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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
660/800

660食目 地球への帰還

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


 これほど瞼が重たい、と感じた事はない。

 俺は皆の祈りの力で鬼の因子を退け、意識を取り戻すことに成功した。

 そして、皆を安心させるべく、ゆっくりと瞼を開く。


 ぼやける視界の中、俺を覗き込むエドワードの顔があった。

 心に温かいものを感じる。先ほど、あのようなことがあったから尚更だ。


「おはよう、エド……」


 思うように声が出せない。でも、彼にはきちんと届いたようだった。

 エドワードは何度も頷いて俺に返事を返す。


「おはよう、エル……!」


 そう言ってエドワードは俺に抱き付く。ヤツがちゃっかり胸に顔を埋めている件について。

 後でお仕置きしなくてはなるまい。今は怠いからいいや。


 そっと、エドワードの背中に手を回す。ガチで泣いている彼の背を優しく擦ってやった。

 こんなに心配させてしまったのは、いつ以来だろうか。思い出せない。


「エル、やったんだな?」

「あぁ、心配かけさせちまったな、ライ」


 ここは、どうやらモモガーディアンズ本部の病室のようだ。滅多に使う事が無い部屋なので、狭い造りとなっている。

 そこにみっちりと詰まっている人、人、人。


 ちょっと、少しばかり、居過ぎるんじゃないですかねぇ? 熱気がムンムンしているんですが。


「あぁ、食いしん坊、本当に……本当によかったよ!」


 プルルも本気で泣いていた。人目も憚らず嗚咽している。

 ほらほら、ライオット、ぼへっとしてないで抱きしめてやれ、とツッコもうとしたや否や、彼はばたりと倒れてしまったではないか。

 というか、エドワードもいつの間にか眠りに落ちていた。


「うふふ、ご苦労様。男を見せてもらったわ」


 ひょい、とライオットを担ぎ上げるユウユウ閣下。彼女は俺に背を向けて告げた。


「ライオットは、エルティナとエドワードの想いを繋げるために三日三晩、力を行使し続けていたのよ。不眠不休でね」

「ライ……!」


 バタンと扉が閉まる。別室のベッドへとライオットを運んでくれるのだろう。

 ぼやけていた視界がようやく正常になってきた。そして改めて知る人の多さ。


 モモガーディアンズメンバーはもちろんのこと、ヒーラー協会の皆やビーストたち、そしてエティル家の面々。聖光騎兵団の皆、そして王様やミレニア様までいたではないか。


「皆……心配かけてごめんよ」


 皆は俺の謝罪に笑顔で応えてくれた。溢れ出る熱い滴は留まる事はない。

 どうして止めることができようか。できるはずなんてないのだ。


「目が覚めたようですね」


 俺に声を掛けてくる絶世の美女。彼女は俺の心の中で、皆の想いを送ってくれた女性だ。

 そして、かつての俺の心の一部であった存在。

 彼女が抜けた部分は、エドワードの想いが埋めている。


「彼女はとんでもないものを埋めてゆきました」

「?」

「エドワードの心です」

「ほへ……?」


 なんてこった、ネタが通じねぇ。


「改めて自己紹介します」


 そして華麗にスルー! もう泣きたい。泣いてるけど。ふきゅん!


「私はマイアス・リファイン。かつて女神と謳われた者の転生体、舞浜明日香、そして偽りの女神マイアスが融合した存在です」


 どよめきの声が上がった。それはそうだろう、自分を女神と称するなんて頭がおかしい系の美女か、残念な美女くらいなものだ。

 しかし、俺は彼女の奇跡を確かに見ているし、舞浜明日香という名に心が騒めくのを感じる。どこかで聞いた覚えがあるし、ないような……ことはないはず?


「そうですね、エルティナの方には記憶は残っていないのかも知れません」

「ふきゅん? 俺の方には?」

「えぇ、でも魂は憶えているようですね」


 彼女は語った。世界の成り立ちから、木花桃吉郎との出会いから別れまで。


 にわかには信じ難い内容だったであろう。実のところ、世界の始まりはカーンテヒル様から教わっているので驚く部分はあまりなかった。

 それよりも舞浜明日香のことだ。まさか、前世の俺の同僚であり、ちょっぴり恋人っぽい所までいっていた微妙な関係だったらしい。しかも、女神マイアスの人の部分が転生した存在だというのだから大変だ。

 しかも、そんな彼女を食うとか。昔の俺は自重した方が良いと思う。


 今の俺? んなこたぁ、どうでもいいんだよ! 今は今! 昔は昔!


「全ての因果は帰結しようとしています。歪んだ世界を正そう、と世界自身が望んでいるのです。それができるのはエルティナ、貴女だけなのですよ」

「兄貴じゃダメなのか?」


 どよっ、と病室が騒めいた。自分が迂闊な発言をした時には既に時、時間切れ。

 木花桃吉郎こと兄貴は、シークレットな存在だったのを忘れていたのだ。これも頻繁に顔を見せに来ていたのが悪い。よって、俺は無実! 閉廷っ!


「彼の望む世界は滅びと再生の世界。かつての世界の在りようなのです。そこには、滅び、という救済があるだけで先に進む事はできない。そう、メビウスの輪のように同じことを繰り返す世界。それが【永遠の楽園】と呼ばれるシステム」


 悲しげな表情のマイアス・リファインは言う、それは魂の牢獄である、と。


 決して先へと進めない世界で終わりを迎え、再び先へと進めない世界へ生まれる。

 そして、再び終わりを迎える。何度も何度もだ。


「神々は狂ってゆきました。なまじ記憶を忘れることができないがゆえに」


 マイアス・リファインは告げた。神々の恐るべき計画を。

 それは俺の力を以てして永遠の世界を終わらせるというものだ。


 しかし、それは同時に世界の再生すらも破壊する可能性があった。

 よって、俺達モモガーディアンズは神々の野望を阻止しなくてはならない。


 おぃ……神様、余計な仕事を増やすんじゃぬぇ。


「きっと彼らは動き出すでしょう。もう時間はあまり残されておりません」

「それは虎熊のヤツが大鬼穴を開くからか?」

「はい、その時が最終戦争の時。そして、カオスとカーンテヒル、いずれかの世界が決する時です」


 俺は押し黙ってしまった。それの意味するとことは、つまり……。


「そんな顔をするな、エルティナ」

「ふきゅん!?」


 突如として黒い大穴が生れ出て、そこから一人の少年が姿を見せる。

 無数の傷跡を刻む身体を持つ俺の肉親、兄の木花桃吉郎だ。


「というか、ナチュラルに俺の存在をバラしたな」

「ふきゅん、口がスリップしちゃったんだぜ」


 百点満点の、てへペロを炸裂させる。問答無用で兄貴に両頬を伸ばされた。


「やふぇほ~」

「おぉ、伸びる伸びる」

「相変わらずですね、桃吉郎さん」


 どこか懐かしむような女神マイアス・リファイン。その微笑みに気が付いた兄貴はパッと手を離す。

 パチン、という音を立てて俺のほっぺは許された。


「やぁ、明日香さん。久しぶり、といえばいいのかな?」

「貴方と過ごした日々が遠い昔に感じられます。桃吉郎さん、私は今でも……」

「終わったことさ。あの日にね」

「……」


 何かを言いたげなマイアス・リファインを制する兄貴。仕方のないことだろう。

 彼女自身が言っていたのだ、俺と兄貴の辿る集着地点は違うのだと。


「エルティナ、ひとまずは無事で何よりだ」

「迷惑を掛けちゃったんだぜ」

「その分、人々を救ってきたんだ。貸し借り無しだろ」


 淡泊にそう告げる、と兄貴は黒い大穴に向かって手招きをした。

 すると、中から天使が飛び出してきたではないか。


 ん? どこかで見た顔だなぁ……。


「エルティナさん!」

「ふきゅん!? 誠司郎か!?」


 やはり、その可憐な天使は誠司郎であった。


 天使の輪と純白の翼、黄金の鎧とか最早、超主人公枠なんですが。


 俺が主人公の剥奪の危機に瀕していると、誠司郎がここにまで至った経緯を兄貴が教えてくれた。

 どうにも、鬼の因子を弱体化させるために、獄炎の迷宮で何かしようとしていたドクター・スウェカーを退治しに行ってくれたようなのだ。

 その過程で誠司郎は本当の自分を見つけ出し覚醒。サンダルの人の力によって、女の子になっちゃったらしい。


 サンダルの人って、大天使サンダルフォンのことだろうか。

 確か性別を決める権限を持っていたって記憶があるようなないような。


 いやでも、サンダルの人はねぇよなぁ。

 意外と誠司郎はおっちょこちょいだった可能性が微レ存?


 あとで誠司郎に代わって、謝罪とお礼を述べておこう。


「そうか……誠司郎は女の子になっちまったか。光の枝で性別を食ってやろうと思っていたんだが」


 俺の呟きを拾った兄貴はギョッとした顔を浮かべ、俺に釘を差してきた。

 何をそんなに慌てているのだろうか。これが分からない。


「おまっ!? そんな乱暴なことをやろうとしていたのか! いいか、この事は決してバルドルに教えるなよ? 絶対だぞ!」

「ふきゅん? バルドルは女になりたいのか?」

「正しくは、俺を性的に食いたいらしい」

「うわぁ、兄貴モテモテ~」

「いや、バルドルも女になったら相当の……ん? いいかも」


 その時、兄貴の肩に手が置かれた。


「桃吉郎さん?」

「ひっ」


 俺達はこの日、元女神の暗黒微笑を拝む事になった。


「トイウワケデ、カオスキョウダンハ、エルティナノミカタデス、ケヒッ」

「兄貴が壊れた~!?」


 いったい、あの短い時間に何があったというのだろうか。怖くて聞き出せないが、ろくなことではないだろう。

 よって、選ぶ選択肢は「そっとしておこう」である。


「さて、俺は再び闇の中に戻ろう。あぁ、エルティナ」

「なんだぜ、兄貴」

「俺の事はトウヤに言うなよ? おっかねぇから」

「善処するんだぜ」


 そう告げると、兄貴は苦笑しつつも黒い大穴の中に消えていった。兄貴を飲み込んだところで大穴も役目を終えて消滅する。残されたのは誠司郎のみだ。


「ところで史俊と時雨はどうなるんだ?」

「えっと、今、身魂融合を解除しますね」


 誠司郎が身魂分離をおこなう、と誠司郎の装備が光の粒子と化して分離し、徐々に人の姿を形成してゆく。

 そして、眩い輝きを放った後に、史俊と時雨が姿を現す。


「ぷはぁ、妙な気分だったぜ。誠司郎のぽよんぽよんを感じるのに起つ物がないから、ずっと悶々とした気分だった」

「史俊、あんたねぇ……」


 黄金の鎧は史俊に、天使の輪は時雨へと姿を変える。そして、誠司郎は……。


「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 天使よろしく全裸だった。まぁ、自然と言えば自然だろう。ちゃんと股間も女の子だった。

 よかったな、誠司郎。


「ふ、服を……」


 隠しきれずに零れる乳房。結構、デカいなぁ。

 性別が女に決定して大きくなったかんじかな。86はあると見た。


 そんな彼女の肩に置かれる白い手。純粋無垢な天使に忍び寄る悪魔の毒牙っ!


「後は味よね? クスクス……」

「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 誠司郎の背後に、いつの間にか忍び寄っていた残虐生物ユウユウ・カサラ。

 彼女は、誠司郎のおっぱいを堪能しつつ彼女の首筋をペロペロする、という残虐ファイトをおこなっていたのだ。


 それは許されざるよっ!


「そこまでにしておけ、ユウユウ」

「いやん、ちょっとした【スキンシップ】よ?」


 そんな上級者向けのスキンシップを見たことがないんですがねぇ?


 流石に見るに見かねたガイリンクードが、はぁはぁ、しているユウユウに警告する。

 こんなことができるのは、桃師匠かガイリンクードくらいなものだろう。


 取り敢えず、俺は〈フリースペース〉から服を取り出す。今の誠司郎は背中から翼がにょっきりしているから背中に干渉しない物がいいだろう。


「というわけで、はい」

「ありがとうございます……って、水着じゃないですか」

「あぁ、しかもビキニでティーバックだ。だが、貸せる服がそれしかない」

「そ、その暗黒的な微笑はなんでしょうか?」

「ふっきゅんきゅんきゅん……気にするな!」


 これで、黒ビキニのエロエロ天使、という強烈なキャラクターの出来上がりだ。

 ありがたや、ありがたや。


 尚、このヤヴェ水着はいつだったか、エドワードが俺に送ってきたプレゼントだ。


 情け容赦なく己の欲望を叩きつけてくる彼に危険を感じる。よって、絶対に他の女の子にやらかさないように釘を刺しておいた。


 決して深い意味はないんだからねっ! いや、マジで。


「あ、それと……これ」

「ふきゅん? この箱はなんだ?」

「それが【ハザマ】だそうです」

「この小さな箱がハザマか。下手に弄らないでドクター・モモに渡した方が良さげだな」


 誠司郎から渡された一見、なんの変哲もない箱からは、嫌な力がぷぃんぷぃんと感じられた。恐らくはこれが狭間で間違いないだろう。

 後ほどドクター・モモに渡すことを約束し、一旦、俺が預かる事になった。


「さて、これで誠司郎たちが地球に帰還できる目途がついたわけだ」

「きゅおん、寂しくなるな」

「待て、キュウト。なんで、おまえも際どい水着を着ているんだぁ?」


 キュウトは何故か赤い紐のようなものを身に付けていた。豊満な肉に食い込む紐。

 そんなピンク色がはみ出る物を水着とは言わない。


 誰か彼女にタオルを巻いてどうぞ。もう痛々しくて見てられない。


「ふひっ、良かれと思って」

「わけが分からないよ」


 狐娘のキュウトは本来の性別が発覚してから、ちょっと壊れた。

 主に目が死んでおり、ハイライトさんが家出をしたままとなっている。


 れいぽぅアイは猟奇的なので、ハイライトさんはすぐにご帰宅くだしぁ。


「ふひひ、俺、美味しいよ? 誰か食べてもいいんだぜ?」

「分かったから、分かったから。身体をくねらせるな。おい、タオルを持ってこい!」


 このキュウトの有様に、あのロフトですら彼女を労わる、という有様!


「ケツっ!」


 しかし、アカネっ! 一切ブレず!

 キュウトのデカケツに突貫! ダメだこいつ!


「この世界ともお別れなんですね……」


 そして、誠司郎! 華麗にこれをスルー! 腕を上げたな……!


「色々あったけど、俺は好きだぜ。この世界」

「そうよね……でも、地球にはお父さんやお母さんがいるし」

「まぁ……な」


 史俊と時雨の選択はどうやら帰還で決まりの様子だ。しかし、問題は誠司郎である。

 背中から生えた美しい天使の翼。それを地球の人々が見ればどうなるか。


 珍獣として見世物にされるか、あるいは偶像として宗教の布告に利用される。最悪は研究素材として解剖なんて最悪の結末も否定できない。


「ううむ、なんとか翼を引っ込められないのか?」

「折りたたむ事はできても、引っ込めるのは無理ですね」


 ピクピクと翼を動かす誠司郎。やはり無理らしい。

 この問題を解決できない場合、最悪カーンテヒルに残る、という選択もある。


 いずれにせよ、選ぶのは誠司郎だ。どちらを選んでも俺は受け入れる所存である。


「僕は地球に帰りたいです。両親に、産んでくれてありがとう、と伝えたいんです」

「そっか、そうだよな」


 力強い眼差しを見てしまっては、もう何も言うことはできない。

 ドクター・モモが、どれほどの時間で地球への転移装置を開発できるかは分からないが、それまでの時間を使って誠司郎の翼をなんとかしてみようと思う。






 それから、時は流れて九月の下旬。地球への転移装置は完成した。


 ゴーレムギルドの工場内に設置されたわけのわからない機械がそれだ。

 その機械の前に三人の少年少女が塔科学者の説明を受けている。誠司郎、史俊、時雨だ。


 彼らを見送るために、モモガーディアンズメンバー、と彼らに関わった者たちが集合している。


 転移装置が完成するまでの間に、マイアス・リファインとディレ姉の怪しげな儀式で、誠司郎の天使の翼を、にゅるん、と背中の中に収容することができた。

 ただし、一度出してしまえば再び儀式をおこなわなければならない、という。


「もう儀式は勘弁してください、ぬるぬるはいやなんです、あぁ、ユウユウさんが、ゆうゆうさんがっ!」


 SAN値直葬レベルのトラウマが誠司郎に刻まれた。誠司郎の膜が護れてよかったと思う。


 いやぁ、ユウユウ閣下は強敵でしたねぇ……。


 俺が遠い目をしていると、転移装置の準備を終えたドクター・モモが声を掛けてきた。


「おぉい! 準備が終わったぞい! いいか、こいつは一方通行じゃ。忘れ物があったとしても取りに戻ってこれんぞい。忘れ物がないようにのう!」


 トントンと腰を叩いて軽快に笑うドクター・モモ。彼の忠告通り荷物の最終点検をおこなう。

といっても、持ってゆく物は殆どない。剣や鎧といった物は全て置いてゆくそうだ。

 それは日本に銃刀法があるためである。帰った途端に牢屋にぶち込まれるなんてシャレにならない。


「うん、大丈夫です」

「俺も大丈夫かな?」

「私もオッケーよ」


 転移組がにこやかな笑みを見せた。彼らの笑顔を見るのも、これが最後となると寂しい気持ちになる。しかし、俺は彼らを笑顔で見送ってやらなくてはならない。


 尚、他のエンドレスグラウンドのプレイヤーたちは前実験としてさっさと地球に転送してやった。トウヤの報告では、転移は全て成功だ、とのこと。やったぜ。


「それじゃあ、エルティナさん。僕らはこれで」

「あぁ、元気でな、誠司郎、史俊、時雨」


 あぁ、不覚にも少しばかり潤んできた。

 耐えるのだ、俺! 誠司郎だって泣いてないんだぞ!


「エルティナさん……僕、ぼくっ!」

「バカ野郎! 泣くんじゃねぇ! 男だるるぉ!?」

「おんなですぅ……!」


 あぁ、もうダメだ。ボロボロと涙のヤツがハッスルしてやがる。

 俺はしっかりと誠司郎を抱きしめた。長くはない付き合いだが、思い入れが多過ぎるんだよ。こいつらとは。

 あぁ、なんだか、娘を嫁に出すような気分になってきて、余計に寂しくなってきた。


「大丈夫だ、誠司郎。史俊も時雨もいる。きっとやっていけるさ」

「はい……はいっ!」


 誠司郎の涙を指で拭ってやる。初めて出会った時は自信なさ気だった表情も、今では引き締まった良い顔を見せるようになっていた。心が成長した証だろう。


「誠司郎、おまえにはもっと魔導銃を仕込んでやりたかったが……」

「ガイリンクードさん……」


 ガイリンクードは、彼女に静かに語りかけた。誠司郎はそんな彼を潤む眼で見つめる。


 ん? これはひょっとして、ひょっとすると?

 誠司郎が女の子になった決め手って、ガイリンクードなのか!?


「ガイリンクードさん! 僕っ!」

「……誠司郎」


 ガイリンクードは無言で彼女を抱きしめた。ただ、それだけだ。

 暫しの間、抱擁し合い、そして離れる。お互いに、それだけで十分だったようだ。


「誠司郎、信じ抜くことを忘れるな」

「はい、ガイリンクードさん……ありがとうございました」


 二人は別れた。お互いの進む道へと分かれたのだ。

 ガイリンクードのヤツは、ここに至ってもハードボイルドだった。本当にブレないヤツだぁ。


「珍しく邪魔してこなかったな、悪魔レヴィアタン

「ふん、俺だって女だ。あいつの気持ちくらいは分かるぜ。ぐすっ……」


 ガイリンクードの右腕から悪魔レヴィアタンが顔を覗かせる。

 二頭身の小人サイズでガイリンクードの右肩に乗り、誠司郎達を見送るようだ。

 彼女の目が潤んでいるのは気のせいではないはず。水を操る悪魔だけあって、情に深いのだろう。


「そうだ、最後に……」


 俺はあらん限りの愛と勇気と努力を込めて、大量の桃先生を生み出す。

 ゴーレムギルドの工場内に桃力が満ちていった。ピンク色の空間の出来上がりである。


「ほら、持ってけ!」

「わわっ! こんなに!?」

「構いやしないさ」


 桃先生を誠司郎たちに、こんもり、と持たせて俺は別れの言葉を送る。


「いいか、忘れるな。心に愛を、一歩を踏み出す勇気を、弛まぬ努力を。俺がおまえたちに送る最後の言葉だ」

「「「はいっ!」」」

「よし、じゃあ、元気でな」


 俺は三人からゆっくりと離れ、エドワードの隣に立つ。


「ふぇっふぇっふぇ、さぁ、いいかね?」

「はい、お世話になりました」

「いいってことじゃよ。それでは、この中に入りなさい」


 ドクター・モモの誘導に従って誠司郎たちが転送カプセルの中に入った。ドクター・モモが最終チェックをおこない転移装置を起動する。

 カプセルは徐々光を放ち始め、激しくなり、一瞬の眩き輝きを発して三人の姿はカプセルから消えた。


「帰っちまったな……」

「うん、寂しくなるね」


 さり気にエドワードが俺の肩に手を回してきた。

 普段なら許可しないが、今日の俺は少しばかりおセンチだ。特別に甘えてやろうじゃないか。






 この転移装置が完成したことにより、地球からやって来たエンドレスグラウンドのプレイヤーたちの大半は地球へと帰還した。

 誠司郎たちが帰還した後も、エンドレスグラウンドのプレイヤーたちはゴーレムギルドへと訪れる。ここから遠い国に転移してしまった者たちが、噂を頼りに訪れているのだ。


 モモガーディアンズは彼らの地球帰還の手助けを惜しまなかった。誠司郎たちのように帰れる場所がある者たちばかりなのだから。


「よ、ようやく、家族の下へと帰れるんだ! こんなに嬉しい事はない!」

「あぁ、よくがんばった。向こうでも、しっかりな……冒険者」

「ありがとう……情報を世界中に送ってくれて、ありがとう! 聖女エルティナ!」


 また一人、エンドレスグラウンドのプレイヤーが地球へと帰る。家族の下へと。


 こうして、ドクター・スウェカーの野望から端を発した事件は、徐々にではあるが終結に向かっていったのであった。

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