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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
630/800

630食目 死からの帰還

「せ、誠司郎……?」


「ラグエイ!」


 僕は堪らずラグエイの下へ駆け付け、彼女をきつく抱きしめた。

 決して幽霊ではない、彼女の柔らかさと匂いを感じ僕は安堵した。


「痛いよ、誠司郎」


「あ……ご、ごめん」


「うん、うん……許す」


 思わずラグエイをきつく抱きしめてしまった。しかし、そんな僕を彼女は笑って許してくれたのだった。

 また会うことができた喜びを感じ取ってくれたのだろうか。


「ふきゅん、やっぱり知り合いだったようだな」


「はい、【エンドレスグラウンド】での友人です」


「そっか」


 エルティナさんは、死んだはずの冒険者たちがカサレイムに戻ってきている、との報を受け真っ先にこちらへ向かったそうだ。そして、彼らを集めて事情聴取をおこなっていた。


 周囲を見渡せばクリューテルさんやノイッシュさんもいる。更にミカエル団長もいることから、事態は思ったよりも深刻なのかもしれない。


「それで、ラグエイは大丈夫なの?」


 僕は少しばかり、呆けているラグエイに声を掛けた。彼女の紫色のボブカットがふわりと揺れる。


「うん? 大丈夫って?」


 こてんと首を傾げラグエイは問いかけてきた。彼女の金色の瞳の中に僕の顔が映る。それを目撃し、まるで僕が彼女に取り込まれてしまったのような錯覚に陥った。

 なんだか彼女の一部になったみたいで、とてもドキドキする。


「あ、いやその、身体とか、頭とか」


 そんな、ラグエイの魅力的な瞳に熱されて余計なことを口走ってしまった。これは誤算である。


「いやいや、頭って。それじゃあ、私が、あっぱっぱぁ、にでもなったかのようじゃない」


「えっ? 違うのか?」


「もうっ! 酷いよ、ファルケ……史俊」


「どっちでもいいさ。お帰り、ラグエイ」


 すかさず史俊が間に割って入ってくれた。持つべきは友である。史俊の人懐っこい笑みに、ラグエイの緊張も解れていったようだ。

 それは、ようやく見せてくれた、彼女の微笑みで理解できる。


「ただいま……私も【香里】でいいよ」


 ラグエイの本名は【中里香里】といい、日本の高校に通う十七歳の少女とのことだ。

 あくまで自己申告であるので、正しいかどうかは分からない。でも、姿を見る限りでは間違いはなさそうである。


「ふきゅん、感動の再会のところ悪いんだが、話の続きをいいかな?」


「あ、はい。えっと……どこからでしたっけ?」


「……どこからだったっけ? トウヤ」


「まったく、おまえたちは……」


 エルティナさんの口から男性の落ち着いた声が発せられた。既にトウヤさんが憑りついているのだろう。いつもながら苦労しているようで思わず同情の眼差しを送ってしまう。


「真っ暗な闇の中に一人で立っていた、からだ」


「あっ、そうでした」


「俺もそうじゃないのかな~、とかなんとか思っていたり、しなかったりしろ」


「エルティナは後で話がある」


「おぉん!」


 こんな感じで事情聴取は進んでいった。殆どはトウヤさんによる質疑応答だ。

 彼の質問は要所を押さえた質問であり、ラグエイも答えやすかったらしく、すんなりと答えを返してゆく。


「ふむ、彼女がいた場所は冥府への道でもなく、輪廻の輪の中でもないようだ」


「いったいどこだよ? 俺は両方いった経験があるけど、そこ以外に死者が辿り着く場所といったら、天国か裁きの間ぐらいだろ」


「確かにな」


「また後で閻魔様に話でも聞いてみるか」


「また、おまえは……彼の手伝いはもうごめんだ、と言ったばかりだろうに」


「それはそれ、これはこれ。この件は閻魔様も放っては置けないはずなんだぜ」


「それもそうか、分かった。ただし、俺は手伝わんぞ。調査がおざなりになりかねん」


「なん……だと……!?」


 なんだか、物凄くスケールが大きくなっている。聞き間違いでなければ閻魔様に話を聞くとか言っていたような気がするのだが。

 普通ではありえない会話だが、エルティナさんが口にすると事実に聞こえてくるから不思議だ。


「凄い会話だね、史俊」


「あぁ、エルティナさんが白目痙攣してなければ、もっと凄いんだがな」


 エルティナさんが恐れる閻魔様の手伝い、とはいったいなんなのだろうか。興味はあるが、話を聞いたら絶対後悔しそうである。


「ところで、きみはどこから意識を取り戻した?」


「え? 確か……カサレイムの町です。獄炎の迷宮の入り口を見て、自分が自分である事に気が付きました」


「気付いた時に、獄炎の迷宮の入り口は【前にあったか】、それとも【後ろにあった】か?」


「ふえ?」


「重要なことなんだ。思い出してくれ」


 トウヤさんの声で真剣な眼差しを作るエルティナさん。普段の緩んだ顔も、こうして凛々しくなれば、とてつもない美人である事が容易に分かる。


「えっと……後ろ、だったはずです」


「分かった、協力に感謝する」


「は、はい」


 どうやら、今のやり取りで事情聴取は終了したようだ。ラグエイも話が終わったことを理解して大きく息を吐きだす。


「疲れたろう、桃先生を奢ってやろう」


 エルティナさんは手の平をラグエイに差し出した。当然、手には何もない。ラグエイは彼女の冗談だと受け取ったようで苦笑いを返した。


 だが、エルティナさんがそう言ったら冗談ではないのだ。彼女の手の中に温かな輝きが集まり、たちまちの内に形となってゆく。それは瑞々しい果実の形を取った。


「ふえぇぇぇっ!? 桃が生まれたっ!」


「桃ではない、桃先生だ。甘くて美味しいぞぅ」


 エルティナさんから桃……いや、桃先生を受け取ったラグエイはしげしげと桃先生を見つめた後、桃色の果実に噛り付いた。

 シャクっ、という小気味良い音を立て果実に彼女の歯形が付く。暫し咀嚼していた彼女であったが、やがて猛然と桃先生に噛り付いてゆく。

 お腹を空かせた子犬が、待ちに待ったごはんにありつけた、かのような食べっぷりだ。


「ふっきゅんきゅんきゅん……桃先生は美味かろう?」


「おいひぃでふぅ」


 今のラグエイの顔は、エサを頬袋にパンパンに詰めたハムスターのようだ。気持ちは分からないでもないが。

 僕もまた食べたいな、桃先生。


 ちなみに、エルティナさんは桃先生を普通に桃と呼ぶと怒る。何かこだわりや思い入れでもあるのだろうか。


「じゃ、あとは誠司郎たちに任せるぞ。俺は引き続き、冒険者たちの話を聞いて回る」


「あ、はい。ラグエイ……いや、ええっと、香里さん、移動しよっか」


「うん、香里でいいよ、誠司郎」


 僕はラグエイから香里になった彼女の手を引き、冒険者ギルドを後にした。





 

 皆と話し合った結果、以前お世話になった宿へと向かうことになった。

 きっと、宿屋の女将さんはラグエイこと香里が生き返ったことをまだ知らないはずだ。彼女の元気な姿を見て安心してもらおう、との配慮もあった。

 香里が死んでしまったことを知って彼女も酷く落ち込んでいたからだ。


「見えてきた。宿屋【月明かり亭】だ」


「うん……少し見てないだけなのに、なんだか懐かしい気がする」


 少しばかりくたびれた宿屋が見えた。その宿屋の前に中年の兎獣人の女将が草花に水を撒いている姿が見える。


 マフティさんによれば、あの日以来、彼女は水を撒く度にため息を吐いているのだという。女将さんのその姿を見て、香里は堪らず駆け出した。


「おばさんっ!」


「えっ? まさか……ラグエイちゃんかい!?」


「ただいまっ! ただいま、おばさん!」


 二人はきつく抱擁し合った。僕らは二人の関係を詳しく知らないが、ただの客と宿屋の女将さんではない事だけはハッキリと理解できた。


「もう会えないと思っていたのに……神様にお祈りするもんだよ」


「私も、おばさんにもう会えないかと思った。ずっと、暗い中を一人で歩いていたんだもの」


「あぁ、それは心細かったろうに。もう大丈夫だよ、おばちゃんがついてるからね」


「うん、うん……!」


 二人が落ち着いたところで僕らは女将に事情を説明した。にわかには信じられないといった表情であったが、加えて彼女は香里が戻ってきてくれた事実だけで十分だ、とも言った。


「過程はどうでもいいさね。この子が生きていてくれるだけでね」


 話をするために宿の中へと入ったところで香里がふらついた。慌てて身体を支える。


「あれっ……なんだか、目眩が」


「きっと、いろいろあり過ぎて自分が自覚するよりも疲れているんだよ。女将さん、香里の……ラグエイの使っていた部屋って空いてます?」


「えぇ、もちろんよ」


 僕は女将さんから105号室の鍵を受け取り、香里を支えながら部屋へと向かう。

 鍵を開けて中に入ると以前のままの部屋が姿を現した。香里の置いてったであろう荷物もそのままである。

 しかし、掃除は成されているようであり、ベッドのシーツもきちんと整えられていた。


 ゆっくりと香里をベッドに横たわらせると「ありがとう」という言葉を残し、彼女はすぐさま眠ってしまった。これでは話を聞くどころではないだろう。

 僕は掛け布団を香里に掛けて静かに部屋を出た。


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