表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
640/800

640食目 チクチク

 カサレイムの冒険者暴動事件から三日過ぎた。

 あの後、香里を弔った俺たちは、カサレイムを後にする。


 宿屋の女将さんには、マフティが付いて心のケアをおこなってくれていた。

 彼女が言うには、女将さんはショックが大き過ぎて自棄になっているそうだ。

 自分を傷付けないだけマシ、とマフティが寂しそうに語っていたのが目に焼き付いている。


「ふきゅん……」

「もぐ~」


 俺は溜め息と共にベッドにダイビングした。ベッドの上にいたもぐもぐたちが反動で跳ね上がる。

 大神殿の自室はいつも、もぐもぐどもに不法占拠されている。防衛に当たっている雪希と炎楽は職務怠慢で役に立っていない。もっと働いてどうぞ。


「果たして、俺は正しかったのだろうか?」


 布団に顔を埋めてポツリと呟いた。

 香里を輪廻の輪の中に還した。彼女の最期を目撃してしまった誠司郎は、ショックのあまり部屋に引き籠って出てこない。


 あの時は、ああするしかなかった。都合の良い言い訳の言葉だと思う。何度、口から出かけたか分かったものではない。

 だが、それを口にしてしまっては桃使いとしては失格だ。鬼を退治し、その全てを受け入れ、背負い、前に進む。それが、桃使いなのだから。


「う~ん、あの日以来、どうにも調子がおかしいな」


 ごろりと仰向けになる。数匹のもぐもぐが俺のデカいケツの下敷きになった。

 もぞもぞと動いて、こちょばしい。


 そう、俺は調子が悪いのだ。例えれば、そう……喉に魚の小骨が刺さっているかのような感じだ。

 ちくちくと心が痛む。わけもなく、痛む。


「なんだ、というんだ。もやもやがクライマックスだぜ」


 尻の下敷きになったもぐもぐが、股の間から脱出を果たす。


「もぐ~」


 なんということでしょう、俺はもぐもぐを出産してしまったではありませんか。


「……こんな冗談を考えれる辺り、問題はなさそうだが」


 とその時、俺の腹が「ぐごごごごごごごご、ぴゅるるる」と腹~タイマーを鳴らす。

 どうやら、昼飯を要求しているらしい。時間に正確な腹の虫過ぎて鳴ける。ふきゅん。


「う~ん、なんだか、やる気が出ないが昼飯でも作るか」


 俺は、のそのそとベッドから下りた。大神殿の厨房へと向かうためだ。






 大神殿の厨房は大忙しの様子であった。神官たちの昼食を作るために、料理人たちが汗水流して食材と向き合っているのだ。


 その厨房の隅っこに、俺専用の調理スペースが存在している。俺が大神殿を再建する際に、ちゃっかり作っておいた我が儘スペースである。


「ふぅ……やる気が起らん」


 俺は中年のおばはんのごとく「よっこらしょういち」と生地を台の上に載せる。そして、綿棒で平らに伸ばす。伸ばしたら折り畳み、ドでかい包丁で均一に切ってゆく。


「ふぅ……やる気が起らん」


 続いては、底が深い鍋に水を注ぎ、湯を沸騰させて麺をぶち込む。

 茹でている間に中華鍋に油をどばーっと注ぎ込んで加熱。かき揚げの具材を用意する。


 かき揚げの具は、賞味期限が迫っていた納豆を一度水洗いして使用。それに長ネギを加えたシンプルなものだ。


「……」


 油の温度が適温になったら、かき揚げの具材を投入する。


 シャァァァァァァァァァァ……。


「ヒャア、堪んねぇ! テンション上がってきた!」


 この時、不思議なことが起こった。服を身に纏い、鈍臭いはずの俺の動きが急に機敏になったのだ。

 残像を残しながら調理する俺は、紛う事なき変態。厨房にいた料理人たちも何事かと調理の手を休めて俺を生暖かい眼差しで見つめていた。でも、そんなの関係ねぇ!


『いもぉ!』

「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉん!」


 俺のあまりのテンションの高さに、いもいも坊やと闇の枝が飛び出し調理台の上で【いもいもダンス】を披露し始めた。いよいよもって厨房は人外の宴と化す。


「何事でござるか! ザイン・ヴォルガー、お呼びでなくとも参上!」


 そしてザインちゃんまでもが飛び出してくる。もちろん、俺が呼び出していないので全裸だ。

 男性料理人たちがガッツポーズを決めるのは仕方のない事であろう。


「ふきゅんザム!」

「うおっ、まぶしっ!?」


 遂に俺の動きは変態性を極め、謎の輝きを放ちながら厨房を混沌の世界へと変貌させてゆく。もう、誰にも留めることはできないのだ。


「ふきゅん、かき揚げ蕎麦、完成です」

「わぁい!」

『いもっ!』

「ふきゅおん!」


 あれだけ騒いで作ったのは実のところ、なんの変哲もない、かき揚げ蕎麦だ。


 油の跳ねる音で、あれだけテンションの上がる俺は、とても安い女だと思う。

 お買い得ですぜ、旦那。げへへ。


「んじゃま、いただくとすっか」

「じゅるり」

「たくさん作ったから、ちゃんとザインも食べれるから」

「ま、まことにござりますか!?」

「じゃけん、服を着ましょうねぇ」

「あ、そういえば裸でござった。お目汚しをして申し訳ござりませぬ」


 全裸のまま涎をダラダラと流すザインちゃんは、ある意味で危険だ。

 というか、ザインは段々と全裸を気にしなくなってきている。俺の裸族ぱぅわーがそうさせるのか、面倒臭くなってきているのかは分からない。


 だが、その状態でお尻を振り振りさせるのはNG。恐らくは雷龍状態での尻尾ふりふりを無意識でおこなっているのだろうが、野郎たちの事情も考えてやってくれ。


 前屈みでは調理できない、できにくい! 俺なら堂々とそそり立たせるだろうな。


 まぁ、起つものがないんですがねぇ。


「「いただきます!」」

「ふきゅおん!」


 おいばかやめろ、おまえが食ったら、この程度の量なんぞ瞬殺だろうが。


 俺は闇の枝をいもいも坊やサイズにまで小さくし、蕎麦を時間を掛けて食べさせる。

 どうせ、食べても食べても満腹にならないのだから、これでいいのである。


 いもいも坊やにはいつもどおり、桃先生の葉っぱを進呈。もりもりと食べ進める。

 といっても桃先生の葉っぱの正体は、俺の神気を加工して作りだしたものだ。彼はもう、実物を食べることは叶わないのである。悲しいなぁ。


 ん? ザインちゃんは? あるぇ、なんで蕎麦を食べれるんですかねぇ?


 目の前で蕎麦を美味しそうに啜るザインちゃんは、やはり摩訶不思議な存在であった。


「まぁ、いっか」


 俺は食事に集中することにした。俺は蕎麦は夏でも冬でも冷たい派である。

 こだわりのつゆに蕎麦をちょんちょんと付け、一気に「ぞぼぼ」と啜る。ちまちま食っていては蕎麦の醍醐味を味わえやしない。


 蕎麦の爽やかな香りが鼻腔を通り抜ける度に俺は感動のあまり「ふきゅん」と鳴くことになる。やはり、食材が劣化しない〈フリースペース〉は偉大だったんやなって。


 お次は発酵させ過ぎて早く食べないとダメになってしまう納豆を使用した、かき揚げをバクリとやる。事前に、さっと醤油を回し掛けしたら喜ばしい。


 サクサクした衣からねっとりとした納豆がこんにちわ。長ネギの風味が混然一体となって爆発的な味の膨らみを与えてくれる。


 天ぷらには塩を使用する俺であるが、これに限っては醤油だ。あぁ、ご飯も欲しくなってくるぞぉ。


 納豆は水洗いしておいたので、独特の香りと粘り気は控えめになっている。好みで洗わなくてもいいのかもしれない。


 納豆は〈フリースペース〉に入れておくとダメになってしまう代表格だ。何故か時間が停止しているはずの空間であっても納豆菌は活発に活動をおこなっているらしい。


 タフ過ぎるでしょ、納豆菌。たまげるなぁ。


「サクサク、ゾボボボッ にゅるる、ぷちゅるるん! もちゃあ」

「いったい何を食べている音でござるかっ」


 ザインちゃんの華麗なるツッコミが入った。

 俺が蕎麦を食べると何故か奇妙が音が紛れ込むのだ。原因は不明。


「むぐむぐ……なんだろうなぁ? 混沌?」

「そんなものを食べないでいただきたいでござる」

「意外とうまいぞ?」

「え?」


 若い男の声がした。しかも、すぐ傍からだ。蕎麦なだけに。


「ふきゅん、おまへはぁ……」

「久しぶりだな、我が妹よ……ゾボボボッ」

「ちゃっかり食うなし、兄貴」


 そこには、カオス教団の首領、トウキチロウ・コノハナの蕎麦を啜っている姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ