635食目 暗黒空間からの脱出
「やられたな」
「あぁ、なんとかして、ここから早く脱出しないと」
まんまと罠に嵌ってしまった俺たちは、とにかく脱出の手掛かりを得るために暗黒空間の探索を開始した。
「あ、待ってください。これを結び付けてから行動しましょう」
ルドルフさんがサイドバックからロープを取り出し互いを結びつける。離れ離れにならないようにするためだそうだ。
「なんで俺だけ尻尾なんですかねぇ?」
「そこ以外に結べる部分がございません、エル様」
ブランナはテキパキとロープを結び終えると無数の蝙蝠へと姿を替え、飛び去っていった。本体であるブランナは体長五センチメートルほどの小人の姿となって、俺のもふもふの身体へと飛び付いた。
「蝙蝠なら暗闇の中でも平気ですわ。帰還が困難になっても、自身を自滅させれば本体であるわたくしの下へと戻れます」
「そいつは重畳だぁ。よし、探索を開始するぞ!」
「「「わぁい!」」」
どんなにピンチになっても俺たちは決して落ち込まない、挫けない。そんな事をしている時間があるなら前に進む。俺たちに、バックギアは実装されていないのだ。
……後ろに前進するのは簡便な!
「〈テレパス〉は当然ながらダメのようですね」
「内部にいる俺たちもか?」
「えぇ、先ほどからエルティナに送っていますが、気が付いていないようですね」
「マジで?」
「マジです」
「という事は、〈フリースペース〉も使えぬでござるな」
なんとも徹底した封じ込め作戦である。ヤツが高笑いして去っていった理由も頷けるというものだ。
であるなら、なんとしてでもここから脱出し、ブラッドの鼻を明かしてやらなくてはなるまい。
「御屋形様、闇の枝で闇を喰らう事は?」
「できるけど、これは闇じゃねぇな、【無】だ」
全てを喰らう者も唯一食べることができないものがある。それが【無】だ。
要は無いものは食べられないのである。
「待ってください、無ってことは、酸素はどうなっているのです?」
「そう言えばそうだな。ルドルフさん、息してる?」
「……え?」
「え?」
俺たちは沈黙した。そして、考えないことにした。気付いてしまったら、そこでゲームオーバーになりかねないと判断したのだ。
「まてまて、そこまで気が付いて回答を放り投げるな。これは脱出に繋がる鍵だぞ」
トウヤが俺たちの思考の放棄に待ったを掛けた。彼は俺たちのやり取りで何かに気が付いたようだ。
「今ここにいる俺達は、本当に俺たちか?」
「それはどういうことだ、トウヤ?」
「身魂融合……ソウル・フュージョン・リンクシステムを起動している最中、俺は俺だと認識できるのは桃アカデミーに俺の肉体が存在しているからだ。しかし、俺は今、それを感じることができない」
「そう言えば、魂が繋がっているだけで肉体の方はバリバリタイピングしているしな」
「そうだ。だが、今俺はタイピングができない」
「……それっておかしくね?」
「おかしいのだ、根本的にな」
だとしたら、ここにいる俺達はなんだというのだ。確かに俺は俺だと認識できるし、皆をみんなだと認識できる。そう、ザインちゃんだって。
「ふきゅん、誰だおめぇ!」
「えっ? 拙者はザインでござりますが」
「ザインは女の子だって、それ一番言われてっから!」
「せ、拙者は元々男でござるよ!」
なんと、そこにはスク水姿のザインがいた。あれ? 別におかしくはないか。
「いえ、あなた、いつの間に男の姿に?」
「そ、そういえば……先ほどまでは確かに股間が寂しゅうござった」
「そういえば、俺もそろそろ元の姿に戻ってもいい頃なのにビーストのままだな」
疑問点、不具合がどんどん発生してきた。特にザインが酷い。スク水の野郎の姿など大惨事以外の何ものでもない。股間のおいなりさんが笑いを誘うので、早く女に戻ってどうぞ。
「カラクリが読めてきたぞ」
トウヤが何かに気が付いたようだ。俺も薄々だがカラクリが読めてきた。
「もしや、私たちは誠司郎と同じような状況にあるのでは?」
「恐らくな」
おぉん! 俺が言って、見事なドヤ顔を炸裂させようと思ってたのにぃ!
ルドルフさんに先を越され、俺は深い悲しみに包まれた。しかし、今はこんなことをしている場合じゃない。カラクリが分かったら、次はこの状況を打破する方法だ。
「ここは恐らくキャラクターを管理保管する空間なのだろうな」
「キャラ選択画面ってヤツか?」
「恐らくな」
トウヤの推測は遠からず、といったところであろう。であるならば、誰かが俺たちを選ばない限り脱出は不可能なのではないだろうか。
「逆だ、エルティナ。選択されれば、俺たちも誠司郎のようになってしまう」
「えっ?」
「つまり、今の俺たちはデータの状態。精神を抜かれているようなものだろう。そして、選択され決定ボタンを押されれば転送され仮初めの肉体を得てカーンテヒルに顕現することになる」
「それって?」
「俺たちは誠司郎たちが抱えるであろうデメリットを持つことになるだろうな」
誠司郎の場合は確か、肉体ごとデータにされてこちらに転移した、とトウヤから聞き及んでいる。
でも、俺たちは精神だけ抜き取られている状態のようだ。
即ち、仮初めの肉体を得てしまうと、元々に肉体に戻れなくなってしまう可能性があるそうだ。
「そいつは困る。死ぬつもりはないが、死んでなくてもデメリットは発動する可能性があるんだからな」
そもそも、自分の肉体があるんだから、そっちに戻るのが筋というものである。
「そのとおりだ。だから、なんとしてでも自力での脱出を図らなくてはならない」
これは思っていたよりも深刻な状況だ。最早、一刻の猶予もならない。だが、今状況下で全てを喰らう者を召喚することはできないというのがネックだ。
ビースト状態は全ての形態の中で最も身体能力が高い反面、特殊能力はほぼ使用不可能だ。つまり、魔法も全てを喰らう者も使うことができない。桃力は使えるのだが。
「どうする? こうしている間にも、ブラッドがにやけた表情をしながら、モニター画面越しに俺たちを見ているかもしれない」
「しかし、わたくしたちに残された手段は多くはありませんわ。蝙蝠たちも壁が見当たらなくて引き返しておりますし」
どうやら、ブランナ蝙蝠軍団は探索を打ち切ったらしい。どうやら、この空間は無限ループしていることが判明したからだ。
「壁がなければ、いくら武器を振り回しても無駄。厄介ですね」
「あぁ、魔法も起動しないようだ。徹底しているな」
八方塞がり、とはこのことか。俺は「ふきゅん」と体を丸めてくるくると回転し始めた。
遊んでいるわけではない、何かアイデアが発生しないかと脳を刺激しているのである。
「エルティナ、落ち着きがないですよ」
ルドルフさんが俺の回転を止め、宥めるように黄金の体を擦り始めた。
と、その時のことだ。
ぱちっ!
「わわっ!?」
「ふきゅん、高速回転によって静電気が発生したようなんだぜ」
「回転するだけで電気を生み出すな。ん……? 電気?」
皆は一斉に俺を見やった。俺は恥ずかしさのあまり大きな耳で顔を覆い隠した。みちゃいやん。
「それだ! この空間に高圧の電流を掛けてショートさせるんだ! データは高圧電流に弱いはず!」
「つまり、エルティナを高速回転させるのですね!」
「あぁ! 頼んだぞ、ルドルフ!」
「任せてください、トウヤ!」
え? 何言ってるの、この人たち。俺を高速回転させる、って冗談でしょ?
そもそも、俺たちも今はデータなんじゃ? やべぇよ、やべぇよ。
「はっ!」
ガシュン! ジャキジャキジャキ! ブッピガン!
ルドルフさんは鎧をパージしモンキーレンチに装着させた。鎧の下からは、むっちむちのグラマラスボディがこんにちはする。
マジでやる気だ。しかも、牝牛の獣人とか、フルパワーでやる気だ。笑えない。
「さぁ、行きますよ! エルティナ!」
冗談ではない、彼女の全力で回転させられたら、色々と出てはいけないものが、どぴゅっ、と飛び出してしまうではないか。
ここは、なんとしてでも彼女には踏み止まっていただかなくては。
「ちょ、待てよ!」
「それっ!」
人の話を聞いてねぇ! ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
俺は恐るべき速度で暗黒空間の中を回転した。するとどうだ、俺の黄金の身体から眩いばかりの輝きが発生し始めた。
それはパチパチと、やがてバチバチと猛り、そして遂には空間を蝕む轟雷となって身体から放たれるようになったのだ。
「ふきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ!?」
当然、俺はそろそろゲロリアンになりそうである。もう……ゴールしてもいいよね?
……ゴール。
「えべろろろろろろろろろろろろ」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 御屋形様が吐いたでござる! ぶべっ!?」
俺の虹色に輝くゲロリアンは、ザインの顔面に直撃した。効果は抜群だ!
「だ、大惨事です……ぴぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
俺の大回転ゲロリアンは無差別攻撃だっ!
ブランナも顔面にゲロリアンをもらってしまう。ふはは、怖かろう。
それすなわち、ブランナのきゅうしょにあたった! こうかはばつぐんだ! である。
俺はブランナだろうが、ルドルフさんだろうが容赦しないぜ!
ルドルフさん……早く一緒にゲロ塗れになろうや。
「もぴっ!?」
成し遂げた。ゲロリアン塗れの超乳美女の完成である。
暗黒空間の中を高速回転しながら、虹色に輝くゲロリアンと轟雷を放つ俺は、いいよいよ危険な領域へと突入する。
果たして、ここから脱出するのが先か、溶けてバターになるのが先か。それは神のみぞ知ることであった。
誰か助けてっ!