652食目 迫る期限
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
おっす、オラ珍獣! 金色毛玉の極々普通の獣だ!
他の獣と違うところは、ただいま絶賛大ピンチ中、といったところかな。
やべぇよ、やべぇよ。
「ふきゅん」
まさか、鬼に侵食を許す、とはこの珍獣にも見抜けなんだ。
俺の目の前には薄気味悪い紫色の蔦に雁字搦めにされている、人の姿の【俺】がいた。
しかも、全裸。いや~ん。
周りは真っ白で何もない空間だ。面白みも何もあったものではない。
そんな中に、金色の饅頭が一匹、超不自然に存在している。
どうやら、激痛を感じて意識を失った俺は危機的な何かを感じ、心の一部を分離させたようなのだ。
それがこの珍獣。
はっきり言って、これで何かができるとは思えない。
先ほどからこの蔦に攻撃を仕掛けているもののまったく効果がない。
このままでは【いや~ん】な状態になる事は明白である。早くなんとかしなければ。
とはいうものの、この状態ではできることが限られていた。食う、寝る、遊ぶ、である。
なんの為に分離したのか、これもうわっかんねぇなぁ?
「ふきゅん!」
できることもないので取り敢えず蔦に体当りを喰らわす。
だが、そんなんじゃあまいよ、と俺の攻撃を跳ね返してしまったではないか。くやしぃですっ!
流石に俺も焦ってきた。このままではマジに蔦が本気モードに入りそうだ。なんとか本体のビジュアルを変えれないだろうか。
そうだな……たとえば、おもち、とかはどうだ。
白い肌に食い込む紫色の蔦! 喘ぐおもち! やがて、両者は危険な領域へと突入する!
どちらにせよ、根本的な解決には至らない。よって、この案は却下だ!
「ふきゅん……」
どないせいちゅうねん。ここまで、何もできないのは久しぶりだ。
やはり、魔力も桃力も使えない珍獣は、ただの珍獣だという事か。
疲れたのでぺたりと座り込む。足が極端に短いので、座るというよりは腹を地面に付けると言った方が早い。
というか、ここ、地面ないけどな。
さてさて、本格的に困ったぞ。打つ手なしだ。
仲間たちを信じて待つか? だが、間に合うとは思えない。やたら滅多ら浸食が早過ぎるのだ。
たぶん、この蔦が本体を覆ってしまったら手遅れになるだろう。
ぶっちゃけ、なんで分離したのか、これが分からない。何もできないのであれば、そのままでもよかったんじゃないですかねぇ?
あぁ、もう。することがねぇ。
俺は腹いせに、紫色の気色悪い蔦に向かって放屁した。
ぷぃん。
蔦の一部が枯れた。
「ふ、ふきゅん!?」
臭くないもん! 俺のおっぷぅは臭くないもん!
しかし、効果は一時的なもので、すぐさま枯れた部分が補填させてしまった。
また振出しに戻ってしまったのだ。ちくせう。
そんなイライラを募らせる状況に変化が起こったのは、今度はうんうんでも投げ付けてやろうか、と額に青筋を立てている最中のことであった。
何やらここへの入り口というか、出口というかが騒がしい。というか、なんだか知っているような気配がする。
俺はチラリと本体を見やる。キショイ蔦がうねうねと本体に纏わり付いている映像が飛び込んできた。完全に侵食されるまでには、まだ猶予はありそうだ。
ここにいたって、なんも解決できない。それならば一途の望みに賭けて飛び出す他にあるまい。
俺は短い足を総動員して、気配のする方角へと駆け出した。
よちよちよちよちよち……。
◆◆◆ ドクター・スウェカー ◆◆◆
計画は順調だ。推測通り、獄炎の迷宮を掘り進んだ先には、マイアスが作ったと思わしき設備があった。
何かしらの制御装置だと思われるがそんな事はどうでもいい。そこに機械があるならハッキングすることは容易い。別にコンピューターからコンピューターにしか干渉できないわけではないからだ。
わしは力の流れをハッキングすることができるがゆえに。
試みは成功。何体かのマイアスの依代を奪うことに成功した。
一体ほど、制御の略奪に失敗したが誤差であろう。
ここはどうやら、生物兵器の生産工場のようだ。地球管理システムASUKAへの足掛かりとさせてもらおう。
見た感じ、地球の機械類を更に進化させた物がごろごろと置いてある。
ここはじっくりと調べてみたいところであるが、迅速に行動しなければマイアスからの刺客がやってくるだろう。
工場内の壁は全て機械で埋め尽くされている。
その窪みには、できそこないの生物兵器がカプセルに収容され、ぽこぽこと気泡を吐きだしていた。
「ド、ドクター・スウェカー! 俺達はいつになったら地球に帰れるんだ!?」
「もう、約束の鉱石は渡したじゃないか!」
労働力として連れてきたエンドレスグラウンドのプレイヤーたちが騒ぎ始めた。
折角、使ってやってる、というのにうるさい連中だ。
「そうじゃのう……死んだら帰してやるわい。おまえたちの仲間のようにのう。それまで、しっかりと働くんじゃぞ」
「ぐ……外道が!」
「かっかっかっ! そんなに褒められるとこそばゆいのう」
「……」
ちょろい連中だ。逆らった者を見せしめとして、考え付く限りの苦痛を与え、ヤツらの目の前で殺してやった。
それ以降は文句は言うものの素直に従うようになった。
こいつらも多少は腕が立つようで、わしとの実力差を理解したのだろう。
まぁ、そうでなければ、このようなところにまで連れてこないのだが。
獄炎の迷宮に連れてきたプレイヤーは百名。内、十七名は既に脱落している。
思ったよりも残っており満足のゆく結果となっていた。こいつらは、なるべくマイアスとの戦いにまで生き残ってもらわなければならないからだ。
でなければ連れてきた意味がない
「ふむふむ、メグランザ……というのか。少し弄ってやれば使えそうじゃの」
マイアスのヤツめ、なかなか面白い研究をしているようだ。人間を改造して、対全てを喰らう者用の生物兵器を作っておる。
しかしまぁ、これは失敗作だったようだ。あまりに歪んでいる。適当に作り過ぎだ。
アイディアが煮詰まり過ぎた感が否めない。
「素直に魔導騎兵を量産すればいいものを。それとも、何か不都合が発生しているのかの?」
憶測の域は出ないが、マイアスは魔導騎兵の生産を良しとしていないのであろうか。
魔導騎兵は人が乗り込む事によって本来の力を発揮する。プログラム制御では半分の力も発揮できない設計だ。
もし、この魔導騎兵が人の手に渡り量産されようものなら、マイアスの存在を脅かす脅威となる。それを恐れたか。
「ふん、まぁええわい。もう、切り札はわしの手の内じゃて」
そう、マイアスを滅ぼすだけの力は得ている。一撃喰らわせるだけでいい。
【全てを喰らう者・火の枝】の能力は別格だ。どんな防御壁でも、一瞬にして融解させてしまう。
後はわしの肉体が燃え尽きる前にマイアスを握り潰すだけ。そのための囮がエンドレスグラウンドのプレイヤーたちだ。
こやつらは間違いなく、女神マイアスに助けを懇願するであろう。その時こそが最大のチャンスとなる。たとえ、彼女がこいつらを見捨てても問題はない。
その時は、こいつらに仕込んでおいた爆弾を起爆させるだけのこと。目くらまし程度にはなろう。
「もうすぐじゃ……もうすぐ、わしの野望は成就する」
地球管理システムASUKAを掌握すれば、そこを基盤として宇宙を調べられるようになろう。
今でもできない事はないが手間が掛かりすぎる。あまりに労力がかかると楽しみも半減するというものだ。
「さぁて、このメグランザじゃが……ちと材料が足りんのう」
なに、問題はない。材料なら、沢山持ってきたのだから。
わしはエンドレスグラウンドのプレイヤーたちを集合させた。
これから、楽しい、楽しい、実験タイムだ。胸が躍るわい。