68食目 掛替えのない日常の一コマ
桃先生の圧倒的な偉大さを、まざまざと見せつけられた俺たちは、いもいも坊やたちに惜しみも無く葉を与える桃先生の若芽を見守っていた。
その幼い芽を求めて芋虫たちが殺到、長蛇の列を築き上げている。集まり過ぎて組体操をおっぱじめたのは何故であろうか。見事なピラミッドだと感心するがどこもおかしくはない。
そんないもいも坊やたちに対し、俺は嫉妬の炎を燃やし怒りの鉄拳を振り下ろす。
「大人げないよ、食いしん坊」
「ギリギリ子供っぽい姿の俺はセーフに違いなかった」
「どう見てもアウトだろう」
俺の制裁を受けた一匹の哀れな芋虫は、ぷっくりとしたお腹を見せて完全降伏。短いあんよを、いもいもさせた。
おまえ……調子ぶっこいた結果だよ?
「ふきゅん、取り敢えずはスッキリした。これから、どうすっかなぁ?」
少しばかり、しょんぼりしていたムセルを持ち上げて、そのような言葉を零す。当初の目的が消失し、宙ぶらりんとなってしまった状態だ。
当然、ムセルたちホビーゴーレムも役目を失って無職。紛う事なきニートと化している。
「それなら、ゴーレムマスターズに参加すればいいじゃないか」
プルルの目がギュイーンと怪しい輝きを放つ。そのあまりの眩しさにライオットの目は焼かれ、「目が~、目が~」と彷徨い歩いた。
バ〇ス、と言った方がいいのかな?
「ゴーレムマスターズか……興味はあるが、仕事との折り合いが付くかどうかだな」
「あぁ、食いしん坊はヒーラーでもあるしねぇ。でも、最近は落ち着いているんだろう?」
「ふきゅん、まぁな。ビビッド兄たちも、しっかりしてきているし、俺抜きでもやっていけてるのは事実だ」
「なら、ゴーレムマスターズをしない手はないだろう?」
「ふきゅん、まぁそうなんだが……」
俺がゴーレムマスターズを渋る理由は、ズバリ、ムセルが傷付くからに他ならない。そして、なによりも俺の操縦技術の酷さだ。
ゴーレムマスターとホビーゴーレムとの人機一体が醍醐味であるゴーレムマスターズにおいて、これは【致命的な致命傷】、【頭痛が痛い】という、言葉の意味はよく分からんが、とにかくダメっぽい状態にある事は確かなのだ。
「何迷ってんだよ?」
「ライ、ゴーレムバトルはホビーゴーレムが傷付くんだ。ツツオウも壊れちゃうかもしれないんだぞ?」
「そうかもしれない。でも、俺はやらないで後悔するよりも、やってから後悔したい。エルは違うのか?」
「俺は……」
ぶっちゃけ、俺もライオットと同じタイプである。しかし、ヒーラーとして活動するようになってからは、少し及び腰になりつつあるようだ。
そんな俺を見ていたであろうムセルは鉄の手を俺の親指に置いた。三連スコープが俺の顔を映している。
まるで「大丈夫だ」と言っているかのような雰囲気を感じ取り、俺は言葉が詰まった。
「そうか、そうだよな。おまえは、俺たちと遊ぶために生まれてきたんだもんな」
俺が生み出したムセルは確かに玩具ではある。しかし、同時に彼は俺の子でもあるのだ。
親が子の未来を奪ってはいけない。例え、その道は険しくても、親は子の歩みを止めてはいけないのだ。
「分かった、ゴーレムマスターズに参加しよう」
「それでこそ、エルだ」
「んふふ、それじゃあ、チーム結成だね」
こうして、俺たちはゴーレムマスターズに参加することになった。やるからには頂点を目指す。そのためには、今からでも練習を開始するべきなのだが、先程ぶっ倒れてから調子の方がよろしくない。
身体がエネルギーを求めるサインを出しているのも原因の一つであろう。
つまりは、俺のぽんぽんがエキサイティングなオーケストラを開演し始めたのだ。
「うん、酷い腹の虫だね」
「ライオットのも大概だろ」
「俺の方がまだ上品だ」
そんなわけで、練習の前に腹ごしらえ、という流れになる。当然だなぁ?
「それじゃあ、ハッスルボビーに行く前に、どこか食べれる場所に寄ろうかねぇ」
「ふきゅん、それなら、とっておきの喫茶店があるぞ」
「俺は腹いっぱい食べれる場所なら、どこでもいいぞ」
「にゃ~ん」
こうして、俺たちは中央区のハッスルボビーを目指すのだが、その前に昼食を摂る、ということで意見が一致する。
「腹が減るまで時間の経過が分からなかったとはなぁ」
「んふふ、仕方がないよ、二人とも凄い集中してたし」
「そもそもが、ホビーゴーレムを作るのに、結構な時間がかかったしな」
空高く輝くあんニャロメは、腹立たしいほどの熱を地上に注ぎ込む。それに対抗するために俺はキュピキュピと騒音を鳴らし、太陽に精神的なダメージを送り込んだ。
尚、効果は無かったもよう。
「それじゃあ、行くとするか。いもいも坊や、桃先生の芽を頼むぞぉ」
小さな芋虫たちは俺の言葉に、身体を起こして「任せろ」と強調した。そんな頼もしい守護者に見送られて俺たちは、裏の空き地を後にする。
「うん、分かっていたけど……イシヅカ、遅いねぇ」
「重量級だし、仕方ないのは確定的だな」
のっしのっしとマイペースに歩くイシヅカ。このままでは目的地にたどり着く前に、俺とライオットが餓死してしまう。そこで俺はライオットを酷使することを考え付く。
「ライ、イシヅカを抱えて歩けるか?」
「お、今俺もそれを考えていたところだ」
ハングリーにゃんこも、どうやら俺と同じことを考えていたようだ。ひょいとイシヅカを抱き上げる。まったく苦にもならないという表情は、流石は男の子と感じさせた。
「すまないねぇ、その子、重いだろう?」
「なんてことないさ。稽古で、これくらいの重さのダンベルを持ったまま姿勢を維持するのがあってな。そっちの方がきつい」
「へぇ、そうなんだ」
「それに、エルの方がまだ重い」
「ふきゅん、それは、聞き捨てならないっ! 謝罪を要求するっ!」
別に気にはならないのだが、本能的に取り敢えず言っておけ、と魂が囁くので使命感に駆られるままに、そんな台詞をシャウトする。
「んふふ、今のはライオットが悪いねぇ。レディに体重の話題は厳禁さ」
「むむむ、女は面倒臭いなぁ。ごめん」
「許す」
「もう許されたっ!?」
この事から、別に気にしてないことが発覚、プルルに呆れられることになった。
俺は悪くぬぇっ!
「ところで、飯を食う場所ってどこだ?」
「あぁ、中央区にある喫茶店だ」
「喫茶店かぁ……腹が満たせる物があるのか?」
「ふっきゅんきゅんきゅん! 期待していいぞぉ」
俺はハングリーにゃんこに自信を見せた。これから向かう場所は喫茶店と言う何かだ。
俺も初入店した際はメニューに目を疑う事になった。喫茶店にあるまじきレパートリーに興奮を隠せず、「ふっきゅん、ふっきゅん」とテーブルの上で小躍りをして、スラストさんにげんこつを落されたものだ。
「どうしたんだい、食いしん坊。遠い目……というか、白目で痙攣してるけど」
「いやなに、何もかもが懐かしい」
プルルの言葉に、静かに息を引き取ろうとする俺。当然ながら、ムセルにしっかりしろと叱咤されることになる。
「ふきゅん、危なかった。スラストさんのげんこつまで思い出して、危うくあの世行きになる所だった」
「どんだけ痛いんだよ、その人のげんこつ」
「この世のものとは思えないほどに激烈な鉄拳だ」
「よく生きてるな、おまえ」
「それほどでもない」
「褒めてないよ、食いしん坊」
何気ない会話。実はこれこそが掛け替えのないものであることを、俺は知っていた。だからこそ、俺はこの夏休みを全力で満喫することを誓う。
見せてやろう、おっさんの全力の夏休みを。金にも糸目を付けたりはしない、全力で散財してくれるわ。
「ふきゅん、見えたぞ。あそこだ」
「へぇ、あれか。ちょっとボロだな」
お喋りをしながら歩くと時間が短く感じられるものだ。話の続きは店内に入ってから、という事になり、俺たちは少しくたびれた喫茶店へと入店したのであった。