64食目 進撃のいもいも坊や
裏の空き地に向けて、容赦なくキュピキュピ音を放ちながら爆走する珍獣は俺だ。
そんな珍獣に向けて、これ以上ないほどの優しい微笑みを投げ掛けるヒーラーたちの心遣いに激しい頭痛を感じながらも俺は元気です。穴があったら入りたい。
こんな忍び足もできないにゃんこに未来はない、とそこはかとなく考えるが無意味だ。
そんなわけで、悟りを限定的に啓いて致命傷を回避しつつ、しっかりと大ダメージを負って裏の空地へと到達。そこで衝撃的な光景を目の当たりにすることとなる。
「早いっ! もう芽が出ていたっ! 流石、桃先生と感心するが、どこもおかしくはない」
なんと、昨晩に埋めた桃先生の種が既に発芽していたのである。逞しいにも程があり過ぎる。
この現象は儀式によるものが【微レ存】?
などと首を傾げるも、深く考えることが億劫になったので、これを華麗にスルー。脳への負担を軽くすることに成功する。
ほんの僅かな安寧を獲得した俺であったが、それを木っ端みじんにせん、と蠢く輩が裏の空き地に出現。あろうことか、ヤツの目指す先には生まれたての若芽の姿。
いもいもいもいもいもいもいもいもいも……。
それは、圧倒的に、いもいもだった。躍動する黄緑色の肉体、忙しなく動く沢山の短いあんよ、たま~に立ち止まってキョロキョロするのは王者の余裕か。
「やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
空想のマシンガンを天空にぶっぱなしながら、キュピキュピ、と芋虫な坊やに度し難い重圧を与える。尚、効果は無いもよう。ふぁっきゅん。
とはいえ、いもいも坊やに桃先生の若芽を、むしゃあ、されては敵わない。したがって、全力を持って排除をせざるを得ないのだ。
これも、命を護る桃使いの務め。許せ、幼い芋虫よ。おまえは無抵抗なまま、俺に排除されるのだ。ふはは、怖かろう。
キュピ、キュピ、キュピ、キュピ、キュピ、キュピ……。
いもいもいも……いもももももももももももっ!
いきなり速度を上げるんじゃない、繰り返す、いきなり速度を上げるんじゃない。
まさかの速度アップに俺は意表を突かれることになった。それでも、なんとかいもいも坊やを確保、大事には至らせない。
俺に捕獲された、いもいも坊やは、沢山のあんよを「いもいも」と動かしながら恨めしそうに俺を見つめている。しかし、そんな目で見られても、桃先生の若芽を食べさせるわけにはいかないのだ。
「ふきゅん、ここは坊やが来るところじゃないぜ……帰んな」
渋いバーテンダーが炸裂させる台詞ナンバーワン、と思わしき言葉をいもいも坊やにプレゼントし仮釈放する。次は豚箱行きだからな。
いもいも坊やは未練が残る眼差しで桃先生の若芽を見つめていたが、やがて諦めたのか、いもいもと茂みの中へと姿を消していった。
「これで一安心だぜ」
とはいえ、俺がいないことを見計らって襲撃しに来る可能性は多分にある。この幼い命を護るには安全なる防衛網を敷く必要があった。そして、それは俺の義務でもある。
幼い俺を育て、生き永らえさせてくれたのは、紛れもなく桃先生なのだ。ここで、恩を返さないでなんとする。絶対に立派に成長させなければなるまい。
では、その具体案はどうするか、だ。まったくもってノープラン、白紙状態である。
「こわれるなぁ……決意」
早くも挫折しそうになるも、諦めるにはまだ早い、と自分を叱咤激励する。単純な俺は、これで元気もりもり。自分でやっておいてなんだが、悲しくなってきたのは内緒だ。
元気が出てきたところで、具体案を考えよう。俺は裏の空き地の重鎮である無駄にデカい漬物石の上に腰を下ろし、確実に意味の無いトレーニング用具を集めて緊急会議を執り行う。
「では、これより、緊急会議をおこなう!」
返事を返す者はいない、代わりに青空を切り裂くように飛んでいったカラスが「あほー」とのありがたいお言葉を残していってくれた。後で泣かす。
気を取り直して一つ目の案だ。いもいも坊やに【命】の大切さを説く。
「どうだ?」
トレーニング用具たちは沈黙を持って肯定、会議は終了となった。
「……バカ野郎、上手く行くわけねぇだろ! いい加減にしろっ!」
俺は怒りのBGMを脳内に鳴らしながら、漬物石にストンピングをかましまくる。効果はいまいちのようだ。
では、第二の案だ。これはなかなかの妙案であり、クラスメイトのライオットに二十四時間ほど桃先生の若芽に張り付いてもらう、というものである。
「ふっきゅんきゅんきゅん……勝ったな」
やはり、トレーニング用具たちは満場一致でこれに賛成。俺は勝利を確信する。
「うん、そろそろ真面目に考えるか」
現実逃避してみたが良案は浮かんでは来ない。そもそもが、落ち着きのないライオットに見張り役なんて勤まるはずがない。最悪、桃先生の若芽を踏みつぶされかねない。全力で、この案は却下だ。
では、どうするかだが……なんてことはない、既にその答えはラングステン学園で目の当たりにしていたのである。それは、警備用のゴーレムだ。
二十四時間体制で子供たちの安全を守る心強い味方、それがゴーレムだ。与えられた命令を確実にこなし、燃料も魔力というエコな連中である。
彼らは映画のような頓珍漢な行動で悲劇をもたらす事などない。高度な制御システムにより、人工知能にも似た疑似人格を持たされているのだ。
そこで問題となるのが、お値段である。ゴーレムのお値段はアホみたいにお高いらしい。俺も金を持っている方ではあるが、しょせんはお子様にしては持っている、程度だ。
聖女の権威を悪用して王様にねだる、という方法もあるが、それは俺のプライドが許さない。
「ふきゅん、あいつに相談してみるか」
勝利の鍵はいつだって【他力本願】だ。ゴーレムに詳しい人物であれば、抜け道の一つや二つを持っていてもおかしくはない。
己の考えだけでは袋小路に迷ってお終いだって、それ一番言われてっから。
そんなわけで、取り敢えずは桃先生の防衛を野良ビーストどもにお願いする。報酬は桃先生の果実だ。
現金な彼らは全力で尾っぽを振って了承し、桃先生の若芽の警護に当たってくれた。これで、安心してこの場を離れられるというものだ。
そんなわけで、俺は西区に位置するクラスメイトの家にまでやってきた。
西区の中でも北区寄りに位置するその家は、家というよりかは工場、工場というよりかは物置と言えた。
とにかく物で溢れており、家の中に納まらない物が、家の外で我が物顔をしている。景観を損ねるのは言うまでもないだろう。
「ふきゅん! 警察だっ! ここを開けろっ!」
「ふあ~、五月蠅いねぇ、こんな朝っぱらから」
「寝惚けているとはいえ、パジャマ姿で登場とか驚くなぁ」
眠たい目を擦りながら俺を出迎えてくれたのは【プルル・デュランダ】という少女だ。
彼女の特徴はなんと言っても、そのふわふわもこもことしたピンク色の癖毛であろう。
眠たそうな目には髪と同じくピンク色の瞳が収まっており、これまた桃色のふっくらとした唇が艶めかしい。全体的に整った顔立ちをしており、将来はエロくなると思わせる要素を多分に持ち合わせていた。
そんな彼女の熱中しているものがゴーレムなのである、
家の中に通された俺は速やかに白目痙攣状態へと移行、そこはまさに人外魔境、異世界にあって異世界、という有様であった。こんなんじゃ、人が住めないよ~?
「適当に座っておくれ」
「座る場所がないんですが?」
「カラーコーンの上が空いてるよ」
「おいバカやめろ、ケツがガバガバになるじぇねぇか」
情け容赦のないプルルに戦慄しつつ、物をどけて座るスペースを確保する。プルルは慣れたもので、積んであった本を椅子代わりにして座っていた。
落ち着いたところで事情を説明し、安いゴーレムは無いかと訊ねてみる。
「成程ねぇ、それならゴーレムが適任だよ。でも、安いとなると……」
「やっぱり、お高いのしかないのか?」
「そうだね、相場は一体【大金貨三百枚】といったところだよ」
「クッソ高いな」
「あたりまえだよ。命令もまともにこなせないゴーレムなら一体大金貨五十枚程度だけど、今は疑似人格搭載型が主流だから、それすらも出回っていないよ」
「厳しい現実を知った、鳴きたい。ふきゅん」
「鳴いてるじゃないか」
プルルに厳しい現実を突き付けられるも、俺は元気です……とでも思ったのかぁ?
もうだめだぁ、おしまいだぁ……!
俺はエキサイティングな絶望のポーズを披露し、プルルに白い目で見られることになった。だが、その蔑むようなな眼差しで俺は覚醒する。
「プルル、ちっこいゴーレムはどれくらいの値段だ?」
「うん? ピンからキリだけど……大金貨一枚からだねぇ」
「ふきゅん! それだっ! それなら、桃先生の若芽をお守りできるんだぜっ!」
「はぁ? 守る対象って……草の芽だったのかい!?」
「言ってなかったっけ?」
「言ってないよ! 大切なものを護る、としか!」
どうやら、俺の言葉足らずであったらしい。プルルは深いため息と、盛大なすきっ腹を鳴らした。起きたばかりで朝飯を食べていなかったらしい。
「腹が減ってるなら、何か作ろうか?」
「おや、いいのかい? ありがたいねぇ」
そんなわけで、台所を借りたのだが、これがクッソ汚い。
この家はどうなっているんだ、とブツブツ言いながら台所を片付けて調理開始。作る物はサンドイッチでいいだろうと判断。材料は異次元倉庫〈フリースペース〉から取り出せばどうとでもなる。
そんなわけで、ちゃちゃっと完成。玉子サンドとフルーツサンド。飲み物には定番の牛乳をチョイス。
ここ最近、向上した俺の調理技術で完成した料理をプルルに進呈する。彼女はガツガツとまったく女の子らしからぬ勢いでサンドイッチをぺろりと平らげた。豪快過ぎる。
「ごちそうさま、玉子サンドが特に美味しかったねぇ」
「おそまつさま、なんだぜ。玉子サンドは半熟具合にこだわったんだ」
「どうりで」
プルルの腹の心地が落ち着いたところで具体的な話となった。
ゴーレムが対処するのは芋虫、という事実が発覚し更に呆れるプルルであったが、相手が俺であるから仕方がない、という謎の悟りを啓き仏のような微笑みを投げ掛ける。俺は激怒していい。
「まぁ、それなら【ホビーゴーレム】が適任だろうね」
「ホビーゴーレム? 初耳なんだぜ」
「おやまぁ、珍しい。というか、知らないから、僕に聞きにきたのか」
彼女はホビーゴーレムに付いて熱く語った。それはもう、熱過ぎて途中で俺が真っ黒焦げになるほどだ。〈ヒール〉がなかったら死んでるぞ。
「ふきゅん、作って、戦わせて遊べる玩具か」
「そう、自分でも操作できるんだよ」
「操作か……」
そこまで言って、脳裏に蘇るのは無残にも大破したラジコンカーの姿。かつての俺の記憶であろう、速やかに顔を覆ってむせび泣く。
こんな記憶ばっかりで、嫌になってしまいますよ~?
「ちょっ!? どうしたんだい、食いしん坊!」
「ふきゅん、黒歴史が垣間見えて暗黒の領域にノンストップで頭から突っ込んだだけだ」
「致命傷じゃないか」
「そうともいう」
そんなわけで、俺たちは身支度をしてから玩具屋に向かう事になった。
目的地は中央区に位置する玩具屋【ハッスルボビー】だ。ハッスル【ホビー】ではないので注意しようとのこと。
店長がボビーさんという名前から命名したらしい。くっそ、ややこしいんですが?
「ここは、フィリミシア一の玩具店さ。世界中の玩具を取り扱っているんだよ」
「ふきゅん、本格的だなぁ」
「ただ最近は、ホビーゴーレムが大人気だから、ホビーゴーレム専門店と化しているけどね」
「そうなのか~」
爛々と目を輝かせるプルルに若干、引きながらも入店。ひんやりとした空気が流れており、フルリと身体を震わせる。
しかし、店内は子供たちと、その親とで混雑しており、その熱気が冷房が効き過ぎているであろう店内を緩和していた。
「凄い熱気だな」
「今日はセールだしね。子供たちの気合いも半端じゃないよ」
そんな子供たちに混じって、やたらと見慣れた後姿を目撃する。獅子の獣人ライオット少年だ。
ショーケースを食い入るように見つめているが、何事であろうか。こっそりと、背後を取ってみるも、こちらに気が付くことはない。したがって、【ひざかっくん】を炸裂させてやった。効果は抜群である。
「うわっ!? 何しやがる……って、エルか?」
「ふっきゅんきゅんきゅん……エルさんだぞ。何を見てんだ?」
「あぁ、ホビーゴーレムだよ。格好良いよなぁ」
「どれどれ?」
ショーケースの中には様々なホビーゴーレムが展示されていた。人型のオーソドックスな物から、逆間接、多脚、無限軌道式など、多種多様のタイプが存在している。中には完全に獣の形をしたホビーゴーレムも存在していた。
「ほぅ……結構、種類があるんだな」
「そうなんだよ、うちのクラスでも殆どの連中が持ってるんだけど、俺だけが持ってないんだ」
「安心しろ、俺も持っていない」
「エルは特別な事情持ちだろ?」
「まぁ、そうなんだが……実は今日ここに来た理由が、こいつなんだ」
「マジかよっ!? あぁ~これで、俺だけがホビーゴーレムを持っていないことになる~!」
話によると、ライオットは親父さんの方針で玩具を与えられていないそうだ。武の道に道楽は不要、とかなんとか。
しかし、それでは武の道も続かない続きにくい! だから俺はライオットを甘やかすだろうな。
「ふきゅん、今日の俺は紳士的だ。ホビーゴーレムを奢ってやろう」
「……えっ? ほ、本当か!?」
「本当」
「やったぜ! エルティナ、さいこ~う!」
ライオットは恥ずかし気も無く店内ではしゃぎまわった。それ、混雑中はイエローカードって一番言われてっから。
「おっと、すまん。ついはしゃいじまった。というか、エルとプルルが一緒って珍しいな」
「おや、そうかい? 食いしん坊が宿題を忘れた時には……おっと、これは秘密だったね」
「おいぃ、秘密の漏えいは重罪だぞぉ」
「うん、なんとなく二人の関係が分かった」
俺とプルルのいけない関係を知られながらも、ライオットを伴い店の奥へと進む。そこはひと際、熱い空間となっていた。