624食目 珍獣の戸惑い
結局、ぐだぐだなまま会議は終わった。これも全部バリバリクンってヤツが悪いんだ。
ぷりぷりもにゅんもにゅん、と怒りを炸裂させながら会議室を出た俺を、お供のうずめ、雪希、炎楽がいさめる。
だが、次第に俺の怒りは彼らに伝染し、一緒に、ぷりぷりもにゅにゅん、と怒りを撒き散らし始めた。
「おやおや、酷くご立腹のようだね、エル」
そこへ爽やかスマイルのエドワードが声を掛けてきた。
当然、俺はいたるところがビキビキして危険な状態なので、エドワードに八つ当たりをすべく威圧的な言葉を投げかけた。
このエルティナ・ランフォーリ・エティル、容赦はせん!
「ふきゅん、エドか。屋上……いこうか」
「あぁ、熱くなった頭を冷やすんだね? でも、地下の方がひんやりしていると思うよ」
バカ野郎、ネタを素で返すんじゃぬえ。
それに、おまえに地下送りされたら、もれなく十八禁画像が阿波踊りしながら表示されるわ。
「風に当たらないと意味無いだるるぉ? あと、怒って腹が減った」
「なるほど、デザートというわけかい?」
「うんにゃ、メインディッシュだ。サンドイッチは既に俺にとって前菜に過ぎない」
「う~ん、逞しくなったねぇ。ここみたいに」
もにゅにゅん。
「おいぃ、自然なパイタッチは夫婦になってからじゃないと犯罪行為だぞ」
「スキンシップだからセーフ」
なんという、爽やか犯罪者。エドワードは流れるような動きで俺の手を取り、大神殿の屋上へと向かう。
彼は既に大神殿構造を完全に把握しており、俺が忘却の彼方にポイっちょしたような通路ですら覚えているのだ。
……いつの間に隠し通路を発見したんですかねぇ?
「ふきゅん、やっぱり風は良いんだぜ」
「まぁね。風が生温いのがマイナス点かな」
「ラングステンの風は寒いくらいだからな」
「エルがここに馴染んだ証拠だよ」
大神殿の屋上は一般開放していないが、モモガーディアンズのメンバーであるなら使用しても問題はない。
ガイリンクードなどは格好付けて、よくここで黄昏ている。それが似合っているので、何も言えないのが悔しい。
若いくせに一人でハードボイルドしやがって。俺にもやらせろ。ぷんすこ。
「うん? 機嫌が良くなったかと思ったら、また怒ってる。ほらほら、笑って」
「うにゅん、無理矢理笑わせるのはNG」
エドワードは俺のほっぺを持ち上げて無理矢理笑みを作らせる。
昔よりも更に強引さが増したのは気のせいであろうか。ふぁっきゅん。
「まったく、エドは俺とは対照的に、大きくなるにしたがって子供っぽくなってゆくな」
「エルの前だけだよ。それに……」
彼は澄み渡る空を見上げた。俺もつられて空を見上げる。
そこには無駄に大きな入道雲が「自分……そろそろ、ヤンチャしてもいいっすか?」とこちらへ向かってきていた。もちろん、俺は「帰ってどうぞ」と告げておく。
「素の僕でいられるのは、ラングステン王国以外でしか無理だから」
「旅の恥は掻き捨て、ってか? 俺がもりもり見てるんですが」
「エルはいいの。そもそも、小さい頃から僕を見ているじゃないか」
「それもそうか……そうだな」
色々あったが、エドワードとは十年もの付き合いになる。今更感が半端ない事に気が付いた。
「ねぇ、エルは鬼との戦いに決着がついたら……どうするんだい?」
「決着か……」
俺は考えた。鬼との決着は全ての鬼を退治することを持って決着とする。
だが、人が存在する限り、鬼は再び蘇る。鬼は人の心の闇から生まれるからだ。
「そうだな、誰かと一緒になって、ゆっくりするのも悪くはないかもな」
そう、ゆっくりするだけだ。そして、俺は幸福の微睡から覚めて、再び戦いの中へと身を投じることになるだろう。それが、桃使いの宿命なのだ。
「譲らないぞ」
エドワードはがっちりと俺を抱き寄せた。人目が無いからといって大胆過ぎるでしょう?
「なら、がんばるんだな。俺は結構、惚れっぽい性格だぞ?」
ただし、漢に対する漢としてだがな! 強敵と書いて【とも】と呼ぶ。あぁ……堪らないんじゃあ。
俺たちは僅かな時間ではあるが、まったりとした時間を桃先生を片手に堪能したのであった。
桃先生は俺のメインディッシュ、反論は許さない。いいね?
私室に戻った俺は、屋上でのエドワードとの会話を思い出し、頭を冷やしに行ったはずなのに頭がホットになっている事に気が付き呆然とした。
そして、あまりの恥ずかしさに耐えきれず、顔からベッドにダイブし、ぐりぐりと顔を押し付けたのである。
「のぉぉぉぉぉぉっ! なんで、あんなに恥ずかしい言葉がポインポイン出てんだ、俺!」
まるで俺が俺じゃないみたいな感覚だ。以前の俺は、あんな風に会話が出来たであろうか。きっと恥ずかしがって話題を変えていたはずだ。
だというのに、しっかりと、最後まで話題を変えずに結論まで出した。どうなっているんだ、俺は。
「はっ! きっと、病気に違いない! すたっふ~、すたっふぅぅぅぅ!」
『そんな』『わけ』『あるか』『あほぅ』『あほぅ』
チユーズに馬鹿にされた、死にたい。
だが、これで俺は病気ではない事が判明した。
では、これはいったいなんだ、というのだろうか。俺に治せない病があってはならない、俺はヒーラーなのだから。
だが、結局は分からず、ベッドの上で大きなケツを突き出した形で悶々としているところをライオットに目撃され大笑いされるのであった。ふぁっきゅん。
その日の午後、ライオットに大笑いされて幾分か冷静さを取り戻す。
「だからといって、おケツをバシンと叩くのはNG。これ以上、大きくなったらどうするんだぁ?」
「大丈夫だろ? メルシェを超える尻はそうそうないぜ」
「そういう問題じゃねぇだるるぉ?」
まったく、俺の友人はタッチによるスキンシップを一切躊躇しない。今度、思いっきり悲鳴を上げてやろうか。俺はそれを想像してみた。
『ふきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!』
……あ、ダメだ。ただ単に珍獣が遠吠えしてるだけだ。どうしてこうなった。
どうイメージしても同じ結果にしか辿り着かず、俺は絶望の白目痙攣状態を炸裂させる。
それは結局、誠司郎が安静にされている医療室に到着するまで続いた。
あの後、誠司郎は目を覚ますことがなかった。肉体的には問題はないが、精神に大きな傷を負ってしまったのか、いまだに眠り続けている。
「肉体の変化……か」
誠司郎たちの肉体の変化はカサレイムの事件後、一段落付いたころに起った。
まずは史俊が違和感を感じ、自ら確認したことに端を発する。続いて時雨がにこにこしながら報告してくる。
恐らくは恥ずかしさからか、アバターキャラのスタイルを抑え目にしていたのだろう。
ほぼ大平原だった胸に小さな丘が発生していたのだ。
彼女の年齢からして、まだ成長の余地は残っている。それゆえに時雨は喜んでいるのだろう。
リンダとの友情にひびが入らなければいいのだが。
「おいぃ、入るぞぉ」
「入ってから言っても遅いですよ」
「ダメだぞ、ライ」
「俺かよ」
素敵な時雨のツッコミをライオットにスルーパスした俺は、眠り続ける誠司郎の下へと向かう。
「ライはあっちにいけ。どさくさに紛れて見ようとするな」
「え~、誠司郎って、男じゃん」
「男……か」
果たして、彼はそう呼べるのか。
寝息を立てる誠司郎の胸には、柔らかな膨らみが備わっていたのだ。