657食目 この一撃に優しさを
先手は僕。魔導銃ガルム666に魔力と信念を籠め発射、ダブルバレットはまだ使わない。六回しか使えないし、ドクター・スウェカー相手に弾丸を装填できるとは思えない。
「ほほっ! あの時とは違うようじゃの!」
予想どおり余裕で回避される。でも、それでいいんだ。僕は一人で戦っているわけじゃない。
「そこっ!〈アイアンソーン〉!」
「うぬっ!?」
時雨の新魔法〈アイアンソーン〉は鉄の茨を生やし相手を絡め取る魔法だ。地中から砂鉄を集め鉄の茨を生成するわけなのだが、一本作り出すのに相当な時間が掛かる事が判明し、ネタ魔法として捨て置かれていたものを、このタイミングで使用したのである。
それは、ここの床が全て鋼鉄製だからだろう。ここなら、いくらでも鉄の茨を生成できる。
「おっしゃぁ! 決めてやる!」
そこに史俊が黄金の剣で切り掛かる。動きを封じ込めてからの攻撃。ドクター・スウェカーはかわせない。
「と思うじゃろ? 甘いんじゃよ」
「なっ!?」
がくんと史俊の動きが止まる。その足には鉄の茨。
「鬼力特製【複】! わしの鬼力は全てをコピーする!」
「な、なんだとぉ!?」
「くっ!」
僕は即座に史俊の足に絡みつく鉄の茨を狙い撃つ。
戒めから解き放たれた史俊が飛び退く、とそこに炎の腕が落ちてきた。
ボコボコと音を立てて煮え立つ鋼鉄の床。何事か、とドクター・スウェカーを見れば、その右腕には巨大な炎の腕があった。
「かっかっか! 全てを喰らう者・炎の枝じゃよ! 素晴らしいとは思わんかね?」
「エ、エルティナさんの……!」
冗談じゃない! あんなものを受けようものなら、一瞬で蒸発させられてしまう!
「史俊っ!」
「分かってらぁ! 防ごうだなんて思っちゃいねぇよ!」
「ほっほう? かわせるとでも思っておるのか?」
ドクター・スウェカーが炎の右腕を振るう。それをなんとか飛び退いてかわす。
巨大な腕にもかかわらず、重さがないかのように振るう。
いつまでもかわせる、とは到底思えない。早く何か手を講じなくては。
「時雨っ!〈ミストテリトリー〉を全体に!」
「えっ!? そんな事をしたら、私達も視界不良になるわよ!」
「僕を信じて!」
「っ!〈ミストテリトリー〉!」
時雨が霧で戦場全体を覆い尽くす。〈ミストテリトリー〉とは霧を発生させて視界を奪う魔法だ。
しかし、これは同時に自分達も効果範囲に入ると、霧に視界を奪われてしまうデメリットがあった。
よって、通常であれば対象の周辺に狭い範囲で発生させ、遠距離攻撃を叩き込むのがセオリーである。
でも、僕はそれを全体に掛けるよう指示したのである。それはこの黄金の髪飾りがあるからだ。
『見える? 僕の髪飾りの能力で二人とも霧の影響を受けないと思うんだけど』
『おう、バッチリだぜ』
『ドクター・スウェカーが私達を見失っている間に、背後へと回りましょう』
〈テレパス〉を駆使して会話をし、慎重にドクター・スウェカーの背後に回り込む。
彼は炎の腕をやみくもに振り回し、僕らを手探りで探していた。
こうして落ち着いて観察すると、彼はそこまで戦闘に長けているわけではないようだ。
『ドクター・スウェカーって、そんなに戦い慣れしてなさそうだよ』
『下手に強力な能力を持っちまったせいで、成長しなかったんだろうぜ』
『付け入るならそこね。ぎゃふん、と言わせてやるんだから』
そして、ドクター・スウェカーの背後を取った僕らは必殺の構えを取る。
静かに、静かに、魔導銃ガルム666に魔力を注ぎ込む。全ての魔力を注ぎ込むつもりでだ。
史俊は僕を背後にて支える。しっかりと身体を支えて……。
もにゅん、もにゅん。
『ちょっと! 史俊! おっぱいを揉まないで!』
『いや、リラックスさせようとだな』
『バカ史俊! たぶん、ラストチャンスなんだから真面目にやりなさいっ!』
この期に及んで史俊はいつもどおりだった。でも、お陰で肩の力が抜けた気がする。
すうっ、と息を吸い込み静かに吐きだす。ガルム666が僕の想いに応え、静かに輝きを増してゆく。
時雨はガルム666の銃口に〈マジックブースト〉を施している。
この魔法は魔力を注げば注ぐほど攻撃力が増す、という補助魔法だ。
彼女は自分の限界まで魔力を注ぐつもりなのだろう。額から流れる大粒の汗が、それを物語っていた。
『そろそろ、霧が晴れる! 準備はいいか!?』
『私も限界まで魔力を注いだわ! あとはお願いね! 誠司郎!』
『分かった、二人の想いをこの攻撃に! 僕の想いも込めてっ!』
霧が晴れた。同時に引き金を引く。ガルム666の咆哮が響き渡る。
全弾を打ち込む。後先など考えない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ぐ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」
とてつもない衝撃に両肩が外れる。でも痛みを無視し、強引に引き金を引く、引く、引く。
「ここで……決めるんだぁぁぁぁぁっ!」
あまりの痛みに悲鳴を上げる僕を、史俊がしっかりと支えてくれた。
「なっ!?」
ドクター・スウェカーが音に反応しこちらに振り向く。でも、もう遅い!
「ダブルバレット・ブースト! 行って!」
僕らの想いを乗せた六つの青白い閃光が、ドクター・スウェカーの胸に突き刺さる。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
その弾丸の勢いは彼を壁際まで押しやり、鋼鉄の壁に激突させた。
しかし、尚も耐える狂気の科学者。
「わしをっ! 誰だと思っておるっ! ドクター・スウェカーなのだぞっ!」
青白い弾丸が爆ぜた。そして巻き起こる大爆発。魔力の爆弾が炸裂したのである。
「うおっ!」
「あうっ!」
「きゃあっ!」
その凄まじい爆風に煽られて僕らは転げまわる。
抜けた両肩に激痛が走り僕は意識を失いかけた。正直、もう立つ気力もない。
「許さん……許さんぞぉ! 虫けらどもぉ!」
しかし、ドクター・スウェカーは健在であった。
その身を煤と血で染め上げ、顔の半分は吹き飛んでいるにもかかわらず、尚も立っていたのである。
「そ、そんな……」
「誠司郎! 時雨! 回復魔法、いけるか!?」
「だめ……もう魔力が……」
ここまで来て、ヒュリティアさんに力をもらっても、届かなかったというの?
「かっかっか! 安心せい、ただでは殺さん。その身体を有効活用させていただくのでなぁ? だが、その前に、殺してくれ、と懇願するまで、いたぶってやろうじゃないか!」
半分だけとなった顔で、歪んだ笑みを作る狂科学者。その彼の前に史俊が立ち塞がった。
「んん? なんのつもりじゃ?」
「ここから先は行かせねぇ! 一歩も引かねぇ!」
「ふぅむ、知性に欠ける固体のようじゃな。状況がまるで分かっておらぬ」
ニヤリとほくそ笑むドクター・スウェカーの失われた右腕から、再び炎の腕が生えてきた。黄金の盾と鎧であっても、アレを受け止めることは叶わないだろう。
「俺は退かねぇぞ!」
「どうぞご自由に」
「や、やめてっ! 史俊、逃げて!」
「史俊っ!」
「誠司郎、時雨、おまえらを置いていけねぇよ。なぁ、そうだろ?」
ドクター・スウェカーの炎の右腕が史俊に迫る。もう、ダメなのだろうか。思わず僕は目を背けてしまった。
壮絶な衝撃音。全ては終わってしまったのだろう。僕の目から悲しさと悔しさが溢れ出てきた。
「どうやら、間に合ったようですねぇ」
落ち着いた男性の声。僕らはこの声を知っている。
ドクター・スウェカーは離れた場所にまで移動しており、史俊も無事な姿を見せている。
「き、貴様はっ!? まさかっ!」
「久しぶりですね、ドクター・スウェカー。いや、末原和毅博士」
「武華堂嵩弥!」
ドクター・スウェカーに静かに歩み寄るのはブッケンドさんだった。
静かな眼差し、そこには燃え滾る闘志を宿し、拳には灼熱の怒りを纏わせている。
「あなたは、やり過ぎたようですね」
「何故、貴様が生きておる!? 初期型の【ハザマ】では到底、肉体は耐えられまい!」
「偶然だったんでしょうねぇ。それこそ、奇跡が起こったんですよ」
瞬間、ブッケンドさんの腰が沈んだ。そして、おびただしい拳の弾幕がドクター・スウェカーに襲い掛かる。だが、彼は避けようともしない。
「バカめ! 桃使いではないおまえが、わしに触れれ……ばべっ!?」
「確かに、私は桃使いではありません。ですが……モモガーディアンズなのですよ、私は」
その両拳には桃色のガントレットがはめられていた。そこからは桃色の輝きが漏れ出している。きっと桃力だ。
そのガントレットの形状も合わさり、ブッケンドさんがまるでボクサーのように思える。
そのたとえは半分正しかった。だって、彼はまだプロボクサーなのだから。
「誠司郎君、私が時間を稼ぎましょう。その隙に、あなた達は己に目覚めなさい」
「え……?」
僕の問い掛けに応える間もなく、ブッケンドさんはドクター・スウェカーに向かって踏み込んだ。
「武華堂っ!」
「その名は捨てたっ! ドクター・スウェカー!」
激しい衝撃音と爆発音。因縁を持つ二人の死闘が始まった。
ブッケンドさんの言う【目覚めろ】とはいったいなんなのだろうか。
僕らは全ての力を出し切ったはずだ。それにもう……力が入らないよ。
「誠司郎! 時雨!」
史俊が倒れている僕らの下へ駆け付け抱き起してくれた。外れている肩が痛む。
「しっかりしろ! 立てるか!?」
命を顧みずに僕らを護ろうとしてくれた彼に、僕は応えなくてはならない。
だから……!
「史俊、ちょっと支えていて」
「え? お、おう」
「お……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無理矢理、肩をハメる。凄まじい痛みが襲いかかるも、今はそれどころではない。
「せ、誠司郎っ!?」
「ひっ!? せ、誠司郎! ちょっと!」
「う、ぐぅ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
もう片方もハメる。痛いけど、辛いけど、まだ生きているから頑張れる。
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だよ、時雨。これで動かせるから」
「無茶苦茶よ。本当に死んじゃうわ」
「無茶をしないと、本当に死んじゃうよ」
ブッケンドさんは言った、時間を稼ぐ、と。それは自分がドクター・スウェカーに勝てない事を悟っている証拠。
そして、目覚めろ、とは僕らがドクター・スウェカーに勝てる可能性がある、という証だ。
でも、その目覚め方が分からない。
「どうすれば、僕らは目覚めることができるんだろうか」
「ブッケンドさんが言っていた目覚めか?」
「急にそんなことを言われても……」
僕らは困り果ててしまった。できることは全てしたつもりだ。その上で、あの結果に終わってしまった。他にどうすればいいのだろうか。
「わからない……教えてよ、ガルちゃん」
困り果てた僕はガルム666の銃身を額に当てる。ひんやりとした、でも温かな力が僕に伝わってきた。それはガルム666が僕を信じているからだろう。
『銃を信じぬけ』
ガイリンクードさんの言葉が蘇ってきた。
『信じ抜いたヤツが進化するのさ』
あぁ、そうか。答えはガイリンクードさんから教わっていたんだ。
「史俊、時雨、僕を信じて」
僕は二人に右手を差し出す。ズル剥けて血だらけだけど我慢してね。
「何を今更」
「そうよねぇ。誠司郎を信じなかったことなんてないわ」
二人の手が僕の手に重なる。重なった手から温かな輝きが溢れ出てきた、それは、桃色の輝きだ。
桃力の輝きは僕ら三人を包み込む。そして、僕らを目覚めの地へと誘った。
時は来たれり……ようやく……目覚めの時が来たのですね。
『え?』
『うおっ!? 素っ裸だ! 時雨っ!』
『こっち見んな!』
『えぶしっ!?』
僕らはいつの間にか桃色の空間にやってきていた。
何故か来ていたはずの服は無く、全員が裸になっていたのである。
はうぅ……恥ずかしいよ。
え~っと……話を続けてもいいかな……?
『あっはい、どうぞ』
『巨乳……誠司郎……巨乳……』
『しっかりして! 時雨!』
『はっ!? わたしはしょうきにもどった!』
もう話を進めますね。
え~っと、あなた達は、というか誠司郎が目覚めたので力を与えます。
『投げやりになった!?』
『史俊のせいよ! 謝って!』
『すいあせんでした』
ゆるします。
『もう許された!』
えっと……それで誠司郎。あなたには二つの道を用意しました。
一つは男としての道。もう一つは女としての道です。
どちらかを選ぶことによって、力は解放される、と主様は申されました。
『それはどのような違いが?』
大した差はありません。ですが、あなたはどちらかを選ぶことはできないのです。
『それはどうしてですか?』
それはあなたの魂が、これまでの経験を糧に選択するからです。
意思とは別に、魂はあなたの本当になりたい姿を選ぶことでしょう。
『あ……』
僕の身体に変化が送るのを感じ取った。同時に史俊と時雨の姿も光の粒子へと解けてゆく。でも、二人には戸惑いがなかった。
『そんじゃ、まぁ、やるとすっか!』
『誠司郎、私達の想いをうけとってね?』
そして、二人は僕の中に吸い込まれていった。同時に僕の中から何かが出てゆく。
それは僕だ。幼かった頃の僕。でも、その子は僕ではなかった。だって……。
魂は選択しました。さぁ、決着を付けていらっしゃい。
『まって! あなたはいったい!?』
私の名は……サンダル……。
『ありがとう! サンダルの人!』
え、ちょっ……まっ……!
僕の意識は現実へと引き戻された。声だけだったけど、きっとサンダルの人は心優しい天子様だったのだろう。サンダルの人の想いにも応えなくちゃ。
意識が戻る。時間は殆ど経っていないようだ。視界には激闘を繰り広げるブッケンドさんと、ドクター・スウェカーの姿があった。
史俊と時雨の姿はない。でも二人を感じ取ることはできた。
『誠司郎、正真正銘、これが最後だ』
『覚悟はいい?』
もちろんだ。二人が一緒なら、僕はどこまでも行けるよ。
「行こう、史俊、時雨」
僕は目覚めし力を行使する。瞬間、僕の服が粒子化し周囲に広がる。
「今、目覚めの時!」
背中に熱を感じた。解き放たれる力。
肩甲骨のあたりに灼熱を感じ、飛び出してきた物は純白の翼だ。
一糸纏わぬ僕の姿は女性。魂は僕に女として生きることを選ばせた。
それに文句など付けない。あの時、離れていった、もう一人の僕に誓ってだ。
周囲に広がっていた粒子に新たなる力が加わる。史俊と時雨だ。
『いくぜ、誠司郎』
『きてっ、史俊っ!』
『完全に女だな。こんな時じゃなけりゃあなぁ』
史俊の粒子が僕の身体を包み込む。瞬間、純白の衣服を身に付けた僕に黄金の鎧が装着されてゆく。
史俊の力、黄金の装備一式だ。もちろん、女性用にフォルムは変更されている。
『私達で決着を!』
『うん! 時雨っ!』
『いくよっ! 誠司郎っ!』
時雨の粒子が僕を包み込む。僕の頭上に光の輪が生じる。
力が途方もなく湧き上がってくるのを感じ取った。
もう一つ、小さな小さな粒子が僕の目の前に集まり形を成す。
「ガル……ちゃん?」
それは、かつて魔導銃ガルム666であったものだ。でも、その姿は漆黒の銃ではなくなっていた。
それは純白。黄金の装飾に飾られた新たな姿のガルム666だったのだ。
「ありがとう、ガルちゃん。もう一度、僕に力を貸して」
純白の魔導銃が温かな輝きを放つ。僕は全ての想いを込めて銃に魔力を注ぎ込んだ。
そして、僕は羽ばたく。その先にはドクター・スウェカー。
「ほう、目覚めましたか。どうやら、私の役目は終わったようですねぇ」
「武華堂! きさまぁっ!」
ブッケンドさんがバックステップでドクター・スウェカーの攻撃を回避し、そのまま後退した。
「ドクター・スウェカァァァァァァァァァァァァァッ!」
「なぁっ!?」
僕は腰の黄金の剣を引き抜き、驚愕の表情のドクター・スウェカーに切り掛かる。
確かな手応え。僕の一閃はヤツの左腕を両断し桃色の粒子へと変じさせた。
「これは……桃力っ!?」
黄金の剣からは途方もない桃力を感じ取る。そして、この力は……!
「ヒュリティアさん!」
確かに彼女の力を感じた。きっと、彼女が桃力を黄金の剣を介して送ってくれているに違いない。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 腕が……わしの腕がぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドクター・スウェカーが今までとは違って痛みにのたうち回っている。これはどういうことなのだろうか。
「……鬼が桃力によって傷付けられた傷は魂に及ぶ。魂は痛みを遮断できないからな」
「桃吉郎さん!」
「くっくっく、今まで痛覚遮断に頼りきってきたツケだ。苦しめ苦しめ」
どうやら、桃吉郎さんも復活を果たしたようだ。これで、もう心配事は無い。
僕は黄金の剣を床に突き刺し、すぅ、と息を吸い込む。
できるはずだ、今の僕なら、僕たちなら!
「皆! 僕に力を!」
僕の頭上の光の輪がガルム666に重なる。魔導銃は更なる進化を果たした。銃から純白の翼が三対生えてきたのだ。
同時に黄金の剣より桃力が溢れ出てガルム666に注がれてゆく。その時、魔導銃から声が聞こえた。
『我が名は【ルシフェル444】主に力を、そして勝利を』
感じる、聞こえる、相棒の声が! お願い、僕のパートナー!
『さぁ、ラストなんだから、派手に決めましょう!』
『うん! お願い、時雨!』
『衝撃は全部俺が受け止めっからよ! 誠司郎は一撃に全てを掛けろ!』
『任せたよ! 史俊!』
僕は全ての温かい心を銃に込める。怒りでも、憎しみでも、悲しみでもない。
銃に集まる力は桃力の輝き。僕ら【四人】の優しさを込めて、それは激しく輝く。
「今の俺には眩し過ぎる輝きだな……」
桃吉郎さんの悲しげな呟きが聞こえた気がする。
そして、力は臨界を迎えた。今こそ解き放つ時。
「このわしがっ! 滅びるなどっ!」
ドクター・スウェカーが再び炎の右腕を生成する。しかし……。
「ぎゃっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何故、わしを喰らうっ!?」
炎の右腕がドクター・スウェカーを侵食し始めた。それは明らかなる謀反、反乱だ。
「愚かな……それはエルティナの全てを喰らう者・炎の枝であろう」
「ぐぎぎ……それがっ、どうしたぁ!? わしはこれを制御できていたのだ!」
「エルティナは進化を司るカーンテヒルの真なる約束の子。即ち、枝たちは常に進化し続けている」
「な……!?」
「そして、エルティナの神気の特性は【無】。エルティナは【無限】に進化し続けるのさ、枝たちに合わせてな」
顔を青ざめさせるドクター・スウェカー。最早、彼は万策尽きている。だから……!
「今……救ってあげる。ドクター・スウェカー!」
僕は……僕たちは解き放った。温かな力を、優しさの閃光を。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
膨大な力がルシフェル444の銃口から解き放たれる。でも、それは破壊の力じゃない。憎き敵をも救わんとする、救済の光だ。
エルティナさんが常に胸に抱き続けてきた、慈悲の力なのだ。それがドクター・スウェカーを飲み込む。
輝きが消えた後、その身体を桃色の粒子へと解しつつあるドクター・スウェカーが残った。
「あ、あぁ……温かい。この力はいったいなんなのだ?」
「ドクター・スウェカー。それは優しさという名の力ですよ」
ブッケンドさんの言葉にドクター・スウェカーは怪訝な表情をした後に、思い当たる節を見つけたのか、穏やかな表情へと変わった。
「優しさ……あぁ、そうか。わしはこれを知っていたなぁ。いつか……研究できるか……のう……?」
「あぁ、できるさ。輪廻を迎えたその先で……また」
桃吉郎さんの答えに、ドクター・スウェカーは目を細め微笑んだ。
「そうか……そうだといいのう……」
ドクター・スウェカーは最期に優しさを思い出し、静かに逝った。
彼の言葉からも分かる……狂気に獲り付かれる以前の彼が。きっと、優しい心を持っていたのだろう。
何が彼を、ああも変えてしまったのだろうか。それを思うと心が痛む。
「その痛みを忘れるな。エルティナがずっと心に抱えているものだ」
「桃吉郎さん……桃使いはこの痛みをずっと憶えているんですか?」
「あぁ、いつか自分も輪廻に帰るその時までな」
「僕にはきついです。でも……この痛みだけは憶えておこうと思います」
「そうか……そうしてやってくれ、誠司郎」
桃吉郎さんが微笑みながら僕の頭を撫でて褒めてくれた。でも、その顔は数多の悲しみを知る男の顔だった。僕の目からは涙が溢れてくる。
「お見事です、誠司郎君。おっと、誠司郎さんの方が良いですかな?」
「どちらでも。ありがとうございました、ブッケンドさん」
「いえいえ、あまりお役に立てなくて申し訳ありません」
「よく言う。あのまま全部持って行ってしまうのではないか、と冷や冷やしていたぞ」
「目覚めていたのなら手伝ってください、桃吉郎様」
「腹がきつかったから遠慮した」
これにはブッケンドさんも苦笑いで返した。
「あとはエルティナと約束の子、そして【偽りの女神】しだいか」
「そうですね……いよいよ、長きに渡る因縁も終決する時ですかな?」
「あぁ……因果は収束しつつある。ブッケンド、更なる協力を頼む」
「この老骨にできるのであれば」
こうして、僕らとドクター・スウェカーとの戦いに決着はついた。
エルティナさんの鬼化まで残り三時間程度だ。僕らが時間内に、彼女の元に辿り着くことは無理だろう。
だから、僕は彼女のために祈る。奇跡が起きますようにと。
エルティナさんが僕らを信じてくれたように、僕らも彼女を信じる。
「帰ろう、誠司郎、史俊、時雨」
「……はい、桃吉郎さん」
「と、その前に」
桃吉郎さんはドクター・スウェカーがいた場所に落ちていた小さな箱を投げてよこした。
「これは?」
「それがハザマだ。ドクター・モモの爺さんに渡しな」
「これが……はいっ!」
「ん、よろしい。女の子は笑顔が一番だ。ブッケンド、転移門に冒険者達を突っ込んでくれ」
「承知致しました」
桃吉郎さんが生み出した黒い穴に、次々と冒険者達が放り込まれてゆく。僕たちも、この転移門で獄炎の迷宮にやってきたのだ。
こうして、僕たちは倒れていたエンドレスグラウンドのプレイヤーを回収し、カオス教団本部へと帰還したのであった。