表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
657/800

657食目 この一撃に優しさを

 先手は僕。魔導銃ガルム666に魔力と信念を籠め発射、ダブルバレットはまだ使わない。六回しか使えないし、ドクター・スウェカー相手に弾丸を装填できるとは思えない。


「ほほっ! あの時とは違うようじゃの!」


 予想どおり余裕で回避される。でも、それでいいんだ。僕は一人で戦っているわけじゃない。


「そこっ!〈アイアンソーン〉!」

「うぬっ!?」


 時雨の新魔法〈アイアンソーン〉は鉄の茨を生やし相手を絡め取る魔法だ。地中から砂鉄を集め鉄の茨を生成するわけなのだが、一本作り出すのに相当な時間が掛かる事が判明し、ネタ魔法として捨て置かれていたものを、このタイミングで使用したのである。

 それは、ここの床が全て鋼鉄製だからだろう。ここなら、いくらでも鉄の茨を生成できる。


「おっしゃぁ! 決めてやる!」


 そこに史俊が黄金の剣で切り掛かる。動きを封じ込めてからの攻撃。ドクター・スウェカーはかわせない。


「と思うじゃろ? 甘いんじゃよ」

「なっ!?」


 がくんと史俊の動きが止まる。その足には鉄の茨。


「鬼力特製【複】! わしの鬼力は全てをコピーする!」

「な、なんだとぉ!?」

「くっ!」


 僕は即座に史俊の足に絡みつく鉄の茨を狙い撃つ。

 戒めから解き放たれた史俊が飛び退く、とそこに炎の腕が落ちてきた。

 ボコボコと音を立てて煮え立つ鋼鉄の床。何事か、とドクター・スウェカーを見れば、その右腕には巨大な炎の腕があった。


「かっかっか! 全てを喰らう者・炎の枝じゃよ! 素晴らしいとは思わんかね?」

「エ、エルティナさんの……!」


 冗談じゃない! あんなものを受けようものなら、一瞬で蒸発させられてしまう!


「史俊っ!」

「分かってらぁ! 防ごうだなんて思っちゃいねぇよ!」

「ほっほう? かわせるとでも思っておるのか?」


 ドクター・スウェカーが炎の右腕を振るう。それをなんとか飛び退いてかわす。

 巨大な腕にもかかわらず、重さがないかのように振るう。

 いつまでもかわせる、とは到底思えない。早く何か手を講じなくては。


「時雨っ!〈ミストテリトリー〉を全体に!」

「えっ!? そんな事をしたら、私達も視界不良になるわよ!」

「僕を信じて!」

「っ!〈ミストテリトリー〉!」


 時雨が霧で戦場全体を覆い尽くす。〈ミストテリトリー〉とは霧を発生させて視界を奪う魔法だ。

 しかし、これは同時に自分達も効果範囲に入ると、霧に視界を奪われてしまうデメリットがあった。

 よって、通常であれば対象の周辺に狭い範囲で発生させ、遠距離攻撃を叩き込むのがセオリーである。


 でも、僕はそれを全体に掛けるよう指示したのである。それはこの黄金の髪飾りがあるからだ。


『見える? 僕の髪飾りの能力で二人とも霧の影響を受けないと思うんだけど』

『おう、バッチリだぜ』

『ドクター・スウェカーが私達を見失っている間に、背後へと回りましょう』


〈テレパス〉を駆使して会話をし、慎重にドクター・スウェカーの背後に回り込む。

 彼は炎の腕をやみくもに振り回し、僕らを手探りで探していた。

 こうして落ち着いて観察すると、彼はそこまで戦闘に長けているわけではないようだ。


『ドクター・スウェカーって、そんなに戦い慣れしてなさそうだよ』

『下手に強力な能力を持っちまったせいで、成長しなかったんだろうぜ』

『付け入るならそこね。ぎゃふん、と言わせてやるんだから』


 そして、ドクター・スウェカーの背後を取った僕らは必殺の構えを取る。


 静かに、静かに、魔導銃ガルム666に魔力を注ぎ込む。全ての魔力を注ぎ込むつもりでだ。

 史俊は僕を背後にて支える。しっかりと身体を支えて……。


 もにゅん、もにゅん。


『ちょっと! 史俊! おっぱいを揉まないで!』

『いや、リラックスさせようとだな』

『バカ史俊! たぶん、ラストチャンスなんだから真面目にやりなさいっ!』


 この期に及んで史俊はいつもどおりだった。でも、お陰で肩の力が抜けた気がする。

 すうっ、と息を吸い込み静かに吐きだす。ガルム666が僕の想いに応え、静かに輝きを増してゆく。


 時雨はガルム666の銃口に〈マジックブースト〉を施している。


 この魔法は魔力を注げば注ぐほど攻撃力が増す、という補助魔法だ。

 彼女は自分の限界まで魔力を注ぐつもりなのだろう。額から流れる大粒の汗が、それを物語っていた。


『そろそろ、霧が晴れる! 準備はいいか!?』

『私も限界まで魔力を注いだわ! あとはお願いね! 誠司郎!』

『分かった、二人の想いをこの攻撃に! 僕の想いも込めてっ!』


 霧が晴れた。同時に引き金を引く。ガルム666の咆哮が響き渡る。

 全弾を打ち込む。後先など考えない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ぐ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」


 とてつもない衝撃に両肩が外れる。でも痛みを無視し、強引に引き金を引く、引く、引く。


「ここで……決めるんだぁぁぁぁぁっ!」


 あまりの痛みに悲鳴を上げる僕を、史俊がしっかりと支えてくれた。


「なっ!?」


 ドクター・スウェカーが音に反応しこちらに振り向く。でも、もう遅い!


「ダブルバレット・ブースト! 行って!」


 僕らの想いを乗せた六つの青白い閃光が、ドクター・スウェカーの胸に突き刺さる。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 その弾丸の勢いは彼を壁際まで押しやり、鋼鉄の壁に激突させた。

 しかし、尚も耐える狂気の科学者。


「わしをっ! 誰だと思っておるっ! ドクター・スウェカーなのだぞっ!」


 青白い弾丸が爆ぜた。そして巻き起こる大爆発。魔力の爆弾が炸裂したのである。


「うおっ!」

「あうっ!」

「きゃあっ!」


 その凄まじい爆風に煽られて僕らは転げまわる。

 抜けた両肩に激痛が走り僕は意識を失いかけた。正直、もう立つ気力もない。


「許さん……許さんぞぉ! 虫けらどもぉ!」


 しかし、ドクター・スウェカーは健在であった。

 その身を煤と血で染め上げ、顔の半分は吹き飛んでいるにもかかわらず、尚も立っていたのである。


「そ、そんな……」

「誠司郎! 時雨! 回復魔法、いけるか!?」

「だめ……もう魔力が……」


 ここまで来て、ヒュリティアさんに力をもらっても、届かなかったというの?


「かっかっか! 安心せい、ただでは殺さん。その身体を有効活用させていただくのでなぁ? だが、その前に、殺してくれ、と懇願するまで、いたぶってやろうじゃないか!」


 半分だけとなった顔で、歪んだ笑みを作る狂科学者。その彼の前に史俊が立ち塞がった。


「んん? なんのつもりじゃ?」

「ここから先は行かせねぇ! 一歩も引かねぇ!」

「ふぅむ、知性に欠ける固体のようじゃな。状況がまるで分かっておらぬ」


 ニヤリとほくそ笑むドクター・スウェカーの失われた右腕から、再び炎の腕が生えてきた。黄金の盾と鎧であっても、アレを受け止めることは叶わないだろう。


「俺は退かねぇぞ!」

「どうぞご自由に」

「や、やめてっ! 史俊、逃げて!」

「史俊っ!」

「誠司郎、時雨、おまえらを置いていけねぇよ。なぁ、そうだろ?」


 ドクター・スウェカーの炎の右腕が史俊に迫る。もう、ダメなのだろうか。思わず僕は目を背けてしまった。


 壮絶な衝撃音。全ては終わってしまったのだろう。僕の目から悲しさと悔しさが溢れ出てきた。


「どうやら、間に合ったようですねぇ」


 落ち着いた男性の声。僕らはこの声を知っている。

 ドクター・スウェカーは離れた場所にまで移動しており、史俊も無事な姿を見せている。


「き、貴様はっ!? まさかっ!」

「久しぶりですね、ドクター・スウェカー。いや、末原和毅すえはらかずき博士」

武華堂嵩弥ぶけどうすうや!」


 ドクター・スウェカーに静かに歩み寄るのはブッケンドさんだった。

 静かな眼差し、そこには燃え滾る闘志を宿し、拳には灼熱の怒りを纏わせている。


「あなたは、やり過ぎたようですね」

「何故、貴様が生きておる!? 初期型の【ハザマ】では到底、肉体は耐えられまい!」

「偶然だったんでしょうねぇ。それこそ、奇跡が起こったんですよ」


 瞬間、ブッケンドさんの腰が沈んだ。そして、おびただしい拳の弾幕がドクター・スウェカーに襲い掛かる。だが、彼は避けようともしない。


「バカめ! 桃使いではないおまえが、わしに触れれ……ばべっ!?」

「確かに、私は桃使いではありません。ですが……モモガーディアンズなのですよ、私は」


 その両拳には桃色のガントレットがはめられていた。そこからは桃色の輝きが漏れ出している。きっと桃力だ。

 そのガントレットの形状も合わさり、ブッケンドさんがまるでボクサーのように思える。


 そのたとえは半分正しかった。だって、彼はまだプロボクサーなのだから。


「誠司郎君、私が時間を稼ぎましょう。その隙に、あなた達は己に目覚めなさい」

「え……?」


 僕の問い掛けに応える間もなく、ブッケンドさんはドクター・スウェカーに向かって踏み込んだ。


「武華堂っ!」

「その名は捨てたっ! ドクター・スウェカー!」


 激しい衝撃音と爆発音。因縁を持つ二人の死闘が始まった。

 ブッケンドさんの言う【目覚めろ】とはいったいなんなのだろうか。


 僕らは全ての力を出し切ったはずだ。それにもう……力が入らないよ。


「誠司郎! 時雨!」


 史俊が倒れている僕らの下へ駆け付け抱き起してくれた。外れている肩が痛む。


「しっかりしろ! 立てるか!?」


 命を顧みずに僕らを護ろうとしてくれた彼に、僕は応えなくてはならない。


 だから……!


「史俊、ちょっと支えていて」

「え? お、おう」

「お……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 無理矢理、肩をハメる。凄まじい痛みが襲いかかるも、今はそれどころではない。


「せ、誠司郎っ!?」

「ひっ!? せ、誠司郎! ちょっと!」

「う、ぐぅ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 もう片方もハメる。痛いけど、辛いけど、まだ生きているから頑張れる。


「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だよ、時雨。これで動かせるから」

「無茶苦茶よ。本当に死んじゃうわ」

「無茶をしないと、本当に死んじゃうよ」


 ブッケンドさんは言った、時間を稼ぐ、と。それは自分がドクター・スウェカーに勝てない事を悟っている証拠。

 そして、目覚めろ、とは僕らがドクター・スウェカーに勝てる可能性がある、という証だ。

 でも、その目覚め方が分からない。


「どうすれば、僕らは目覚めることができるんだろうか」

「ブッケンドさんが言っていた目覚めか?」

「急にそんなことを言われても……」


 僕らは困り果ててしまった。できることは全てしたつもりだ。その上で、あの結果に終わってしまった。他にどうすればいいのだろうか。


「わからない……教えてよ、ガルちゃん」


 困り果てた僕はガルム666の銃身を額に当てる。ひんやりとした、でも温かな力が僕に伝わってきた。それはガルム666が僕を信じているからだろう。


あいぼうを信じぬけ』


 ガイリンクードさんの言葉が蘇ってきた。


『信じ抜いたヤツが進化レボリューションするのさ』


 あぁ、そうか。答えはガイリンクードさんから教わっていたんだ。


「史俊、時雨、僕を信じて」


 僕は二人に右手を差し出す。ズル剥けて血だらけだけど我慢してね。


「何を今更」

「そうよねぇ。誠司郎を信じなかったことなんてないわ」


 二人の手が僕の手に重なる。重なった手から温かな輝きが溢れ出てきた、それは、桃色の輝きだ。


 桃力の輝きは僕ら三人を包み込む。そして、僕らを目覚めの地へと誘った。






 時は来たれり……ようやく……目覚めの時が来たのですね。



『え?』

『うおっ!? 素っ裸だ! 時雨っ!』

『こっち見んな!』

『えぶしっ!?』


 僕らはいつの間にか桃色の空間にやってきていた。

 何故か来ていたはずの服は無く、全員が裸になっていたのである。


 はうぅ……恥ずかしいよ。



 え~っと……話を続けてもいいかな……?



『あっはい、どうぞ』

『巨乳……誠司郎……巨乳……』

『しっかりして! 時雨!』

『はっ!? わたしはしょうきにもどった!』



 もう話を進めますね。

 え~っと、あなた達は、というか誠司郎が目覚めたので力を与えます。



『投げやりになった!?』

『史俊のせいよ! 謝って!』

『すいあせんでした』



 ゆるします。



『もう許された!』



 えっと……それで誠司郎。あなたには二つの道を用意しました。

 一つは男としての道。もう一つは女としての道です。

 どちらかを選ぶことによって、力は解放される、と主様は申されました。



『それはどのような違いが?』



 大した差はありません。ですが、あなたはどちらかを選ぶことはできないのです。



『それはどうしてですか?』



 それはあなたの魂が、これまでの経験を糧に選択するからです。

 意思とは別に、魂はあなたの本当になりたい姿を選ぶことでしょう。



『あ……』


 僕の身体に変化が送るのを感じ取った。同時に史俊と時雨の姿も光の粒子へと解けてゆく。でも、二人には戸惑いがなかった。


『そんじゃ、まぁ、やるとすっか!』

『誠司郎、私達の想いをうけとってね?』


 そして、二人は僕の中に吸い込まれていった。同時に僕の中から何かが出てゆく。


 それは僕だ。幼かった頃の僕。でも、その子は僕ではなかった。だって……。



 魂は選択しました。さぁ、決着を付けていらっしゃい。



『まって! あなたはいったい!?』



 私の名は……サンダル……。



『ありがとう! サンダルの人!』



 え、ちょっ……まっ……!



 僕の意識は現実へと引き戻された。声だけだったけど、きっとサンダルの人は心優しい天子様だったのだろう。サンダルの人の想いにも応えなくちゃ。






 意識が戻る。時間は殆ど経っていないようだ。視界には激闘を繰り広げるブッケンドさんと、ドクター・スウェカーの姿があった。


 史俊と時雨の姿はない。でも二人を感じ取ることはできた。


『誠司郎、正真正銘、これが最後だ』

『覚悟はいい?』


 もちろんだ。二人が一緒なら、僕はどこまでも行けるよ。


「行こう、史俊、時雨」


 僕は目覚めし力を行使する。瞬間、僕の服が粒子化し周囲に広がる。


「今、目覚めの時!」


 背中に熱を感じた。解き放たれる力。

 肩甲骨のあたりに灼熱を感じ、飛び出してきた物は純白の翼だ。


 一糸纏わぬ僕の姿は女性。魂は僕に女として生きることを選ばせた。

 それに文句など付けない。あの時、離れていった、もう一人の僕に誓ってだ。


 周囲に広がっていた粒子に新たなる力が加わる。史俊と時雨だ。


『いくぜ、誠司郎』

『きてっ、史俊っ!』

『完全に女だな。こんな時じゃなけりゃあなぁ』


 史俊の粒子が僕の身体を包み込む。瞬間、純白の衣服を身に付けた僕に黄金の鎧が装着されてゆく。

 史俊の力、黄金の装備一式だ。もちろん、女性用にフォルムは変更されている。


『私達で決着を!』

『うん! 時雨っ!』

『いくよっ! 誠司郎っ!』


 時雨の粒子が僕を包み込む。僕の頭上に光の輪が生じる。

 力が途方もなく湧き上がってくるのを感じ取った。


 もう一つ、小さな小さな粒子が僕の目の前に集まり形を成す。


「ガル……ちゃん?」


 それは、かつて魔導銃ガルム666であったものだ。でも、その姿は漆黒の銃ではなくなっていた。


 それは純白。黄金の装飾に飾られた新たな姿のガルム666だったのだ。


「ありがとう、ガルちゃん。もう一度、僕に力を貸して」


 純白の魔導銃が温かな輝きを放つ。僕は全ての想いを込めてあいぼうに魔力を注ぎ込んだ。

 そして、僕は羽ばたく。その先にはドクター・スウェカー。


「ほう、目覚めましたか。どうやら、私の役目は終わったようですねぇ」

「武華堂! きさまぁっ!」


 ブッケンドさんがバックステップでドクター・スウェカーの攻撃を回避し、そのまま後退した。


「ドクター・スウェカァァァァァァァァァァァァァッ!」

「なぁっ!?」


 僕は腰の黄金の剣を引き抜き、驚愕の表情のドクター・スウェカーに切り掛かる。

 確かな手応え。僕の一閃はヤツの左腕を両断し桃色の粒子へと変じさせた。


「これは……桃力っ!?」


 黄金の剣からは途方もない桃力を感じ取る。そして、この力は……!


「ヒュリティアさん!」


 確かに彼女の力を感じた。きっと、彼女が桃力を黄金の剣を介して送ってくれているに違いない。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 腕が……わしの腕がぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ドクター・スウェカーが今までとは違って痛みにのたうち回っている。これはどういうことなのだろうか。


「……鬼が桃力によって傷付けられた傷は魂に及ぶ。魂は痛みを遮断できないからな」

「桃吉郎さん!」

「くっくっく、今まで痛覚遮断に頼りきってきたツケだ。苦しめ苦しめ」


 どうやら、桃吉郎さんも復活を果たしたようだ。これで、もう心配事は無い。

 僕は黄金の剣を床に突き刺し、すぅ、と息を吸い込む。


 できるはずだ、今の僕なら、僕たちなら!


「皆! 僕に力を!」


 僕の頭上の光の輪がガルム666に重なる。魔導銃は更なる進化を果たした。銃から純白の翼が三対生えてきたのだ。

 同時に黄金の剣より桃力が溢れ出てガルム666に注がれてゆく。その時、魔導銃から声が聞こえた。


『我が名は【ルシフェル444】主に力を、そして勝利を』


 感じる、聞こえる、相棒の声が! お願い、僕のパートナー!


『さぁ、ラストなんだから、派手に決めましょう!』

『うん! お願い、時雨!』

『衝撃は全部俺が受け止めっからよ! 誠司郎は一撃に全てを掛けろ!』

『任せたよ! 史俊!』


 僕は全ての温かい心を銃に込める。怒りでも、憎しみでも、悲しみでもない。

 銃に集まる力は桃力の輝き。僕ら【四人】の優しさを込めて、それは激しく輝く。


「今の俺には眩し過ぎる輝きだな……」


 桃吉郎さんの悲しげな呟きが聞こえた気がする。

 そして、力は臨界を迎えた。今こそ解き放つ時。


「このわしがっ! 滅びるなどっ!」


 ドクター・スウェカーが再び炎の右腕を生成する。しかし……。


「ぎゃっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何故、わしを喰らうっ!?」


 炎の右腕がドクター・スウェカーを侵食し始めた。それは明らかなる謀反、反乱だ。


「愚かな……それはエルティナの全てを喰らう者・炎の枝であろう」

「ぐぎぎ……それがっ、どうしたぁ!? わしはこれを制御できていたのだ!」

「エルティナは進化を司るカーンテヒルの真なる約束の子。即ち、枝たちは常に進化し続けている」

「な……!?」

「そして、エルティナの神気の特性は【無】。エルティナは【無限】に進化し続けるのさ、枝たちに合わせてな」


 顔を青ざめさせるドクター・スウェカー。最早、彼は万策尽きている。だから……!


「今……救ってあげる。ドクター・スウェカー!」


 僕は……僕たちは解き放った。温かな力を、優しさの閃光を。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 膨大な力がルシフェル444の銃口から解き放たれる。でも、それは破壊の力じゃない。憎き敵をも救わんとする、救済の光だ。

 エルティナさんが常に胸に抱き続けてきた、慈悲の力なのだ。それがドクター・スウェカーを飲み込む。


 輝きが消えた後、その身体を桃色の粒子へと解しつつあるドクター・スウェカーが残った。


「あ、あぁ……温かい。この力はいったいなんなのだ?」

「ドクター・スウェカー。それは優しさという名の力ですよ」


 ブッケンドさんの言葉にドクター・スウェカーは怪訝な表情をした後に、思い当たる節を見つけたのか、穏やかな表情へと変わった。


「優しさ……あぁ、そうか。わしはこれを知っていたなぁ。いつか……研究できるか……のう……?」

「あぁ、できるさ。輪廻を迎えたその先で……また」


 桃吉郎さんの答えに、ドクター・スウェカーは目を細め微笑んだ。


「そうか……そうだといいのう……」


 ドクター・スウェカーは最期に優しさを思い出し、静かに逝った。

 彼の言葉からも分かる……狂気に獲り付かれる以前の彼が。きっと、優しい心を持っていたのだろう。


 何が彼を、ああも変えてしまったのだろうか。それを思うと心が痛む。


「その痛みを忘れるな。エルティナがずっと心に抱えているものだ」

「桃吉郎さん……桃使いはこの痛みをずっと憶えているんですか?」

「あぁ、いつか自分も輪廻に帰るその時までな」

「僕にはきついです。でも……この痛みだけは憶えておこうと思います」

「そうか……そうしてやってくれ、誠司郎」


 桃吉郎さんが微笑みながら僕の頭を撫でて褒めてくれた。でも、その顔は数多の悲しみを知る男の顔だった。僕の目からは涙が溢れてくる。


「お見事です、誠司郎君。おっと、誠司郎さんの方が良いですかな?」

「どちらでも。ありがとうございました、ブッケンドさん」

「いえいえ、あまりお役に立てなくて申し訳ありません」

「よく言う。あのまま全部持って行ってしまうのではないか、と冷や冷やしていたぞ」

「目覚めていたのなら手伝ってください、桃吉郎様」

「腹がきつかったから遠慮した」


 これにはブッケンドさんも苦笑いで返した。


「あとはエルティナと約束の子、そして【偽りの女神】しだいか」

「そうですね……いよいよ、長きに渡る因縁も終決する時ですかな?」

「あぁ……因果は収束しつつある。ブッケンド、更なる協力を頼む」

「この老骨にできるのであれば」


 こうして、僕らとドクター・スウェカーとの戦いに決着はついた。

 エルティナさんの鬼化まで残り三時間程度だ。僕らが時間内に、彼女の元に辿り着くことは無理だろう。

 だから、僕は彼女のために祈る。奇跡が起きますようにと。


 エルティナさんが僕らを信じてくれたように、僕らも彼女を信じる。


「帰ろう、誠司郎、史俊、時雨」

「……はい、桃吉郎さん」

「と、その前に」


 桃吉郎さんはドクター・スウェカーがいた場所に落ちていた小さな箱を投げてよこした。


「これは?」

「それがハザマだ。ドクター・モモの爺さんに渡しな」

「これが……はいっ!」

「ん、よろしい。女の子は笑顔が一番だ。ブッケンド、転移門に冒険者達を突っ込んでくれ」

「承知致しました」


 桃吉郎さんが生み出した黒い穴に、次々と冒険者達が放り込まれてゆく。僕たちも、この転移門で獄炎の迷宮にやってきたのだ。


 こうして、僕たちは倒れていたエンドレスグラウンドのプレイヤーを回収し、カオス教団本部へと帰還したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ