634食目 獄炎の迷宮の卵
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
獄炎の迷宮、それは最早、俺たちと切っても切れぬ関係と言えようか。
灼熱の吐息が俺たちの頬を撫で、地獄の鍋の中へと誘う。だが、俺たちは鍋の具材になるつもりはない。寧ろ、それを食べる側だ。そう信じて迷宮内を突き進む。
「いやぁ……フレイムゼリーは強敵でしたね」
「強敵も何も、そのまま噛り付く人がありますか」
「今の俺はビーストなので無問題」
ちなみに、凍らせないでフレイムゼリーを食べると麻婆豆腐の味がする。でも、皆は危ないからマネしちゃダメだぞ! 珍獣との約束だ!
「そろそろでござるな。件の卵とやら」
「そうだな、どうやって食べようか?」
現在、獄炎の迷宮地下四十三階だ。出会うモンスターどもは俺を見た瞬間に逃げ出してしまう。挑んでくるのは本能だけの原始的な生物だけだ。
それだけ俺達が強くなってしまった、ということだろう。嬉しくもあり、手ごたえがなくて悲しくもある。
しかし、現在は感傷に浸っている場合ではない。トウヤの推測が正しければ、とんでもない事態になりかねない。早急に卵とやらを自分の目で確かめなくては。
「あらやだ、とびきり大きなお方が道を塞いでおりますわ」
「うほっ、いい男」
俺たちの行く手に炎の巨人が立ち塞がった。五メートルはあるかという大男だ。
筋肉隆々の肉体は赤く黒い肌をしており炎の体毛に覆われている。手には溶岩の棍棒を手にしており、グラグラと煮えながら不定形の姿を棍棒の形に留めようとがんばっている。
「ルドルフさん、あんなヤツいたっけか?」
「いえ、報告にはない存在ですね。恐らく下の方から上がってきたのではないでしょうか」
それはおかしな話だ。下層にいるモンスターが上層に上がってくることはまずない。それこそ、生る場を追われでもしない限りだ。
「やれやれ、やっこさん、やる気満々でござるよ」
スク水ザインちゃんが刀を構えた。ぷりっと突き出したお尻がプリチーである。
「エル様、やってしまいますか?」
ブランナが巨大な鎌を構え挑発的なポーズを取る。ブランナも出るところは出ているナイスバディタイプだ。リンダは泣いていい。
「ふきゅん、邪魔する気ならボコるしかないな。やっちゃえ~」
「「「わぁい!」」」
戦いは始まった。そして、五秒経たずして戦いは終わった。
ルドルフさんの振り下ろしたモンキーレンチが彼の鼻先をかすめ大地に振り下ろされた。
そして、易々と砕かれ、下の階が姿を現したのを確認してしまった彼は流れるような動作でケツプリ土下座を敢行。本能的に長寿な彼は俺たちに許しを乞うたのだ。
「さーせん、調子乗ってました」
「許す」
「もう許された! 流石、黄金の獣は格が違った!」
「それほどでもない」
「はいはい、そこまで。あなたは知性があるようですね。どうしてここへ?」
正座にて俺たちに事情を話す炎の巨人。彼の元々の住処は地下六十八階だそうだ。
しかし、話を聞く内に俺たちの不安は大きくなっていった。彼が住処を追われた時期と誠司郎たちがカーンテヒルへ転移してきた時期が見事に重なるのだ。
「それで、おっさんの住処にも卵っぽいのがあるんだな?」
「へい、黒い塊っていうんですかね。そいつが現れてから仲間達がおかしくなっちまいまして」
彼が言うには、黒い卵に触れた者はことごとく発狂し、その知性を失ってしまったのだという。
精神を喰らい尽くすモンスターとも考えられるが、一瞬にして精神を喰らい尽くすことができる存在となると、それこそ神レベルの存在だ。
「ふきゅん、四十四階以外にも見てこなくちゃならないな」
「それだと、約束の時間まで戻れませんが?」
「緊急事態だ、連絡を入れて探索続行だ」
俺は炎の巨人ことウッホホを仲間に加え、変わりつつある獄炎の迷宮の探索を続行した。
そして、まずは地下四十四階の卵とやらを発見するに至る。
「確かに卵だな」
「大きいでござるな」
「おぉ、これだこれ! 自分の住処にあったものと同じっすよぉ!」
ウッホホが興奮気味に巨大な卵を指差した。
卵の大きさは直径十メートルはあるかという白い卵上の塊であった。それが溶岩池の中央に鎮座している。ただ、溶岩池には触れていない。空中で静止しているのだ。
「これは、ただ事ではござらぬ」
「というか、報告に書いてあった事と全然違うじゃねぇか。何が一メートルの卵がぷかぷかと溶岩池に浸かっていただよ、ふぁっきゅん」
俺はトウヤを召喚し身魂融合を果たす。分析解析は彼のテリトリーだ。
俺たちが独自に分析をおこなっても、たかが知れているだろう。こういう時は専門家に丸投げするに限る。
「どう思う?」
「ふむ、スキャンしてみたが……中身は空だな」
「なん……だと……?」
なんということだ。これでは目玉焼きどころか、ゆで玉子も作れやしない。俺は絶望のあまり「ふきゅん」と鳴いた。
「御屋形様……明らかにアレを食べる気でござったな?」
「そ、そんなことはないんだよもん」
「エル様、言葉使いがおかしくなっていますわ!」
図星だったから仕方がない。おのれ、ザインちゃんめ。主に逆らったらどうなるか、その身にたっぷりと教えてやる。
今度はミニスカポリスの衣装だ、覚悟しろぉ。
「な、何やら寒気が……」
ザインちゃんがブルリと震え二の腕を擦った。それは確かな直感だったに違いない。
だが無意味だ。おまえはこの一件の後、ミニスカポリスとなって、かおりんを尋問する役目が待っている。もちろん、尋問中は足を組んで見せ付けるようにおこなわせる。
……ルーカス兄を呼んでおくか。是非、写真に収めておかなくては。
俺が邪悪な野望を目論んでいる間にも、トウヤの解析は進んでゆく。しかし、これといった情報は得られない。
「何もわからない、というのがおかしいんだ」
「ふきゅん、本当にただの卵の殻なのか?」
「殻はカルシウムの塊だ。だが重要なのは構成している物質じゃない。なんで、構成物質が分かっているのに、俺は【分からないと理解】しているかだ」
ドドドドドドドドドドドド!
「しまったぁ! 俺たちは既に攻撃を受けているっ!」
俺はこの時、致命的なミスを犯していたことを理解した。俺たちは、この卵に近付いた時には、既に攻撃を受けていたのだ。
「な、なんですと!」
「トウヤが分からないと理解してるって、それおかしいって一番言われてっから!」
その時、卵がブルリと震えた。瞬間、周りの景色が消滅し真っ暗な空間に放り投げだされた。
一瞬、宇宙空間と錯覚するもそうではない。星々の輝きがない宇宙なんぞ見たことがないからだ。
「こ、これはっ!?」
ルドルフさんは逆さまになりながらも、巨大モンキーレンチを構え襲撃に備えた。
彼が逆さまなのではなく、俺が逆さまの可能性があるが些細なことであろう。
だが、俺たちはいつ、攻撃を受けたというのだ。確かに余裕ぶっこいて移動はしていたが【油断】は一切していなかったはず。
「攻撃? そりゃあ、獄炎の迷宮に入った瞬間からさ」
姿は見えない、しかし、その声には聞き覚えがあった。
「その声はウッホホか!」
「そのとおりさ、俺は炎の巨人なんかじゃねぇ。ただの科学者さ。あと、ウッホホなんて間抜けな名前じゃねぇ。ブラッドていうイカす名前があるんだよ」
ケタケタと狂ったように笑う声が暗闇の中に響く。その笑い声は勝利を確信したものであった。
「おまえにチョロつかれると困るんだよ。計画が台無しになっちまう」
「なんだと!?」
「プロジェクト・エンドレスグラウンド。遂にドクター・スウェカーの悲願が叶うのさ。この世界に転移して二十年。長かったぜぇ? くははははは!」
ま、まさか! 誠司郎よりも先に地球からカーンテヒルに転移していた者がいたというのか! いや、それよりもっ!
「おいぃ! プロジェクト・エンドレスグラウンドって、おまえっ!」
「その名のとおりさ、永遠に続く大地。距離という概念をドクター・スウェカーは時空転移システム【ハザマ】で打ち破った。地球の資源は枯渇状態でなぁ。かといって、いちいち宇宙に出るには費用が掛かり過ぎる」
「嫌な予感がしてきましたよ」
ルドルフさんの額から一滴の汗が流れ落ちた。俺にとっては上に上ってゆくという奇妙な現象が起こる。上下の感覚が失われているようだ。
「察しがいいな。ここの資源を戴こうって寸法さ。ついでに支配できれば尚いい」
「それで、ゲームプレイヤーをここに送り込み、彼らを利用して資源を回収させようとしていたんだな?」
「あぁ、最初はな。だが、連中の使えなさに俺らは失望した」
俺らだと? ヤツとドクター・スウェカーの他にも転移者がいるというのか? もう少し情報を引き出す必要がある。
幸いにしてブラッドはお喋りだ。聞いてもいないことをべらべら語ってくれる。もっと情報をゲロってどうぞ。
「そこでドクター・スウェカーは考えた。連中を手っ取り早く強化する方法をな」
そこまで言っておいてヤツは「ここまでだ」と話を切ってしまった。どうせなら、きちんと最後まで話せ、ふぁっきゅん。
「おまえらは、そこで朽ち果てな。もっとも、朽ち果てることもできやしねぇがな。あばよ」
ブラッドは俺たちを暗黒空間に閉じ込め、嫌らしい笑い声を上げながら立ち去った。