633食目 誠司郎と黄金のお饅頭
「ふっきゅんきゅんきゅん! 話は聞かせてもらったぞ!」
「げぇ~!? この声はっ!」
独特の笑い声に史俊がわざとらしく反応した。そして、上を見上げると果たして彼女はそこにいた。
「エ、エルティナ……さん?」
なんと、そこにはプラチナの髪を持つ幼女と化したエルティナさんが、巨大な紫色の龍にまたがり邪悪な笑みを浮かべていたのだ。
そして、手には何故かでんでん太鼓をもっている。
あれ? どこかで見たような光景だぞ?
「ぼ、ぼうや~よいこだ……」
「そこまでよっ! 史俊!」
時雨が遠い目をしていた史俊に鋭い手刀を突き入れる。彼はその一撃を喉に受けて倒れた。ピクリともしないが大丈夫なのだろうか。
「ふきゅん、ザイン、ゆっくりと降りるんだぁ」
「御意」
パリッ!
「ふきゅんっ!?」
ずべしゃっ!
一瞬、閃光が走ったかと思った時には、既にエルティナさんは地面と濃密なキスを終えていた。何が起こったのか理解できない。
「おいぃ……ザイン、ゆっくりだって言っただるるぉ!?」
「も、申し訳ござらん。しかしながら、この形態でゆっくりはきつうござります」
そう言うと、紫色の龍は見る見るうちに縮んでゆき、一人の少女へと姿を変えた。
確か彼女はザインというエルティナさんの家臣だ。日本人のような外見をしていて親しみを感じる。
でも、全裸なのに動じないのは流石はエルティナさんの家臣だ。
「おいぃ、ザインちゃん。全裸だぞ」
「えっ? うわわっ!」
ただ単に気が付いていなかったようだ。ザインちゃんは慌てて、ささやかな胸や股間を手で隠した。赤面した顔がとてもチャーミングである。
「お、御屋形様ぁ」
「んもう、ザインちゃんは可愛いな」
エルティナさんはザインちゃんに向かって手をかざした。すると、そのモミジのような小さな手から白く輝くオーラが溢れ出て赤面する少女を包み込んでしまう。
その輝きが収まると、少女は既に衣服を身に着けていた。魔法であろうか。
「あの……御屋形様。これはいったい?」
「ふきゅん、【スク水】と言って、水陸両用の優れた戦闘用衣服だぁ。水に塗れても平気だぞ」
「おぉっ! それは優れた服でござりますな! 動きやすいのも感心いたしまする!」
だ、騙されている。それは決してエルティナさんが言うようなものではない。
だが、悲しい事に、その紺色の水着は恐ろしいほどに彼女に良く合っていた。
この水着を着る為に生まれてきたのでは、そう思わせるほどに。
「それにしても、キュウトのヤツが元々女だったとはな」
「普段から自分は男だって言ってたんですか?」
時雨の問い掛けにエルティナさんはコクコクと頷いた。それにしても、この状態のエルティナさんの可愛らしさは尋常ではない。
思わず触ってしまいたくなるような誘惑に翻弄されてしまうのだ。
「ふきゅん。誠司郎、熱烈なスキンシップは、俺がふきゅんと鳴いてしまうのでNG」
「え? わわっ! い、いつのまにっ! ごめんなさい!」
気が付くと、僕は既にエルティナさんを抱きしめて、彼女の頭を撫でていたではないか。
「許す」
「もう許された! 流石、ミリタナスの聖女は格が違った!」
「それほどでもない」
「もぐ~、もぐぐ~」
彼女のネタに反応したのは、先ほどまでピクリともしなかった史俊と、地面から湧いて出てきたモグラたちである。いったいどこから嗅ぎつけてくるのやら。
「まぁ、些細なことか。キュウトはどこまで行っても、キュウトに過ぎんからな」
「かっかっか、流石は大物じゃな。どうじゃ? キュウトの嫁にならぬか?」
「ふきゅん、キュウトにその気がないから遠慮する」
「気が変わったら、いつでも言うがいい。わしは大歓迎じゃて」
いつの間にか倒れていたはずのキュウトさんが起き上がり、エルティナさんを誘惑していた。
しかし、エルティナさんはこれを断る。妖狐族の長は何かしらの妖術を使っていたようだが、それは一切エルティナさんには通用していなかったようだ。
「それよりも代償の事だ。かおりんの代償を調べる必要性があるな」
「はい。でも、調べるといっても彼女自身も分かっているかどうか」
「ふきゅん、それな」
エルティナさんは顎に手を添え考え出した。すると、突然、彼女の身体が点滅し始めたではないか。これは、いったい何ごとであろうか。
「しまったぁ。ハイエルフ形態を維持し過ぎ……ぬわ~」
ボンっという音と煙を出し、彼女の姿が消えてしまった。まさか、長時間あの姿を取っていると消えてしまうリスクがあったのであろうか。
そんな事よりも、早く彼女を探さないと。
僕が慌てて行動に移ろうとした時、足元に小さな獣がいることに気が付いた。
その獣は小型犬サイズのプラチナブロンドの毛を持つ、よく分からない生き物だった。
「な、なんだろう。この子」
僕は犬とも猫ともつかない珍獣を持ち上げた。珍獣は大人しくされるがままである。
「ふきゅん」
「え?」
その声に、僕を含む全員が目を丸くした。例外としては、ザインちゃんだけが苦笑している。この子の事情を知っているようだ。
「御屋形様、皆をからかうのは、そこまでにいたしなされい」
「ふっきゅんきゅんきゅん……俺はビーストだから、人間の言葉は分からんなぁ」
「しっかりと理解してるじゃないですか」
「ふきゅん」
どうやら、この黄金のお饅頭のような生き物はエルティナさんのようである。
でも、どうしてこのような姿に。
「神気を使い過ぎて省エネモードになっただけだぁ。暫くしたら戻るから気にしなくてもいいぞ」
「そ、そうなんですね。もふもふしていて気持ち良いです」
「この状態ならおさわりしてもいいぞ」
「え? いいんですか?」
「あぁ、今の俺はビースト。なでなではご褒美って、それ一番言われてっから」
僕は黄金のお饅頭と化したエルティナさんを胸に抱き寄せてふわふわの毛並みを撫で始めた。得も言えぬ感触に身体が心が震える。ずっと撫でていたい衝動にかられ、腰砕けになってしまった。
この獣は危険だ。可愛らしい生物兵器に違いない。人をダメにしてしまう危険生物、だけども撫でる手を止めることはできなかった。
最早、これは麻薬に近い強制力が働いているに相違ない。
「ちょっと、私にも抱っこさせてよ!」
時雨が人には見せてはいけない乙女の表情を湛えながら接近してきた。今の彼女に、この子を渡すわけにはいかない。
「ふぇ? やぁん! 僕がらっこするのぉ!」
「おいおい、誠司郎、呂律が回ってないぞ?」
ダメだ、頭が真っ白になってふわふわした気分になってきた。遂に僕は壊れ始めてしまったようだ。でも、こんな気分になれるのなら壊れてもいいかも。
「いけません。エルティナも自重なさい」
僕からひょいとエルティナさんを取り上げたのは自由騎士のルドルフさんであった。
彼は黄金のお饅頭を頭の上に載せる。すると、エルティナさんは満足そうな表情を見せた。どうやら、そこは獣状態の彼女の定位置であるようだ。
「さて、戯れはここまでにして獄炎の迷宮に潜るぞ」
「はい、地下四十四階でしたね。件の卵は」
どうやら、彼女たちは獄炎の迷宮に潜るようである。それを聞いた僕らはエルティナさんの手伝いを申し出た。
しかし、彼女らの表情には迷いが生じている。それを見て、僕らは気が付いた。
「申し出はありがたいが、今はおまえらを危険に晒すわけにはいかん」
「エルティナの言うとおりです。蘇生の代償が分からない今、わざわざ危険な場所に連れて行く理由はありませんからね」
「左様、それに今の某たちならば、地下四十四階までの道のりは苦にならぬでござる」
どうやら、エルティナさん、ルドルフさん、ザインちゃんの三人で潜るつもりのようだ。
流石に少ないのでは、と思った矢先のことだ。パタパタと音を立ててとんでくる蝙蝠の姿を捉えた。
「こんな真昼間から蝙蝠?」
蝙蝠はエルティナさんの前で煙と共に少女の姿となった。年の頃は僕らと同じ頃。緩やかなウェーブが掛かった長い金髪。そして、血のような赤い瞳が印象的だ。
「ふきゅん、来たな、ブランナ。首尾はどうだった?」
「バッチリでございますわ。エル様」
「それは何よりだぁ。んじゃ、獄炎の迷宮にユクゾッ!」
「「「わぁい!」」」
ポカンとする僕らを置き去りにして彼女たちはバタバタと慌ただしく獄炎の迷宮へと踏み込んでいった。
そして、僕らはまたしてもやることがなくなってしまったのだった。
「これからどうしようか? 取り敢えず、時間を潰すしかないよね」
「そうだなぁ、かおりんが起きない限り話も聞けないしな」
「そうね、それよりもキュウトさんを起こさないと。長様が暴走してるわ」
時雨が指差した方を向けば、幾人もの男たちを尻に敷く妖狐族の長の姿があった。
これは早急にキュウトさんを起こさなくてはならないだろう。
僕らは慌てて彼女の下へと向かうのであった。