67食目 ホビーゴーレム対いもいも坊や
「ヘッドギアは装着したかい?」
「ふきゅん、できたんだぜ」
「こっちも準備できたぜ」
付属していたヘッドギアはノーマルタイプらしく、様々な機能をバランスよく搭載しているタイプであるらしい。ただし、一般的な性能しか持っていなく、ある程度ゴーレムマスターズに慣れてくると物足りなさを感じるようになるそうだ。
「ま、ヘッドギアまでこだわるようになる連中はホビーゴーレムガチ勢だから、今は気にしなくてもいいよ。それに、バトルはヘッドギアの性能だけじゃ勝てないからね」
「ふきゅん、そうなのか?」
「そうでなくちゃ困るぜ。金を掛けて強化したホビーゴーレムばかりが勝ったら、面白くもなんともない」
「いいこと言うね、ライオットの言葉がホビーゴーレムの全てさ。確かにお金を掛けたホビーゴーレムは強い。でも、逆に貧弱な装備でもゴーレムマスターとホビーゴーレムの確かな絆の力で勝利をもぎ取る事ができる。それが、ゴーレムマスターズなのさ。そして、そこに面白さがある」
プルルは「うんうん」と自分を諭すかのように俺たちに熱弁を振るった。そして、彼女の話は長すぎた。
ヘッドギアから話が先に進まない、という不具合に白目痙攣状態となるも、怒りのキュピキュピダンスによってこれを打開。ようやく話が進展することになった。
「ヘッドギアのインカム部分にあるスイッチを入れると、タッチパネルが手元に現れるよ」
「ふきゅん、本当だ。随分とハイテクだなぁ」
「ホビーゴーレムの技術は日々進化を遂げているからね。ホビーゴーレムの技術がゴーレム技術に転用される、なんて今では当たり前になってきてるよ」
「玩具、恐るべし、だな」
続けて、マイホビーゴーレムの登録となる。このヘッドギアには三体までのゴーレムが登録できるらしい。とはいっても俺はホビーゴーレムを一体しか所有するつもりはないので、ムセルの登録だけで終了となる。
登録方法は登録するホビーゴーレムに触れて、タッチパネルの登録ボタンをタッチするだけ、というお手軽なものだった。これなら、ライオットでも登録できるだろう。
「おおう、シシオウが光った」
「にゃ~ん」
「登録が完了した証だよ。タッチパネル画面に名前が表示されているはずだから、確認しておくれ」
「ふきゅん、ムセルの名前があったぞぉ」
タッチパネル画面には、ホビーゴーレムの詳細なデータが表示されていた。名前を自動的に登録できる理由は、ホビーゴーレム本体に名前を書き込んだからだという。納得のゆく理由であった。
「よし、これで準備はだいたい終わりだよ。それじゃあ、実際に動かしてみようか」
「ふきゅん、そうだな。せっかく、ヘッドギアがあることだし、動かしてみるか」
「いいね、いいねぇ。わくわくしてきたぜっ!」
そんなわけで、ホビーゴーレムを実際に操縦してみることになった。まずはプルルがお手本ということで、ホビーゴーレム・イシヅカを歩かせて見せた。
「操縦方法は【念波】とマニュアル方式があるけど、マニュアル方式はそれこそ相当な技術が必要になるから、ここは念波しか教えないよ」
「まぁ、素人にいきなり高度な技術は無理だもんな」
「そういうこと。それで、念波による操縦だけど、ヘッドギアに魔力を流してホビーゴーレムをどう動かしたいかをイメージするだけさ」
のっし、のっしと歩くイシヅカは俺たちの目までやってきて優雅にお辞儀をして見せた。
熟練者が操縦すると、本当に自分の意志で行動しているかのように見える。
「まぁ、こんなところだけど、見るよりは慣れろってね。たくさん操縦して、多くの時間をホビーゴーレムと過ごしていたら、自然と操縦は身に付くもんさ」
「そこら辺は武術に通じるもんがあるな。俺も頭で考えるよりかは行動した方がいい」
そんなわけで、俺たちも実際に動かしてみる。だが、これがなかなか難しい。
「ふきゅん!? うぉい! ムセル、そっちじゃねぇ!」
「ぬわぁぁぁぁぁっ! シシオウが草むらに突っ込んだ!」
「にゃ~ん!」
「いもぉ」
ムセルは俺のイメージとは真逆の方向に突っ込み、ツツオウは草むらにダイブ。お昼寝中のいもいも坊やを捕獲し、ドヤ顔を覗かせていた。
「うん、予想どおり散々だねぇ」
「意外に難しいぞぉ」
「全然、言う事を聞かないな」
「にゃ~ん」
俺はただ単に操縦のイメージが掴めないだけなのだが、ライオットは明らかにツツオウに命令を拒否されている感じがあった。恐らくは変形してしまったゴーレムコアが原因である、との結論に至る。ヘッドギア、意味ねぇな。
「まぁ、それでもオートで動けるし、主の声で命令すれば、言う事を聞く場合もあるよ」
「ツツオウに、言葉を理解できるだけの知能があるのかぁ?」
「……」
沈黙、そして、プルルはそっと視線を逸らした。ライオットは泣いていい。
それでも、彼はホビーゴーレムを手にすることができたのが嬉しいらしく、操縦訓練を放り投げてツツオウと追い駆けっこをし始めた。というか、ここで走り回るなバカタレ。
「ふきゅん、上手く行かないなぁ」
色々と試行錯誤を試みる。その時、ムセルの特殊な機能が作動し、地面を滑るように移動を開始し始めた。この行動には心当たりがある。
ムセルのモデルとなった【動く棺桶】には、ローラーダッシュという機能が搭載されており、路面を足の裏に設置されているタイヤで高速前進することが可能なのだ。
非常に走破性に優れた装備であるのだが、当然のごとく制御は難しい。そんな機能を素人丸出しの俺が作動させた日にはさぁ大変。
ガシャン。
「おわぁぁぁぁぁぁっ!? ムセルが事故った!」
なんということでしょうか、急発進したムセルは、哀れにもヒーラー協会の壁に衝突してしまったではありませんか。えらいこっちゃあ!
「衛生兵! 衛生兵……ちくしょう! 俺だっ!」
衛生兵に助けを求めるも衛生兵は自分自身であることに気が付き、絶望の咆哮を上げる。
そんな事よりもムセルだ。派手にぶつかってしまったが大丈夫であろうか。
「あちゃ~、派手にやっちゃったねぇ」
「ふきゅん、なんてこったい」
ムセルはアイアンゴーレムではあるが、装甲に厚みが無いので、案の定、身体がベコベコになってしまっていた。これには、ムセルも悲しげな表情を見せる。
「うわっ、大丈夫か、これ?」
「う~ん、装甲だけだと思うけど。直すとなると作業道具と、最悪パーツ全部を取り換える必要が出てくるかも」
「ふきゅん……ヒールが効かないかな?」
「生物以外に効果があるヒールは、今まで聞いたことが無いねぇ」
「物は試しだ……〈ヒール〉!」
俺はダメ元でムセルを対象に治癒魔法を発動。哀れな姿となったホビーゴーレムが優しい輝きに包まれる。本来ならば、プルルの言うとおり無機物であるムセルには効果が現れない。しかし、それは俺たちの予想に反して発現してしまったのだ。
「えっ? ちょっと、ムセルの装甲が復元していっていないかい?」
「うおっ、本当だ! エル、おまえの魔法はどうなってんだ!?」
「いや、マジでどうなってるんだろうな、これ」
自分でやっておきながら呆れ果てているのは内緒だ。だが、このみょうちくりんな治癒魔法によって、ムセルは元の姿を取り戻すことに成功。誕生初日からスクラップになるという事は回避できた。
「ふきゅん、でもまぁ、無事に直ってよかったんだぜ」
とムセルに歩み寄ろうとした矢先だった。急に膝に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちてしまったのである。何事であろうか。
「ちょっと! 食いしん坊、大丈夫かい!?」
「ど、どうしたんだ、エル!」
「うごごごご……急に力が入らなくなったんだぜ」
俺の惨状に慌てたプルルとライオットが駆け寄り、介抱してくれたことで俺は一息を吐くことができた。そして、過去にこのような状況に陥ったことを思い出す。
「これは……魔力枯渇現象か?」
「魔力の枯渇? おまえの魔力量でか?」
「食いしん坊の魔力が枯渇って……どれだけの魔力を一回のヒールで使ったんだい」
プルルの言うとおり、俺は一度しかヒールを行使していない。にもかかわらず魔力が枯渇してしまった。あり得ない話だ。
クラスメイト全員で戦ったあの時も、後半戦にようやく魔力が尽きてきたというのに、この短時間、しかも一回のヒールに殆どの魔力を持って行かれた、という事実に戦慄を禁じ得ない。
もし連続使用すれば、確実な死が待っているのだから。
「とにかく、食いしん坊はホビーゴーレムにヒールはだめだよ。理由は分からないけど、危険過ぎるからね」
「ふきゅん、分かった。ありがとな」
二人に立たせてもらい礼を言う。まだ少しふら付くものの、ベッドに横になって休むほどではない。桃先生を召喚し、魔力を補充する。
当然のように桃先生を要求してきたライオットの鼻に、そこら辺でドヤ顔を炸裂させているミントを詰め込んで差し上げた。効果は抜群である。
「ひでぇことしやがるなぁ……もぐもぐ」
「ライオットが露骨すぎるからだよ……しゃくしゃく」
「ライオットは反省するべき、そうするべき」
と魔力の補充繋がりで、ホビーゴーレムのエネルギー補充に付いての話になった。
彼らは日に一回、もしくは二回ほど、主の魔力を注いでやればいいとのこと。通常のゴーレムたちとは違い、莫大な魔力を補充しなくても済むため、子供の魔力量でも問題はないそうだ。つまり、ライオットのへぼい魔力でも大丈夫だということである。
尚、ホビーゴーレムは魔力が切れると、休眠モードに移行し機能を停止させるそうだ。
「へぇ、なら、シシオウにも俺の魔力を……」
「がつがつがつがつがつ」
「うわっ、シシオウが土を食ってる!?」
「ありゃ、土の魔力を吸収しているね。手間いらずな子じゃないか」
「うう、俺の魔力をあげたかったのに」
「にゃ~ん!」
なんともまぁ、すれ違いの猫親子だ。流石は猫というべきか、ツツオウはフリーダムであった。これにはプルルも苦笑いである。
「それじゃあ、この子たちをオートにして桃先生の芽を護らせてみようか」
「ふきゅん、そうだな。俺が操縦するよりも期待ができるし」
自分で言っておいてなんだが、凄く悲しくなったのは内緒である。
ムセルたちを桃先生の芽の傍に配置。ヘッドギアのインカムでホビーゴーレムに「桃先生の芽を護れ」と命令する。僅かにホビーゴーレムたちが輝き、自動で動き出すようになった。
「うん、いいね。これで、自動でホビーゴーレムたちは任務に当たるよ」
「ふきゅん、ムセル、デビュー戦だぞ。しっかりな」
「シシオウも、他の連中に負けるなよっ!」
「ふにゃ~ん」
しかし、ツツオウはこれに欠伸で返す、という大物ぶりを見せつけた。ライオットは泣いていい。
「それじゃあ、さっきツツオウが捕獲してきた芋虫の坊やを桃先生の芽に向かわせてみようじゃないか」
「ふっきゅんきゅんきゅん! というわけだぁ。いもいも坊やは、この鉄壁の布陣に諦め顔になって、ひっそりと草むらに帰る羽目になる。覚悟するがいい」
ツツオウから救出したいもいも坊やは、俺の肩の上で成り行きを見守っていたのだが、急に出番がやってきて困惑気味の表情を見せた。
しかし、桃先生の芽を確認すると猫をも驚かせるまっしぐらぶりを披露し、大いに俺たちを驚かせる。やるじゃない。
「ふきゅん! 速い! 通常の三倍の速度かっ!?」
「拙い、あいつ、芋虫界のエースだ!」
「というか、標準の速度が分からないよ」
そんな、【赤いなんちゃら】を彷彿させるいもいも坊やに対抗するのは、生まれたてのホビーゴーレム連合だ。
まずは一番身体が大きいイシヅカが、迫り来るいもいも坊やに仕掛けた。その大きな手での捕獲を試みたのである。
しかし、いもいも坊やは見事なフェイントを交えた走法でこれを回避、イシヅカはあっさりと突破を許してしまう。
「あちゃあ、やっぱり素早さが足りないねぇ」
プルルは、ある程度予想していたもよう。この失敗を今後の課題とすることを認めた。
イシヅカは突破されてしまったが、まだ二体の守護者が桃先生の芽を護る。
位置的に、今度はツツオウがいもいも坊やに対抗する番である。
「シシオウ、おまえの力を見せてやれ!」
実は密かにツツオウには期待していた。何故なら、先ほど彼はいもいも坊やを捕獲した、という実績を持っているからだ。
つまり、彼はいもいも坊やを上回る速度を持っている、という事に他ならない。
しかし、ツツオウはあまりにフリーダムであった。
「げぇぇぇぇぇぇっ!? ツツオウが丸くなって寝てやがる!」
「何やってんだ、シシオォォォォォォウっ!?」
やはり、猫は駄目だっ! もう頼れるのはムセルしかいない!
「ムセル、来るぞっ!」
ムセルは三連スコープをぐりぐり回し、いもいも坊やとの距離を測る。そして、ローラーダッシュにて、迫る芋虫に肉薄。鋼鉄の拳を繰り出す。玩具とはいえ、当たればひとたまりもないであろう。
しかし、いもいも坊やは臆することなく突撃。ムセルの拳が触れるか否かのギリギリの間合いにて回避。恐るべきは、その動体視力と度胸である。
「ふきゅん! あ、あれは……ダッキング!?」
「ダッキングって……拳闘士が用いる回避術じゃねぇか! 芋虫がやる事かよっ!」
「実際にやっているんだよねぇ。なんなんだい、あの子」
なんということだ! やはり、このいもいも坊やは、いもいも界のエースだったのだ!
そして、悲しい事に桃先生の若芽は芋虫によって蹂躙されてしまったではないか。
もきゅもきゅと葉を食べ進める芋虫。俺はそれを止める資格がない。代理たるホビーゴーレムが破れたからには、甘んじて敗北を受け入れるより他にないのだ。くやちぃ!
「護れなかった……桃先生の未来っ!」
「悔しいぜ!」
「う~ん、ちょっと計算が甘かったかもね」
俺たちは悲しみと屈辱とでわけの分からない状態に陥る。だが、その時のことだ。
葉っぱの無くなった桃先生の若芽が、燦々と輝き出したではないか。それは太陽を思わせる生命力に満ちた輝き。すると、次の瞬間、ぴょこんと葉が再生してしまったではないか。なんという生命力。
「ふきゅん!? 葉っぱが一瞬にして再生した?」
「あれ、これって……」
俺たちは顔を見合わせた。そして同時に言う。
「「「無駄骨だった?」」」
澄み渡る青い空を行く、一羽のカラスの「あほー」とのクソありがたいお言葉に俺たちは激怒。カラスに向かって怒りの罵声を浴びせる。真っ青な空は俺たちの負の感情を吸収し、尚も青くあったという。ふぁっきゅん。