647食目 終焉と再生の終わりの物語
「世界の終焉ともなると魔法と科学は既に存在しなくなる」
「え? どういうことですか?」
「科学と魔法は融合し【魔導学】という形態を成すからだ。これは地球でも遅かれ早かれやってくる」
色々と耳にしてはいけない情報ばかりであった。
この頃になると地球は既に死の星と化しており、僅かに生き残った人類はシェルターでの生活を余儀されなくなる、などの情報は終焉の世界なのだな、と僕らを頷かせた。
「さて、マイアスとカーンテヒルだ。彼らはやはり親子として星に誕生した。ここで質問だ。彼らはどこの星に生まれたと思う?」
「え?」
僕らは答えに苦しんだ。史俊などは適当に冥王星だの、コ~リン星だのと言っているが、桃吉郎さんは首を横に振るだけで縦に振る事はなかった。
「……もしかして【地球】?」
僕の適当な答え。暫しの沈黙の後、彼は首を縦に振る。僕らは絶句すると同時に事の重さを知った。
「そうだ、地球だ。正確には、九千五百二回目の再生を果たした終末の地球だ」
マイアスは天才少女として生を受けたらしい。彼女に与えられた使命は死に向かう地球を蘇らせる事。
無責任な大人達は、彼女にそれを義務として押し付けた。
繰り返される実験と失敗。その度に叱責されるマイアス。
精神が疲弊してゆく中、彼女は外界の調査中にカーンテヒルと再会する。
彼女の魂が彼を覚えていた。
痩せ細り餓死寸前のカーンテヒルを、己の持つ英知で蘇らせた彼女は変わった。
母として子が健やかに過ごせる世界を作り上げよう、と奮起したのだ。
「彼女の心のリミッターが外れてしまったのだろうな。子を想うがあまりに」
桃吉郎さんの声には哀れみの感情が多分に含まれていた。彼は女神マイアスと敵対しているが、恨みは持っていないのだという。
「それでも、彼女は間違いを犯したことに変わりはない」
マイアスは地球再生を謳い、さまざまな魔導装置を生み出していった。
外宇宙から飛来する隕石を破壊するための人型戦闘用兵器【魔導騎兵】。彼らでは破壊しきれない大型の隕石を破壊するための砲台【ウラヌス】。
「そして、地球管理システム【ASUKA】」
地球管理システムASUKAはマイアス本人が鍵となり起動する超大型の魔導装置で、地球の全てをコントロールすることができる、という神に等しい力を持つ強力な装置だという。
彼女はASUKAを使い、瞬く間に地球を再生させていったというのだ。
「しかし、それは遅過ぎた。既にカオス神は眠りから目覚め、全てを喰らっていた最中だったのだ」
次々に世界を喰らい尽くしたカオス神が最後に辿り着いた星は、マイアスが再生させた地球であった。
その地球を見てカオス神は目を細める。彼は地球が死の惑星と化していることを把握していたからだ。
その地球が僅か三年で緑豊かな星へと再生を果たしていることに驚くも、すぐにその理由を把握した。
何故ならば、地球からは我が子と、その母の力を感じ取ることができたからだ。
「地球が再生できたのはマイアスだけの力ではない。カーンテヒルの力があってこそだ」
カーンテヒルの司る力は【進化】。常に前進し続ける力だ。
カーンテヒルはマイアスの知識と技術を進化させ続けていたのだ。母を想う子の力はカオス神の予測の範囲を逸脱した。
マイアスは子の想いを受け取り、子のために、どこまでも進化を果たした。
「この頃、既にマイアスは人々から【女神】と敬われ、多くの【信仰】が送られていた」
それは悲劇だ、と桃吉郎さんは言う。
人にして人にあらざる者へと変えられてしまったのだ。それはすなわち、人としての存在を揺らがせる。
「事実、マイアスは人としての心を失い始めていた。機械のごとく地球を管理するためだけの存在。彼女はASUKAのパーツとなり始めていた」
だが、と桃吉郎さんは険しい表情を見せる。
「彼女はそれでもいい、と思い始めていた。カーンテヒルが幸せに暮らせるなら、と。それをカーンテヒル自身が望んでいるものがどうか確かめもせずにだ」
「そ、それって……」
「盲目的な愛。最大にして最悪の愛情。そして、終焉は程なくしてやってきた」
カオス神は終焉の儀式をおこなうと、その終わりまで食べるのを止めないのだという。
したがって、再生を終えた地球にもその牙を剥くことになる。
「だが、地球に住む者にとってはカオス神は化け物以外の何ものでもない。数多くの魔導騎兵がカオス神に立ち向かい滅ぼされていった」
状況は地球側の不利。しかし、その時、最新鋭の魔導騎兵に乗り込んだマイアスがカオス神に挑む。
しかし、奮闘虚しく彼女の機体は破壊され、カオス神に食らい尽された。
「しかしだ、彼女は再び現れた」
「え? 死んだんですよね?」
「あぁ、死んださ。【彼女】はな」
地球を護るため、我が子を護るため、マイアスはカオス神に戦いを挑み破れさった。
しかし、死んだのは【人】としてのマイアスであり、【神】のマイアスは地球管理システムASUKAにて、いまだ健在であったという。
「死んだマイアスはいわゆるクローンだ。神となり果てたマイアスが、不要となった人の精神をクローン体に移し戦わせたのさ」
「それをカーンテヒルは見ていたんですか?」
「あぁ、そして、己の過ちに気が付いた」
カーンテヒルは咆哮を上げてカオス神へ挑んだ。挑んだというよりはカオス神に身を捧げようとしていたらしい。
「彼は世界を、マイアスの歪みを、父なるカオス神に修正してもらおう、と考えたのだ。彼では母なるマイアスに手出しすることは叶わないからな」
「愛が、愛情が世界を歪めたというんですか?」
「そうだ」
カーンテヒルが向かった先は戦場であり、突如として飛来した銀色の竜も魔導騎兵に乗り込む者達に敵として認識された。
カオス神は、そんな彼をさりげなく護るように行動する。カーンテヒルの目を見て、彼の想いを理解したからだ。
そして、カーンテヒルは自らカオス神の口の中に飛び込もうとした。
全ては上手くゆく……はずだった。
「予想だにもしない事態が起こった。一筋の閃光がカオス神を貫いたのだ」
全てを喰らい尽くすカオス神に攻撃は通用しない。いかなる攻撃も喰い尽され、効果を発揮する事はないのだという。
ただし、唯一カオス神に手傷を負わせる方法がある。
「全てを喰らう者を滅ぼすのは、全てを喰らう者だ。カオス神は【約束の日】を終えた後に、自らを喰らい尽くすことによって終焉を迎え、新しい世界を誕生させる」
「ま、まさか……その閃光って!?」
「そうだ、マイアスがカーンテヒルの記憶から読み取ったカオス神の情報を元に作り上げた禁断の兵器【ラグナロク】。全てを喰らう者の能力を再現した最凶最悪の魔導騎兵」
赤と黒の巨竜カオス神と、マイアスが操る白銀の巨大魔導騎兵ラグナロクは、七日七晩激闘を繰り広げた。
そのようなことをすれば地球など跡形もない。しかし、マイアスは構わずに戦闘を続行した。
既に地球だったものは僅かな大地を残すのみ。地球管理システムASUKAが存在する大地と、ほんの僅かな森林地帯が宇宙に浮いているだけだったという。
「カーンテヒルは何度も母マイアスに懇願した。お願いだから、父を苦しめないでほしい、と。お願いだから以前のように笑顔を見せてくれ、と」
しかし、マイアスが彼に応えることはなかった。これが終われば、全てが上手くゆくからね、と凄絶な笑みをカーンテヒルに投げかけたのだという。
その笑みを見てカーンテヒルは絶句した。自らの行為に、人であったマイアスに進化の力を使い続けた己の愚かしさを嫌というほど理解した。
早過ぎる進化は凄絶なる歪みを持って彼に返ってきたのだ。
「そして、カオス神は敗れ去った。彼の最期は……我が子、カーンテヒルを庇ってだ」
「なっ!?」
「マイアスはカーンテヒルが死んでも肉片から再生させればいい、と判断したのだろう」
「それはもう、母となんて言えない! 愛情も何もないじゃないですか!」
僕は思わず声を荒げた。こんなことがあっていいはずがない。
何故、己を賭して守ろうとした子を、自らの手で傷付けようとしたのか。
僕の心の中に両親の記憶が浮かんでは消えてゆく。最後に二人の笑顔が浮かんだ。
「人の心を失ったからだ。神と人とでは違うのだ。ましてや、歪んだ神となった彼女ではな」
カーンテヒルは絶望の中で消えゆく父なるカオス神を呆然と見つめていた。首を刎ねられたカオス神の微かに動く口を見て、カーンテヒルは決意した。
彼は父カオス神の首を喰らったのである。それを見た女神マイアスは衝撃を受けた。
そして、カーンテヒルは新たなる【全てを喰らう者】へと変じた。それは最も大きな歪みだ。
更にカーンテヒルは、父カオス神がそうしていたように自らを喰らい滅んだ。女神マイアスはそれを呆然と見守っているしかなかったという。
結局、カーンテヒルは最後まで、母マイアスに手を出すことができなかったのだ。
「結果、彼女は壊れた。全てを失い、残ったものは僅かな大地のみだ」
そして、世界は再び流転する。女神マイアスという特大の歪みを残したまま。
自然に輪廻が出来上がった。自然に宇宙が生まれた。再び、世界が生まれて星が生まれ、命が出来上がった。
その様子を永遠の時と共に女神マイアスは見続けたという。だが、いつまでたってもカーンテヒルは誕生する事はなかった。
「狂気は神ですら暴挙に走らせる。女神マイアスはわずかに残ったカーンテヒルの細胞……銀色の鱗を用いて、彼を再生させる計画を練った。実験は失敗による失敗の連続だったという」
しかし、なんの偶然か、実験は成功した。しかし、その直後、銀色の子竜は突如として成長してゆき、惑星大もの大きさに育った後に、地球管理システムASUKAを【彼女ごと】丸飲みにして身を丸くしたのだという。
「ちょっと待てください! この世界って……」
「そうだ、この世界はカーンテヒルのクローン体が元になった星であり、元々は地球が存在した場所だ」
「そんな無茶苦茶な話があるのかよ」
「それじゃあ、私達が生まれた地球は別物だってこと?」
「そういうことになるな。しかし、考えるだけ無意味だ」
桃吉郎さんは手にしたティーカップの中身が入っていないことに気が付き「ふきゅん」と鳴いた。そして、懐のオカリナを取り出し再び吹いたではないか。
「ぷっぷぷ、ぷぴぷぴ、ぷっぷ」
「なんでメロディーが笑〇なんだよ」
「上手く吹けただろう? 褒めろ」
ニヤリと笑みを作り桃吉郎さんはオカリナを懐に戻した。暫くすると、今度は黒いローブに身を包んだ女性がトレイに瓶を乗せてやってきた。
物凄いスタイルがいい人だが、どことなく不気味に感じる。長い前髪で顔が見えない。
「くひひ……たんとお飲み」
「おまっ!? 俺の秘蔵の大吟醸【天覇】じぇねぇか! どこから見つけてきた!?」
「あとこれ」
「許してっ!」
黒いローブの女性が彼に見せた本は、どこかで見た記憶がある女性のグラビア本だった。
「……あれって、どう見ても」
「うん、ルドルフさんよね?」
「マジで半端ねぇな、あのおっぱい」
黒いローブの女性は満足したのか、手品のようにポットを取り出し紅茶のお代わりを注いでくれた。
「ベッドの下は宝物庫。ベッドの下は夢いっぱい」
彼女の歌に合わせて桃吉郎さんが白目で痙攣した。そろそろ許してやってほしい。
結局、桃吉郎さんが立ち直るまで、話は暫し中断したのであった。