表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十八章 地球
677/800

677食目 彼の地より~愛と勇気と努力を込めて~

 ◆◆◆ 語り部 ◆◆◆


 これより語るは遠い遠い世界の話。限りなく近く、どえらい遠すぎて笑ってしまう隣人たちの物語だ。

 ん? 私? 私の事はどうでもよろしい。決して、NGなどではない、いいね?


 物語は地球という、お馴染みの惑星から始まる。季節は肌が焼ける蒸し暑い夏。


 日本国首都東京の、とある高等学校に通う女子高生に群がる冴えない男子学生たち。それを追い払う、女子高生の友人。その友人を見て苦笑する、天使のような少女の名は、宮岸誠司郎。

 男のような名前だが、れっきとした女性である。


 彼女がここに至った経緯は、皆さんもご存じであろう。異世界カーンテヒルに置いて、彼女自身が望み、そして掴んだ結果である。

 とはいえ、誠司郎がこういう日常を手に入れるまでには、それなりの苦労があった。

 突然、自分は女である、とカミングアウトして受け入れられるであろうか。苦悩を重ね、言い出すタイミングがつかめないまま、地球に帰還して数ヶ月を過ごした。


 その間に両親に女性になった経緯を話すも、両親はにわかには信じられないでいた。

 そんな事よりも、完全な性別を手に入れた元息子に感動を覚えて、それどころではない。やれ、女の子らしい服を、可愛らしいぬいぐるみを、と右往左往の毎日だ。


 やがて、主張す過ぎている乳房をさらしで抑えつけながら学校生活を送っていた誠司郎に事件が起こる。それは、虐げられてきた乳房の反乱である。


「次、宮岸。五十ページの文章を読んで」

「はい」


 国語の中年教師に、教科書の文章を読むように指示された誠司郎は起立し教科書を手にした。

 教室には、三十名程度の生徒が勉学に励んでいる。誠司郎の席は教室中央の位置にあった。

 

 誠司郎は勉学ができ、華奢であるが運動能力も高く、皆から慕われる性格をしている。それらは、異世界カーンテヒルで過ごした経験がそうさせているのだ。

 だが、誠司郎はそれを語る事はない。語ったとしても誰が信じるであろうか。信じるのは同じ経験を果たした二人の親友と、名も顔も知らぬ同じ境遇の者たちだけであろう。


「彼は激怒した……」


 朗々と文章を読む誠司郎に、異変は間もなくやって来た。ミチミチと音がすることに、隣の席に座る女生徒が気付く。

 彼女の名は【竹崎美千留】。黒髪お下げに厚底眼鏡、そしてソバカス完備で平坦な体形、くそ真面目で委員長、という誰得な属性を、これでもかと前面に押す人物だ。


「宮岸君、なんか変な音が……」

「え?」


 瞬間、さらしが引き千切れた。この瞬間を待っていたんだ! とばかりに抑えつけられていた誠司郎の乳房が暴れ狂う。そうはさせじ、と学生服の上着が決死の抵抗を試みる。


 ……が、ダメっ! 圧倒的な暴力にボタン、散るっ!


 バチン、バチン、と壮絶な音を立てて誠司郎の大きな乳房が露わになる。当然、クラスは騒然となった。そして、国語の教師は誠司郎の学生服から発射されたボタンに眉間を貫かれて卒倒した。哀れにもほどがある。


「わぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 誠司郎は慌てて乳房を隠し、しゃがみ込んだ。すると、待ってました、と言わんばかりに今度は尻が反乱を起こした。ビリっと音がしたのはズボンが割けた音だ。


「はわわわわわわ……」


 誠司郎の尻は、男子学生用のズボンを意図も容易く引き裂くほど成長を果たしていたのである。そもそもが無理矢理に着ている方が悪い。


「女みたいな顔をしてると思ったら……やっぱり女だった!」

「ひゃっほう! 我が世の春が来た!」


 男子生徒の喜びようとは裏腹に、女子生徒たちは冷静であった。誠司郎に何故男として生活しているのか、を問い詰める。誠司郎は答えた。


 生まれた時は男だったけど、成長するにつれて女の部分が大きくなってきて、調べてみると実は女性だった、と。

 事実ではないが、限りなく近い答えである。両親もそのように説明するように誠司郎に言いつけてあった。


 誠司郎の両親が医者であり、誠司郎自身も信頼のおける人物であることから、説明は事実であると認められることになる。誠司郎は胸を撫で下ろし、この日より女性として生きてゆけるようになったのだ。


 そして、真新しい女子学生服に身を包み生活すること数ヶ月。誠司郎は高校三年生、最後の夏を満喫していた。とはいえ彼女も受験生であり、勉学も疎かにはしていない。

 彼女が進むのは両親と同じ道だ。医学の道を進み、苦しむ人々を救う。かつての恩人が歩んでいる道を、彼女もまた己の意志で選んだのである。


 そんな才色兼備な誠司郎を放っておくはずもなく、連日、実もじつもない有象無象たちが彼女に言い寄ってくる。それを駆逐するのが、今では親友を自称する竹崎美千留だ。


「寄るなっ! 触るなっ! 近付くなっ! 有象無象どもっ!」

「あべしっ!?」「ひでぶぅっ!?」


 容赦のない鞄の殴打で、男子学生たちは血の海に沈んでゆく。その姿に誠司郎は異世界の閣下を思い浮かべた。

 彼女達は元気にしているであろうか。見上げる先の入道雲は、穏やかな表情を浮かべるだけだ。どこまでも青い空は宇宙を越えて、果たしてあの世界に繋がっているのだろうか。

 彼女の学生生活最後の夏は、こうして幕を開けた。


 夏休みに入り学校へと行かなくなった誠司郎は、今では無駄にフェニミンになった部屋で医学書を読み漁っていた。全て両親が学生時代に参考にしていた書物で、所々に手書きで注意書きが成されていた。それらは全て貴重なものであり、ただ本を読んでいるだけでは気付けないような内容の物ばかりだ。


 両親に感謝しつつ、更に自分で考える。丸写しで憶えても意味はない。しっかりと理解するには自分で苦労する必要もあるのだ。


 数時間後、ふるりと身体を震わせる。冷房を効かせ過ぎたのだろう。夏に相応しい肌を露出させた衣服、その両腕を擦り冷房機をオフにする。

 続けて窓を開ける、とむせ返るような風が流れ込んできた。その風に、あの日の事を思い出し、誠司郎は思わず遠い目をする。


「……会いたいな」


 それはもう叶わぬ願い、覚悟をして別れたはずだ。いまだに未練を残す自分に嫌悪感を抱いた。彼らは、彼らの戦いをおこなっている。邪魔をしてはいけない。

 己の未熟さゆえに選択した別れの道。後悔などしていない……いないはずだった、と思い込んでいた自分に気が付いた時、誠司郎は再び迷いの中に囚われる。


「ダメだなぁ。一人じゃ、泥沼の中にハマっちゃうよ」


 誠司郎は親友達に連絡を入れることにした。久しぶりに声を聞きたくなったのである。

 地球での連絡方法といえばスマートフォンを真っ先に思い浮かべるであろう。しかし、彼女たちは違った。魔法、意志を、言葉を伝える魔法を真っ先に思い浮かべる。


『あ、史俊、時雨、今時間空いてる?』


 誠司郎が連絡を入れた人物とは、共に異世界カーンテヒルへと飛ばされた、加藤史俊と皆川時雨である。二人は地球へ帰還後、それぞれが目指す道のために各々が精進を重ね、会うことも少なくなっていた。


『うん? 珍しいな、誠司郎から連絡を入れてくるなんて』

『私も一段落したからオッケーよ』


 誠司郎の発動した魔法は〈テレパス〉。離れた場所にいる存在に言葉を伝える異世界の魔法だ。彼女たちは、そこに転移してしまった際に、恩人たる人物に基本的な魔法を叩き込まれる事になる。

 地球に帰還してからは、暫く使用する事はなかった。まさか地球でも使用できるとは思ってもいなかったからだ。

 だが、何かの拍子に、癖とも相まって使用してしまった際に、魔法は極普通に発動してしまったのである。それ以来、彼女らはスマートフォンではなく、魔法での通話をおこなっていた。この方法だと三人同時の会話が可能になるからだ。


『久しぶりに会いたいのだけど、大丈夫かな?』

『なんだ、随分と頼りない声だな。寂しくなったのか?』

『そんなところかな。ちょっと寂しい』

『こぉの、甘えん坊さん。この時雨お姉さんが、いい子、いい子してあげるわ』

『もう、そこまで子供じゃないよ』

『うふふ、冗談よ』


 三人は明日会う算段を取り付けて、魔法による会話を終了した。連絡を入れ終えた誠司郎は、魔力消費による気怠さを感じ取りベッドに横になる。


「う~ん、暫く魔力を使ってなかったからか、気怠く感じるなぁ」


 とはいえ、気怠く感じるだけであり、誠司郎の魔力が極端に減衰しているわけではない。久々の消費であったため、そのように感じるだけであった。

 暫く己の額に手の甲を押し当てて呆ける。と誠司郎はいつの間にか日が暮れていることに気が付いた。気付かない内に寝てしまっていたもようである。


「わわっ、いけない! いつの間にか寝ちゃった!」


 開け放たれたままの窓に一羽の雀の姿。その小さな鳥は誠司郎の目覚めを確認し、一鳴きを残して飛び去っていった。


「うずめちゃん? ……なわけないよね」


 恩人がいつも頭の上に載せていた子雀の姿を思い出す。今日はやけに異世界での出来事を思い出す日だ、と誠司郎は苦笑する。そして、干しっぱなしの洗濯物を取り込むために、慌てて庭の物干し竿へと向かった。


 誠司郎が暮らす家は一軒家の二階建て3LDKだ。かつては独りで暮らすには広過ぎた家であたが、今は両親も海外から戻ってきており、以前ほどの広さを感じなくはなっている。


 慣れた手付きで洗濯物を取り込む誠司郎は、母親に代わり家事を一手に引き受けている。

 乾いた洗濯物を手早く畳み、すぐさま夕食の支度に取り掛かった。幸いにも食材は昨日買い入れており、今から買い物に向かう事はない。

 彼女が作る物は、どうやらカレーライスの模様だ。リズミカルに野菜をひと口大にカットしてゆく様は、中々どうして堂に入っている。


「……」


 とリズミカルな音が途切れる。誠司郎はまたしても異世界の生活を思い出し、立ち止まってしまったのである。


「ダメだなぁ、僕は。こんなんじゃ、エルティナさんに叱られちゃうよ」


 気分を入れ替え、再びリズミカルな音を刻み始めた誠司郎は、どうにか両親が帰宅する前に料理を完成させる。


 料理完成から間もなくして誠司郎の両親が戻ってきた。宮岸誠十郎は中分の短い黒髪に黒ぶち眼鏡を着用した気難しそうな男であり、彼の妻である美波は長い黒髪を持つ知的美人であった。

 誠司郎が歳を重ねて髪を伸ばせば、母親と瓜二つになるであろう。


「おかえりなさい、お父さん、お母さん。早かったね」

「ただいま、誠司郎」

「ただいま、誠ちゃん。労働基準法の取り締まりが厳しくてねぇ。患者さんには迷惑を掛けちゃうわ」


 美波は眉間にしわを寄せて不快感を露わにした。近年の労働基準法に改正によって、医者ですら労働時間を厳守するように通達されており、仮に違反するようであれば資格の剥奪すら有り得た。

 現在はこの労働基準法の是非で世論が荒れており、国は混乱の最中にある。しかし、誠司郎にとっては両親と共に在れるため、患者たちに後ろめたい気持ちはあるものの、現在の労働基準法を好意的に受け入れていた。


 食後、両親とリビングで会話をしつつ、テレビ番組を視聴する。ごく一般的な報道番組だ。女性中継リポーターが鬼気迫る表情で現場の情報を伝えている。


「渋谷の町で、このような凄惨な殺人事件が……」


 テレビに映る映像は、現場が野外であり、且つ夜であるため確認し辛い。それでも、血痕と思わしき赤黒い液体が生々しく映る時がある。


「ふぅむ、日本も物騒になったものだ」

「誠ちゃんも、出歩く時は気を付けるのよ?」

「うん、分かったよ」


 母親の隣に座る誠司郎は、テレビ画面に気になる者の姿を捉えた。そして、目を見開く。

 その者の存在はあってはならないもの。もうこの世には、いないはずの存在であった。


「そんなっ!?」


 誠司郎は思わず声をあげ、テレビに駆け寄り映像を確認しようとしたが、既に中継は終了し、陳腐なコマーシャルへと移っていた。突然の娘の行動に両親は驚く。


「どうしたんだ、誠司郎?」

「番組に気になる点でもあったの?」

「え? あ、うん……勘違いだったよ。ごめんね」


 誠司郎は心配をする両親に、なんとか返すのがやっとであった。そして、落ち着いた雰囲気を醸し出しつつ母親の隣に座り直す。だが、それは偽りの落ち着き。心臓はいまだに高鳴り、バクンバクンと激しく脈動し続けていた。


 そんなはずはない、でも……。


 誠司郎はなんとか自分を落ち着かせようと試みる。だが、そのおこないは益々己を追い込むに過ぎなかった。


 香里……!


 誠司郎は確かに、テレビ画面に映る中里香里の姿を見た。死んだはずの彼女の姿をみてしまったのだ。


 既に運命の歯車は動き始めていた。それはやがて脱落し運命は再び狂いだす。

 誠司郎たちに降りかかる悪夢は、まだ真の終わりを見せていなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ