表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
622/800

622食目 転移者の死

 ◆◆◆ 史俊 ◆◆◆



 異形の巨人の一撃を受けて誠司郎の身体がくの字に折れる。そして、自重力を無視するかのごとく彼の身体はふっ飛ばされ建物に激突。壁に血の花を咲かせた。

 どう見ても即死、たとえ生きていたとしても助かる見込みは限りなくゼロに近い。


「な、なんで一人で突っ走っちまったんだよ!」


 急ぎ誠司郎の下に駆け付ける。辛うじて息はあるようだが、手足はあらぬ方向に折れ曲がり役目を果たせなくなっている。これ以上は無理だ。


「時雨っ! マフティさん! 早く来てくれ!」


 だが、彼らの行く手を異形の巨人が塞いでしまった。完全に万事休すだ。

 しかし、諦めたくない。幼馴染が目の前で死んでしまうだなんて、こんな残酷な話があるか。


「誰か……誰か来てくれ! 誰かっ!」


 俺の叫びは戦火に焼き尽くされ夜の闇へと吸い込まれる。その間にも誠司郎の命の灯火がどんどん消え去っていた。

 俺では手の施しようがない、俺は仲間がこうならないために【タンク】を買って出ていたのだ。


「しっかりしろ! 誠司郎! ちくしょう、ダメなのか、ちくしょう!」


 必死に呼びかけるも誠司郎からの反応はない、そればかりかどんどん生気が抜けてゆく。

 もうダメだ、と諦めた時……風が吹いた。風が吹いたのだ。それは奇跡の風。


「バックステッポゥ!」


 ザシャッと砂埃を上げて参上した者は、この場に最もいてはいけない人であった。

 だが、彼女こそは奇跡そのものとしか言い表せない人物。


「史俊、おまえの声、確かに聞こえたぞ。〈ソウルヒール〉!」


 力ある輝きが誠司郎を包み込む。その輝きは絶望的な負傷を負った誠司郎の身体をたちまちの内に回復させてしまったのである。


「若い内は無茶をするものだが……自分を想ってくれる友の事を忘れてはいけない」


 誠司郎は気を失っているようだ。だが、きちんと規則正しく呼吸をしていることから、完全に危機は脱したと思われる。

 本当によかった。


「さて、少しばかり調子ぶっこき過ぎじゃないですかねぇ?」


 エルティナさんはその美しい顔を醜悪な異形の巨人へと向ける。

 異形の巨人は彼女の迫力に気圧されたかに見えたが、獄炎の迷宮から這い出てくる無数の同族に余裕を取り戻し醜悪な顔を歪ませる。


 拙い、確かエルティナさんは攻撃手段が乏しい。ここは俺が盾になって彼女を護らなくては。


 俺は盾を構えて前に出た。重鎧を取り外して防御力は格段に下がったが受け流しを使えばエルティナさんの壁になることくらいできるはず。


 だが、彼女は俺を制して前へと出る。そして告げたのだ。


「よく見ておけ、史俊。鬼と戦る時は……こうやるのだ」


 エルティナさんの形相が恐ろし気な物に変わった。そしてその身体から溢れるのは桃色のオーラだ。

 それは確かに温かさと力強さを感じる。だが、断じて優しくなんてない。

 間違いなく、この力は断罪の力。悪を許さぬ真っ直ぐ過ぎる力。


 だから、俺は彼女に恐怖した。その純粋過ぎる力に恐怖したのだ。

 やがて、桃色の力はある物の形となる。だが、それはあまりにも大き過ぎた。

 バカげたサイズのそれを見て、俺はポカンと口を開けるハメになる。


「〈中華包丁〉だ!」


 エルティナさんの言うとおり、彼女が作りだした物は超巨大な中華包丁であったのだ。

 身の丈を超える包丁など聞いたこともない。


 それを片手で構えて彼女は異形の巨人へと突撃する。


 早いっ! でも、ライオットさんや、マフティさんに比べれば劣る!


 エルティナさんに対して異形の巨人の攻撃速度は彼女を上回る。このままいけば彼女は返り討ちのされてしまうだろう。


 異形の巨人が手にした街灯を振り上げ、迫るエルティナさん目掛けて振り下ろした。

 それはエルティナさんに直撃する。どう見ても彼女は押し潰されて絶命する、その結果しか見えない。

 だが、現実は非情であった。あり得ない結果が異形の巨人を襲う。



 ゴキンっ!



 こともあろうことに、振り下ろされた巨大な街灯は跳ね返されてしまったのである。


「〈多重魔法障壁〉だ! おるるぁん!」


 エルティナさんは、なんと衣服を脱ぎ捨て、天高く跳躍した。


 高い! 彼女はこれほどまでの身体能力を有していたのか!? というか、見えちゃいけない部分が見え過ぎて、どこに目をやればいいのか分からない!


「服を脱ぐことによって能力は二倍に! 高く跳躍することによって威力は四倍に!」


 夜の空に全裸の美少女が舞う。幻想的であるが何かが違う、と本能が言っていた。


 あぁもう、異常過ぎて全裸美女の裸を見ても鼻血が出ねぇや。


「そして、回転を加えることによって、鋭さは八倍に! これでパワーは、おまえを超える二千万パワーだ!」


 いったいなんだ、そのわけの分からない理屈はっ!? 


 彼女は前方に回転し凶悪な回転のこぎりのように異形の巨人へと迫る。

 こんな、無茶苦茶な戦い方があってたまるか。


 それは巨人も思っていた事なのか、最後の足掻きと言わんばかりに街灯を持たない方の手でガードを試みる。


「ふきゅぅぅぅぅぅん! 無駄無駄無駄無駄ぁ!」


 しかし、エルティナさんの攻撃はガードした腕ごと切り裂き、異形の巨人を意図も容易く葬り去ってしまった。

 桃色の粒子へとほぐれてゆく巨人を背に、エルティナさんはこちらへと悠然に歩いてきた。


「ふっきゅんきゅんきゅん、見たか、史俊。鬼とは、こうやって退治……おぼろろろ」


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!? エルティナさんが吐いた!」


 この人は無茶をし過ぎだ。あんな攻撃をして吐かないわけがない。

 全裸美少女がゲロをぶちまけながら戦場に立つって、どんな状況だよ。


「ふぅ、すっきりしたぜ。やはり感情が高まった時はゲロっちまうのが一番だ」


「絶対に違うと思います。そして服を着てください」


「ふきゅん」


 駆け付けた時雨がエルティナさんに脱ぎ捨てた衣服を手渡すと、彼女は渋々ながらそれを身に付けた。


「急に体が重くなった気がするんだぜ」


「どんな体質をしているんですか」


「裸族体質なんだ。服は俺の拘束着にすぎん」


「「これは酷い」」


 時雨と俺のツッコミが見事に重なった瞬間であった。






 その後は聖光騎兵団が合流し、少し遅れてモモガーディアンズのメンバーが討伐に参戦した。そこからは早かった。

 流石は鬼退治のエキスパートを名乗るだけあり、見事な手際の良さで退治していったのだ。


「もう終わり? 物足りないわねぇ」


「そうだねぇ……最近はプルルが率先して鬼退治しちゃうから、こっちに回ってこないもんね」


 ユウユウさんとリンダちゃんのコンビは物足りないと不服を漏らしている。

 彼女らの強さはモモガーディアンズでも別格であるそうだ。それは、彼女らの戦いぶりを眺めているだけでも実感できた。恐ろしい強さだ。


「おいぃ、ごくろうさんだったな、ガイ」


「謝るのはこちらの方だ。誠司郎を抑えることができなかった」


「まぁ、仕方がないさ。死ななかっただけでも儲けもんだと思おうぜ」


 ガイリンクードさんは深いため息を吐いて、こちらへ向かってきた。そして、誠司郎の顔を覗き込む。


「やれやれ……思慮深いと思ったが、こいつは相当な無鉄砲いのししだな」


 ガイリンクードさんは誠司郎の顔に掛かっていた彼の長い髪を退けてくれた。

 その際に僅かに顔を顰める。何があったというのだろうか。


「史俊、誠司郎は本当に男なのか?」


「え?」


 突然、そのようなことを言われて俺は酷く驚いた。

 誠司郎が男である事は間違いないと思う。小さい時に一緒にふろに入った記憶があるから。

 その際の見た誠司郎の股間には確かに男のシンボルがあったはず。はず?


 だが……それは本当にそうだったのか、と問われれば少し怪しい。


 なんせ、三つか四つの頃だ。記憶が都合よく改ざんされている可能性も否定できない。


「え、ええ。確か、誠司郎は男だったはずですか」


「……そうか、ならいい」


 彼は意味深な発言を残し立ち去った。冒険者たちの亡骸を弔う手伝いをするようだ。

 俺も誠司郎を宿屋に預けて手伝いをしなければ。


 俺は誠司郎を抱き上げた。その時に違和感を感じる。


 あれ? こいつって、こんなに柔らかかったっけ? それに軽い、男の体重じゃ……。


「ふ、史俊! こっちに来て! 早く!」


 そこまで考えて時雨の悲鳴にも近い呼び声に中断を余儀なくされた。

 駆け付けると、そこには物言わぬラグエイが横たわっていたのだ。

 誠司郎が無謀な行動をおこなった原因は彼女にある、と見ていいだろう。


「ラグエイ……」


 無残な姿になった彼女に俺は祈りを捧げた。

 すると次の瞬間、彼女の身体は光の粒に解れてゆき、音もなく霧散してしまったではないか。


「なっ……!?」


 この光景に俺と時雨はただただ絶句するより他になかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ