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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十七章 決戦への備え
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666食目 意志の力 ~マジェクトの挑戦~

 俺はスキップをしながら、フィリミシア郊外へとやって来た。ブルンブルンと飛び跳ねるパイパイが鬱陶しいこの頃。

 周りは冬へ向けて準備を始めている自然でいっぱいだった。そんな中、俺は開けた場所を求めて、てくてくと歩く。パイパイが暴れるので仕方なく自重したのである。


「ここら辺でいいかな」


 手ごろな空間を発見、ここを珍獣ブートキャンプの地とする。

 さて、俺がおこなうべきことは【ハイエルフ】の維持時間を伸ばすことだ。そのためには、とにもかくにも【神気】を増やすことが肝要である。


 神気は【魂の力】、そして【意志の力】でもある。肉体を鍛えてもどうにもならず、魔力を鍛えても意味はない。

 心を鍛える、なんて言葉があるが、心を鍛えたところでやはりどうもならない。


 意志の力、とは心ではなく魂から来るものなのだ。即ち、意志とは魂であり、魂とは意志である。

 意志は魂を形作り、魂は意志を内包する。意志を内包した魂は肉体に宿り【色】を持つ。


【色】とは個性だ。人であったり、動物であったり、血の流れない機械だったりする。

 まるで意志を持っているかのようだ、という言葉の理由はこれだ。意志は存在するもの全てに宿っている。


 この何の変哲もない石ころにだって意志が宿っている。常人にはそれが理解できないだけだ。そして、この場合、理解とは頭ではなく魂でおこなうことである。


 肉体を頼ってはいけない、己の核で感じ取る。何を言っているのか分からないよ状態だが、神気を鍛える、とはそういう事なのだ。

 人が理解しえない現象を理解し鍛える。俺はいままで、無意識的に神気を発動させてきた。それは、たまたま神気の特性に救われていたに過ぎない。


 神気特性【無】ありとあらゆる可能性を秘めし特性。無であるにもかかわらず、可能性なのだ。

 無意識的に特性を発動、無限の力を俺に与え、無限に広がる未来を掴み取らせる。その可能性も無限大。


 あまりに強力過ぎるがゆえに、何重にも渡って封印処理されてきた、俺の本当の力。

 それは俺が桃使いとして覚醒し、桃力の特性【食】によって、少しずつ封印は食べられていった。

 度重なる真・身魂融合。進化が加速する桃力。解放される全てを喰らう者。進化を促す宿敵たちの存在。


 かつて、俺はその力を奪われた。だからこそ、内なる神気は真なる目覚めに至った。


 俺はハイエルフへと至る。プラチナの髪を持つ幼女へと変貌。瞬間、自然たちが委縮し見る見るうちに大地へと還ろうとする。俺が力を制御できていない証拠だ。


 まずは力を抑え込む、無駄に溢れ出す力を制御することによって、流れ出す神気を最小限にとどめ、ハイエルフ状態の延長を試みる。

 感じるべきは五感ではない、第六感でもなく、第七感でもない。七感は限りなく近いが正解ではないのだ。


 輪廻の輪、それを感じ取る。全ての始まりにして終わる場所、答えはそこにある。

 即ち、始まりの竜カーンテヒルを感じ取る事が、神気の制御、そして増大させることに繋がる。


「……」


 それは瞑想に近かった。気が付けば、俺の足は大地から離れ、数十センチメートルほど浮かび上がっている。身体全身が発光、神気に包まれていることが理解できた。その状態を維持する。


 神気を鍛える、とはこういうことなのだ。桃師匠が言っていた、己にしか神気を鍛えることはできない、は正しかったのである。

 再び目を閉じて、宇宙を超えた先にある輪廻の輪を感じ取る。無限にも感じる時間が俺を解き放ち始めた頃、声が聞こえた。


「それが、おまえの本当の力か?」


 閉じていた眼を開ける、とそこには鬼がいた。紫色の髪をリーゼントで整える男。黒いコートを身に纏った長躯の男だ。

 その身体に刻まれた多くの傷は、壮絶な戦い、あるいは死線をくぐり抜けてきた証であろう。


「……マジェクト」

「凄まじい力だな。俺では、もう逆立ちしても勝てまい」


 マジェクトは俺が知る、かつての小男ではなくなっていた。その瞳に強い意志を宿す男として、再び俺の前に現れたのである。


「なんのようだ、アランの敵討ちか?」

「その名を憶えていてくれたのか」

「忘れるわけがない」

「……そうか」


 そう言って、マジェクトは背を向ける。その背にはある種の決意が籠っていた。


「俺は……本当に倒すべき相手を見つけた」

「マジェクト、おまえは……」

「俺は鬼として、全てを見届ける。俺の意味を、おまえの意味を、兄貴の生きた意味を見届ける、だからっ!」


 マジェクトが振り向いた。その顔に決意が漲る。


「俺と……もう一度、戦え! 桃使いエルティナ!」


 当然、俺はそれを了承。マジェクトと対峙する。戦いは一方的だった。


 血反吐を撒き散らして転がるマジェクト。だが、何度でも立ち上がる。その度に俺は容赦のない一撃を喰らわす。桃力はなしだ。


 震える足、肩で息をする、血に塗れていない個所を探すのは難しい。それに対して俺は無傷、返り血すら浴びていない。

 俺は全てを喰らう者を制御し、マジェクトを喰らわぬように攻撃をおこなっていた。

 七本の枝がボロボロになった鬼を見下ろす。もう諦めろ、と暗に告げていた。


 それでも、マジェクトは立ち上がる。彼にとって正真正銘、これが俺との最後の戦いになる、と悟っていたからだろう。


 土の枝の根がマジェクトの鳩尾に突き刺さる。しかし、マジェクト、倒れず。震える足で前へと進む。

 風の枝が突風を放つ、マジェクトは無様にふっ飛ばされた。また、立ち上がる。

 よろよろと、じりじりと、彼は愚直に俺に向かってきた。もう攻撃する力もないだろう。


 それでも、その目に強い意志を宿し、前に進むのは俺に勝ちたいが為ではない。マジェクトの目に俺の姿は映っていないだろう。

 恐らくは自分自身、過去の亡霊。弱かった自分との決別に終止符を打つべく、マジェクトは愚直に前進を続ける。


 炎の枝の拳が、水の枝のハサミが、マジェクトを滅多打ちにする。整っていたリーゼントはその形を失い、彼の顔は無残に腫れ上がる。

 だが倒れない、震える足で一歩を踏み出す。雷の枝が電撃を浴びせた。容赦のない一撃。


 口から黒い煙を吐きだす。痙攣する肉体、尚も一歩が出る。


『天晴にて候』


 ザインをも唸らすマジェクトの根性。いや、これは最早、根性とは言えない。

 彼の意志が動かないはずの身体を動かしている。そう、意志の力だ。


 光の枝は、その意志を喰らうのに特化した存在。彼女が意志を奪い始めた。


「……」


 しかし、マジェクトは尚も一歩を踏む。この意志はただ事ではない。ましてや、覚悟というもので、どうにかできるものではない。


「フキュオォォォォォォォォォォォォンッ!」


 闇の枝が咆えた。メキメキと口から鋭利な牙が生えた本気仕様だ。俺は許可などしていない、闇の枝の判断だろう。


「俺は……!」


 マジェクトの眼光は鋭さを増す。その目を見て闇の枝が一瞬たじろいだ。


 結局、闇の枝は何もできなかった。マジェクトの威圧によって行動を封じられてしまったのだ。


「エル……ティ……ナ……!」


 マジェクトは遂に俺の下まで辿り着く。そして、姿勢を正し胸を張った。彼の表情に、かつての情けなさは一片もない。

 強き意志を持って、弱かった自分と決別した漢の姿があった。


「見事……なんだぜ」


 マジェクトは仰向けで倒れ、大の字となった。限界を超えたなんてものじゃない。こいつは、それすらも越えて、ここにまで辿り着いたのだ。


 手加減していたとはいえ、枝たちの一撃は容易に岩を粉砕し、鉄を突きたての餅のように変形させる。その攻撃を何度も身に受けて立ち上がってきたのだ。


「ほんと、不思議なヤツだな」


 俺は倒れたマジェクトに〈ヒール〉を施し、この場を後にした。

 きっと、マジェクトは倒すべき相手を見定め、俺との【けじめ】を付けに来たのだろう。


 その名は女神マイアス。鬼達の総大将にして、アラン、エリス、マジェクトの人生を狂わせた張本人。


 戦力を集めていた、というのはマジェクトとエリスであろう。恐らくは女神マイアスに反乱を起こすつもりだと思う。

 俺はそれを止めるつもりもないし、止める資格もない。成り行きに身を任せるだけだ。


 しかし、雑魚だと思っていたヤツに、こんな気概があるとは。

 アランの死が、マジェクトを猫から獅子へと変えたのだろう。恐るべき変貌であった。


 そして、思わぬ副産物。俺は長時間ハイエルフを維持していたことに気が付いた。

 マジェクトと戦うことによって彼の意志を感じ取り、知らぬ内に鍛え上げられていたのだろう。


 意志と意志のぶつかり合い……なるほど、この方法が最も神気を高めるのか。


 一つの戦いに決着が付いた。切っ掛けは怒りと憎悪とに彩られた復讐劇。

 それは戦いを通して濾過されてゆき、純然なる意志と意志のぶつけ合いとなった。

 そこには、陰も陽もなく、いかなる不純物も含まれない。だからこそ、決着が付いた今、こんなにも心が晴れ晴れとしている。


「シグルド……待っているぞ」


 俺はいまだ眠りに就いている強敵ともの名を呟き、フィリミシアへと帰っていった。

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