654食目 突入、生体兵器工場
◆◆◆ 誠司郎 ◆◆◆
獄炎の迷宮の奥深く、最終階層地下百階を更に潜る。この時点でかなりの日数を費やしてしまった。
いきなり最下層への転移はドクター・スウェカーに干渉されていて無理だったので、地道に入り口から潜ったのである。
度重なるモンスターの襲撃を退けながら、僕らは下へ下へと下ってゆく。
「身体に掛かる重力が凄い」
「誠司郎、無理して動くんじゃねぇぞ」
「あら、私は心配してくれないのかしら」
「え? だってほら、時雨はゴリラにてんしょ……くべし!?」
星の中心に近付くにつれて負荷は強まる一方だ。既に僕らの体重は数倍になっているものと思われる。
そんな中を平気な表情で進むカオス教団の面々。
「ま、まってくれ! 膝に矢を受けてしまった!」
「またですか、桃吉郎様。これで五度目ですよ」
「不意打ちだから仕方がない」
「まったくもう」
と思われるが彼らのトップである桃吉郎さんはそこまで頑強ではないらしく、ちょくちょく休憩を要求してきた。そのお陰で僕らも休めるわけなのだが。
「ちょっと、この重力は白エルフには天敵でしょう? きたない、重力。流石きたない、重力」
彼は見た目に反して身体能力は高くはないようだ。
また、黒髪ではあるが肌は白いので黒エルフではないらしい。
でも、魔法は苦手なので使わないそうだ。
それじゃあ、肌が白い黒エルフなんじゃ、と心の中でツッコミを入れたところ、桃吉郎さんがくしゃみをした。勘が鋭い人だ。
「全てを喰らう者で重力を食べてしまっては?」
「だって、ジュレイデが良い筋肉トレーニングになるから使うなって」
モーベンさんの指摘に桃吉郎さんが頬を膨らませながら答えた。
モーベンさんは真顔でジュレイデさんを見つめる。彼女は顔を赤らめて胸を抱き寄せた。
……なにこれ?
「今晩」
「妻子がいた身なので」
「そこをなんとか」
「却下です」
「あぁん」
どうやら、ジュレイデさんはモーベンさんに気があるようだ。
旦那さんはいないのだろうか? まさか……不倫?
「冗談なんて言ってないで先を急ぎましょう。時間はそこまで残っていないのですよ」
「分かっているんだが……どうにもこうにもいかんな。この貧弱な肉体が恨めしい」
桃吉郎さんは再び立ち上がって歩き出す。それに倣って僕らも歩き始めた。
余談だけど、おっぱいが重いです。この時ばかりは時雨が羨ましい。
道中で千切れなければいいんだけど……。
何度目かのモンスターの襲撃を退けた後、時雨は肩で息をしながらポツリと呟いた。
「ねぇ、この重力……〈ライトグラビティ〉で緩和できないかしら?」
「え?」
「え?」
「「「「「「「え?」」」」」」」
彼女の呟きに、この場にいた全員が固まった。
「最初から魔法を使っておけばよかったじゃねぇか」
「なんの為に耐え忍んでいたのか分かったものではないな」
ぶつぶつと文句を言いながら歩き続けるカオス教団一行。重力魔法〈ライトグラビティ〉で身体に掛かる重力を緩和し負担を減らす。
その甲斐もあって、以後の進行はスムーズになった。
それから、どれくらい歩いただろうか。僕らの視界には明らかに人工物である壁が見えてきた。
それは機械の壁だ。灰色の金属で作られた壁には無数の銃器が備わっている。
「面倒臭い事をしてくれたものだ」
「坊、連中の仕業か?」
「あぁ、間違いない。アレを拠点にして攻め込むつもりなんだろう」
半魚人の司祭、濁流のベルンゼさんが桃吉郎さんと打ち合わせをしている。
どうやら、突入を試みるようだ。
「おっしゃ、一丁やりますかなっと!」
ゼルンゼさんが無謀な突撃を開始した。
瞬間、機銃がゼルンゼさんに狙いを定めて発砲。おびただしい弾丸が彼に襲い掛かった。
「あめぇよ! 水壁!」
トライデントを地面に突き刺す。すると、うねりを上げて地面から水が飛び出してくる。
弾丸はそのうねりに飲み込まれ無効化されてしまったではないか。
「続け!」
桃吉郎さんの号令で、一斉にカオス教団八司祭が動いた。僕らも彼らに続く。
「当たって!」
ホルスターからガルム666引き抜き魔力を送り込む。
魔力を喰らって輝く魔犬。咆哮と共に吐きだされるのは信念という名の弾丸だ。
バキュイン、という音と共に機銃の一つが吹き飛ぶ。それに続いて無数の雷撃が機械の壁へと放たれる。バルドルさんのお母さん、雷怒のジュリアナさんの魔法攻撃だ。
「賢しい壁だ! 炭になるがいい!」
ばるんばるんと荒ぶる乳房。凄まじいスタイルの良さに史俊の視線は釘付けになる。
「人妻、マジパネェッス!」
お願いだから、戦闘中くらいは真面目に戦って!
「おおっとぉ! 一瞬、意識をおっぱいに持ってかれたぁ!」
「一瞬じゃなかったよね!?」
「……五秒くらい?」
機関銃から大量の弾丸が無差別に放たれる。ある者は回避し、ある者は防いだ。
僕らの場合は回避できるだけの技術は持ち合わせていない。頼れるのは史俊の黄金の盾のみだ。
「このくらい、余裕、余裕!」
史俊は弾丸を盾や鎧で弾き返しながらぐいぐいと前へ進んでゆく。
ヒュリティアさんからいただいた力は凄まじかった。
「オーケー……良い距離よ! 行きなさい!〈サンダーテンタクルス〉!」
時雨のオリジナル魔法〈サンダーテンタクルス〉が発動した。この魔法は、その名のとおり雷の触手を生成する魔法だ。
時雨の意志で自由に動く無数の触手は、機械の壁の小さな隙間に入り込み内部を焼き尽くす。
この魔法のえげつない所は、小さな隙間が空いているならば、するりと入り込んで内部を焼き尽くすことが可能なことだ。
特に精密機械などには無類の威力を誇る魔法として完成している。
機械の壁が一部分爆発を起こす。また一つ爆ぜた。あとは連鎖反応のごとく爆発は続き、遂には跡形もなく吹き飛ぶ。
黒煙が晴れた後は、機械の残骸がそこいらに散らばっている光景が目に飛び込んできた。
「どやっ」
「なかなかにえげつないな。よくやった」
「お褒めに預かり光栄ですわ、と言っておけばいいのかしら?」
「あぁ、それでいい」
桃吉郎さんに褒めてもらった時雨はドヤ顔を決めた。その表情が妙に似合うのは彼女の性格からか。
「内部に突入する。派手にやらかしたから連戦になる警戒しろ」
僕らは警戒しつつ内部へ突入した。僕は黄金の髪飾りの能力を発動させる。
この黄金の髪飾りの能力は、効果範囲内の構造物を精密にサーチし把握できる、といったものだ。
もちろん、範囲内の生物、または熱源を持つ機械類も把握可能である。
トウヤさんのサーチ能力を獲得した、と考えれば妥当だろうか。凄い便利。
「この建物は工場のようですね。形状はドーム状で約四万七千平方メートルほどあります」
「ふむ、東京ドーム並に広いのか。厄介だな」
確かに厄介だ。しかもドームのようにだだっ広いわけでもない。
「誠司郎、ドクター・スウェカーの反応は?」
「えっと……ありました。ドームの中央部分に反応があります」
「動きは?」
「無いようです。何か作業をおこなっているのかも」
桃吉郎さんの問い掛けに僕は事務的に答えてゆく。
もう、このやり取りも獄炎の迷宮内で何度となくおこなってきた。
最初は半信半疑だったカオス教団の面々も、僕の答えが正確だと判明すると疑わなくなったのである。
今では新しいエリアに突入すると、必ず僕がサーチをおこなうようになった。
「誠司郎、反応は幾つだ?」
「ガッツァさん、反応は五百三十ほどです。内、大型三百二十、中型五十三、小型百五十七」
「ふむ……多いな」
「ガッツァ、全部を相手にすることもあるまい」
「いや、デミシュリス、全て殲滅するくらいでないと足を掬われかねんぞ」
「随分と慎重だな」
「貴様が不用心すぎるのだ」
デミシュリスさんは肩を竦めてため息を吐いた。僕も実はガッツァさんの意見に賛成だ。
ここでドクター・スウェカーを逃すわけにはいかないのだ。そのためにも万全の態勢で戦いを挑みたい。
「だが、殲滅までヤツは待ってはくれまい。下手をすれば転移して逃げる可能性もある」
「くひひ、そうねぇ。一応は空間を弄って転移を阻止するつもりだけど、その間は私も戦闘に参加できないわよ?」
「問題はそれだな。どうしても殲滅力が欠ける。時雨には無茶をしてもらうことになるが、覚悟はできているな?」
「当たり前でしょう。覚悟なんてここにきている時点で済んでるわ」
できているか、ではなく、できているな、とは桃吉郎さんらしい訊ね方だ。
時雨も当然のように返事を返しているし、良いコンビになりそうだと思う。
「ねぇねぇ、はやく殺そうよぉ。僕、もう我慢できなぁい」
そして、このバルドルさんである。散々、暴れ回ったというのに、まだ満足していないようだ。
「わかった、わかった、そうがっつくな。では、行くとしようか」
「わぁい」
バルドルさんは「きゃっきゃ」と飛び跳ねながら桃吉郎さんに付いてゆく。
あの姿で男性なのだから世の中には不思議な人がいるものだ。
……僕も人のことは言えないけどね。
その時、黄金の髪飾りに反応があった。無数の熱源がこちらに向かって動き出したのである。
「反応接近! 数……百五十! 大型です!」
かなりの数だ。獄炎の迷宮内で戦ったモンスターも、これほどの物量で攻めてはこなかった。正直、未知数の戦いになる。
「盛大な歓迎だねぇ」
憂鬱そうなベルンゼさんがトライデントを肩に担いでため息を吐く。
「なんだ、臆したのか? ベルンゼ」
「まさか。潰し甲斐のある数だと思ってな」
「少ないくらいだ。妹様は、この千倍以上の鬼とやり合っていたのだからな」
ガッツァさんの言っていることはラングステン英雄戦争の事であろう。
彼らの話だと、カオス教団の面々もこっそり参戦していたらしいが。
ゴトリと音が聞こえてきた。僕らは武器を構える。
機械の壁の奥からゆっくりと姿を現した存在は、予想どおり人ではなかった。
しかし……。
「うげっ!? なんじゃありぁ!」
「うっ……グロい!」
史俊と時雨が思わず顔を顰めた。もちろん僕もだ。
彼らは人にして人に非ず。異形の姿となり果てた人だったものだ。
「メグランザか……まだ悪趣味なものを作っていたようだな、モーベン」
「ふむ、それにしては少々姿の方が違っているようですね」
「どうせ、改良を加えたんだろう。それに何をしようが俺達のやる事は変わらん」
「ごもっともです、桃吉郎様」
人間を四、五人ほど無理矢理融合させたような外見の化け物は、おぞましい金切り声を上げて襲いかかってきた。
その数百五十。決して広くはないが、通路を埋め尽くす形でなだれ込んでくる光景は恐怖そのものだ。
「これくらい、余裕を持って突破できんことには奥にはいけん。三分で殲滅する」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
こうして異形の生物メグランザ百五十体との戦闘が開始された。