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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
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621食目 ドクター・スウェカー

 戻った戦場は硝煙の香りがした。群がる異形の鬼たち相手に軽やかなる舞いのごとく立ち回るのは漆黒の衣装を纏うガイリンクードさんだ。


 彼の手にする銀色の銃が咆哮し鬼の頭部が弾け飛ぶ。もう片方の手には黄金の剣、それを振るえば容易く鬼は両断され動かなくなった。


 彼の後方ではキュウトさんとマフティさんが援護をおこなっている。


「うっしゃ! いけ!〈久遠の氷棺〉!」


 彼女が魔力の籠った両腕を鬼たちに向けて突き出す、と次の瞬間、一瞬にして鬼たちが氷のオブジェと化し動かなくなる。その数、なんと十体以上。

 それをGDを纏ったマフティさんが華麗な体術によって粉々に砕いていった。


 圧倒的な実力差に思わずため息が出る。だが、彼らの実力を羨むのはあとだ。

 僕らは、僕らのできることをおこなう。それはさっき分かったはずだ。


「誠司郎! あそこ! 子供が逃げ遅れてる!」


「うん! 分かった!」


 僕は鬼を警戒しながら建物の陰に隠れている子供に近付く。

 子供は酷く怯えている様子だが、幸いなことに怪我は負っていないようだった。


「もう大丈夫だよ。さぁ、安全な場所に避難しよう」


「……う」


 子供に手を差し伸べようとした時、急に子供の顔が歪み始めた。最初はそれが安堵によるものだと思っていたが、実のところそうではなかったらしい。


「うぼぉあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 突如として子供の顔が割けて無数の肉の蔓が僕を絡め取らんと襲いかかってきたのだ。

 そして、たちまちの内に絡め取られて身動きを封じられてしまった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


「せ、誠司郎っ!?」


「うそっ!? 何よあれ!」


 僕の悲鳴を聞き付けたガイリンクードさんが銃口をこちらに向ける。だが、その中の弾丸は放たれる事はなかった。


「くっくっく、賢明な判断じゃな」


 無いはずの口から言葉が紡がれる。ここにきて僕は罠にかかったことに気が付いた。

 この子供は鬼が擬態したものだったのだと。


「ちっ……おまえが今回の件の首謀者くろまくか?」


「さよう。わしの名はドクター・スウェカー。ちょっとした実験に付き合ってもらっただけじゃよ。なぁに、ここは滅ぼすつもりはない。まだまだ実験場にしたいしのう」


 かっかっか、としわがれた声で笑う老人の言葉には真実味がない。現に獄炎の迷宮からは、いまだに異形の鬼が湧き出ているのだから。


「ふん、見え透いた嘘は好きではないな」


「まぁ、わしは実験台が手に入ればいいだけじゃしのう。というわけで、武器を捨ててもらおうかね」


 ガイリンクードさんは銃を構えたまま右手を開いた。銀色の銃はそのままの形で下に落下する。


 にまりと鬼が笑った気がした。顔は砕けて無いはずなのに、そう感じたのだ。

 このままでは、僕のせいで全滅してしまう可能性もある。ならばいっそ。


「下手な考えはよせ、誠司郎ビギナーボーイ


 ガイリンクードさんは僕の考えを読んでいたらしい。彼は大丈夫だ、とでも言わんばかりに笑みを作った。

 それはあまりにも格好が良過ぎて危機的な状況にあるにもかかわらず、胸が高まってしまう。

 あ、いや、変な意味で胸が高まったわけではない。ただ純粋に……。


 そう自分に言い訳していた時、状況は一変した。



 ガゥン!



 銃声、そして砕け散る肉の蔓。それらを貫通して尚も異形の鬼に迫る弾丸。


「ちっ」


 子供を模した鬼は寸でのところで身をよじり弾丸を回避する。

 肉の蔓の戒めから解き放たれた僕は、その場に崩れ落ちた。


「けけけ、やっぱ、慣れねぇもんはダメだな」


「ふん、上出来だ。糞悪魔レヴィアタン


 地面から女性の手が生え出し、ガイリンクードさんが離した銀の銃を握っていたのだ。

 その腕の持ち主はずるりと地面から抜け出し全貌を露わにする。


「よぉ、無事だったかい? 誠司郎」


「ありがとうございます! レヴィアタンさん!」


「けけけ、悪魔に礼を言うたぁ律儀な人間だな」


 妖艶な水の悪魔は、そのまま銀の銃を構えて子供の鬼ドクター・スウェカーに向かって発砲する。

 しかし、ドクター・スウェカーはひらりひらりと弾丸を回避してしまった。まるで、弾丸がしっかりと見えているかのようだ。


「おうおう、危ない危ない。水の悪魔も水がなければただの女か」


「けっ、言わせておけば」


 だが、彼女の作ってくれた僅かな隙を突いて、僕はその場から離れる事に成功する。

 体中が痛いが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「誠司郎! 無事か!?」


「ごめんなさい、誠司郎! 私が軽率だったわ!」


 すぐさま史俊と時雨が駆け寄ってきて僕を介抱してくれた。

 五感が現実世界と同様になったからこそ分かるこの痛み。ゲーム内では大ダメージでもチクッとする程度であったが現実は違う。耐えがたいほどの痛みに思わず顔が歪むのだ。

 そして、痛みによって行動が制限されてしまう。それほどまでに痛みとは厄介なものであったのだ。


 時雨の回復魔法によって徐々に負傷箇所は癒されてゆく、が全てを治していては敵に狙われてしまう。行動を阻害しない程度に留めて僕らは敵に備えた。


「やれやれ、逃がした魚は大きい、と言ったところかのう」


 大袈裟に肩をすくめて自嘲するドクター・スウェカーに、僕らは警戒しながら距離を詰めた。


「おお、怖い怖い。このままでは退治されてしまうかもしれないのう」


「まぁ、そういうことだ。観念するんだな」


 黄金の剣の切っ先を突き付けられたドクター・スウェカーは愉快そうに笑った。


「かっかっか、構わぬよ。これの代わりは幾らでもある」


「何?」


「そんな事よりも、いいのかね? いつまでもわしに構っていても」


 その時、獄炎の迷宮の方角に一際巨大な異形が姿を現した。身の丈十メートルはあろうかという巨体だ。


「かっかっか、どうやら完成したようじゃの。あとはモニターの前で茶でも啜りながら観賞させてもらうとするか。では、諸君、サラバじゃ」


 そういうと、ドクター・スウェカーの身体はドロドロに溶け物言わぬ液体となって大地に吸い込まれていった。


「ちぃ、全ては俺たちを、こちらに釘付けにするための芝居だった、というわけか」


「きゅおん、感心している場合じゃないぜ。あっちは確か冒険者たちが、がんばっているはずだろ?」


「おいおい、拙いぞ。たしか転移した冒険者も混じってなかったか?」


 その言葉を聞いて僕は思わず駆け出してしまった。あそこにはラグエイがいるのだ。


「まて、誠司郎! 一人じゃ無理だ!」


 僕の後を史俊達が追いかけてくる。でも、止まることなんて出来ない。

 あそこには友達がいるんだ。必ず皆で帰るためにもいかなくてはならない。


 現場に到着する。そこには息絶えた多くの冒険者たちの姿があった。


 その中心には異形の巨人が引き抜いた照明灯を片手に暴れ回っている。


「ラ、ラグエイはっ!?」


 僕は彼女の姿を探す。できれば、逃げていてくれるといいのだが。

 だが、彼女はいた。倒れ伏す無数の冒険者に折り重なる形で倒れていたのだ。


「ラグエイっ!」


 彼女を抱き起す。あまりにも酷い怪我に僕は顔を顰めてしまった。

 次の瞬間、ボトリと彼女に右腕が千切れ落ちる。なんということだ。


「ラグエイ! しっかり!」


 ダメだ、傷が深過ぎる。このままじゃ……。


「せ、せいじ……ろ?」


「喋ったらダメだ! 今手当をするから!」


 時雨、キュウトさんでもいいから、早く来てくれ! 僕じゃあダメなんだ!


「もういいよ……ごめんね、一緒に帰れなく……」


 そう言い残し、彼女から力が失せた。でも目は開いたまま。温もりだってある。

 だが、彼女が反応を示すことはもうなかった。


「う、嘘だ」


 死の香りが充満するこの場で己を失えば待つのは死あるのみ。

 分かってはいるけど、僕の感情がそれを許さなかった。


 気付いた時には剣を掲げて巨人に立ち向かう僕がいたのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 戦法も何もない、感情に任せて剣を振るう。それが無意味だと分かっていても止める事などできやしない。


「誠司郎!」


 史俊の悲鳴とも言える叫びが聞こえたのは、僕が巨人の一撃を受け、血反吐を撒き散らしながらふっ飛ばされた時の事だった。

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