643食目 ばら撒かれた鬼の種
誠司郎の演説は始まった。全世界の人々、しかし、その一部であるエンドレスグラウンドのプレイヤーに対してのメッセージだ。
誠司郎たちの身辺警護もバッチリ、不測の事態などありはしない。
そう考えていた時期が俺にもありました。
フィリミシア中央公園内を飛び交う炎と弾丸、怒号と悲鳴。俺らを嘲笑うかのように、そいつらは突如として出現した。
「やられましたね、最初から仕込まれていたようです」
「最初っからって、いつだよ。デュリンクさん!」
飛び掛かってくる新タイプの子鬼に桃力製の中華包丁を叩き込む。真っ二つに両断された愛嬌の欠片もない鬼は、奇怪な悲鳴を上げて消滅していった。機械の部品を残して。
「なんだこれは?」
それは何かのチップのようだった。大きさは五百円玉程度。
その小さな板には、びっしりと存在理由の分からない細かな部品が密集している。
「ドクター・スウェカーが開発した鬼の種。そこから発芽した鬼の制御用パーツですよ」
「なんだって!?」
「恐らくは、フィリミシア再興の際に配下を送り込んで鬼の種を密かにばら撒いていたのでしょう。鬼の種の状態なら感知され難いですからね……おっと」
デュリーゼさんは小鬼の攻撃をかわして〈ファイアボルト〉を叩き込む。
炎の矢は、たちまちの内に小鬼を炎で包み込み炭へと変えてしまった。
やはり違和感を感じる。この鬼から憎しみや怒りといった物を感じない。
ただ、ただ、動くものに襲い掛かっているように感じる。例えるなら……。
「機械と戦っているかのようだ」
「遠からずです、エルティナ。彼らは遠隔操作で操られている傀儡に過ぎません」
ということは、先ほどの小さな板は制御装置ということか。厄介な物を作ってくれる爺さんだ。
誠司郎たちはこんな状況であっても演説を続けてくれている。それに報いるためにも、俺たちはなんとしてでも彼らを護り通さねばならない。
「右っ! 手薄になってんよ!? なにやってんの!」
「数が多過ぎる! こいつら、どこから湧いて出てんだ!?」
「あちこちから押し寄せてるよ! 町中にいるんじゃないの!?」
物量作戦はこちらが最も嫌に感じる作戦だ。否応にもラングステン英雄戦争の惨劇を思い出す。
しかし、足が竦む者などいない。ここに集まった者達は一騎当千の兵だ。
「ひ、ひえぇぇぇぇ……足が竦んで動けませぇん」
言った傍からこれだよ。まぁ、俺のログには何もないがな。
「メルシェはそこでお座りしながら固定砲台になってどうぞ! アルア! ショゴスを一匹回してくれ……って、その蠅だか、カトンボとかってなんだおいぃ!?」
そこにはアルアの周りをぶんぶん飛びながら、子鬼の脳みそを取り出している奇妙な生物がいた。
犬に弱そう。
「あはは! ごみっみ! ごみみ! あははは!」
楽しそうに両手を広げてくるくる回る外宇宙生物使いは、SAN値チェック不可避の生物を鬼たちにけしかけた。最早、戦場は違う意味で混沌と化している。
「混沌すぎるでしょう」
「混沌と聞いて」
「モーベンのおっさん!?」
「はい、モーベンさんですよ」
赤いローブを身に纏ったカオス教団八司祭仕様のモーベンのおっさんが、獄炎を身に纏いながら登場。その悲しき炎で小鬼たちを纏めて焼き尽くす。
「賑やかすぎて煮込み料理ができないんですよ」
「それが理由かよ」
「今日はビーフシチューです」
「食べる」
俺は桃力をショットガンの要領で撒き散らす。体のどこかでも当たれば、小鬼程度なら即座に退治完了だ。
その時、公園で大爆発発生。俺はモーベンのおっさんを見た。彼は首を振る。
「あはは! くっくっく、とぉぐあ、あははは!」
「くと~」
「おいばかやめろ、帰っていただいてどうぞ」
アルアが調子に乗ってやらかしたようだ。彼女の頭上には、得体のしれない炎の塊が空間を凌辱しながら居座っている。
そして、カトンボは我先に、と逃げ出しているではないか。もう宇宙へ帰ってどうぞ。
「あはは! やれ」
ちょっと~? アルアさん、今怖かったぞ?
「くと~」
奇怪な鳴き声? と共に、度し難い炎が公園内にばら撒かれる。
最大の敵が身内とか洒落になんないでしょ? 外宇宙神きたない、流石外宇宙神、きたない。
「おおっと、これはいけません。回収、回収」
「俺も激しく同意だ。チゲ、頼む!」
モーベンのおっさんは真っ赤な鎌を取り出し、嬲るように焼き尽くさんとする異質な炎を刈り取る。
対して俺はチゲの右腕で炎を貪り喰った。そして感じる違和感。
中身が無いような感じ。まるで空気を食っているような感じがしたのである。
「?」
疑問に思った俺は直接、度し難い炎の塊をチゲの右腕、即ち全てを喰らう者・火の枝で、ぐぁし、と掴んでみる。
「く、くと~!?」
おう、ジタバタすんな。味見できねぇだろだろうが?
ぺいっ。
「くとぉ……」
火の枝に舐られた火の塊は情けない声を上げた後、ピルピル震えながらアルアに泣き付いたのであった。
「あはは! くっく、なきっき? あははは!」
俺の予想は遠からずであろう。このクトゥグアは分霊やら亜種みたいなものだ。本物はこんなものでは済まされないはず。
うん、だったら問題ないな。バリバリ働いてもらおう。
「おいぃ、クトゥグア亜種。おめぇの味は憶えたからな? しっかり働くように」
「くとっ!?」
俺の言葉の意味を理解したのか、クトゥグア亜種はジャンジャンバリバリ働き出した。
戦場を蹂躙する奇怪な生命体たちによって、小鬼たちは鎮圧されつつある。
そんな中で事件は起こった。
誠司郎たちのカンペがバラバラに引き裂かれてしまったのである。
「あぁっ!? そんな!」
「まてまて、俺内容を半分も覚えていないぞ!?」
「こ、ここからは、アドリブでっ!」
だが、時雨の判断で演説は続行。しかし、俺たちには彼らが何を言っているか理解できない。
それは、エンドレスグラウンド内の専門用語を多用しての演説となったからだ。
「なぁ、エル。きんぐべへんもすがはいすら、ってなんだ?」
「さぁ?」
「食いしん坊、ばっくすてぽぅ、って……」
「俺のログには何もないな」
ライオットとプルルの質問を、やんわりとパリィした俺に隙は無い。
やはり、黄金の鉄の塊は偉大だったんやなって……。
「第三分隊、弾幕を絶やすな! 第二はクライアントの身の安全を優先! 第四は第一に続け!」
そして、ルバール傭兵団……改め、ルバール・シークレットサービスの働きが半端ではない。
既にその動きは軍隊も真っ青なほど統制が取れている。そして、それを総指揮しているのが、他ならぬプリエナであるという。
「ルバールさん、第五分隊を下がらせて。治療をおこないます」
「はっ! 第五は【ゴッデス】の下へ!」
「了解!」
マジで半端ねぇっす。
我らモモガーディアンズは相も変わらず自由奔放な戦い方で隙が多い。その穴埋めを彼らがおこなってくれている感じだ。
「俺たちも負けてられねぇぞ!」
「おう!」
「元祖の力を見せないとねぇ」
俺とライオット、プルルはいまだに湧き出る小鬼を退治し続けた。
「ふきゅん。なぁ、プルル」
「なんだい? 食いしん坊」
俺は気になっていたことがあったので、戦闘中であったがプルルに訊ねた。
「GD専用ボディスーツの肌色面積が増えている件について」
「あ、今それを聞くんだ」
気になるのは仕方がない。GDのアーマー部分も少なくなっているし、肌色面積も増えているで気になってしょうがないのだ。
「見栄えだってさ。肌が露出しているように見えても実際はボディスーツで覆っているからね」
「あぁ、見栄えならしょうがないな」
「俺は眺める楽しみが増えて大歓迎だぞ」
「この、エロにゃんこめ」
「恥ずかしいから、そんなに見ないでおくれよ」
「へへっ、気が向いたらな。よし、あいつで最後だ!〈獅子咆哮波〉!」
そして、誠司郎たちの演説は無事に終了した。きっと、内容はエンドレスグラウンドのプレイヤーたちにしか伝わらなかったであろう。
だが、それでいいのである。やれることはやった、あとはエンドレスグラウンドのプレイヤーの良識に賭けるしかない。
「はぁはぁ……お、終わりました」
「お疲れさん。こっちも終わったんだぜ」
誠司郎たちを労う。一方で俺たちは手分けをして、フィリミシア内の鬼の種の捜索に乗り出す。
ただ、桃使いである俺やプルルにも感知されないレベルだ。したがって、俺はとある者達を収集した。
「おんっ!」「ひゃんひゃん!」「わうん!」「きゅ~ん」「へっへっへっへ……」
「よぉし、このにおいを覚えるんだぁ」
我がモモガーディアンズビースト部隊のわんこたちと、そこら辺で暇を持て余していた野良わんこを集め、鬼のにおいを覚えさせて捜索をさせたのである。
効果は絶大で、捜索から僅か数時間で大量の鬼の種を発見、駆除するに至った。
「いやいや、まさか、こんなにあったとは」
「僕もビックリだよ。鍛錬が足りないのかなぁ?」
「いや、プルルは仙術よりも戦技の方が得意だろ? 感知能力はある程度で打ち止めだ。だから、これは俺の領域なんだが……反省材料だな、これは」
最後の鬼の種を粉砕する。その時だ。
「うっ!?」
「え? 食いしん坊?」
苦しい、息ができない。胸の奥が何者かに掴まれているような、そんな感じ。
プルルの声がどんどん遠のいてゆく。それは俺の意識が遠のいている証拠であった。