678食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~ 2
眠れない夜を過ごし翌日。約束の時間を迎えた誠司郎は、身なりを整え待ち合わせの場所へ向かう。海が望める公園のベンチ、そこに誠司郎と同じく眠たそうな顔をした、加藤史俊と皆川時雨がいた。
史俊は半袖のシャツにジーンズという軽装であり、鍛え込まれた大柄な肉体の存在感を惜しむことなく披露している。
時雨は淡い青系統のワンピースドレスだ。飾り気がない分、時雨本人の器量の良さが前面に押し出される形となる。肩に掛ける淡い緑色のショルダーバッグがポイント、とは本人の弁だ。
誠司郎もまた、ラフな服装で二人と合流。彼女は白のTシャツにホットパンツ、赤いスニーカーというこれまたラフな服装だ。すらりと長い足が男達の視線を釘付けにする。
「よっ、久しぶりだな」
「誠司郎もすっかり、女の子になっちゃって」
「やぁ、史俊、時雨、久しぶり」
幼馴染である三人に遠慮というものはない。時雨は女性らしくなった誠司郎を見て目を細める。
とはいえ、誠司郎が完全に女性らしいかといえば否である。時折、男らしい部分が顔を覗かせる。それは女性にとっては危うい。
現に誠司郎が履いているホットパンツは自分の身体を誇示するべく身に付けているものではなく、ただ単に動き易い、という理由で選んだに過ぎないのだ。
肩まで伸びた黒髪を気にしつつ、誠司郎は二人に昨夜のニュース番組の件を伝えた。
「それな。俺も見てたぜ」
「私もよ。多分見間違いじゃないはず。髪の色こそ違うけど」
「僕も見たよ。あの髪の色が本来の香里の髪の色だよ」
誠司郎は二人の報告を受け、自分が見た人物は香里で間違いない事を確信する。
彼女の顔を忘れようにも忘れられないのだ、見間違いという事はないはず、と胸に手を当てて押し黙る。
沈黙に耐えられなくなった史俊が行動に移った。突然、誠司郎の乳房を揉み始めたのである。明らかな痴漢行為であった。
「言え、なんで誠司郎のおっぱいを揉んだ?」
「良かれと思って」
時雨の壮絶なるアッパーカットを顎に直撃されて、史俊は大地に沈んだ。それでも、すぐさま立ち上がれるのは、並の鍛え方をしていないがゆえであろう。
彼は高校を卒業後、自衛隊に志願する予定である。異世界でも、地球でも、彼は力無き者のための盾になる道を選んでいた。
史俊に、いきなり乳房を揉まれた誠司郎は一瞬、頭の中が真っ白になった。暫くは史俊と、このようなやり取りをおこなっていなかったので反応が遅れてしまっていたのだ。
胸に残る史俊の大きな手の感触と、ぐにぐにと変形する自身の乳房の姿に呆然としていたのだ。
ただ、嫌な感じはしなかった。それは史俊に邪念がなかったからだろう。事実、史俊は雰囲気を変えたかっただけである。その行動がセクハラであるのは、いかがなものかと思うが。
「まったく……誠司郎も油断しちゃダメよ? いつまでも私が付いてあげれるわけじゃないんだからね」
「う、うん。気を付けりゅ」
呆けていた誠司郎は時雨に話しかけられ、なんとか返事を返すも語尾を噛んでしまう。
その様子に苦笑する時雨は、誠司郎と史俊の背を押して、少しばかり早いランチと洒落込んだ。向かう先は渋谷のサンドイッチが美味しいと評判のコーヒー店だ。
渋谷を選んだ理由は昨日のニュースを見たからではなく、既に決まっていたからに過ぎない。それでも、事件現場へ寄ってから、という流れになったのは自然なことであろう。
現場に到着した誠司郎たち。そこは、いまだに警察関係者が多く、事件の捜査中であることを窺わせた。現場を覆うブルーシートが生々しさを強調させる。
「……なんか、変な感じがする」
「気付いたか? 俺もだよ」
「やだわ、私もよ。もう二度と思い出したくなかった気配」
現場には三人しか分からないであろう、不快な要素が多分に残されていた。まるで、早く感じ取れ、と告げているかのような濃厚なそれは、三人に警察ではどうにもできないヤマであることを確信させる。
同時に、これが何かの間違いであってほしい、との願望を抱かせた。しかし、それはまずあり得ない。彼らも知っているのだ。ここにも、生きとし生ける者の敵が存在していることに。
「どうしたらいいと思う?」
「どうするも、こうするもないぜ。本職に任せるしかないだろ」
「そうよ、誠司郎。今の私達は武器すら持てないんだから」
「……そうだね、そうだよね」
銃刀法がある日本では一般市民の武器の携帯は許されない。戦う力を持っていてもそれを行使する武器がなければ、誠司郎たちも一般市民と大差ないのである。
事件現場で得られる情報はもうない、と悟った誠司郎たちは、その場を後にして件のコーヒー店へと向かった。
コーヒー店はこじんまりとしているが、非常に洒落ており店先に大きな日傘付きのテーブル席が三セットほど並んでいる。内、二セットは客で埋まっていたため、史俊が席を確保し、その隙に誠司郎と時雨がコーヒーとサンドイッチを購入する流れとなった。
店内に入る、と脳を揺さぶるような濃厚なコーヒーのアロマに、二人は蕩かされることになる。とろん、とした表情の二人に声を掛ける者がいた。店主たる男性である。
「いらっしゃいませ、お客様」
「……はっ!? あ、す、すみませんっ!」
「ふぁっ!? なんだか、どこかに飛んでた気分……」
誠司郎と時雨は慌てて店主に向き直る。コーヒー店の店主は三十代後半の紳士的な佇まいが似合う男であった。きっちりと整えられたオールバックが、彼の几帳面さを物語る。
店内は、そんな彼の拘りと意匠が凝りに凝った趣になっており、さながらアンティークショップの様相を呈している。大切に扱われているであろうコーヒーミルも、相当な年季が入っているようだ。
このように、独特の雰囲気と蕩けるようなアロマにやられつつも、誠司郎と時雨は、お勧めのコーヒーとサンドイッチをオーダーする。
「畏まりました。では、オリジナルブレンドとベーコンとレタス、トマトのサンドイッチでいかがでしょうか」
「はい、それでお願いいたします」
「少々お待ちを」
この店ではコーヒーはもちろんの事、サンドイッチも作り置きしない。出来たてをお客様に提供することを旨とし、話題になる以前からの矜持としている。この徹底ぶりが高く評価され、着々と固定客が付き始めていた。
「なんて言うか、官能的な香りだね」
「そうねぇ、蠱惑的、とも言えるかもね」
暫し店内を観察する。店内はこじんまりとしており、テーブル席もあるが数は少なく、十名程度しか店内でコーヒーを堪能できない作りだ。
元々は、店主の知人たちのための隠れ家的な形で開店したのだが、どこから流れたかは知らないが、噂を聞き付けた通の客たちが来店するようになった。
それから、名が知られるには時間が掛からず、こうして時雨ですら店を知るに至っている。
「お待たせいたしました。オリジナルブレンドとベーコンレタス、トマトのサンドイッチでございます」
「わぁ、美味しそう」
会計を済ませて史俊の下へと向かう。彼は誠司郎が持つコーヒーの香りにいち早く反応し、ひくひくと鼻を動かした。
「すげぇ、いい香りだな」
「店内はもっと凄かったよ」
「マジか、俺も中に入れば良かった」
「皿を返却する時に入ればいいじゃない」
「それもそっか」
三人は取り敢えず、コーヒーとサンドイッチを堪能することにした。コーヒーを口元に近付ける、と高密なアロマが鼻腔に流れ込み脳が痺れる感覚に陥る。それは正しく麻薬、求めずにはいられない身体にされてしまうかのようだった。
口に含むと酸味の中に甘さが顔を出し、程よい苦みが舌を引き締める。この苦みは身体が欲している物に相違なかった。漆黒の液体を飲み込む、とその余韻が口内を隈なく支配する。しかし、それはやがて儚く引いてゆく。だから、再びコーヒーを口に含むのだ。
「はふぅ、美味しい」
「うん、これは何も入れたらダメなヤツだな」
「私もブラックでここまで美味しいコーヒーは飲んだことがないわ」
話ではサンドイッチばかり持ち上げられていたが、ただ事ではないコーヒーに面を喰らう三人。続いてサンドイッチを口にする。
ふんわりとしたパンの食感に続いてレタスのパリッとした食感、このコラボは間違えようがない。そのレタスに挟まれているのはトマト、そしてベーコンだ。
ベーコンは五ミリ厚で食べ応えがあり、且つ炭火で炙ってあるようだ。この香りは胃袋を直接揺さぶる力を持っている。
それらを繋ぎ合わせるのが自家製マヨネーズであり、隠し味にゆず胡椒を忍ばせてある様子だった。ピリリ、とした辛さが次なる一口を誘発する。
ボリュームも満点であり、史俊も満足できる一品となっている。ただし、誠司郎と時雨は一つを完食できないと判断。ひとつを二人で分けて、残ったサンドイッチを史俊に押し付ける。当然、彼はぺろりと完食し満足な表情を浮かべた。
「サンドイッチも見事としか言えないわ」
「ちょっと、というかボリュームが凄いね」
「そうか? 俺は二つ食べて丁度良いぜ」
「あんたは食べ過ぎなのよ」
「なんだよぉ、全部筋肉になってんだから、いいじゃんか」
史俊は無駄に力こぶを披露した。丸太のような腕だ。異世界にいた時期よりも一回り太くなった史俊の腕を見て、誠司郎は己の腕を顧みる。異世界にいた時期よりも白くほっそりとしていた。
誠司郎の様子を顧みて時雨も己の腕を見る。タプタプしていた。間食している証拠であろう。地球産のお菓子はデブの元である。ダメ、間食。絶対。
「おぉ……」
地獄の亡者のような声を上げて、時雨は顔を手で覆いテーブルに突っ伏した。その様子を見て史俊はゲラゲラと爆笑した。無論、この数秒後、彼は物言わぬ生きた死体と化す。
「いやぁ、良い店だったな。また、行こうぜ」
「そうね。まだ食べてないサンドイッチもあるしね」
「コーヒーもまた飲みたいな」
三人は渋谷でウィンドウショッピングを敢行。楽しいひと時を過ごす。この時だけは、誠司郎も寂しさや不安を覚える事はなかった。だが、【それ】は、彼女たちの都合などお構いなしだ。
悲鳴が上がった。何事かと叫ぶ声。また悲鳴、何かが破壊される音。いよいよもって、ただ事ではない、と判断し逃げ出す者多数。
「なんだぁ!? 何が起こってやがる!」
史俊が騒ぎの原因、その大本と思わしき者に接近を試みる。弱き者の盾となるべく精進を重ねる史俊の矜持が彼を突き動かした。こういう展開は慣れている誠司郎と時雨も人の波をかき分け掻い潜り、先行した史俊に合流する。
そこは現実に在って非現実。アスファルトに発生するは血液でできた海。肉のオブジェは被害者の物か。無慈悲な炎を上げる白と黒の配色の車。それを引き裂いて姿を現す、最悪の存在。
「……鬼だ!」
史俊は思わず身構えた。しかし、彼の相棒たる棍棒も盾も、ましてや鎧すらもない。
それは誠司郎や時雨とて同じ。今の彼女たちでは鬼に対抗する手段はない。鬼が纏う陰の力は、鬼の力は、陽の力たる桃力、またはそれに類似する力でのみ対抗が可能だ。
即ち、今、警察官が銃を構えて発砲しても効果は無い、という事になる。
「そ、そんな! なんで銃が効かないんだ!?」
「カロロロロロロ……コォウアッ!」
その鬼は人型ではあったが、人とは言い難い。顔の造形は崩れに崩れ、口の部分にめがあったり、耳の部分に口があったり、と出来そこないの福笑いのようであった。
だが、その凶暴性と人間離れした筋力は笑えないものだ。また、耐久力も相当なものである、と認めざるを得ないだろう。全身を炎で包まれていても苦としていないのだ。
その姿に警察官は恐怖で竦み上がった。まだ若い警官だ。経験も判断力も不足しているのだろう。ガタガタと震えながら、弾丸が尽きた銃の引き金を引き続けている。
「ダメだっ! お巡りさん、逃げてっ!」
「ほ、本官はっ! 市民の安全をっ! ここは私が! 逃げなさいっ!」
だが、覚悟は本物であった。市民を護る。その一心で腰を抜かさず起ち向かい続けていた。だが、それは無意味であることを誠司郎は知っている。彼を死なせるわけにはいかない。そう判断し行動に移るのに時間は要さなかった。
「カァッ!」
「ひっ!?」
鬼が動いた。同時に史俊、誠司郎が動く。時雨は後方にてしゃがみ込み何かを手にした。
「こなくそっ!」
史俊の体当りで若い警察官はふっ飛ばされ、かなりの距離を転がる。その警官がいた場所を鬼の腕が通り過ぎ、アスファルトで舗装された地面に突き刺さった。瞬間、地面が砕け散り、道路を無残なものへと変えてしまう。
その様子を見ていた野次馬は悲鳴を上げて逃走を開始する。スマートフォンで撮影していた者も今度ばかりは危険であると察し、順次逃走を開始した。
「くそっ、攻撃手段がないんじゃ、どうにもできないか! こっちには桃使いはいないのかよ!」
「きっといるはずだよ! 桃使いが来るまで時間を稼がなくちゃ!」
「時間を稼げりゃいいがな! 来るぞっ!」
史俊の警告の直後、鬼が跳びかかってきた。凄まじい跳躍力だ。しかし、異世界での戦闘経験のある史俊、誠司郎は余裕を持って回避する。その光景を目の当たりにした若き警官は眼前の光景を疑う。そして、己の無力さを嘆いた。
「くそっ、あんな子供たちにすら……俺は先輩の仇も取れないのか!」
「お巡りさん、あれは普通の人間じゃ無理なのよ!」
「き、きみは?」
「今は説明している暇はないわ! 自力で逃げる事ができない人を保護してあげて!」
時雨は若き警官を説得、逃げ遅れている者の保護を優先することを諭す。周囲には怪我をして倒れている者、足を引き摺りながらも逃げよう、と試みている者が多数存在した。
仮に彼らに鬼の標的が定まれば命はないだろう。若き警官は葛藤したが、彼を庇って死亡した老警官の姿を思い出し、己の意地よりも他者を救う事を選択、気を失っている者を担ぎ、足を引き摺る者を誘導し始めた。
「それでいい、それでいいの。生き残ってね」
時雨は手に鉄パイプを握りしめていた。だが、彼女がまず鬼に殴り掛かる事はない。それが無意味であることを、彼女自身がよく弁えているのだから。では、何故、時雨は鉄パイプを手にしているのか。答えはすぐに示された。
「史俊!」
「おう!」
時雨の姿を隠すように鬼と対峙していた史俊。これは、偶然からそうなったわけではない、全ては計画されたもの。
「我、求めるは炎の矢! 放たれよ、放たれよ!〈ファイアボルト〉!」
鉄パイプの先に高温の炎の矢が生まれ、鉄パイプの先端を焼き焦がす。それは解き放たれ、史俊の背中目掛けて一直線に進む。しかし、命中する直前に史俊は身を捩り、炎の矢を回避。虚を突かれる形となった鬼は顔面に炎の矢を受ける事となった。
「やったか!? と言えばいいのかな?」
「馬鹿言ってないで、負傷者を運んで! 桃力がないのに効くわけがないでしょ!」
時雨の言うとおり鬼は平然と立っている。しかし、その表情には苦悶の色があった。炎の矢から発生した炎を消そうと躍起になっている。
状況は既に混乱を深めており、時雨が魔法を使ったところで、それを指摘する者は既にいない。逃げることに必死な者ばかりでは周囲に気を払う者などいようはずがないのだ。
だが、物事には例外というものがある。その例外は、例外を退治すべく現れた。
光の光線。それが、鬼を貫く。命中した箇所は右肩。砕け散る鬼の右肩。ぼとりと右腕が落ち、血飛沫が上がりこの世の物とは思えない悲鳴が上がる。
「今のはっ!?」
「桃力の輝きだっ! 桃使いが来たよ!」
そこに彼の者はいた。黒髪お下げに厚底眼鏡、そしてソバカス完備で平坦な体形、くそ真面目で委員長、という誰得な属性を、これでもかと前面に押す人物。
「桃使い、見参です!」
その姿に誠司郎は絶句した。一応は桃使いとしての変装なのか制服なのか、彼女は巫女服を身に纏い、手には御札の束を抱えている。
「美千留ちゃん?」
「はぇ? 誠ちゃん?」
自分の返事が迂闊なものであったことを、竹崎美千留は後悔することになる。完全に巻き込んだ、と。しかし、彼女は知らない。誠司郎たちは、彼女よりも一足早く、鬼との戦いに首を突っ込んでいたという事実に。
鬼が桃使いに憎悪の眼差しを向けた。己の敵を認識したのである。桃使いとして、まだ日が浅い美千留は慌てて桃仙術を発動しようとして、御札を手から落としてしまった。
「はわわわわわっ!?」
「落ち着いて、美千留ちゃん! 桃仙術〈桃光付武〉、使える!?」
「せ、誠ちゃん、なんでそれを知っているの?」
「いいからっ! 早く!」
混乱を極める美千留の口から別人の声が発せられた、その声を耳にした誠司郎は、声の主が美千留の桃先輩である、と確信する。
「美千留、桃仙術〈桃光付武〉発動! シャンとしなさい!」
「は、はひぃ! 桃仙術〈桃光付武〉発動です!」
美千留の手から桃力の輝きが放たれ、誠司郎を包み込んだ。この桃仙術は桃使いの基本仙術であり、桃力を持たない者に鬼に対抗する力を与える術である。
「おっしゃ! 誠司郎!」
この隙を無駄にするような男ではない。史俊はこのタイミングで視界の隅に見えていた拳銃を拾いに行き、誠司郎に投げ渡す。彼女は、それをしっかりと受け取り、弾倉を確認する。
「残弾は一発……十分だ」
誠司郎は銃口を額に当てる。そして、魔力を脈動させた。この銃は、彼女が使い慣れた魔導銃ではない。しかし、彼女は彼を、ニューナンブM60を信じた。
誠司郎の魔力を受け取った彼は、かつてないほどの力を感じ取る。しかし、元来ニューナンブM60は魔力に対応していない。きっと、これが最初で最後の一撃となるであろうことは、彼も彼女も理解していた。
「だからこそ、決める。この一撃で!」
突進してくる鬼、構える誠司郎。今、誠司郎の集中力は極限に達した。加速する意識、全ての時間がゆっくりと動く。鬼が踏み込んだ、跳躍か。否、フェイント。その全てが誠司郎には見えていた。
だからこそ、鬼がバランスを崩し死に体になった瞬間を見逃さなかった。
「今っ!」
ガウンっ!
その発砲音は、おおよそ彼から発せられることはないもの。そして、その輝ける弾丸もありえないもの。反動で誠司郎の両の腕が跳ね上がる。砕け散るニューナンブM60。
役目を果たし、主の仇を討った彼の心中はいかほどのものか。
「ガギャァァァァァァァっ!?」
かつて、眉間だった部分を撃ち貫かれ、脳漿を撒き散らす。おぞましい悲鳴は断末魔のそれだ。砕かれた部分から桃色の光に解れてゆく鬼、それは彼の者が退治された証。
「ありがとう、そして……ごめんね」
誠司郎は砕け散ったニューナンブM60に、感謝と謝罪の言葉を送る。
こうして、突如として出現した厄災は誠司郎たちの手によって鎮圧された。しかし、これは始まりに過ぎないのだ。
「せ、誠ちゃん……あなたは、いったい?」
新人桃使い竹崎美千留と宮岸誠司郎との出会いは、地球の未曽有の危機を予期させるものであろうか。桃使いたちを統べる桃アカデミーは、誠司郎たちの動向を見守るばかりであった。