667食目 芋
昨日は思わぬ収穫があった。そんな俺はハイエルフ形態を維持しつつ、日常生活を送ることを試みる。
実家の自室のベッドから、うひゃっほい、と飛び降りた俺は、早速ハイエルフへと変じる。
視界が低くなるも、すこぶる身体が軽く感じる。やはり、俺はこっちが良いな。
ドアを開けて、とてとてとリビングへ向かう。そこには既に家族の姿が。
少しばかり、お寝坊さんをしてしまったようだ。
既に朝食を終えて優雅にティータイムと洒落込んでいたディアナママンは、俺を発見するなり目を輝かせ始めた。
「いや~ん、エルティナが可愛すぎるぅ!」
「写真! 写真だ! 急げっ!」
そして、一日ハイエルフ計画は、早くも頓挫。エティル家は今日も平常運転であった。ふきゅん。
再び着せ替え人形の悪夢が相見えたので、珍獣形態へと速やかに移行し脱出を試みる。
それは成功。黄金の饅頭たる俺は、ぽよんぽよん、と飛び跳ねながらエティル家をあとにした。
足で駆けるより、身体を使って飛び跳ねた方が早い、ってそれ一番言われてっから。
安全を確認し再びハイエルフ形態へと至る。今後の目標は十歳程度の肉体の形成である。年齢的に、十歳程度がバランスが良い、と判断したためだ。
パイパイもほとんどなく、手足もそれなりに長く、そして機敏に動ける。それ以降は余計な部分が増量してしまって、戦闘の際のデッドウェイトになってしまうだろう。
しかし、この珍獣、いまだかつて十歳児の肉体を経験しておらぬ。五歳児の肉体から八歳児に成長し、いきなり成人の肉体と相成った。わけが分からないよ。
そんな事もあり、十歳児の肉体に憧れを持っているのである。憧れること自体、これが分からない。
取り敢えずはハイエルフ形態を維持し、どれだけの時間を維持できるかを検証する。
目的地は定めない。適当に散策する。朝のフィリミシアは空気が澄んでいて爽やかである。季節が秋となった事で尚更に爽やかなった。
朝食を食べていないので露店街にてモーニングを決める。
チョイスした物は肉蕎麦。最近はラングステン王国とイズルヒとで交易が盛んなようで、向こう側の食品がこちらに入ってきて、更に食事事情は豊かになりつつあった。とても喜ばしいことである。
そして、呼んでもいないのに飛び出てきたザインちゃんと共に、肉蕎麦を「ぞぼぼっ」と啜る。
やはり、俺だけが「ぞぬぅぅぅぅぅぅだぁぁぁぁぁっ」と啜ってるのだか、唸っているのか分からない音が飛び出てくる。どうなっているのか分からない。
きっと、世界七不思議の一つに違いないと判断。そっとしておくことにした。
「そうだ、芋焼こう、芋」
「突然、何事でござるか」
そう、今の俺には芋が不足していたのだ。さっそく目的地が決定。リンダのお父ちゃんに芋を集りに行く。この珍獣、仲間内だとしても容赦はせぬ。
蕎麦を食って満足したザインちゃんは、ちゃっかり魂の中へと帰還。ぐ~すかぴ~、とおねむタイムと洒落込んだ。
それでいいのか……おまえ。
最近、扱いが雑になってきていることに不安を覚えつつ、フィリミシア郊外の畑へとやって来た。
せっせと畑仕事をしている農家の人々。お目当ての畑に到着し、俺は脅迫をおこなう。
「ふっきゅんきゅんきゅん……芋を寄越せっ! 俺は本気だぞっ!」
「おや、めんこい。芋なら畑にあるから好きなだけ持って行きなさい」
「わぁい」
俺はリンダのお父ちゃんにお礼を言って畑へと向かう。その途中に哀れな姿となった、アースドラゴンの亡骸があった。
おまえ、調子ぶっこき過ぎた結果だよ?
フィリミシアの最強軍団に喧嘩を売った者の末路に戦慄しつつ、俺は畑で芋生を謳歌するサツマイモに野生の戦いを仕掛ける。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
しかし、サツマイモ、動じず! 引こうが押そうがビクともしない!
だが、この珍獣、ここまで来て引き下がる事などない!
速やかに成人形態へと移行、ケツの重みを利用してサツマイモを引き抜く。
流石のヤツも、俺のケツの重さにビックリたまげて、ぬぽりっしゅ、と土の中から「こんにちは」したのであった。やったぜ。
しかし、やはり筋力的には成人には敵わない、と痛感。動き易さを選ぶか、ぱぅあ~を選ぶか悩ましいところだ。
といっても白エルフの筋力など、へなちょこレベルであり、戦闘ではまったく役に立たない事を思い出し、白目痙攣状態へと速やかに移行した。鳴けるぜ、ふきゅん。
再び、ハイエルフ形態に移行。サツマイモの重みが頼もしい。五本ほど収穫し、リンダのお父ちゃんに見せる。彼はにっこり、と微笑んだ。
そんな俺達の元にリンダとユウユウ閣下が訪れた。どうやら、二人とも畑仕事を手伝うらしい。
頭に頭巾、もんぺ姿のユウユウ閣下が、妙に様になっているのは気のせいであろうか。
「あ、エルちゃんだ! あはは、ちっちゃ~い!」
「あら、エルティナ。あなたも畑仕事を手伝いに?」
「ふきゅん、芋を奪いに来たんだぜ」
リンダに抱きかかえられた俺は、収穫したばかりのサツマイモを彼女達に見せた。
「今の俺には芋が足りなかったんだ。この芋は、俺の未来を切り開いてくれる」
「サツマイモが勝利の鍵になってる!?」
リンダが俺の発言を真に受けているが、芋が俺の未来を切り開く、という事は当然ない。
それを理解している、リンダのお父ちゃんとユウユウ閣下は、くすりと微笑んだ。
彼女らが合流したことで、一大芋掘りパーティーと相成った。事に当たり、俺はミリタナス神聖国で暇を持て余している、もぐもぐどもを召喚。こき使って差し上げる。
「もぐ~!」「もぐもぐっ!」「もっもっも!」
流石は土のスタイリストたちだ、もりもりとサツマイモを掘り出してゆく。その華麗な仕事っぷりに、フィリミシアの農家の方々も思わず唸った。
もちろん、収穫が終われば【芋祭り】開催だ。収穫作業には向かない俺は、せっせと枯葉を集めて祭りの準備を整える。
こんな時にプルルがいてくれれば、彼女の桃力で一瞬にして枯葉を集める事ができるというのに。
まぁ、そんなしょうもない事に桃力を使うな、とお説教される未来が見えるのだが。
あれ? 俺って、彼女の先輩だったよな……? 解せぬ、ふきゅん。
「ふきゅおん」
「よぉし、いいぞぉ」
『いももっ!』
俺一人では時間が掛かるので闇の枝をこき使う。操り手は、いもいも坊やだ。
芋虫には厳しい季節なので、神気を使って、いもいも坊やに白い帽子と赤いマフラーを贈呈。エレガントな芋虫と変貌を果たす。おっしゃれ~。
いもいも坊やも、ようやく闇の枝の制御が上達してきた。この分なら、闇の枝と完全に同調する日も、そう遠くはないだろう。
初代様、ヤドカリ君、グレオノーム様、とんぺーは完全に枝を支配下に置いている。
チゲと、ザインが微妙な位置にいた。枝と言うよりはご本人様だからだ。
それならば支配下に置いているのでは、と思われるが実はそうではない。この二人はイレギュラー固体なのだ。
特にザイン。彼は……もとい彼女は色々と複雑だ。だいたい俺のせいであるのだが。
チゲは仮初めの命であるホビーゴーレムから枝へと至った。これも異端である。
つまり、彼らはバグを抱えている状態なのだ。いつ何が起こっても、おかしくはないのである。早急にバグを取り除くことが望ましいが、こればかりはそうもいかない。
時間経過による成長によって、バグを抑え込む、ないし取り除くしかないのだ。
「というわけだ」
「状況がよく分かりませぬ、御屋形様」
ザインちゃんを呼び出し枯葉を集めさせる。ぷりぷりのおケツを突き出しながら枯葉を回収する彼女はやはり、元男とは思えない魅力があった。
というわけで、なでなでしてやる。さわわ、さわわ。
「ひゃん!?」
「ふきゅん!? 悲鳴が可愛らし過ぎるんじゃないですかねぇ?」
「御屋形様、急に触られると驚きまする」
ザインは、もう女の子のままでいいんじゃないかな。枝になったら性別関係ないし。
突然、ぶるりと身体を震わせるザインちゃんに暗黒微笑を送りつつ、収穫が終わったサツマイモの上に枯葉を載せてゆく。
点火係はチゲだ。炎の右腕の人差し指でちょん、と枯葉の山を突いてやれば、あっという間に着火できる。
便利っ! そして、お利口さんっ!
「ふっきゅんきゅんきゅん……燃えろ燃えろ~!」
これから毎日、芋を焼こうぜ! そりゃあいい!
脳内妄想で悪人を演じる俺。誰がこんな基地外妄想を! だが、それも俺だ。
焚き火と化した枯葉の山で暖を取りながら談笑。駄洒落じゃないからな? 本当だぞ。
内容は鬼達の動向だ。マジェクト、エリスの離反をリンダとユウユウに伝える。
彼女達は「ふぅん」と興味なさそうな反応を示した。ま、当然だろう。
「でも、だ。あいつらが離反したら、約一名、動くヤツがいると思わないか?」
俺の問い掛けに、ユウユウは人差し指の第二関節を下唇に押し当てて、思い当たる節を浮かべた後に答えた。
「……虎熊かしら? 確かに、あいつなら面白い方に付くかもしれないわね」
「え? でも、総大将に盾突くことになるんだよ?」
「リンダ、関係ないわ。全ての鬼が、歪みの大本である女神マイアスから生まれたとしても、必ずしも全てが従うわけではないもの。私達のようにね」
「あっ、それもそうか」
ユウユウの獰猛な頬笑みを目の当たりにして、リンダはぽん、と手を合わせて満面の笑みを返す。やっぱり彼女達は……鬼なんやなって。
「そうなる、と面白くなってくるわね」
「でも、結局は全部ぶっ潰すんでしょ?」
「クスクス……当然よ」
「えへへ、楽しみだねぇ」
あかん、ガールズトークがどんどん黒に染まってゆく。話題を別の物へとしよう。
どうやら、リンダのお父ちゃんも、それを考えていたらしく、彼も話題を逸らそうと試みた。
「いやぁ、最近はめっきりアースドラゴンも弱くなってしまってなぁ」
それは違う、あんたらが更に強くなってるだけだから。アースドラゴンも、そろそろ気が付け。手を出したら、あかん連中に手を出していることに。
……し、しまったぁ! 畑を襲った連中が皆殺しにされていたら、伝えるヤツがいねぇじゃねぇか! じ~ざす!
俺はここに至り、アースドラゴンどもが無謀な戦いを繰り返していた理由を発見してしまったのだ。
「クスクス……トカゲ共も懲りないわねぇ。まぁ、お肉になってくれるなら、ありがたいわ」
「ふきゅん、そういう考え方もできるか。折角だから、アースドラゴンの肉も焼いとくか」
「あ、それいいね! エルちゃんがいるから、毒抜きも簡単だしね!」
「まぁな。んじゃ、焚き火の熱を利用して焼肉祭り開催だぁ」
「「「「わぁい!」」」」
アースドラゴンの肉には毒が含まれているので、まずは毒抜きをおこなわなくてはならない。手間暇がかかるため、アースドラゴンの肉は希少な割にはかなり安く売りに出されている。
その前に、そんな希少な肉がホイホイと手に入るフィリミシアって……。
毒の抜き方は、肉の切り身を水に浸す。すると水が紫色に染まるので、それを捨てて水が紫色に染まらなくなるまで何度も繰り返す。
その後は重曹を塗して三時間置いて、肉を水洗いして蜂蜜をまんべんなく塗る。その後は二時間ほど肉を冷所に寝かせる。そして、ようやく食べれるようになるのだ。
確かに、これだけ手間を掛けたアースドラゴンのステーキは格別だ。だが、手間が掛かり過ぎて店で食べると、べらぼうな金額を要求される。
俺はこの手間を一瞬で解決する術を持っているのだ。何を隠そう、治癒魔法〈クリアランス〉である。こいつで肉の毒素が一瞬で消滅する。治癒魔法万歳である。
「ほれほれ、焼け焼け~」
「この状態なら、殆ど生でも食べられるよ」
「あら、素敵ね」
二人の会話自体は、きゃっきゃ、うふふ、であるが食事風景は肉食獣のそれだ。俺達は慄きながら、じっくりとお肉を焼く。
しかし、俺の本命はお肉に非ず。この下で誕生の時を待つ焼き芋なのだ。そして、その時は来た。
「あちち。ほっくほく、なんだぜ」
「おいしゅうござるよ」
出来上がった焼き芋を頬張る少女たち。もちろん、闇の枝や、もぐもぐたちも、焼き芋をゲットしている。
ほろほろと口の中で解ける黄金の身。それはねっとりと蕩けて極上の甘みを生み出す。だが、決して、しつこくない甘み。同時に、しつこく舌に甘い幸せを与えてきた。
矛盾する二つを同時に与えてくる曲者に、俺達は舌鼓する。このサツマイモの出来の良さがあって、初めて堪能できる快感に、俺達はリンダのお父ちゃんに感謝の意を送った。
「俺は、こいつにハチミツを塗し軽く鉄板で焼くぜぇ」
「エルちゃんが、また何かやり始めた」
焼き上がった焼き芋をひと口大に切り、はちみつを塗す。それを鉄板の上で軽く焼き目を付けて取り出し黒ゴマをパラリと振りかける。
すると、皆さんお馴染みの大学芋もどきの完成だ。芋とハチミツが奏でる二重の甘みと黒ゴマの芳ばしさをご堪能あれ。
「いやぁ、この甘みは疲れた体に実に良い」
大学芋もどきは、リンダのお父ちゃんに喜ばれた。作り方も簡単なので奥さんに教えて作ってもらう、とのことだ。喜んでもらえて何よりである。
「お次は自家製のマヨネーズを付けて食べる」
「えっ、焼き芋にマヨネーズ? 味が壊れない?」
「まぁ、試してみてくれ。意外にいける」
マヨネーズは万能調味料、ってそれ一番言われてっから!
芋の甘みがマヨネーズによって引き出され、柄も言えぬ複雑な味へと昇華される。マヨネーズを多く付ければ、なんとご飯のおかずに早変わりだ。
焼き芋のパサパサ感が苦手、と言う方も、是非一度お試しあれ。
「んじゃ、最後はデザートな」
「あら、焼き芋の輪切りの上にアイスクリーム? アイスクリームがトロトロに溶けて美味しそうね」
「拙者はチョコレート味で」
「あっ、私はストロベリーっ!」
「ふっきゅんきゅんきゅん……もちろん用意しているんだぜ」
これも簡単。輪切りにした、ほかほかの焼き芋を皿の上に載せて、アイスクリームを載るだけだ。
焚き火で温まりながらの冷たいデザートも、中々にオツなものである。
尚、俺はバナナ味をチョイスした。もぐもぐたちは、まさかのマロン味。
なるほど、秋尽くしというわけか……やるなっ。
「ふきゅん、堪能したんだぜ」
「もぐ~」
リンダのお父ちゃんにお礼を言って、俺はもぐもぐたちを率いてミリタナス神聖国へと帰還する。お土産にサツマイモをどっさりと貰ったから、ミレニア様たちに振る舞おう、というのだ。
もぐもぐたちも大満足だった様子で、今回の作戦は大成功と言えよう。
肝心のハイエルフ形態もいまだに解除されていない。やはり、マジェクトとの一件で大きく成長できたのであろう。
更なる強化を目指し、俺は一路、ミリタナス神聖国へと転移する。さぁ、第二次焼き芋大戦の始まりだ。
俺の不気味な笑い声は、秋のミリタナス神聖国に響き渡ったのだった。