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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十七章 決戦への備え
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669食目 孤独の女教師 居酒屋編

 今夜の俺はアダルトで行こうと思う。髪をアップにして赤い眼鏡を着用、スーツ姿に身をやつして女教師へと変装する。

 幼児形態に固執するのは、あくまで戦闘に関してのみだ。別に日常に置いては、そこまでパイパイを邪険には扱わない。まぁ、確かに走る時は邪魔になるが。


 何故、そのようなことを言うのかと言えば、幼女では居酒屋に入る事が叶わないからだ。


 やって来たのは、フィリミシアの露店街に、ひっそりと店を構える居酒屋【へべれけ】。

 ここには良い酒と料理があると噂を聞き、かねがね訪れたいと画策していたのである。


 しかも、現在の俺はフリー。千載一遇のチャンス。独り酒を堪能できる最初にして最後の機会を無下にはできない。よって、突入。


 ガラガラと引き戸を開ける、と独特の雰囲気が俺を出迎えた。店主のこだわり抜いたアンティークとも取れる品々は漁師が使っている船道具だ。

 店内も年季が入っており古くさく感じるが清潔感があって不快にはならない。


 寧ろ年季が、この店は当たり、であることを確信させ、出てくるであろう料理たちに期待を持たせる。早めの時間にやって来たのだが、店は常連と思わしき客で既に埋まっていた。


「ビールを」

「あいよ」


 今の俺は、教育に疲れた女教師、という設定だ。辛うじて空いていたカウンター席に腰を下ろし、ため息をひとつ。なるべく、憂いを秘めた感じで。


 ふきゅん、いいぞぉ。今のところ順調だぁ。


 というわけで、まずはビールと注文する。お通しは【厚切りベーコンの炙りマスタード和え】。


 なるほど、胃袋を刺激して食欲を増進させると共に、ベーコンの油で胃を保護しよう、という気遣いに心くすぐられる。


 あむっ、とベーコンを箸にて口に運ぶ。この店は豊富な食器具が用意されており、注文すれば箸だろうがナイフだろうが、ドリルだろうが用意してくれた。


 いや、ドリルはないだろう、ドリルは。


 キンキンに冷えたビールを喉に流し込む。美味い。

 店内は寒い外とは違い、暑いくらいだった。それが、冷えたビールの旨味を最大限に引き出す。上着を羽織っている客などほぼ皆無だ。

 しかし、今の俺は女教師。上着を脱ぐのはまだ早い。ここぞ、という時に脱いでこそのコスプレなのだ。


 メニュー表を手に取る。肉料理、魚料理、一品物、実に豊富なレパートリーだ。

 ならば、最初は揚げ物といこう。ビールには揚げ物、と決めているのだ。


 ド定番の鶏の唐揚げを注文。同時にビールを追加。唐揚げと同時に出してもらえるようにお願いする。

 最初のビールをじっくりと味わう。グイッと喉に流し込むのも好きだが、暫し口の中で転がして苦みを味わうのも好きだ。


「おまちどうさま」

「ありがとう」


 じゅ、じゅ、と鳴く鶏の唐揚げは、揚げたてである証拠だ。

 ふぅ、ふぅ、と軽く息を吹き掛けて、むしゃりと噛り付く。ここはお上品に行くべきだ。

 さもなければ、極上だが容赦のない肉汁に口内を焼き尽くされかねない。まだまだ食べるべき物は沢山あるし夜は長いのだ、がっつくべきではない。


 溢れんばかりの肉汁、噛めば噛むほどに滋味が滲み出る鶏肉。よほど愛情を込められて育て上げられた鶏を使用しているに違いなかった。美味い、命が身体に沁みる。

 添えられているのは自家製のマヨネーズ。七味唐辛子が山頂を赤く彩っていた。そこに唐揚げを、ちょんちょん、と付けて口に運ぶ。間違いのない味だ。


 すかさず、キンキンのビールを口に流し込む。この際は、ぬるいビールであってはならない。必ずキンキンが好ましい。

 この鋭さがなければ、唐揚げの油を流す際の快感を得ることは難しいだろう。


「はふぅ」


 自分でも驚くような、官能的なため息が漏れる。唐揚げだけでこれだ。この店の素晴らしさの奥が見えない。楽しませてくれるじゃないか。


 唐揚げの余韻を残しつつ、次なる料理を注文。気分的に清酒が飲みたい。よって注文は魚料理。お造りとする。


 料理を待つ間は、鶏の唐揚げをまったりと堪能する。少し冷えた唐揚げもまた美味しい。冷めることによって別の顔をだしてくるからだ。

 やはり、少しぬるくなったビールを合わせる。苦みが鮮明になった事によって、唐揚げのねっとりとした油の甘みが引き立つ。


「おまち」


 お造りが来た。合わせるのは冷の吟醸酒。この世界に醸造用アルコールなる物は存在しない。したがって、全てが混じりっけ無しの清酒となる。

 侘びた徳利に入れられてやって来た清酒を、味のある造形のお猪口へ注ぐ。手酌酒、だがそれが良い。


 まずは清酒を一口。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐり抜けていった。ピリリとした刺激が舌を研ぎ澄まさせる。

 辛口、後味爽やか。だが、しっかりと旨味を主張する抜け目の無さに、この酒の地力を思い知らされる。


 ならば、と刺身を口に運ぶ。小さな木製の船に盛られた刺身は三種類。赤い色が喜ばしいマグロ。白く艶やかなる身はヒラメ。コリコリとした食感が病みつきになる赤貝。

 そして、高級品であるワサビも添えられている。やはり、この店はただものではない。


 最初はマグロだ。刺身のひと口目は、これに尽きる。鮮度は程よい、噛むと旨味が滲み出る。

 それに清酒を合わせると、魚が持つ独特のにおいを包み込んで調和。更なる新境地へと俺を誘う。


 こうなると、もう止まらない。次々に箸が刺身に伸びる。ヒラメを口に含みじっくりと味わう。

 じんわり、とヒラメの脂が口に広がり、知らず知らずのうちに口角が上がってゆく。そこへ清酒を流し込む、ともう極楽だ。


 はふぅ、と幸せの吐息を吐きだす。興奮で高揚し、頬が赤く染まっているが、酔ってはいない。

 赤貝に手が伸びる。コリコリとした食感が楽しい。大迫力の潮の香りが口内に留まりきらずに鼻腔を通り抜ける。居酒屋にいながら、俺は大海原を感じ取った。

 そこに、大地の滴たる清酒を流し込む。陸と海のコラボに口内は幸福の産声を上げた。堪らない。


 もちろんのことだが、これで済ませるつもりはない。次なる美味を求めて注文をする。

 どれもこれも、店主のこだわりが垣間見える傑作料理ばかりだ。


 次の料理を待っている間に摘まむ【イカの塩辛】を注文。これがまた清酒に合う。

 お造りで飲みきれなかった清酒を、こいつで堪能しきろうというのだ。


 ねっとりと舌に絡み付く潮の味。続いてイカの身の甘みが追撃してくる。この複雑玄妙な味わいは、イカの肝も漬け込んでいるのだろう。

 僅かに感じる肝の苦みが、イカの塩辛の魅力を完全に引き出している。


 そこに清酒だ。魚介類を最大限に堪能するなら清酒以外はありえない。この懐の深さは、他の酒では再現できないであろう。

 それに肉薄するのは焼酎であるが、やはりほんの僅かに届かない。


 イカの塩辛を堪能しつつ、一品料理から【モツ煮込み】をチョイス。ビールも合うし清酒も合う。だが、ここは焼酎の出番であろう。特に芋、芋焼酎を合わせたい。

 癖のあるものに癖の強いものをぶつける。すると不思議な相乗効果を生み出すのだ。


「モツの煮込みと芋焼酎です」


 イカの塩辛と清酒をやっつけたタイミングで真打の登場だ。小さないぶし銀の土鍋に入れられて、モツの煮込みがくつくつと鳴いている。

 具材はブッチョラビのホルモン、ニンジン、ゴボウ、長ネギ、大根だ。味付けは味噌。


 それと合わせて、やって来た芋焼酎はストレートでの注文だ。こいつは水やロックでもいいが、俺はストレートで飲むのを愛して止まない。ガツン、とくる香りが癖になっているのだ。


「ほっほ……はふふ」


 ブッチョラビのホルモンは、味噌で煮込むことによって臭みが消えうせ、極上の柔らかさと弾力を残して喉へと進入。胃袋へと到達し存在感をアピールする。


 なんとも濃厚な味噌の味、ホルモンの味。だが、強烈な風味をこれでもかと押し付けてくる。ここはビールか清酒で洗い流したいところだが待ってほしい。

 目には目を歯には歯を、ということわざどおり、芋焼酎をぶつけてやろうではないか。


 やはり、味わいのある容器に入れられて、その時を静かに待っていた芋焼酎を口の中身含む。

 爆発的な芋の香りが口内の味噌ホルモンの余韻と激突。圧倒的な優勢でもって、それらを包み込み、共に新たなる新宇宙へと旅立っていった。


 要するに……美味い。


 ここで、ようやく上着を脱ぐ。ガタッ、という音がしたが気にしてはいけない。いいね?


 はふはふ、と口の中に空気を取り入れながらニンジンを頬張る。あまぁく素朴な滋味が口いっぱいに広がる。それを味噌が受け止めて更に幸福を口の中に広げた。堪らない。

 やはり、芋焼酎をぐびりとやる。大地の物に大地の酒が合わないはずもなく、加速度的に酒が進む。


 お次はゴボウだ。これまた大地の香りが半端ではない。噛みしめると、大地が口の中に直接入り込んできたか、という錯覚を覚えた。出来の良いゴボウならではだ。

 あぁ、これにも芋焼酎が恐ろしく合うんじゃあ。


 忘れてはならない長ネギ。こいつは薬味でもなんでもない、立派な主役の一人だ。

 鍋で煮込めば辛さなど微塵もない。ねっとりとした甘みで俺を蕩かせてくれる。思わず頬を押さえて「はぁん」と吐息を漏らす。甘い、甘すぎる。


 大根、この鍋の真の支配者。その身に鍋の旨味を吸収し、誰がこの鍋の王であるかを知らしめる。

 圧倒的な旨味は、主役たるブッチョラビのホルモンを戦慄させる事であろう。煮込めば煮込むほどに大根の戦闘能力は向上し続け、最後には俺の戦闘能力計測器を完膚なきまでに破壊せしめるのだ。


 ボムッ、と計測器が壊れたところで、芋焼酎をぐびり。ぷはぁ、と余韻に浸る。


 感動による感動を心に刻み込んだが、何事にも限度というものがある。俺がその気になれば、一晩でこの店の全てのメニューを喰らい尽くすことも可能だ。だが、それは無粋というもの。

 このモツ煮込みを選んだのも、それが理由だ。こいつには締めのメニューが存在する。


「店主、締めを」

「あいよ」


 渋い声にて差し出された物は、安心と信頼のうどん……ではなく【きしめん】だ。平たいボディが特徴的な紳士的な麺である。

 その平たいボディは味付けの濃い味噌を適度に流し、丁度良い塩梅へとしてくれるのだ。これを紳士的と言わずしてなんと言おうか。


「ちゅるる……」


 流石の俺も、ぞぼぼっ、とは行けない。味噌が飛び散ってはブラウスに致命的な一撃を被ってしまうからだ。ここは女教師という設定通り、静かに上品に啜る。

 やはり間違いのない味。紳士的な労わりの末に生み出される味に、思わず身体が火照ってしまう。


 くそっ、俺もやはり、女なのだな。身体が熱いぜ。


 思わず「きしめんさん」と呟いてしまいそうになった。俺は彼に恋してしまったのかもしれない。

 しかし、それは報われない恋。何故なら、彼は既に俺の胃の中だからだ。悲しいなぁ。


「ごちそうさま。お勘定を」

「まいどあり」


 これだけ食べて飲んで、小金貨三枚と大銀貨一枚、即ち三千五百円也、安い。これはリピーターが付くわけだ。

 いぶし銀の店主に、また来ることを約束し、俺は涼しい風に火照った身体を預けて帰路へ就く。いい気分だ、これで酔えたなら尚よかったものを。

 こうして、さすらいの女教師エルティナは、気分よく自宅へと帰り着いたのであった。


 ちなみに、俺の女教師姿を見て興奮したヤッシュパパンが、ディアナママンにボコられたのは内緒だ。

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