629食目 帰ってきた冒険者
僕が、ガイリンクードさんに魔導銃を教わり始めて三日経った。
その間に、僕はようやく的に弾丸を当てれるようになっている。ただし、的の中心には程遠いのだが。
そして、今日も野外訓練場にて日が暮れるまで魔導銃に魔力を送り、撃って撃って撃ちまくる。
「えいっ! やっ! あぁん! 惜しい!」
ゲーム時代は、ただ単に数字でしか認識できなかった魔力、という架空のエネルギーを実感できるようになって久しい。
その分、疲労は段違いであるが、現在のところは心地よい疲労となっていた。
漆黒の魔導銃の正式名称は【ガルムK68】というらしい。リボルバータイプの最新製品だそうだ。
ガイリンクードさんが言うには、新人には新人を、とのこと。
今日も僕とガルムは、きゅうちゃんターゲットに向けて魔力弾を放つ。当たるまで何度もだ。
「今日はここまでだな」
「は、はい。ありがとうございました」
日が落ち町の外で農作業をしていたモグラたちが一斉に町に帰ってくる頃、僕の魔導銃の訓練も終わる。その頃には僕も全身汗まみれだ。
それは厳しい訓練を受けていた史俊や時雨も同様であり、そろって体のラインが浮き彫りになるほど服を湿らせていた。
「お疲れさま。どう、誠司郎。魔導銃の方は?」
「うん、なんとか的に当たるようにはなってきたよ」
「まぁ、それは何よりだわ。私もグラウンド五十周できるようになったわよ」
「それって、もうマジックユーザーの体力じゃないよね」
時雨の体力も相当に向上している。当初はグラウンド三週も怪しかった体力が、今では十倍以上になっているのだ。それと同様に体の方も締まってきている。
本人は胸の脂肪も筋肉に回されるのでは、と戦々恐々しているが今のところその兆候はない。
「へぇ、誠司郎もがんばってるな。俺も盾を使いながらの回避方法を練習してんだけど、先輩たちにボコボコニされっぱなしだぜ」
「史俊は考えが丸分かりなのよ。移動先を確認してから移動したらバレるに決まってるじゃない」
「安全確認は必要じゃないか」
史俊の身体は既に転移した当初よりも一回り大きくなっていた。
これも、この世界のハードなトレーニングと美味しい料理があってのことだろう。本当に史俊はよく食べる。
体力が資本の立ち位置だから、当然といえば当然なのだけども。
「あなたたち~! 早くお風呂に入っちゃいなさいよ~!」
「あ、は~い!」
先輩女性騎士が僕らに声を掛けてくれた。いつも僕らを気遣ってくれる優しい人だ。
「いこっか」
「そうね。身体も冷えてきたし、お風呂にでも入りましょうか」
「俺もお供するぜ」
「あんたは土にでも埋まってなさいな」
「泣けるぜ」
僕らはいつものやり取りをおこない、聖光騎兵団の宿舎へと向かった。
やはり、浴場で時雨や先輩方に弄られる。それも、いつものこと。いつものことだった。
事が起こったのは、その次の日の事だ。
いつものようにガルムk68を手に取り、彼の調子を窺っていた時、耳を疑うような一報が舞い込んできた。
「何? 死んだはずの冒険者がカサレイムに帰ってきただと?」
ガイリンクードさんが表情をきつくした。嫌な予感を感じ取ったのだろう。
僕もその一報を耳にして胸の鼓動が妙に大きく聞こえている気がする。気のせいではないはずだ。
「きゅおん、今、エルティナが確認に向かっている。誠司郎たちも来れるなら来てほしいとのことだぞ」
その一報をもたらしたのは狐獣人のキュウトさんだ。今日も銀色のもふもふ尻尾が眩しい。
「って、キュウトさん?」
というか、男性だった。僕の知っているキュウトさんは、咽るような色気を放つ少女だったはずなのに、ここにいるキュウトさんは逞しい男性だった。
「ん? あぁ、俺だけど」
確かに、よくよく見ると、キュウトさんを構築していたパーツが確認できる。
でも、それらのパーツは彼の男性らしい顔立ちに合わせて、可愛いさよりも凛々しさを強調するようになっていた。
ピンと伸びた狐耳と力強く振られる銀色の尾は男性の力強さを感じる。身に纏う衣服もゆったりとしているが、それが彼の引き締まった肉体をより印象的に見せた。
ほどよい筋肉量の胸板が魅力的過ぎて鼻血が出そうだ。み、見ないでおこう。変な子に見られてしまう。
「どうせ、すぐ本来の姿に戻るのに、わざわざ男になってどうする」
「も、戻らねぇし! それに、こっちが本来の姿だっ! 忘れるな!」
「どっちでもいいだろう。おまえには変わらん」
「きゅおん」
ガイリンクードさんに切り捨てられたキュウトさん……キュウト君といったほうがいいのかな? は膝を抱えていじけだした。
折角の凛々しい印象が全て台無しになった瞬間である。
「まぁ、いい。誠司郎、今日の指導は中止だ。カサレイムに向かうぞ」
「はいっ!」
死んだ冒険者がカサレイムに戻ってきている。
その話を聞いて頭の中に真っ先に浮かび上がった者の顔は、助けてあげられなかったラグエイの顔だ。
彼女の最期の顔は今でも僕の脳裏にこびり付いて離れない。きっと、忘れてはいけないものだと思っていた。それは、とても辛いことだ。
でも、生きている彼女の顔を見れば、もしかしたら……。
僕らは史俊と時雨、そして、いじけていたキュウト君を伴いカサレイムへと向かう。
「カサレイムに着いたぞ。別段、変わった様子はないようだが……」
「先生! 変わっちゃった子がいます!」
「きゅ……きゅおん」
「あぁ、放っておけ。いつものことだ」
テレポーター施設を利用して聖都リトリルタースからカサレイムへと転移した僕らは、先ほどまで凛々しかったキュウト君が、丸みを帯びた柔らかな少女へと変化していることに気が付いた。
僕らがよく知る彼女である。
「ま、魔力が恨めしい」
「着替えてこい。乳房が丸見えだぞ」
「俺は気にしない」
「他が気にするんだ。早くしないと俺のマントでぐるぐる巻きにするぞ」
「やめろ、ドキドキするだろうが」
「まったく……この万年発情期が」
「きゅ~ん」
ガイリンクードさんに指摘されたキュウトさんは一人で裏路地へと姿を消した。
「って、そこで着替えるの!?」
「ここで着替えられるよりはマシだ」
もう悟り過ぎているガイリンクードさんのセリフには哀愁が漂っていた。きっと、日常茶飯事と化しているのだろう。
ここの美人は、残念な美人が多い気がする。
「お待たせ」
「少しは淑女になれんのか? それでは痴女だ」
「暑いんだからしょうがないだろ。それならエルティナはどうなんだよ」
「あれは身に纏う貫禄が違う」
「贔屓だ、訴えてやる」
「時間が惜しい、行くぞ」
またしても水着姿のキュウトさんに苦言を呈するガイリンクードさん。
それに対して不満を漏らすキュウトさんであったが、彼にバッサリと切り捨てられ「きゅおん」と鳴いた後に渋々彼に付いてゆく。
向かった先はカサレイムの冒険者ギルドだった。そこには人だかりができており、見知った顔もチラホラと窺える。
「おっ、来たな、おまえら」
「ライオット君、いったいどうなっているの?」
「どうもこうもねぇよ。中に入ってみな、見知った顔に会えると思うぜ」
冒険者ギルドの入り口で腕を組んで立っていたライオット君に促され、僕たちは内部へと踏み込んだ。
カサレイムの冒険者ギルドの内部は、まるで西部劇の酒場のような構造になっていた。酒樽があることから、本当にお酒が飲めるようである。
壁の至る所に依頼書が張り出されている辺り、ここの冒険者ギルドは非常に繁盛しているようだ。
「ふきゅん、丁度良いタイミングできてくれたな」
僕らに声を掛けてきた女性がいた。独特の鳴き声からして、エルティナさんであろう。
声がした方を向けば果たして彼女はそこにいた。
「ラ、ラグエイ……」
死んだはずのラグエイと共に。