66食目 ホビーゴーレム誕生
「箱の中にヘッドギアとゴーレムコア、そしてペンが入っているのを確認できたかい?」
「ふきゅん、これしか入っていないのか?」
「そうだよ。初心者セットは、ホビーゴーレムの醍醐味を知ってもらうためのセット内容だからね」
「でも、どうやってこれだけでホビーゴーレムを作るんだよ?」
「んふふ、ライオット、慌てないの。材料はここに沢山、あるじゃないか」
プルルは腕をいっぱいに広げて、くるくると回り始めた。笑顔が眩しい。だが、はしゃぎ過ぎて、桃先生の芽を潰すんじゃないぞ。
「ここに沢山って……見た感じ、土やら木っ端やらばかりだけど?」
「そのとおり、ホビーゴーレムは元々、廃材から作られていたんだ。それがいつしか、軽くて頑丈な素材に取って代わられた。今、主流となっている【プラスチック】という素材は軽くて頑丈で加工し易い、という特長があってね。ほんと、これを開発した人物は天才だよ」
プルルの説明で、真っ先にチート転生者フウタのドヤ顔が浮かんできた。絶対に彼が一枚噛んでいることは間違いがないだろう。異世界の生活水準が壊れるぅ。
「あと、プラスチックには、魔力を溜め易い、という特長があるから、魔力を糧に活動するホビーゴーレムにとっても都合がいいんだ」
「それじゃあ、最初からプラスチックで作ればいいんじゃないのか?」
俺の質問に、プルルは「ノンノン」と指を振る。イラッとしたので、彼女の乳首を摘まんで差し上げた。
その結果、俺の頭部には、美しいたんこぶが出来上がったのであった。悔いはない。
「もう、おっぱいの先っちょはダメだよ!」
「成長を促そうと」
「しなくていいの! あぁもう、なんだったっけ?」
「ふきゅん、最初からプラスチックだな」
「そう、それだよ。プラスチックは魔力を溜め易い反面、魔力による変形ができないんだ」
「おいおい、そうすると、形作るのは手作業になるのか?」
「そうだよ、ライオット。後は溶かして型枠に流し込むとか……かねぇ。それでも、その後に組み立てる必要が出てくるよ。工作道具や接着剤を使っての作業になるから、余程に手慣れていないと完成までに、かなりの時間を費やすことになるね」
「うっへぇ、俺じゃあ無理だ」
プルルの説明にライオットは辟易した表情を見せた。俺もそこまでの技量は、とてもではないが持っていない。料理なら問題なくできるのだが。
「そんな人のために完成品も販売しているね。でも、自分で作ったホビーゴーレムほどには感情移入できないかな」
「まぁ、そうだろうな。苦労した分、ホビーゴーレムにも愛着が湧くってもんだぁ」
俺たちが納得を見せたところで、本格的にホビーゴーレムを作る作業に移る。
「それじゃあ、箱の中の宝石を手に取っておくれ。絶対に潰したらダメだよ?」
「ふきゅん、そんなバカが……」
振り向けば、バカがいた。ゴーレムコアが見事に変形しているさまに、俺たちは速やかに白目痙攣状態へと移行。
放たれる必殺のツッコミは、おバカにゃんこを見事KOするに至る。
「プルル、直りそう?」
「う~ん、取り敢えずは機能自体に問題は無いけど……作ってみないことには不具合が判明しないね」
「ライオット、おまえはバカだろ」
「申し開きもできやしねぇ」
なかなかに激しいトラブルがあったものの、ホビーゴーレム作りは再開。手の平にゴーレムコアを載せて魔力を注入することが、ホビーゴーレム作りの第一歩となるらしい。
「魔力を注入する際に、どんなホビーゴーレムになってほしいかイメージするんだ。そして、そのイメージを魔力に載せてゴーレムコアに注ぎ込む」
「ふきゅん、イメージかぁ」
「難しいな、イメージはともかく魔力の方が……」
「そっちかい。そういえば、ライオットは魔法の成績が悪かったねぇ」
何から何までホビーゴーレムとの相性が悪いライオットであったが、彼なりの努力を続けた結果、ほんのりと変形したゴーレムコアが発光し出した。
「うんうん、その調子。注いだ魔力は裏を返せば愛情だよ。注げば注ぐほどに自分だけの特別なホビーゴーレムが誕生するんだ」
「ふきゅん、それは良い事を聞いてしまった感。よろしい、ならば全力だ」
俺はすぅと大きく息を吸い、全力でゴーレムコアに魔力を流し込んだ。
「ま、待った! 食いしん坊、魔力を急に注ぎ過ぎだよ! というか、何その魔力量!?」
「ふきゅん? お、おわ~!? ゴーレムコアが七色に輝き出したっ!」
なんということでしょう、俺の手の平にあるゴーレムコアが七色に輝き出し、得体の知れない力を撒き散らし始めたではありませんか。誰か助けてっ!
「落ち着くんだ! ゆっくりと、魔力を流して!」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
パニックになった俺は取り敢えず鳴きながら、次々と撃墜される哀れな動く棺桶を想像してしまった。
はっきり言って、イメージしようとしていたのは白い悪魔の方であって、情け容赦なく爆散する緑色の一つ目小僧の方ではない。
そして、ふわりと浮かび上がる俺のゴーレムコア。ライオットとプルルのゴーレムコアも同様に宙に浮かび上がり、周囲から砂やら木っ端やらを集め出したではないか。
これが、プルルの言っていた、材料はここに沢山ある、という言葉の回答であった。
「うん、ライオットのは心配だったけど、きちんと材料を集め出しているね」
「よかった……俺のだけ、ホビーゴーレムが完成しなかったら、悲しみのあまり晩飯を十杯お代わりするところだった」
「ライのかーちゃんが倒れるから、全力で勘弁して差し上げろ」
「親父は、いつも十杯喰うぞ?」
「鬼だな」
最初に材料を集め形が出来上がったのは、プルルのゴーレムコアであった。流石に経験者はイメージの固め方が上手なのか、すんなりと完成を見せている。
「ふむ、まぁまぁだねぇ。もうちょっと、大きくてもよかったかな?」
「十分、デカいだろ。そいつ」
プルルが作り上げたのは重量感たっぷりの大型ホビーゴーレムであった。力士のような外観であるが、愛嬌のある顔をしていて親しみが持てる。
身体を構成している物は石材。分類的には【ストーンゴーレム】と言ったところであろうか。見た目どおり非常に重く、俺程度の腕力では持ち上げることが困難だ。
そんな、ミニストーンゴーレムを軽々と持ち上げるプルルは、筋肉モリモリの変態だった?
「四キログラム……五キログラムかな? ヘビー級だねぇ」
「ふきゅん、階級もあるのか?」
「あるよ。階級別のタイトルマッチもあるからね。ちなみに人気のあるホビーゴーレム同士の試合になると、ワンマッチ大金貨百枚もの賞金が付く場合もあるんだ」
「パネェ」
そのために、階級別にホビーゴーレムを複数体持つ者も珍しくはないようだ。
「プルルも、その口なのか?」
「いや、僕は二年前だったかな……ホビーゴーレムを亡くしてしまってね。それからは、ゴーレムの勉強をしてたんだ。もちろん、ホビーゴーレムの最新情報は欠かさずチェックしてたけどね」
「そっか、悪い事を聞いちゃったな」
「構わないさ、いつかは向き合う日が来るものだからね」
そんなセンチメンタルな会話をしていると、先にライオットのホビーゴーレムが完成を見せた。尚、俺のゴーレムコアは、いまだにのんびりと材料を吟味しているもよう。
「これが……俺のホビーゴーレムか!」
出来上がったホビーゴーレムは、獣型のホビーゴーレムであり、タイプは猫型だ。
身体を構成する物は土と思われ、【アースゴーレム】に属するのだろう。その特徴なのだが、とにかく小さい。注がれた魔力の量が少なかったこともあるのだろうが、俺が持ってもほとんど重さを感じないほどに小さいのだ。
そして、その外観から俺が感じた事を口走る。間違いはないはずだ。
「見事な【にゃんこ】だと感心するが、どこもおかしくはない」
「うん、完璧な猫だねぇ。初心者が動物型を作り出すのは難しいんだよ」
「ちが~う! こいつは猫じゃない! 獅子だ!」
衝撃の事実が発覚した。圧倒的な子猫が、実は獅子であることが判明したのである。
これは、下手をすれば詐欺罪に当たるのでは、とプルルと協議。結果、ライオットは有罪となった。
「なんで俺が悪いんだ!?」
「こいつが、獅子なわけないだろ、いい加減にしろ!」
「そもそも、獅子の要素がまったくないじゃないか」
「ここに、鬣があるだろ!」
「ただの模様じゃないか」
「にゃ~ん!」
「「「猫だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
なんということでしょう、ホビーゴーレム自らが「吾輩は猫である」と告白したではありませんか。
「まぁ……なんだ、元気出せ」
「ね、猫も、大きくなったら獅子になるんだい」
ライオットは尚も自分のホビーゴーレムは獅子であると主張。面倒になってきたので獅子という事にしておく。
当のにゃんこホビーゴーレムは、欠伸をしながら漬物石の上で昼寝をしだす始末。ライオット以上にフリーダムなにゃんこが爆誕したもよう。
そんなこんなで、俺のホビーゴーレムもようやく完成したらしい。そいつを見て、俺はこれ以上ないほどにむせた。そして、苦いコーヒーが飲みたくなってきた。
「くっそ、むせる」
「こ、これはまた……」
「うおっ、随分と個性的なホビーゴーレムになったな、エル」
それは、あまりにも動く棺桶であった。ただし、緑色の一つ目小僧ではない。それよりも遥かに脆く、作りまくられた量産機の方だ。
全体的に丸っこいフォルムに三つのカメラアイ、無骨さが目立つ漢の戦闘マシン。それが、俺の下にやってきたホビーゴーレムであった。
「何をどうやったら、こんなデザインになるんだい?」
「ふきゅん、イメージした姿じゃないんだぜ」
「だとしたら……注いだ魔力が暴走したのかもね」
「漢の匂いしかしねぇ……」
汗と油と硝煙の匂いがプンプンしやがる彼は、身体が鉄で構成されていた。時間がかかっていたのは砂鉄を集めていたからであろう。
分類的には【アイアンゴーレム】になるのだろうが、予想どおり装甲は薄く、指で突いてみるとペコペコと音がした。悲しいなぁ、動く棺桶。
「アイアンゴーレムかい。通常のゴーレムでも制作に難儀する代物だよ。しかも五本指……って、えらく軽いねぇ!?」
「装甲がペラペラなんだぜ」
「あぁ、本当だ。これはこれで珍しい。神懸かり的な薄さだよ」
褒められているのか、貶されているのか分からない評価に、俺はただただ「ふきゅん」と鳴くより他になかった。
何はともあれ、全員のホビーゴーレムが完成したことになる。したがって、ここからは仕上げの作業となった。
「それじゃあ、ここからは仕上げだよ。箱に入っていたペンを手に取っておくれ」
「これだな?」
「そう、ライオットの手にしたペンは、ホビーゴーレムにとって重要なものなんだ」
「これが?」
「うん、このペンでホビーゴーレムに名前を与えてあげるのさ」
プルルは、ホビーゴーレムにはまず仮初めの魂が宿る、との旨を説明する。そして、その魂を固定させるのが【名前】になるそうだ。
いつまでも命名しないで放っておくと、ホビーゴーレムから仮初めの魂が抜けだして、折角作ったホビーゴーレムは砂に還ってしまうらしい。その際にゴーレムコアもダメになってしまうのだという。
「仮初め魂は名前に執着する性質があるから、それを利用しているわけだね。注意する点は、一度しか名前を書き込めないということ。名前を修正したい場合は書いた部分を指で擦ればいいよ」
「ふきゅん、書き終えたらどうするんだ?」
「書き終えたら、ペンの反対側の部分をホビーゴーレムに押し当てて【命名】といえば完了になるよ」
「うっし、分かった! もう名前は考えてあるんだ。へっへっへ、格好いい名前をやるぞ」
ライオットは意気揚々とにゃんこ型ホビーゴーレムに名前を記入し始める。
猛烈に嫌な予感がしてきた。何故ならば、彼は字が下手な上に誤字脱字の天才でもあるからだ。
「へへっ、できたっ……と! おまえの名は【シシオウ】だ! 命名!」
ちっがぁぁぁぁぁぁぁぁう! それでは、シシオウではなく【ツツオウ】だ!
しかし、無情にも儀式は終了。にゃんこ型ホビーゴーレム【ツツオウ】は、ここに爆誕してしまった。あぁ、もう、滅茶苦茶だよ。
「ふむ……僕は、イ、シ、ヅ、カ、っと。命名だよ」
プルルは愛嬌のある石の巨人に【イシヅカ】という名を与えた。どこかの食いしん坊な芸能人かな?
「ふきゅん……おまえは、ムセルだ。命名するんだぜ」
もう、これ以外の名前が浮かんでこない。それほどまでに、俺の頭の中は【むせる】という単語で埋め尽くされていた。これは酷い。
「ふぅん、こうして見ると、なかなかどうして、面白い子たちが誕生したじゃないか」
「面白過ぎて逆に鳴けない、ふきゅん」
「もう鳴いてるじゃねぇか」
名前を与えられたホビーゴーレムは性格に従って、さまざまな行動や表情を見せるようになってくるらしく、イシヅカ、ムセルは真面目なタイプで、命令があるまでは直立不動で待機していた。
逆にツツオウは自由な性格なのか、空き地に迷い込んできた蝶を追いかけて走り回っている。それを追いかけてライオットも走り回っていた。
くれぐれも桃先生の芽を踏むんじゃねぇぞぉ。
尚、ホビーゴーレムたちの大きさであるが、イシヅカが約四十五センチメートル。ムセルが十五センチメートルで、これが標準サイズらしい。
ツツオウは十センチメートルにも満たない。非常に小さい個体として誕生したようだ。
「あとは特殊魔法の〈ステート〉でレア度とか細かい情報を見れるけど、これは後で確認しておいておくれ。続けてヘッドギアを装着して、実際にホビーゴーレムを操縦する方法を教えるよ」
「ふきゅん、そういえば、ホビーゴーレムを自分で動かせる、って言ってたな」
「おっ、ようやく本番か!」
こうして、俺たちはホビーゴーレムの動かし方をプルルから学ぶことになる。俺としては蛇足になるのだが、折角なので教わる事にしたのであった。