665食目 持て余す時間
いやぁ、昨日は酷い目に遭った。まさかの、ディアナママンが襲撃をしてくるとは。流石の俺も見抜けなんだ。
這う這うの体でエレガントチルドレンから脱出した俺であったが、うっかり実家に帰ってしまって、更なる悲劇に見舞われた。これもうわっかんねぇな?
「うー、うー、すること、すること……」
時間が余っている、わけでもないが、やっぱりすることが無い俺は、することを求めてゾンビのようにフィリミシアの町を「うー、うー」言いながら歩いた。
すると、いつの間にか露店街にいる、という有様。幼少期からのルーティーンは体が覚えており、それを止めることはできないという事だろう。納得。
丁度、昼時なので手あたり次第に食ってゆくことにする。ここで食事をするのも久しぶりだ。
「おっちゃん、ハンバーガーおくれ」
「あいよぉ! 食いしん坊も久しぶりだね! 一個おまけしとくよ!」
「ありがとなんだぜ」
まずは特大のハンバーガーだ。肉厚のハンバーグに、ほろほろと口の中で解けるパテが魅力的の一品である。お味も大変によろしい。
子供の頃は大き過ぎて完食できなかった特大ハンバーガーも、今では十個ぺろりだ。
確か、エレノアさんと二人でやっと食べきれたっけ……懐かしいなぁ。
「とんこつラーメン、くださいな」
「あいよっ!」
とんこつラーメンも五杯余裕。替え玉に至っては三十玉なんて朝飯前だ。
実際は無限に食べれるが、それでは店が「かんべんしてくだしあ」となって白目痙攣状態となるのでおこなわない。何事も節度が肝要なのである。
尚、替え玉の際は紅ショウガをいれたり、ラー油を少し垂らしたりして味に変化を利かせると楽しい。追加で茹で卵や叉焼を添えるのもいいだろう。
ただし、最初から味に変化を付けるのは無粋というものだ。初めのひと口くらいは純然たる店の味を堪能することを推奨する。
「こんにちは、ラウさん」
「いらしゃい! おひさしぶりね! なに、くうか?」
ラウさんの露店は今日も大盛況だ。最近は、四川風の激辛料理が人気となっているそうで、これも肌寒くなってきたお陰であろう、と推測される。
夏でも美味しいが、絶対に汗が止まらなくなることが予想できた。そして、舌のひりひりも治まらないであろう。
俺も早速料理を注文する。注文した料理は、四川風の激辛担々麺だ。
「おまちどさま! すごく、からいよ!」
「おっほ、これは凄まじい。真っ赤っかなんだぜ」
俺は箸を持ち「いただきます」と感謝を捧げて、戦闘を開始した。そして、開幕五秒で舌が大破する。損傷操作なんて間に合うはずもなく、俺は撃沈と相成った。
確かに美味しい。辛さの後に分かる複雑玄妙な旨味に、辛いと分かっていても箸が伸びる。
しかし、完食できるのは果たして麺のみだ。スープにまで蓮華が伸びない。
「これは厳しい。辛い物もある程度いけるようになったはずなのに、それを嘲笑うかのような辛さなんだぜ」
これで一番辛さが低い、というのだから恐ろしい。だが、俺に料理を残すという選択は無い、何がなんでも食べてくれるわ。
「というわけで……闇の枝、後は頼んだ」
「ふきゅおんっ!?」
全てを喰らう者は俺であり、俺は全てを喰らう者である。不正はなかった。
たらこ唇となった闇の枝ではあったが、どうやら美味しかったらしい。
おかわりするか、と問えば、流石にきついっす、と返してきた。こいつは確かに全てを食えるが、意外と苦手なものもあるようだ。仕方がないねっ。
「ふひゅふぉん」
「正直、すまんかった」
闇の枝はすぐには帰らず、冷たい空気を吸って唇を冷やしていた。まぁ、小さくなって俺の頭の上に乗っているので問題はないだろう。若干、うずめが鬱陶しそうにしているようだが。
「まだまだ食うぞぉ、んっ」
ぶっといフランクフルトにヨーグルトソースを掛けた物を喰らう。他意は無いのだが、妙に視線がきになる今日この頃。
だから、フランクフルトを思いっきり噛み千切ってやる。野郎共の悲鳴が聞こえてきた。
咀嚼するとフランクフルトの肉汁とヨーグルトソースの酸味が組み合わさって濃厚なのにサッパリ、という摩訶不思議な味へと変化を果たす。
どちらのバランスが崩れてもこの味は出ない。よく計算されたフランクフルトだ。もぐもぐ。
更に牛肉の串を購入。はふはふもぐもぐしながら露店街を練り歩く。
肉汁が滴って落ちてもここでは気にならない。足元は地面だ、大地に吸収されて還元されるのみ。
ただし、うずめと闇の枝、肉汁を俺の頭の上に落とすのはNGだ。
激烈にベタベタになってしまうだろうが。ふぁっきゅん。
「ふきゅん? あ、あれはぁ……!?」
ここで俺は新たなる露店を発見した。牛丼屋である。その名も【吉松すき屋】。
この、ライバル同士でドリームチーム結成、みたいなヤケクソ感はいったいなんであろうか。これは期待せざるを得ない。しかも、ただいまイベント開催中ときたもんだ。
「さぁさぁ! マンモス級ハイパー牛丼を、制限時間十五分で食べきったら、お代はいただきませんよ! 奮ってご参加ください!」
ピクリ、と俺のお耳が反応を示した。
それはつまり、俺に対する宣戦布告だな? 受けて立つ。
どうやら、食べきれなかった場合は大金貨一枚の支払いとなるようだ。リスキーではあるが、挑戦者は結構な人数となっている。
問題となるのはその量だが……なんと、タライに山のような牛丼が盛られて搭乗してきた。
話によれば、ご飯の重量八キログラム、具となる牛肉と玉ねぎで四キログラム、汁で一キログラム、お節介で盛られた紅ショウガ一キログラム、生卵が一キログラム、合計十五キログラムとなる。
誰が食べきれるというのか。
「がふがふがふがふがふがふがふがふがふがふがふがふ! おかわりだっ!」
「ひえっ」
そういえばいた。異次元胃袋の持ち主、ライオットである。こいつがフィリミシアに残っていたのが運の尽きだったな。
十五キログラムの牛丼を、僅か三分で食い尽したおバカにゃんこは、まさかのお代わりを所望。店側はこれを受けて立つ。
第二ラウンドもライオットの完勝。しかし、流石に店側も黙ってはいなかった。
「ここまできたら、もう引き下がれませんよ!」
ぶっちゃけ、もう止めればいいのに、と思う。しかし、店は側は最終兵器を投入してきたのである。それが、【ウルトラデラックス牛丼スーパーフリーダム】である。
トチ狂ったとしか思えない。その牛丼は頭部に牛丼を乗っけている戦闘ロボットであった。食べるにはこの戦闘ロボを倒さなくてはならないという。もうわけが分からないよ。
何故、食事に戦闘要素をトッピングしたのか、これも意味不明。店側はいったいどこを目指しているのだ。
俺は呆れのあまり白目痙攣状態となった。観客の一部も俺に倣ったが、他の大多数はこの珍妙なバトルを囃し立て盛り上がっている。
「面白れぇ! 俺に完食できないもんはねぇぞ!」
「ヤメテヨネ、ボクニカナウハズガナイジャナイ」
牛丼ロボが喋った。無駄に高度な技術力だ。
そんな、某主人公を思い出す戦闘ロボットは見たまんまだ。全身が砲門と呼べる戦闘ロボに、素手で立ち向かうおバカにゃんこ。戦いは始まった。
そして、僅か二秒で終了。ライオットの圧勝であった。
「あ、有り得ん……!」
なんと、ライオットは戦闘ロボをガン無視して、頭部の牛丼を食べ始めたのである。
足で戦闘ロボの首をキメ、箸もスプーンも使わずに顔を丼に突っ込んで食べる様はまさに肉食獣のそれだ。
この状態のライオットに勝てるヤツはいない。この露店街はヤツに蹂躙されてしまうのだろうか。
「ライオット! ここにいたんだね! さぁ、帰るよ!」
「ま、まて! プルル! 俺はまだ、満腹になっていねぇ!」
まだ満腹じゃねぇのか。おまえの腹は本当にどうなっているんだぁ?
「却下だよ! 桃力・特性【集】!」
「にゃ~ん!」
プルルの桃力によって集められた【吸い寄せる力】によって、ライオットは抵抗することもできずに、情けない悲鳴を上げて彼女に吸い寄せられ捕獲されてしまった。
ライオットの顔がプルルのパイパイに納まるが、プルルはまったく気にした様子を見せない。
あれは確実に慣れてしまっているか、諦めの境地に達している証拠。ラッキースケベは罪深いな。
しかし、流石は最強と名高い桃力の特性【集】だ。俺も、あの力の前では迂闊な行動を取ることはできない。
【無気力】を集められて叩き込まれようものなら、あっという間に廃人となってしまう。彼女は、それほどまでに強力な力を有しているのだ。
ただ、その力を乱発することは困難だ。プルルは桃使いとなったが、まだ真・身魂融合を果たしていない。それゆえに、桃力の最大保有量が少ないのである。
「さぁ、修行を再開するよ!」
「にゃ~ん、俺の牛丼パラダイスが~!」
ライオットの首根っこを掴んでズルズルと引きずってゆくプルル。そんな彼女のぷりぷりなお尻を眺めつつ、俺も牛丼に挑む。
結果、店の従業員全員にケツプリ土下座をされた。俺はただ、マンモス級ハイパー牛丼の【特盛】を頼んで完食しただけだったのだが……解せぬ。
結局、俺も満腹になる事はなかった。というか、俺が満腹になる事はもうないのだが。
そんなわけで露店街を後にする。桃先生を召喚しむしゃむしゃ食べ進めた。
実は、これが一番満腹になった気がする食べ物だったりする。それは恐らく、桃力の蓄積率が一番高いからであろう、と推測した。
決戦まで微妙に時間が空いている。だが、修行の旅に出るには微妙に日数が足りない。
桃師匠はライオットとプルルで手一杯だ。そもそも、俺の戦い方は特殊なので、誰かに教わるという事にも疑問符が付く。
やはり、ここは自力での修行をおこなうべきだろう。まぁ、見てなって。
俺は独り、フィリミシア郊外へと足を運んだ。