞬間、中里香里は逃走経路を構築し終えてしまった。


「バイバイ、桃使いさん。今度会ったら、グチャグチャにしてあげる」


 中里香里は壮絶な憎悪を顔に宿し、ロボマイクにそう告げて別空間へと姿を消す。


「……逃がしたか」


 ロボマイクは周囲を索敵し残存敵勢力がいない事を確認し、無残な姿となった同僚を抱き上げた。あまりに軽くなってしまった彼女に愕然とするも、ロボマイクは無線でドクター・モモに回収依頼を出す。






 程なくして、ドクター・モモが護衛を引き連れて桃アカデミー東京支部へと姿を現した。


「おう、ご苦労じゃったな。復帰戦はどうじゃった?」

「どうもこうもねぇよ。散々だ」

「ふむ、たいした負傷も無いようじゃし、上々じゃの」

「身体の方はな」

「ま、そうじゃろうな」


 ドクター・モモは、桃アカデミー東京支部の惨状を顧みて、ここの復旧を断念する意向を示した。これならば新しく作った方が早い、と判断したためだ。

 そして、何よりもスタッフが欠けてしまったことが痛手である。


「やはり、トウカは手遅れじゃったか」

「あぁ、色々と実験台にされていたようだぜ」


 壊れかけているソファーに横たわらされているトウカは、虚ろな表情で宙を見つめたままだ。壊されたのは肉体のみならず、精神までもが完全に破壊されてしまっていた。


「やれやれ、人手不足じゃというのに……やってくれおったの」


 温厚なドクター・モモの表情に珍しく怒りが宿った。普段は飄々としている彼も、桃使いの端くれである。このようなおこないは、断じて許すことのできないのだ。


「それで、トウカは……」

「ト、トウカさん?」


 少女の声がした。マイク達が振り向けば、そこには竹崎美千留の姿があった。


「こりゃ、外で待機と言っておったじゃろうに」

「ドクター、連れてきちまったのかよ」

「仕方なかろう。付いてくると聞かんのじゃから」

「やれやれ……」


 ロボマイクは、この場をドクター・モモに預け、自身は桃アカデミー東京支部を後にする。後ろから聞こえてくる、桃使いの少女の嗚咽を背に受けて。






 それから時間が悪戯に過ぎた。事件は一向に解決を見せぬまま、膠着状態に陥っている。

 本日は快晴。紛う事なき穏やかな朝。宮岸誠司郎の夏休み、最後の一週間が始まった。


「マイクさん」

「うん? どうした、誠司郎」


 ここでの暮らしにすっかり慣れた誠司郎は、マイクが事件を調査していることに勘付いていた。今、マイクに、そのことを訊ねようとしているのだ。


 大きな木の下に据えられた粗末なベンチに二人は座っている。今日もミンミン蝉の合唱が開催されていた。青空を我が物顔で占領する、大きな入道雲の白が目に眩しい。


「事件の事……調べてますよね」

「あぁ」


 事、覚悟が決まっているマイクは誠司郎に語った。それは、いつか来るであろう未来であったからだ。


「そうですか。桃アカデミー東京支部が……香里が……」

「トウカは治療のため除籍処分。竹崎美千留はドクター・モモの計らいで桃アカデミー本部所属になる予定だ。多分、もう会う事はねぇだろうな」

「そんな……二人が……」


 流石にショックを隠せない誠司郎にマイクは告げる。桃使いなのだから、この結末は当然にある、と。鬼と戦う、ということはこういうことなのだ、と告げたのである。


「そう、ですよね。あの人を基準に考えちゃう、と……」

「あの人っていうのは、エルティナの嬢ちゃんの事かい?」

「はい」

「あれは異常なんだ。彼女を基準に考えたら、殆どの桃使いは有象無象になっちまう」


 マイクは改めて、異世界の桃使いの脅威性を思い知らされることになった。そして、そこに生きる鬼の生きざまに、在り方に、ようやく違和感を持つ。


「あそこの鬼は……何かが違ったな」


 そもそも、鬼とは邪悪そのもの。他の誰かのために行動するなど、上下関係や実力差での服従程度のものだ。だが、カーンテヒルで発生した鬼達はそのいずれでもない。


 他が為に戦い、他が為に抗い、他が為に運命に挑み、そして散っていったのだ。その本質は陰でありながら光を、あいを求めて戦った。

 それを、彼らにおこなわせたのは飢え。未来を求める飢えだ。彼らは陰の身体に陽の心という矛盾を抱え、そしてそれすらも力に変えて、未来を勝ち取ろうと運命ももつかいに挑み、そして散っていった。


「陰と陽って、なんなんだろうなぁ」

「マイクさん……」


 マイクの脳裏には、黄金の竜の背が鮮明に蘇っていた。かつての熱き日々が思い起こされ彼は、熱き滴を流す。カーンテヒルでの鬼との戦いは、桃使いと鬼とを、憎悪を超えた何かで結び付けていた。


 だが、ここでは憎悪しか残らない。鬼を退治しても何も残らない、虚しさと悲しさを得るのみだ。それはあまりにも悲しい、とマイクは自分でも気が付かぬまま、涙でもって示したのである。


「僕、香里を探します」

「無茶言うんじゃねぇよ。出会ったら確実に殺されるぜ?」

「会って、話を聞かなくちゃ。だって、彼女はカーンテヒルで死んだはずなのだから」

「ワッツ? どういうことだ」


 誠司郎はカーンテヒルでの出来事を語った。エルティナとの出会いからドクター・スウェカーとの戦いの顛末、そして異世界からの離別までを詳細に語った。誠司郎の話を聞き終えたマイクは尚更、中里香里との接触を諦めるように説得をする。


「あれは、中里香里を語る別物だ。誠司郎の友達はエルティナの嬢ちゃんに。ちゃんと輪廻の輪に送ってもらえたんだろう?」

「……はい」

「なら、あれは別人だ。輪廻の輪に還った者が、再びこの世に戻ることなんかねぇよ」


 マイクの言葉に誠司郎は俯き押し黙ってしまった。きつく握られた手は震えている。

 彼女は中里香里に負い目を持っていた。一緒に地球に帰ろう、と約束していたのだが結局は約束は果たされぬまま、自分たちだけが無事に地球に戻ってくることになった。

 決して、誠司郎のせいではないのだが、彼女は今日までその罪悪感を忘れた事はない。香里の顔を忘れる事ができないのは、そのためだ。


「それでも……会わなくちゃならないんです! 前に進むためにっ!」

「誠司郎……」


 誠司郎は立ち上がった。それは曲げぬ、折れぬ、という決意の表れ。そんな姿を見せられてはマイクも首を横に振るわけにはいかなかった。


「やれやれ、誠十郎にどうやって言い訳すればいいんだYO」

「お父さんには僕から説明するから。いいでしょう、マイクさん」

「良いも悪いも、もう止まる気はねぇんだろ?」

「はいっ!」

「ファック、良い返事しやがるZE」


 マイクはそろそろ、この事件に決着を付けるつもりでいた。大切な後輩を滅茶苦茶にしてくれたツケは、中里香里に、そして黒幕にきっちりと支払ってもらうつもりであったのだ。


『いくのか?』


 治癒の精霊ティナが誠司郎の肩に乗っかる。彼女は気を利かせて高い木の枝の上で空を眺めていた。だが、彼女が見ていたのは果たして、ここの空であっただろうか。


「うん、この騒動に決着を」

『ぜひもなし。おもいたったが、きちじつなんだぜ』

「ティナは難しい言葉を知っているね」

『それほどでもない。ももせんせいを、おごってやろう』

「おめぇ、出せねぇだろうがYO」

『ふきゅん』


 こうして、三人は支度をして昼前に掘っ立て小屋を後にする。この三人での、最後の一週間が始まろうとしていた。

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